殺人鬼と綺麗な人形はやがて手を取り涙する

なつみかん

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出会い編

殺人鬼が見つけたのはただ唯一のお人形-1 ★◆

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「貴方のような人をずっと待っていました」
ピチャピチャという水音と、男の間延びして悠長な低い声がだだっ広い荒野に響く。学生の一行に気が付いた狂気の塊が発した第一声がそれだった。


人境の長いトンネルを抜けると血の海であった。

真っ赤だった。いや真っ黒だった。

視界に広がるのは真っ赤とも真っ黒とも思える程の血の海と、鼻が麻痺してもおかしくない、むせ返るような生臭い鉄の錆びた臭い。

心臓の動きを止めた、いくつもの何も映していない濁りきった目が一行を見つめている。
まるで地獄絵図を具現化したかのような禍々しさは時折吹き付ける涼風さえも無に帰す。

廃墟以外には何もないこの空間に、全身を赤く染めて立っている長身の男が一人。オーケストラの指揮者のような格好に、しっかりとオールバックに固められた髪。見た目は20代後半から30代前半、そして全身滴る程に血に塗れている。
その異様さに寒気立つ。

夥しい惨殺死体を周囲に侍らせて、まだ辛うじて息のある男の尻に、恍惚とした表情を浮かべながら自らの欲望を突き立てている。

片手に逆手で握られているナイフは犯している男の腹を抉り、そこから流れる大量の血がビチャビチャと血の海に新たな血を追加していく。パンパンと体をぶつけ、グチュグチュと不快な音を立てている。

絶命間近と思われる男からは悲鳴さえ漏れず、時々小さく呻くような空気の漏れる音がするのみだった。男を犯している長身の男は薄らと笑みを浮かべ、昂揚に浸り天を仰いでいる。

『快楽殺人鬼』、そう呼称するにこれ程相応しい人間はそうはいない。いや、返り血により真っ赤に染まった真っ黒なその姿は悪魔の化身かとも思え、人間かどうかさえ危ぶまれる。

ダメだ!アレと目を合わせてはいけない。

本能が全身全霊をかけ、この場から逃げろ、そう警告を発している。

だが一歩も動けない、足が動かない。そして息さえできない。

いや、してはいけない。一歩でも動いたら、息を吸ったら・・・アレに気付かれる。

そう感じているのは青年だけではなく、同じく目の前の状況に絶句して金縛りにあっている仲間と、たまたま鉢合わせたもう一つのグループメンバーも同じだった。

夕日も沈み、気温も下がりつつある時刻、それでも真夏の暑さの前では誤差でしかない。

だが全員の額から大量の汗が流れ出ているのは猛暑が原因ではない。

流れる汗を拭うことも出来ないまま、総立ちで息を呑む。

頬を伝う汗が顎の先で溜っていく。それが徐々に大きな水玉となっていることも意識できていた。

汗が落ちる!
その地面に滴る汗の音さえも、気配さえも立てたらマズイ!

だが重力に逆らえない汗は無情にもただただ落ちていった。

ポタッ

血と死体の海に佇む殺人鬼の首がゆっくりとゆっくりとこちらを向く。

口元には薄い笑みを浮かべ、開いているのか判断できない絵に描いた狐のような細い眼。

その眼が開眼し、悲鳴の一つも上げられずに唖然としたまま、たじろぎもしない一行を認め、口元の笑みがニタリと深くなる。

開いて尚、狐を払拭できないような細い眼は、獰猛な光を帯びながらも『死んだ魚の目』という表現がピタリとくるように、どこまでもドス黒く濁っている。

そしてその薄い口が開かれた。
「貴方のような人をずっと待っていました」

「ひっ!・・・・」
誰に向けられた言葉か分からないが、誰からともなく短い悲鳴が漏れる。

気付かれた!

逃げなければ!走らなければ!

誰もが焦燥に駆られ、そうは感じているものの、皆一様に動けない。金縛りにあったように誰もが一歩を踏み出せない。

だから嫌だって言ったんだ。ヤメロと止めたんだ。

普段なら絶対に付き合うことなどなかったのに。

あの時、もっとはっきりとした意志を持って断固拒否していれば、馬鹿なことはヤメロと強く強く止めていれば・・・

----------------------------------
「なあなあ、恭華!恭華も一緒に行こうぜ!」

「は?」
どこにだよと、面倒臭さを隠そうともせずに雑誌から顔を上げ、特別仲良しという訳ではない友人を一瞥する。

学校に友人はいる。だが惰性だけで過ごしてきたこの学生生活、特に親友などと呼べるような友人は作ってこなかった。

頭の出来は悪くない。まあ良くもないが。

だが、生まれつき天に与えられた二物がこの男、恭華にはあった。

『恭華(きょうか)』、その名の通り、その辺の女優やモデル、下手な俳優などは比べ物にならない程に整った顔。

恭しく咲く華の如く綺麗な容姿に恵まれ、女に不自由したことなど生まれてこの方ない。

逆に嫉妬や独占欲に支配された女達によって不自由を強いられることはざらにあった。

そしてもう一つ。

「いいだろ?『凶華』と呼ばれたお前がいてくれたら心強い!」

「はぁ?俺が相手にできんのは男も女も人間だけだ」
数々の女を同時に弄べる顔を持ち、数々の男と同時に叩きのめせる腕っ節を持っている。

その力を入学と同時に存分に発揮した結果、学内トップに躍り出るだけでは足りずに、都内で名を轟かせてしまった。

その結果、恭華を捩り、『凶華』という通り名が付いてしまった。

自ら売った喧嘩はない。男子校であるが故に、その溜りに溜った性欲を発散させようと、恭華を襲おうとする輩が、入学早々絶えなかっただけだ。

女とのしがらみに縛られた幼少期から逃れるように、逃げ込んだ男子校で、まさか別の面倒に巻き込まれるとは。

そして今、そんな恭華の力を発揮させてくれと頼み込んでくる友人から誘われているのは、夏の風物詩、肝試しだ。

人境のトンネルを抜けた場所に廃墟が建っていることはこの町に住んでいる人間ならば誰もが承知の事実だ。

その廃墟に行くためだけに設けられた長い長いトンネルも、廃墟自体も、在るだけで十分に不気味さを醸し出している。

そんな建物には噂が付き物だ。

白い服を着た髪の長い女の幽霊が出たとか、どこからともなく赤子の泣き声が聞こえるとか、首のないライダーが走っているだとか、白骨がゴロゴロと転がっているだとか・・・ともかく根も葉もない噂が絶えない。

だが、最も信憑性が高く、噂の多くを占めているのが、その廃墟を訪れて帰ってきた者はいないというもの。
事実、どうやら数人行方不明者が出ているらしい。そして、こんなにも噂になっている廃墟に誰も訪れたことがないということだ。

それはつまり、廃墟を訪れ、帰ってきた生存者がいないということなのではないか、憶測は広まり噂となっていった。

この噂を実証するために、夏休みを利用して肝試しに行こう、友人たちはそう恭華を誘っているのだ。

霊を相手に喧嘩などできる筈がない。連れていかれても役に立てる見込みはない。何より、何故そのような面倒事に加担しなければいけないのか。

「俺、パス。興味ないし。どうでもいいけど、やめた方がいいと思うぜ?」
火のない所に煙は立たない、世の中そういうものだ。

恭華自身、霊が本当にいるとは考えていない。
だが、霊がいなくても何かしらの事件・事故は実際に起きた場所なのであろう。

不吉であることにも不謹慎であることにも代わりはない。

まあ、不良の吹き溜まりぐらいにはなっているのかもしれないが。

それにこの廃墟、遠いのだ。人境、つまりとある町境にある廃墟。車を使用しても相当距離があり、更に車を降り、山を登っていかなければならない。

「いいだろ?学校生活最後の夏休みだろ?恭華いつも付き合い悪いから、俺達何も思い出ないじゃねーかよっ!!」
最後の夏休みくらい付き合ってくれてもいいだろ?と、いつもつるんでいる5人が便乗してブウブウと抗議の声を上げる。

キャッチのようにしつこく誘ってくる友人たちに辟易する。

「はぁー・・・分かった」
恭華は長い溜息と共に渋々了承する。

この友人と呼べるかどうかさえ怪しい面々は、所詮恭華の取り巻き。虎の威を借りる狐なのだ。

学内でガラの悪いグループとして名を馳せ、頂点に君臨していたいだけなのだ。そのために何かといえば『恭華』という名前を出し、裏で利用していることを知っている。

特に恭華自身に害がないため、見て見ぬふりをしている。

「よっしゃ、絶対だかんなっ!」
一同がそのガラの悪い風貌、スキンヘッドや、ツーブロックに金パ、鼻ピアスに舌ピアスからは考えられない可愛らしい仕草でキャピキャピと喜ぶ。

むさ苦しい男たちにやられても何の感情も湧き立てられやしない。苦笑いだけがポツリと浮かぶ。

思い出も何も、このグループに所属したつもりも特別懇意にしているつもりもない。
勝手に気が付けば周囲を取り巻いている、それだけの存在だ。

たった一回、付き合ってやれば満足するだろう。以降は断ればいいのだ。

それに夏は遊び相手の女と旅行に行く約束をしていたが、海外出張とやらでキャンセルされ、丁度別の遊び相手を探していた。

最終的に恭華は大抵このように渋々了承してしまうのだ。
生粋の面倒臭がり屋で、何事にも興味薄として生きていきたい、そう考えているが、どうしても切り捨てることができず、付き合ってしまうのだ。

冷徹に徹することができず、結局人付き合いは悪くないと思われてしまう。

根が優しいのだ。

それがこの先の人生を狂わせる程の仇になろうとは思いもせず、承諾してしまったのだ。
----------------------------------

そう、あの時もっとしっかりと拒否していればこんなことには・・・。

「おやぁ?またですか。本当に今日は来客が多い。人の家にズカズカと上がり込んで楽しみの邪魔をして・・・無礼にも程がありますねぇ・・・」
一言目と同様にこの惨状に相応しくない程のんびりした口調。

組み敷かれていた男の腹からナイフが引き抜かれる。

盛大に血を撒き散らすかと思いきや、既に体内の血液を放出し切った身体からは、流れる程度の血と、内臓の一部を零す程度だった。

男の腹の中で果てた殺人鬼の性器もズルリと抜かれ、こと切れた最後の元生存者は支えを失い、ビシャッと血と死体の海の中に仲間入りを果たした。

その何もかも血に塗れた、余りにグロテスクな様と、極度の恐怖と緊張感に耐え兼ねた恭華は胃酸の酸っぱさを口に感じながら吐き気を何度も我慢しやり過ごす。

「オェーっ!!」
その我慢を水の泡にしてくれた大馬鹿野郎が隣で盛大にビチャビチャと吐瀉する。

一人のその行為が呼び水となり、嘔吐の連鎖がそこら中で鳴り響く。

そんな中、吐瀉音よりも軽快にピチャピチャっと不快な音を立てながら、血の海を闊歩する殺人鬼の足音がよく響いている。

ゆっくり、だが確実に、徐々に近づいてくる足音に、一同の顔が青ざめる。

殺されるっ!

逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろっ!

警告音はレベル5を疾うに超え、最大音量で鳴っているが、動けない。
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