殺人鬼と綺麗な人形はやがて手を取り涙する

なつみかん

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執行猶予編

人形は残酷な夢を見た-5

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とはいえ、暗殺業にとって目撃者を生かすこと程、危ない橋はない。

いずれ足をすくわれる結果になるかもしれない。

「ええ、可愛いでしょう?もう本当に愛おしくて愛おしくて・・・壊してしまいそうです。泣いている姿なんてもうっ」
昂揚してきた気持ちを抑えられるようにぶるりと身震いする。

それにしてもと、稲荷は思う。

この男が人にこんなに執着するなんて。

生かしておく上に卒業まで待つ。対人にこんなに好条件を与えるなんてあり得ない。

常に人間を人間とも思わない非道っぷりを貫いている。だからこそあそこまで迅速に完璧な仕事ができるのだろう。

林業者だってもっと愛を持って木を切り倒す。
板前だってもっと慈悲を持って魚の首を切り落とす。
狩人だってもっと慈愛をもって動物を撃ち落とす。

それほど、何とも思っていないのだ、人に対して。

「へ、へー・・・泣き顔ねぇ・・・」
サイドブレーキを下げながら、チラリと恭華を見る。確かに顔色が悪いが凄い色気だ。男も女も相当釣れるだろう。

稲荷はその青白い綺麗な顔を見ながら、心の中で呟いた。

『ご愁傷様』と。

この男に生かされる、それは殺された者よりも過酷で悲惨な余生となるだろう。

その余生も監禁されたら1週間ともたない。最期は原形を留めない形で迎えるはずだ。今までの贄達がそうだったように。

事前調査により、恭華の住むアパートは熟知している。

ナビに頼ることなく、信号を右にハンドルを切る。

今日は平日。
このまま順調に車を走らせれば10分もせずに恭華のアパートへ到着する。

ぽつりぽつりとエンジン音が錯綜する中、キツネの不気味な笑い声が車内に響き渡る。

ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふっ

「ちょ、ちょっと……」

ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふっ

「ちょ、ちょっと、キツネさん?……すんげー怖いんッスけど……」
キツネが背後にいる、それだけで恐怖感を抱かずにはいられない。それが笑っているのだ。

終始一貫笑い続け、愛おしそうに恭華の髪に指を絡ませながら撫でる姿は、微笑ましいというよりホラーシーンだ。

背中にゾクゾクと這い上がる悪寒を抑え込むようにハンドルを握っている腕を空いている片手で擦る。

途中、キツネの希望によりスーパーに寄り買い物をさせられた。

血塗れの服で中に入る訳にはいかないから、と言ってはいたが、本当は恭華の傍を片時も離れたくなかったのではないかと邪推する。

「キツネさん・・・着きましたけど・・・」
ハンドルに両腕を預けるようにしてフロントガラスから恭華のアパートを見上げる。

しかしいつ見てもボロい。

看板はネジ一本で繋がっている状態で傾いているというより、ぶら下がっているという表現が正しい。
見たところ二階建てのようだが、その階段は手摺のみが残され、階段本体は全てが朽ちていて残っていない。

この綺麗な容姿と何を着飾っても派手に見える容貌からはこんな場所に住んでいるなど想像もできない。

どこかの御曹司や王子に見えてもおかしくない。

だが恭華の生い立ちは不幸と言っても過言ではない。

両親は恭華が小学校に上がる前に不慮の事故で亡くなっている。
恭華に残された遺産も転々とした先の親戚に毟り取られるように奪われていった。
中学に上がる頃には一人立ちを余儀なくされ、自らで生計を立てている。

「では、布団を敷いて寝かせてきますね」
ルンルンと弾むように車を降りたキツネは、当たり前のように恭華の家の鍵を回し、当然の顔をして堂々と中に入っていった。


「・・・・・遅いなぁ、キツネさん・・・」
中に入って3時間は経過している。

イライラしている訳ではないが、指が自然とハンドルをトントン叩きリズムを刻む。

日も暮れてきている。いつまでもこうしてキツネと出掛けていたことを知れば、揚羽が黙っていないだろう。
既に揚羽はキツネの仕事の後始末を終えているだろう。

きっと謂れなきことで責め立てられ、謂れなき暴力を振るわれるのだ。
その光景が容易に想像でき、稲荷は深く溜息を吐く。

「お待たせしました」
満面の笑みのキツネがコンコンと後部座席の窓を叩く。

「も~、何してたんッスか!」

「ふふっ、恭華さんの手当と料理を・・・それとこれです」
ヒラヒラと掲げたタブレットを振る。

「料理って・・・これ?」
確かにキツネの料理の腕は確かだ。伊達に日々人間を刻んでいるわけではない。
だがわざわざ玩具のために手料理まで振る舞うなど・・・本当に気に入っている、いやもう寵愛しているレベルだ。

途中、スーパーに寄ったのはそのためか。

だいたい、殺人鬼から手料理振る舞われて喜ぶ奴はいないだろう。身の危険を感じて食べないだろうと、容易に想像できるではないか。

それにしてもこれとは何だろうか?

心の内が全て怪訝な表情に変わり、稲荷の表情に表れていた。

「フフッ、恭華さんのお部屋に盗撮・・・いえ、監視用のカメラを設置させていただきました。これで恭華さんの卒業まで、毎日裸体や自慰行為・・・いえ、体調管理のチェックを行えますっ」

「・・・・・キツネさん、涎(よだれ)・・・それとッスね~、キツネさん、犯罪ッスよ、それ・・・」
そもそもこの暗殺業に法律もクソもないのだから、口にするだけ無駄だ。

そんなことは分かっているが、つい口が勝手に動く。

「・・・・って、聞いちゃいないッスね」
当のキツネはというと、タブレットに映し出されている恭華に釘付けで、稲荷など全く眼中に入っていない。

「フフッ、恭華さんの寝顔、素敵ですねぇ。4台で済んでよかったです」
部屋が狭くて良かったとキツネが呟く。

「え?・・・あの六畳もない部屋に4台も仕掛けたんッスか?」
仕掛けたカメラは高性能。

映像や音声はもちろん、逆光対策、夜間撮影、サーモグラフィーにより熱分布まで完璧に把握できる他、両隣の部屋内部の音まで緻密に拾う高機能カメラ。

全てのデータはタブレットに転送され、もしかしたらこちらから声や映像を送ることも可能かもしれない。

一体いくらかけているんだか・・・下手をするとあの部屋を・・・いやボロアパート全体を購入するより値が張る。

「ええ、浴室とトイレに一つずつ、居室に二つ設置しました」
必要でしょ?と真顔を向けられ、稲荷が返答に窮する。

ユニットなのに、浴室とトイレに一つずつ。必要か?

「・・・はは・・・そうッス・・・かね・・・」
もしも自分が入浴から排泄まで盗撮されているとしたら・・・と考えるとゾッとする。

つくづく不運で気の毒な男だ。

「ああっ!恭華さんが起きましたっ!フフッ、あくびして、可愛い。あぁ、痛みに耐える顔も可愛いですねぇ」
タブレットの画面が鼻先にくっつきそうな程に近付け、見つめる。

また聞いちゃいね~と、稲荷は失笑する。

「おや、何故自分がここにいるのか思い出そうと思考を巡らせていますねぇ。表情から察するに『確か裏路地に入って・・・あっ!あいつだっ!あいつに会って・・・それから』というところでしょうか。フフッ、うがいを始めましたねぇ。もう随分遅いでしょうに。僕の精子は貴方のお腹の中ですよ。ああ、顔についた僕の指の痕に気が付きましたね。いいですねぇ、その心底不快そうな顔・・・あ、転びました。気を付けてください、貴方は今、足を怪我しているんですからね。おやまあ、床にあたるなんて子どもっぽい一面まで見てしまいました❤・・・しかし本当に何をしていても魅力的ですねぇ・・・」
タブレットに向かい話しかけ・・・いやひたすら独り言を続けるキツネに、稲荷は声をかける機を逸していた。

もしもタイミングを誤ったりでもしたら、気分を害して下手すると殺されるんじゃないだろうか、そんな懸念さえ脳裏をよぎる程にご執心だ。

「あ、あの~・・・キツネさん?車出してもいいッスかね?・・・出すぎたことかもしれないんッスけど、音声出したらいいんじゃないッスか・・・・なんて・・・」
本人の顔を直接見据えることができず、バックミラー越しにチラチラと視線を送る。

だがすぐさまバックミラーから視線を外すことができなくなる。

鏡越しでキツネの線のような細い眼が見開かれ、稲荷を凝視しているからだ。
視線が外せず、金縛りに遭ったように身体が硬直する。

ハンドルを持つ手がカタカタと震え、空調がしっかり効いている車内で汗が額から鼻筋へ、こめかみから頬へと伝っていく。

「あ、ス、スミマセン・・・そ、そんなこといわれなくても・・・って感じッスよね・・・」
だ、だからそんな殺気立った眼で見つめないで、殺さないで、と目を潤ませる。

「稲荷っ!!」
目が覚めるような突然の大声が車内に響く。

「は、はひっ!?」
車体が揺れる程に体をビクリと跳ねさせ、その衝撃で目に溜まっていた涙が零れ落ちた。

「天才ですねっ!そうですっ!音声出しましょう!」
タブレットの音声を出力すべく、いそいそと操作するその顔はニコニコと目を細めている。

稲荷はホッと胸を撫で下ろすも、たった今与えられた恐怖から、『いや、車も出しましょうよ』とは言えずに、とりあえず黙り込んだ。

「フフッ、出ました」

『つーか何であいつ、部屋の中に入れたんだよっ!……怖っ!鍵替えよ……』
タブレットから聞こえる恭華の声が車内に響く。

音声と共に玄関のドアに駆け寄ると、ドアチェーンを掛ける恭華の姿が映し出される。

「いくら替えても無駄ですけどねぇ」
その声が伝わることはないが、キツネがまるで会話を楽しむかのように恭華に返答する。

『痛っ!クソッ!足も腹も腰もケツも痛いっ!!しかもどうすんだよ、この痣っ!!外出られないだろっ……ホント最悪だ!』
二度と会いたくねーっと、ブツブツぼやいている。

「フフッ、卒業したら毎日逢えますよ」

『そうだっ!!警察に・・・』
丁寧に畳まれている制服からスマホを取り出すと、画面に指を添えたまま固まった。

『警察に連絡したら……あいつにバレんのか?どうやってあいつは知ったんだよ……裏情報か?』
どうしよう、どうしよう、と狭い室内を足を引きずりウロウロ歩き回る。

『喋ったら・・・今度こそ舌、切られるかな?・・・・って何で俺があんな奴に怯えなきゃいけないんだよ?だいたい無能すぎるだろ!!俺を張れよ、俺を!!若手刑事も言ってただろ!俺に必ず接触があるって・・・若手刑事に電話・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
更にウロウロと歩き続け、迷った挙句にスマホをテーブルに置いた。

明日また考えようと、自分に言い訳をするように恭華がうなずく。

「フフッ、いい子ですねぇ」
しっかりと躾が身に染みた証拠だ。キツネが満足気にニヤリと笑う。
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