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執行猶予編
人形は残酷な夢を見た-1
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「だぁ、かぁ、らぁっ!!何度言わせりゃ気が済むんだよっ!町境の廃墟に行ったら殺人鬼がいて、そいつに全員殺されたんだって言ってんだろうがっ!!実際あったんだろ?死体がゴロゴロと!」
何度目になるか分からない警察の同じ質問、いやもはや尋問に、恭華は辟易していた。
あの後、目を覚ました時にはこの病院に運ばれていて、心配そうに眉を八の字にした幼馴染みの顔がそこにあった。
絶対安静は恭華が眠っていた二週間で解かれ、幼馴染みを撥ね退けるように警察が入ってきたのだ。
「じゃあ通報した匿名は誰なんだね?君を病院に運んだのは?犯人の風貌や特徴は?」
ペッペッと唾を飛ばしながら迫ってくる中年のオッサン刑事に恭華の眉間に皺が寄る。
「それも何度目だよ?犯人は狐みたいに細い眼をした長身の気持ち悪い男だって!俺の意識なかったんだから、誰が通報して病院に運んだかなんて知る訳ないだろ!?」
溜息しか出ない。あと何時間、いや何日間同じ質問をされるのだろうか・・・。
恭華の態度の悪さに幼馴染みが横でオロオロとしている。
「何で君だけ生き残れたんだね?」
「知るかっ!!」
思い出したくもない。殺人鬼のお気に入りになり、犯されたことなど。
そして夢であって欲しいと願って止まない殺人鬼の言葉も。
卒業と同時に迎えに来るだぁ?ふざけんなっ!
だがそれで食い下がる警察ではない。
それはそうだ、あんなに大量の死体が見つかり、惨殺されていたのだ。
そして手がかりは唯一の生存者である恭華しかないのだから。
もしも恭華自身に外傷や内傷がなく、瀕死ではなかったら、恭華が真っ先に犯人として疑われていただろう。
明らかに外部から加えられた危害があったお蔭で、今はまだ『被害者』という位置づけにいられる。
だがこのまま犯人が見つからなければいつ恭華が犯人だと言い出してもおかしくない。
「何でそんな場所に行ったんだね?」
一言口を開く度に唾を撒き散らす。
「ねー・・・さっきから俺の話ちゃんとメモしてる?肝試しに誘われたって、何度も何度も・・・あぁ、もういいや」
話をするだけで折れた肋骨が痛む。
この刑事の調子に合わせていたら、白熱のあまりもう一本折れるかもしれない。
努めて己の感情をコントロールするしかない。
「それで君の友人は殺されたのかね?」
辛いことを思い出させてしまって済まないと、さして申し訳なさそうには思っていない声と顔で刑事が言う。
「・・・分かった。もう俺が知っていることを一から詳細かつ綺麗に要点だけまとめて話す。メモ準備しろよ」
身を乗り出して唾を飛ばす中年刑事だけではなく、後ろに控えている若手刑事にも声をかける。
二人が形式上だけかもしれないが、メモの準備を始めたのを目にした恭華が、スッと息を吸う。
「俺は友人の田沼、他4名にこの夏休みに町境のトンネルを抜けた廃墟の噂の真相を確かめようと肝試しに誘われた。噂は知ってるよな?省略するからな。実際に決行したのは8月20日、午前10時に駅に集合で、俺が行った時は既に全員到着していた。山を越え、長いトンネルの入り口に着いたのは17時くらいだ。その入口で初対面の別グループ、男4人女1人と鉢合わせ、共に長いトンネルを歩くことになった。名前?名前は知らない。トンネルを歩いてる間は幽霊どころか鼠の一匹とも出会わず、肩透かしだと皆が笑って言っていた。30分程度歩き続け、明かり差すトンネルの出口にたどり着いた。その時吹き込む血生臭い風に皆が『ウッ』と顔を顰めたけど、ここまで来て引き返すという選択はなかった」
ここまでいいか?と刑事に確認する。
二人とも無言でうなずいたため、恭華もよしっとうなずき、先を続けることにした。
「トンネルを抜けて目にしたのは真っ赤・・・いやもう真っ黒と言ってもいい血の海。スゲー量の死体が地面に転がってた。数?多分・・・20はいたんじゃないか?その殆どが血の海に沈んでて、出血箇所は分からないほど皆赤く染まっていた」
「合計38人だった」
若手の刑事が口を挟んだ。
恭華はやはりと頷いて納得する。
「そんな死体の中心に殺人鬼がいた。狐のように目が細く開いているか開いていないか分からない。口元は常に笑っていて、気持ち悪い奴だった。身長は195cm、これは本人が言ってたから間違いない。恰好はスーツ・・・というより、オーケストラの指揮者が着るような黒いタキシードにオールバックだった。その殺人鬼は多分その時はまだ息があった男を犯してて、俺達に気が付いてその男を手放した。もう多分、その時は息がなかった。俺達の目の前に来た殺人鬼は、俺達に合否を言い渡した。別グループの唯一の女は論外だと言われて一番に殺された。額にナイフが突き刺さってた。次にその隣にいた男が不合格を言い渡されて喉をパックリ切られて死んでいった。あとはもうよく覚えてない・・・」
ここから先は話すのに気力が必要だとばかりに深く息を吸う。
「次々に殺されていって、残った友人2人と別グループの1人が俺に殺人鬼とのデスマッチを要求して・・・その時負けた俺は肋骨を折られた」
グッと悔しさに唇を噛み、腹を押さえる。
「デスマッチ?凶器を持った相手と?」
中年刑事は訝しそうに恭華に詰め寄る。
「近い、近いっ!それもさっき話しただろう!素手なら勝てるのかって殺人鬼に聞かれて、凶器なしでやったんだよ。まあ、完敗だったけどな。あいつスゲー速いんだ。ナイフも何本隠し持ってるか分かんねーし。それに何度も『こいつ心が読めるんじゃないか?』って思った程、洞察力と推察力が鋭い。殺し屋だって言ってた。・・・・もういいか?休みたいんだけど・・・」
実際に疲れた。いつまでこの刑事の相手をしなくてはいけないのだ。
それにこの話の結末を自分の口から話したくない。幼馴染みでもあり、親友でもある智輝にも聞かれたくない。
「待って、最後にもう一つ!君は殺人鬼と何らかの取引をした。君に必ず殺人鬼から次のコンタクトがある。だから君だけは生きて帰ることができた。違う?」
若手の刑事が恭華を優しく諭すように問いただす。
どうやら無駄に歳を重ね、唾を飛ばすという勢いだけでやってきた中年刑事よりは遙かに頭がキレるようだ。
「・・・」
「思い出したくもないことかもしれないけど、君の体内に残された犯人の体液で、A型だと判明している。君の話では君の他にも、その・・・乱暴された人がいるということだったけれども、体内に何も残されてなかったんだ。犯人にとって君は特別なんじゃないか?」
痕跡を残した上で生かし、病院にまで届けた。
明らかに何かしら恭華に特別な感情を抱いている結果だろう。
恭華の身元調査によれば、早くに両親を亡くし、頼れる親戚もなく、貯金もゼロに等しい。
取り立てて何かあるとは思えないただの学生に過ぎない。
敢えて言うならば一番に目を惹かれる美貌。
そしてその綺麗な顔を存分に活かし、遊び相手が多分にいることだろう。
モデル、女優、スチュワーデス、弁護士、社長、社長令嬢と、いずれも年上、調査が追いつかない程にいる。
だがそこからの私怨とは考えにくい。彼女たちはその他大勢に過ぎないことを理解した上で遊んでいるのだから。
「・・・夢じゃなければ・・・あくまで夢じゃなければの話だ。意識朦朧としてたし・・・卒業と同時に迎えに来るって・・・それまでは自由に過ごせって言ってた・・・」
「警部っ!!西条君を張り込んでいれば・・・」
いずれ犯人に辿り着く!そう若手刑事が鼻息を荒くして意気込んでいるが、中年刑事が一喝する。
「馬鹿者っ!!卒業まで待ってたら次の犠牲者が出るだろうが!!」
至急捜査網を張るぞ、と若手刑事以上に意気込んでいる。
そうしてくれ、そうしてくれ。早く捕まえてくれ。そう、卒業前にだ。
そうでなければこれだけ詳細に話した意味がない。誰にも言わないと約束させられて解放されたのだ。
こちとら、情報提供だって命がけなのだ。
だが中年刑事の部下に与える指示の質の低さに落胆の色しか浮かばない。
流石、年功序列の色濃く残る社会、頭のキレる若手刑事も上には逆らえず、納得など微塵もしていない様子で敬礼している。
「・・・相手は暗殺業を営んでんだから、犯人の見つかってない殺人事件の事例洗い出しと目撃情報の再調査、暗殺依頼ルートの明確化、それに廃墟の張り込みが急務なんじゃねーの?」
若手刑事の代わりに、言いたいことを全て告げてやる。
「ああ、今それを言おうと思っていた!君、素質があるな!」
がハハッと盛大に唾を飛ばしながら笑い、誰もが思いつきそうな安易な考えを賞賛する。
「では、我々はこれで・・・西条君、何か思い出したり、犯人から接触があった場合にはここに連絡をして」
名刺を恭華に握らせると、先輩刑事を追いかけ、走り去っていった。
「きょ、恭華、大丈夫か?」
智輝が心配そうに顔を覗き込む。ただでさえ、デフォルトで眉毛が困っているのに、その眉を更に下げて。
「え、ああ・・・」
何かもう色々大丈夫ではない。それに智輝には直隠しにしていた殺人鬼に犯されたという事実も知られてしまった。
肋骨と足は痛いし、腰も尻も痛い。
『痔になりそうだ、ははっ』と軽口を叩く自分を想像する。
だがそんなことを軽々しく伝えられる筈もなく、うなずくしかない。
「俺、もう帰ろうか?」
疲弊している恭華を目の前に、智輝が遠慮がちに来客用の椅子から立ち上がる。
「別にいいよ。いろよ」
正直いてほしい。
智輝は眉こそ下がり、弱々しい頼りなさそうな顔をしているが、正義感溢れる心優しい強き人物。
ルール無用の喧嘩でこそ恭華の方が強いが、あらゆる格闘技をかじっている智輝と、ルールの下で手を合わせたら、何一つ勝てないだろう。
あの事件以来、隠してはいるが一人でいるのが怖い。
智輝と同じ学校だったらどんなによかったことか・・・。だが智輝は品の良い偏差値の高い私立。
「でもあれだな、恭華が負けるなんてスゲー殺人鬼もいたもんだな、ハハッ・・・あ、わりっ」
「ははっ、まあな、俺に勝てるヤツがいるなんて思いもしなかった」
努めて明るく笑うが、お互い遠慮から会話が弾まない。
「・・・やっぱ俺帰るわ。お前、来週退院だろ?また来るな」
じゃあなと軽く手を振り、去っていった。
また来る、そう言って智輝は入院してから毎日来てくれている。
あの時は死ぬかと思ったが、それほど症状は酷くなく、来週には退院、そして心の傷が癒えぬまま登校も可能だと告げられる。
恭華が入院している間に既に夏休みは明け、新学期は始まっている。
学校に行っても空席が5つ、たった一人の生き残り、恭華に対する態度は非難か、それとも同情か。
元々学校に何の思い入れもない恭華にとってはどうでもいいことだが、気が重いことに変わりはない。
何度目になるか分からない警察の同じ質問、いやもはや尋問に、恭華は辟易していた。
あの後、目を覚ました時にはこの病院に運ばれていて、心配そうに眉を八の字にした幼馴染みの顔がそこにあった。
絶対安静は恭華が眠っていた二週間で解かれ、幼馴染みを撥ね退けるように警察が入ってきたのだ。
「じゃあ通報した匿名は誰なんだね?君を病院に運んだのは?犯人の風貌や特徴は?」
ペッペッと唾を飛ばしながら迫ってくる中年のオッサン刑事に恭華の眉間に皺が寄る。
「それも何度目だよ?犯人は狐みたいに細い眼をした長身の気持ち悪い男だって!俺の意識なかったんだから、誰が通報して病院に運んだかなんて知る訳ないだろ!?」
溜息しか出ない。あと何時間、いや何日間同じ質問をされるのだろうか・・・。
恭華の態度の悪さに幼馴染みが横でオロオロとしている。
「何で君だけ生き残れたんだね?」
「知るかっ!!」
思い出したくもない。殺人鬼のお気に入りになり、犯されたことなど。
そして夢であって欲しいと願って止まない殺人鬼の言葉も。
卒業と同時に迎えに来るだぁ?ふざけんなっ!
だがそれで食い下がる警察ではない。
それはそうだ、あんなに大量の死体が見つかり、惨殺されていたのだ。
そして手がかりは唯一の生存者である恭華しかないのだから。
もしも恭華自身に外傷や内傷がなく、瀕死ではなかったら、恭華が真っ先に犯人として疑われていただろう。
明らかに外部から加えられた危害があったお蔭で、今はまだ『被害者』という位置づけにいられる。
だがこのまま犯人が見つからなければいつ恭華が犯人だと言い出してもおかしくない。
「何でそんな場所に行ったんだね?」
一言口を開く度に唾を撒き散らす。
「ねー・・・さっきから俺の話ちゃんとメモしてる?肝試しに誘われたって、何度も何度も・・・あぁ、もういいや」
話をするだけで折れた肋骨が痛む。
この刑事の調子に合わせていたら、白熱のあまりもう一本折れるかもしれない。
努めて己の感情をコントロールするしかない。
「それで君の友人は殺されたのかね?」
辛いことを思い出させてしまって済まないと、さして申し訳なさそうには思っていない声と顔で刑事が言う。
「・・・分かった。もう俺が知っていることを一から詳細かつ綺麗に要点だけまとめて話す。メモ準備しろよ」
身を乗り出して唾を飛ばす中年刑事だけではなく、後ろに控えている若手刑事にも声をかける。
二人が形式上だけかもしれないが、メモの準備を始めたのを目にした恭華が、スッと息を吸う。
「俺は友人の田沼、他4名にこの夏休みに町境のトンネルを抜けた廃墟の噂の真相を確かめようと肝試しに誘われた。噂は知ってるよな?省略するからな。実際に決行したのは8月20日、午前10時に駅に集合で、俺が行った時は既に全員到着していた。山を越え、長いトンネルの入り口に着いたのは17時くらいだ。その入口で初対面の別グループ、男4人女1人と鉢合わせ、共に長いトンネルを歩くことになった。名前?名前は知らない。トンネルを歩いてる間は幽霊どころか鼠の一匹とも出会わず、肩透かしだと皆が笑って言っていた。30分程度歩き続け、明かり差すトンネルの出口にたどり着いた。その時吹き込む血生臭い風に皆が『ウッ』と顔を顰めたけど、ここまで来て引き返すという選択はなかった」
ここまでいいか?と刑事に確認する。
二人とも無言でうなずいたため、恭華もよしっとうなずき、先を続けることにした。
「トンネルを抜けて目にしたのは真っ赤・・・いやもう真っ黒と言ってもいい血の海。スゲー量の死体が地面に転がってた。数?多分・・・20はいたんじゃないか?その殆どが血の海に沈んでて、出血箇所は分からないほど皆赤く染まっていた」
「合計38人だった」
若手の刑事が口を挟んだ。
恭華はやはりと頷いて納得する。
「そんな死体の中心に殺人鬼がいた。狐のように目が細く開いているか開いていないか分からない。口元は常に笑っていて、気持ち悪い奴だった。身長は195cm、これは本人が言ってたから間違いない。恰好はスーツ・・・というより、オーケストラの指揮者が着るような黒いタキシードにオールバックだった。その殺人鬼は多分その時はまだ息があった男を犯してて、俺達に気が付いてその男を手放した。もう多分、その時は息がなかった。俺達の目の前に来た殺人鬼は、俺達に合否を言い渡した。別グループの唯一の女は論外だと言われて一番に殺された。額にナイフが突き刺さってた。次にその隣にいた男が不合格を言い渡されて喉をパックリ切られて死んでいった。あとはもうよく覚えてない・・・」
ここから先は話すのに気力が必要だとばかりに深く息を吸う。
「次々に殺されていって、残った友人2人と別グループの1人が俺に殺人鬼とのデスマッチを要求して・・・その時負けた俺は肋骨を折られた」
グッと悔しさに唇を噛み、腹を押さえる。
「デスマッチ?凶器を持った相手と?」
中年刑事は訝しそうに恭華に詰め寄る。
「近い、近いっ!それもさっき話しただろう!素手なら勝てるのかって殺人鬼に聞かれて、凶器なしでやったんだよ。まあ、完敗だったけどな。あいつスゲー速いんだ。ナイフも何本隠し持ってるか分かんねーし。それに何度も『こいつ心が読めるんじゃないか?』って思った程、洞察力と推察力が鋭い。殺し屋だって言ってた。・・・・もういいか?休みたいんだけど・・・」
実際に疲れた。いつまでこの刑事の相手をしなくてはいけないのだ。
それにこの話の結末を自分の口から話したくない。幼馴染みでもあり、親友でもある智輝にも聞かれたくない。
「待って、最後にもう一つ!君は殺人鬼と何らかの取引をした。君に必ず殺人鬼から次のコンタクトがある。だから君だけは生きて帰ることができた。違う?」
若手の刑事が恭華を優しく諭すように問いただす。
どうやら無駄に歳を重ね、唾を飛ばすという勢いだけでやってきた中年刑事よりは遙かに頭がキレるようだ。
「・・・」
「思い出したくもないことかもしれないけど、君の体内に残された犯人の体液で、A型だと判明している。君の話では君の他にも、その・・・乱暴された人がいるということだったけれども、体内に何も残されてなかったんだ。犯人にとって君は特別なんじゃないか?」
痕跡を残した上で生かし、病院にまで届けた。
明らかに何かしら恭華に特別な感情を抱いている結果だろう。
恭華の身元調査によれば、早くに両親を亡くし、頼れる親戚もなく、貯金もゼロに等しい。
取り立てて何かあるとは思えないただの学生に過ぎない。
敢えて言うならば一番に目を惹かれる美貌。
そしてその綺麗な顔を存分に活かし、遊び相手が多分にいることだろう。
モデル、女優、スチュワーデス、弁護士、社長、社長令嬢と、いずれも年上、調査が追いつかない程にいる。
だがそこからの私怨とは考えにくい。彼女たちはその他大勢に過ぎないことを理解した上で遊んでいるのだから。
「・・・夢じゃなければ・・・あくまで夢じゃなければの話だ。意識朦朧としてたし・・・卒業と同時に迎えに来るって・・・それまでは自由に過ごせって言ってた・・・」
「警部っ!!西条君を張り込んでいれば・・・」
いずれ犯人に辿り着く!そう若手刑事が鼻息を荒くして意気込んでいるが、中年刑事が一喝する。
「馬鹿者っ!!卒業まで待ってたら次の犠牲者が出るだろうが!!」
至急捜査網を張るぞ、と若手刑事以上に意気込んでいる。
そうしてくれ、そうしてくれ。早く捕まえてくれ。そう、卒業前にだ。
そうでなければこれだけ詳細に話した意味がない。誰にも言わないと約束させられて解放されたのだ。
こちとら、情報提供だって命がけなのだ。
だが中年刑事の部下に与える指示の質の低さに落胆の色しか浮かばない。
流石、年功序列の色濃く残る社会、頭のキレる若手刑事も上には逆らえず、納得など微塵もしていない様子で敬礼している。
「・・・相手は暗殺業を営んでんだから、犯人の見つかってない殺人事件の事例洗い出しと目撃情報の再調査、暗殺依頼ルートの明確化、それに廃墟の張り込みが急務なんじゃねーの?」
若手刑事の代わりに、言いたいことを全て告げてやる。
「ああ、今それを言おうと思っていた!君、素質があるな!」
がハハッと盛大に唾を飛ばしながら笑い、誰もが思いつきそうな安易な考えを賞賛する。
「では、我々はこれで・・・西条君、何か思い出したり、犯人から接触があった場合にはここに連絡をして」
名刺を恭華に握らせると、先輩刑事を追いかけ、走り去っていった。
「きょ、恭華、大丈夫か?」
智輝が心配そうに顔を覗き込む。ただでさえ、デフォルトで眉毛が困っているのに、その眉を更に下げて。
「え、ああ・・・」
何かもう色々大丈夫ではない。それに智輝には直隠しにしていた殺人鬼に犯されたという事実も知られてしまった。
肋骨と足は痛いし、腰も尻も痛い。
『痔になりそうだ、ははっ』と軽口を叩く自分を想像する。
だがそんなことを軽々しく伝えられる筈もなく、うなずくしかない。
「俺、もう帰ろうか?」
疲弊している恭華を目の前に、智輝が遠慮がちに来客用の椅子から立ち上がる。
「別にいいよ。いろよ」
正直いてほしい。
智輝は眉こそ下がり、弱々しい頼りなさそうな顔をしているが、正義感溢れる心優しい強き人物。
ルール無用の喧嘩でこそ恭華の方が強いが、あらゆる格闘技をかじっている智輝と、ルールの下で手を合わせたら、何一つ勝てないだろう。
あの事件以来、隠してはいるが一人でいるのが怖い。
智輝と同じ学校だったらどんなによかったことか・・・。だが智輝は品の良い偏差値の高い私立。
「でもあれだな、恭華が負けるなんてスゲー殺人鬼もいたもんだな、ハハッ・・・あ、わりっ」
「ははっ、まあな、俺に勝てるヤツがいるなんて思いもしなかった」
努めて明るく笑うが、お互い遠慮から会話が弾まない。
「・・・やっぱ俺帰るわ。お前、来週退院だろ?また来るな」
じゃあなと軽く手を振り、去っていった。
また来る、そう言って智輝は入院してから毎日来てくれている。
あの時は死ぬかと思ったが、それほど症状は酷くなく、来週には退院、そして心の傷が癒えぬまま登校も可能だと告げられる。
恭華が入院している間に既に夏休みは明け、新学期は始まっている。
学校に行っても空席が5つ、たった一人の生き残り、恭華に対する態度は非難か、それとも同情か。
元々学校に何の思い入れもない恭華にとってはどうでもいいことだが、気が重いことに変わりはない。
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