殺人鬼と綺麗な人形はやがて手を取り涙する

なつみかん

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執行猶予編

人形は残酷な夢を見た-6

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『ん?何だよこれ・・・』
ここで初めてテーブルに用意されている食事に気が付いたようで、キョロキョロと部屋中を見回す。

『まさかあいつが作ったのかよ?何のつもりだ?何がしたいんだよ、あいつ・・・』
料理をまじまじと見つめ、新種の生物を眺めるかのように難しい顔で熱心に四方八方から確認していく。

「フフッ、恭華さんへの愛の手料理ですよ。どうぞ召し上がってください」

いやいや、だから食べないだろ、普通。と、稲荷は無言で見守る。

もしも恭華がその愛の込められた手料理を捨てたら・・・想像しただけ寒気がする。アパートの一室は間違いなく惨殺現場となるだろう。

『どうしろって言うんだよ・・・ん?メモ?「チンして食べてください。冷蔵庫にプリンあります」?キツネの絵・・・プッ!似過ぎ!!』
メモを手にクスクスと笑いながら冷蔵庫に向かう。

『あっ!有名な洋菓子店だっ!ラッキーっ!』
満面の笑みを浮かべた恭華がプリンの箱を手に、テーブルに戻ってきた。

「恭華さんは甘い物には目がないですからねぇ・・・稲荷、素晴らしいアドバイスありがとうございました」
恭華の笑みを見て、キツネもニタリと笑みを深める。

「い、いえ・・・たまたま通り道だっただけッスよ・・・」
つーか、恭華プリン食う気か?と、そこに驚きを隠せない。

でもやはり『チンして食べてください。』はスルーなのだと少し安心する。

恭華の身を考えると是非食べてほしいが、平気で食べられてしまうと、世間というものを知らないのではないかと疑ってしまう。

『あっ!六個も入ってる!!・・・何も入ってないよな?殺す気ならとっくに殺してるよな?俺に対する数々の仕打ちへの詫びか?詫びのつもりか?なら仕方ない、受け取ろう』
プリンを取り出すと何の躊躇いもなく蓋を取る。

『いただきますっ!・・・んんっ!美味しい!』
パクパクとにこやかに軽やかに口に運んでいく。

「え、ウソっ!?食べちゃったんッスか?」
信じられない表情で、キツネの方を振り返る。

今まで音声だけで判断していたがその映像部分が気になって仕方がない。

だが悲しいかなリムジンの長い車内では、到底振り返っただけではキツネの手元を覗き込むことはできない。

「そうなんですっ!頬にプリン付けてるんですよぉ。本当は僕に見られてること知っていてやってるんじゃないですかねぇ」
見てください、と画面を稲荷に見せるためにキツネ自ら運転席側の側面座席に移動する。

「あ、本当に食ってるっ!!!」
それも美味しそうに幸せそうな顔をして、もう完食している。

『美味いなー・・・もう一つ食っていいかな?』
回答などどこからもないことは分かっているだろうに、二個食べることで誰かに咎められるかもという不安からか、部屋内をキョロキョロする。

まるで悪戯をする前の子どものように。

「ええ、全て恭華さんのですよ、どうぞ。どうです?この母性本能をくすぐられるような仕草。年上の女性にモテるのがよく分かります」

確かに容姿は恐ろしく整っていて、腕っ節が強く心優しく頼りがいがある。だがどこか抜けていてかなりの甘党。
頬にプリンを付けながら、美味しい美味しいと笑顔で頬張る姿は可愛い。

もしも自分が女性だったとしたら、この子は私が守ってあげなければと、勘違いも甚だしい使命感に駆られるかもしれない。

それを証拠に恭華の女関係はその全てが年上、それも社会的地位を確立している女性が多い。

だが・・・

だが稲荷にはどうしても腑に落ちない点がある。

女性にモテるからといって、殺人鬼にモテる理由にはならない。では何故だ?この男に母性本能などアリンコほど、ミジンコほども関係ない。

顔か?体か?

う~んと稲荷は考え込む。きっとキツネには稲荷のこの考えが丸見えであろう。ならば教えてくれてもいいのに・・・

「あ、4つめ食べ終えましたねぇ。そろそろ僕の手料理に手を付けて欲しいんですけどねぇ」

聞きしに勝る甘党ぶりだ。
ご機嫌な様子でペロリとプリンを4つも平らげ、5つめに手を伸ばしている。が、しばらく食べたい気持ちと格闘した後、大人しく冷蔵庫に箱をしまう。

『・・・にしてもどうすんだ、これ・・・』
手を付けられず、ラップが引かれたままの料理達を前に恭華が苦悩している。

『捨てるか・・・いや、捨てるよな、普通。あいつもそれぐらい分かってるよな?』
だが四畳半程度の小さな部屋で下したその決定が不安なのか、誰もいない部屋でキョロキョロ視線を彷徨わす。

恭華の言葉を聞いたキツネがバッと勢いよく立ち上がる。

車高の低い車で、長身のキツネが立てるわけもなく、屋根を突き破るような音を立て、天井に頭をぶつける。

その音の大きさにビクンと稲荷の肩が揺れる。

「キ、キツネさん待って!ダ、ダメッスよ!なんッスか、その今から殺しに行きますよっていう殺気は!?」
というより分かっていただろう、この男だって・・・。

だってそうだろう?普通に考えて殺人鬼、おまけに数々の暴行を働いた奴の手料理なんて捨てるだろう?

そんな当然の所業で男の怒りを買い、殺されたのでは恭華が不憫過ぎる。
ましてや先ほどのご機嫌な笑顔を見てしまった後だ。何だか守ってやらなくてはという気にさせられる。

「何言ってるんですか。殺しませんよ、そんな物体ないことするわけないじゃないですか。ただ食べさせに行くんです」
稲荷の制止を払い、車のドアを開けようとする。

ああ、確かにきっと殺しはしないのだろう。それは本当であろう。

しかし生きていることを後悔させられるほど、加虐するに違いない。

「わぁ!待って、待って!ほ、ほら!恭華ちゃん、料理に興味持ってるッスよ!」
慌てた稲荷がタブレットを指す。

実際に映し出された彼は、箸で料理を突いたり、持ち上げたりと興味を示していた。

おいおい、まさか食う気か、とキツネさえこの場にいなければ声を大にして突っ込んでいたところだ。

『あいつ、器用だな・・・こんな家庭的なもん作れんだな・・・ああ!!人刻むのも野菜刻むのも変わんねーか・・・本当変なヤツ』
と、呟いていた恭華が肉を摘んだ箸をボトリと落とす。

『ま、まさか・・・人肉とか・・・』
落とした野菜炒めの肉をしげしげと見つめ、クンクンと匂いを嗅ぐ。

そしてその隣のから揚げにもチラチラと目を配る。

冗談で口にしてしまった言葉は、恭華の中で確信へと変わっていく。その様子が表情にまざまざと現れている。

顔は青ざめ、片頬は引き攣り、顔面痙攣を起こしている。

「フフッ、『人肉とか』ですって。大丈夫ですよ、豚だったものと鳥だったものであって、人であったものではないですよぉ」

「ああ、そうッスよね、キツネさん人肉嗜好じゃないッスもんね・・・いやホントそれしか救いがないっつーか・・・」
ペラペラと心のうちの正直な気持ちを口にしていると、キツネの鋭い視線が突き刺さり閉口する。

「す、すみませんっした・・・」

『んっ!!?んまっ!!何だあいつシェフか?』

キツネと稲荷がくだらないいざこざで車内の空気を凍らせている間に、恭華はついに料理を口にした・・・らしい。

「ああっ!稲荷がくだらない事を言っている間に恭華さんが食べちゃったじゃないですか!」
人類が初めて月に降り立った瞬間を、100年に一度の星が流れる瞬間を、見逃したようなものだと、壮大なスケールで大げさに嘆く。

「食ったぁ!??ウソだろっ!!人肉かもって疑ってただろ?怯えてただろ?何なんだ恭華ちゃん、無防備過ぎだろ・・・大丈夫かよ・・・」
キツネの嘆きに引けを取らない程の大きな独り言を、もはや叫ぶレベルの声で熱を入れ語る。

確か、確かだ。中々に悲壮で悲惨な幼少時代を生きてきた筈だ。
そんな辛酸を舐めて育った男が、得体の知れない料理を口にするだろうか?

どうやって生き抜いてきたのだ?

顔か?体か?

「ほら、稲荷、くだらない事を考えてないで早く出してください。お揚げと交代の時間、とっくに過ぎていますよ」

呆然と画面を見つめ続ける稲荷に車を出すように催促する。

「え、あ、はい!って、ヤバッ!!めちゃめちゃ時間過ぎてんじゃないッスか!揚姉に殺される・・・キ、キツネさん、俺のフォローして下さいよ!キツネさんに付き合った結果なんッスからね!」

もう少し恭華を見守っていたい。
会話を交わしたこともないのに不思議とそう感じる。

それ程に整った顔と体とは裏腹に、危うい精神を持っているということなのだろう。そこが人を惹きつける要因の一つだろう。

「フフッ、お揚げは優しい子です。大丈夫ですよ」

キツネの言葉に思わず眦が釣り上がる。

優しい子?優しい子と言ったか?じゃあ、あれか?
優しい子というのは人の額に銃口をあて『メシッ!』と命令するのか?
優しい子というのは朝の挨拶でナイフを飛ばしたりするのか?
優しい子というのは自分の好きなおかずじゃないからと言って腹いせに人の食事に毒を混ぜたりするのか?
優しい子というのは気持ちが昂ると人を踏みつけたり鞭打ったり殴ったりしながら高笑いするのか?
優しい子というのは、いうのは・・・・

なんだ?優しさって何なんだっ!?

キツネの悪意のない無邪気とも取れる言葉に稲荷が苛立つ。

『それはキツネさんだからッス!!』と怒鳴りつけてやりたい。

キツネはどれだけ揚羽に特別扱いされているか知らないのだ。

それはそうだ。育ての親でもあり、仕事の師でもあるこの男が、揚羽の密かな想い人なのだ。

それはそれは驚くほどに態度の差を感じるのだが、驚くほどにキツネが鈍い。

いやそもそも女性という時点で確実にキツネの嗜好からは外れていて、あえてスルーされているのは明白なのだから、本当に驚くほど鈍いのは揚羽なのだろう。

飽きもせずにキツネへのアピールは常に全開だ。

その優しさをほんの、ほんの1gでも自分に向けてくれれば・・・と稲荷は常々思う。

「稲荷、耽っていないで早く出してください」

「ああ、はいはい」
最後にもう一度ボロアパートを見上げる。

次に会えるのはきっと卒業式、それまでせいぜい余生を満喫しなさい、と心の中で呟き、キツネに促されるままに車を発進させた。


『恭華、また入院したんだろ?今日お見舞い行くから』

「いいよ、別に。どうせ明日退院だし」
心地よく響く電話の向こうの智輝の低い声に安心する。

同じ低い声でもこんなにも違うものかと心和ませながら。

智輝の声を聞いていると、自分はまだ日常の中にいるのだ、何も逸脱していない、何も変わっていないと感じることができる。

智輝の声に、存在に守られているような気持ちになれる。

キツネの手料理とプリンを食べたその日、恭華は倒れ、救急車で運ばれた。

やはり料理に毒が……というわけではなく、
プリンの食べ過ぎ……というわけでもなく、足の傷口が化膿し、高熱が出たのだ。

気が付いたら倒れていて、気が付いたら救急車の中にいた。

自ら救急車を呼んだわけではない。ということは、恭華に連絡が取れない女が呼んでくれたのだろう、と恭華は解釈していた。

『なあ、もしかしてまた何か巻き込まれたんじゃないのか?』
心から心配そうな声は容易に智輝の表情を連想させた。

眉を下げ、捨てられた子犬のように泣きそうになりながら目を潤ませているに違いない。

「だ、大丈夫だって!ほら、俺、卒業まで猶予があるし!」
本当は智輝の懸念は的中している。再び殺人現場を目撃してしまったことを、理不尽な暴力を受けたことを、ベラベラ喋りたい。

この心に無理矢理押し込めている不安を、恐怖を、苛立ちを、悲しみを、戸惑いを、ぶちまけたい。


誰かと秘密を共有して、共感してもらい、共闘して欲しい。

だがそれは叶わない。親友の智輝にすら打ち明けることなどできない。

打ち明けたその時は、何の躊躇いもなく殺すだろう、恭華も智輝も。相手に理屈など通じないのだから。

親友だからこそ、失いたくないからこそ、絶対に打ち明けてはいけない。

『ごめん、智輝』と声にできない言葉を呟く。

「それよりさ、退院したら買い物付き合ってくれるか?」
不安を掻き消すよう、智輝に悟られないよう、努めて明るい声を出す。

『あ、ああ。もちろんっ!じゃあまた電話すっから、絶対出ろよ!』

「はい、はい」
智輝の必死さにクスクスと笑いながら終話する。


その後、足の刺し傷、肋骨が完治しても、キツネに出くわすことも、もちろんキツネが訪ねてくることもなかった。
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