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執行猶予編
人形は残酷な夢を見た-19
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「・・・なあ、稲荷?」
稲荷の分のうどんも遠慮なく啜り上げる。
その無遠慮さとは一転して、躊躇いがちに声を掛ける。
その声は小さく、インターホンを切りに駆けて行った稲荷には届かなかった。
「ええ!!恭華ちゃんもう食べちゃった?もっと食べる?」
今度こそ自分のためにうどんを用意して戻ってきた稲荷が、空の器を見て驚きの声を上げる。
「欲しいっ!!」
困ったように笑う稲荷からうどんを受け取ると、美味しそうに食べ始める。
「恭華ちゃんは本当に食いしん坊だね」
クスクスと稲荷が笑う。
この稲荷の優しさが恭華を安心させる。
そして稲荷に頼めば何とかなるのではないかという甘えさえも。
「い、稲荷・・・」
「何、恭華ちゃん?」
うどんを啜る手を止めて落ち着きなくソワソワする恭華の様子に稲荷が目をぱちくりさせる。
この子が食べる手を止めるなんて・・・。
「あのな、あの・・・あ、明日俺用事が・・・だ、だからな・・・」
話をしている途中でどんどん稲荷の目と雰囲気が鋭くなってきたため、恭華の声も弱々しくなっていく。
「だから?」
「だ、だから・・・明日、出かけたい・・・」
出掛けたいという希望を稲荷に言い出すのもこんなに勇気が必要だったのだ。
キツネになど、ちょっとやそっとの度胸と勇気では言えそうにない。
「それで?」
依然として恭華への態度を冷たくしていく。
返答によっては殺すぞ?そんな空気さえ感じる。フワリと笑う稲荷が。いつも穏やかな稲荷がだ。
「い、一緒に・・・一緒に・・・キ、キツネに・・・」
頼んで欲しい。
だが稲荷の目が鋭く、稲荷に告げたことさえ後悔し始める。
視線を稲荷から外し、うどんへと戻す。
「はははははっ!!何だ、出掛けたいってキツネさんに一緒に言えばいいの?いいよ!俺はてっきり逃げる手伝いをしろっていうお願いかと思った」
稲荷の雰囲気が柔らかくなり、フワッと笑う。
「え?いいの!?」
ッシャ!と拳を握り喜ぶ。
「あ、でも俺が一緒に頼んだからって許可が出るかわからないし、キツネさんが怒らない保証はないよ?」
「おおっ!!ありがとう!よかったー」
ホッとした恭華が脱力し、テーブルに突っ伏す。
「でも恭華ちゃんも欲がないね・・・どうせだったら逃げたいとかあるでしょ?」
「ん?まあな、そりゃ今すぐにでも・・・でももし逃げんなら一人で逃げる。稲荷に手伝ってもらったら稲荷がヤベーだろ?」
うどんを食べ終えた恭華が汁まで飲み干し、器をドンと置く。
「恭華ちゃん、いい子だね~。俺の心配までしてくれんの?」
基本的に誰からでも酷い扱いを受ける稲荷は、その恭華の優しさにホロリとする。
「でもだからこそ、逃げないでね?恭華ちゃんはいい子にしてれば、きっと殺されないから。俺も恭華ちゃんには死んでほしくないし・・・」
目元の涙を拭い、恭華の優しさを受け止める。
「なあ、本当にそう思うか?昨日一日で腕と肋骨、全部で4本だぞ?本当にそう思うか?」
口調はつい強いものになってしまう。
恭華としてはやはり大切にされている感じがしないのだ。キツネに出会って無傷でいられる時などない。
「う、うん・・・・多分、ね・・・・だってほら、恭華ちゃん、昨日犯られてないでしょ?大切じゃなかったら恭華ちゃんの具合とか気にしないと思うし」
「そうか?・・・・・っ、き、気持ち悪・・・」
稲荷と会話をしていたら・・・いや違う。昨日の夜のことを思い返そうとしたら急に気分が悪くなったのだ。
口元を抑え、顔を青くする。
「え!うそっ!?吐く?ちょ、ちょっと待ってね!」
慌てて恭華を抱え上げ、トイレへと駆け込む。
トイレの蓋が自動でゆっくりと持ち上がり、恭華を屈ませた途端に、恭華が吐き始める。
「大丈夫?もうちょっとゆっくり食べればよかったね・・・」
恭華の細い背中を撫でながら心配そうにのぞき込む。
「うっ・・・ご、ごめん・・・稲荷・・・ウェッ」
稲荷がせっかく作ってくれたのに、全部吐いちゃったと、涙目で恭華が見上げる。
捨てられた子犬のような目でそれも上目遣いで見つめられ、稲荷は胸に矢が刺さったような思いをした。
キュン?
いや、ドキッ?
ズキュン?
そんな擬音さえ聞こえてきそうな程胸が躍動する音がしたのだ。造られたように綺麗な人が弱った時の儚げな顔の威力の半端なさを知る。
「いいよ、そんなこと気にしないで。今度はお粥にしようね」
頬に熱を感じながらも、フワリと恭華に微笑みかける。
ひとしきり吐き出した恭華が、片手を稲荷に取ってもらいながら立ち上がろうと力を入れる。
「っ!!・・・・・あ、頭・・・・い、痛・・・・」
稲荷の手を放し、頭を押えた恭華がフラッと稲荷の方に倒れる。
「きょ、恭華ちゃんっ!?ちょ、しっかりっ!!」
突如のしかかってきた恭華の全体重を、咄嗟に稲荷が支える。
完全に意識がない。
やはり脳がやられたのだろうか。昨日のキツネによる数分の記憶操作で脳に障害が出たのだろうか。
恭華を抱え上げ、オロオロとその場を右往左往する。
トイレの空間さえ、六畳は優に超えている。ウロウロしたところで、抱えている恭華をどこかにぶつけてしまう心配もない。
「と、とりあえず寝かせなきゃ」
寝室へと運び、恭華を静かに寝かせる。
「やっぱりお医者さんに診せた方がいいんだよな・・・センセー呼ぶか・・・」
稲荷の顔が渋くなり、嫌だという気持ちが身体に現れる。
どうしたことか腰が上がらない。重すぎて上がらない。
「俺、苦手なんだよなー、センセー。というよりセンセーが俺のこと嫌いなんだよ・・・」
はぁ、と深々とため息をつき、覚悟を決めたようにダイアルをプッシュしていく。
「はぁ・・・・今度は何されんだろ・・・」
呼び出し音に自分の心臓の音が重なる。恭華を心配する気持ちはありながら、相手が電話に出なければいい、そう願ってしまう悪魔が自分の中にいる。
稲荷の分のうどんも遠慮なく啜り上げる。
その無遠慮さとは一転して、躊躇いがちに声を掛ける。
その声は小さく、インターホンを切りに駆けて行った稲荷には届かなかった。
「ええ!!恭華ちゃんもう食べちゃった?もっと食べる?」
今度こそ自分のためにうどんを用意して戻ってきた稲荷が、空の器を見て驚きの声を上げる。
「欲しいっ!!」
困ったように笑う稲荷からうどんを受け取ると、美味しそうに食べ始める。
「恭華ちゃんは本当に食いしん坊だね」
クスクスと稲荷が笑う。
この稲荷の優しさが恭華を安心させる。
そして稲荷に頼めば何とかなるのではないかという甘えさえも。
「い、稲荷・・・」
「何、恭華ちゃん?」
うどんを啜る手を止めて落ち着きなくソワソワする恭華の様子に稲荷が目をぱちくりさせる。
この子が食べる手を止めるなんて・・・。
「あのな、あの・・・あ、明日俺用事が・・・だ、だからな・・・」
話をしている途中でどんどん稲荷の目と雰囲気が鋭くなってきたため、恭華の声も弱々しくなっていく。
「だから?」
「だ、だから・・・明日、出かけたい・・・」
出掛けたいという希望を稲荷に言い出すのもこんなに勇気が必要だったのだ。
キツネになど、ちょっとやそっとの度胸と勇気では言えそうにない。
「それで?」
依然として恭華への態度を冷たくしていく。
返答によっては殺すぞ?そんな空気さえ感じる。フワリと笑う稲荷が。いつも穏やかな稲荷がだ。
「い、一緒に・・・一緒に・・・キ、キツネに・・・」
頼んで欲しい。
だが稲荷の目が鋭く、稲荷に告げたことさえ後悔し始める。
視線を稲荷から外し、うどんへと戻す。
「はははははっ!!何だ、出掛けたいってキツネさんに一緒に言えばいいの?いいよ!俺はてっきり逃げる手伝いをしろっていうお願いかと思った」
稲荷の雰囲気が柔らかくなり、フワッと笑う。
「え?いいの!?」
ッシャ!と拳を握り喜ぶ。
「あ、でも俺が一緒に頼んだからって許可が出るかわからないし、キツネさんが怒らない保証はないよ?」
「おおっ!!ありがとう!よかったー」
ホッとした恭華が脱力し、テーブルに突っ伏す。
「でも恭華ちゃんも欲がないね・・・どうせだったら逃げたいとかあるでしょ?」
「ん?まあな、そりゃ今すぐにでも・・・でももし逃げんなら一人で逃げる。稲荷に手伝ってもらったら稲荷がヤベーだろ?」
うどんを食べ終えた恭華が汁まで飲み干し、器をドンと置く。
「恭華ちゃん、いい子だね~。俺の心配までしてくれんの?」
基本的に誰からでも酷い扱いを受ける稲荷は、その恭華の優しさにホロリとする。
「でもだからこそ、逃げないでね?恭華ちゃんはいい子にしてれば、きっと殺されないから。俺も恭華ちゃんには死んでほしくないし・・・」
目元の涙を拭い、恭華の優しさを受け止める。
「なあ、本当にそう思うか?昨日一日で腕と肋骨、全部で4本だぞ?本当にそう思うか?」
口調はつい強いものになってしまう。
恭華としてはやはり大切にされている感じがしないのだ。キツネに出会って無傷でいられる時などない。
「う、うん・・・・多分、ね・・・・だってほら、恭華ちゃん、昨日犯られてないでしょ?大切じゃなかったら恭華ちゃんの具合とか気にしないと思うし」
「そうか?・・・・・っ、き、気持ち悪・・・」
稲荷と会話をしていたら・・・いや違う。昨日の夜のことを思い返そうとしたら急に気分が悪くなったのだ。
口元を抑え、顔を青くする。
「え!うそっ!?吐く?ちょ、ちょっと待ってね!」
慌てて恭華を抱え上げ、トイレへと駆け込む。
トイレの蓋が自動でゆっくりと持ち上がり、恭華を屈ませた途端に、恭華が吐き始める。
「大丈夫?もうちょっとゆっくり食べればよかったね・・・」
恭華の細い背中を撫でながら心配そうにのぞき込む。
「うっ・・・ご、ごめん・・・稲荷・・・ウェッ」
稲荷がせっかく作ってくれたのに、全部吐いちゃったと、涙目で恭華が見上げる。
捨てられた子犬のような目でそれも上目遣いで見つめられ、稲荷は胸に矢が刺さったような思いをした。
キュン?
いや、ドキッ?
ズキュン?
そんな擬音さえ聞こえてきそうな程胸が躍動する音がしたのだ。造られたように綺麗な人が弱った時の儚げな顔の威力の半端なさを知る。
「いいよ、そんなこと気にしないで。今度はお粥にしようね」
頬に熱を感じながらも、フワリと恭華に微笑みかける。
ひとしきり吐き出した恭華が、片手を稲荷に取ってもらいながら立ち上がろうと力を入れる。
「っ!!・・・・・あ、頭・・・・い、痛・・・・」
稲荷の手を放し、頭を押えた恭華がフラッと稲荷の方に倒れる。
「きょ、恭華ちゃんっ!?ちょ、しっかりっ!!」
突如のしかかってきた恭華の全体重を、咄嗟に稲荷が支える。
完全に意識がない。
やはり脳がやられたのだろうか。昨日のキツネによる数分の記憶操作で脳に障害が出たのだろうか。
恭華を抱え上げ、オロオロとその場を右往左往する。
トイレの空間さえ、六畳は優に超えている。ウロウロしたところで、抱えている恭華をどこかにぶつけてしまう心配もない。
「と、とりあえず寝かせなきゃ」
寝室へと運び、恭華を静かに寝かせる。
「やっぱりお医者さんに診せた方がいいんだよな・・・センセー呼ぶか・・・」
稲荷の顔が渋くなり、嫌だという気持ちが身体に現れる。
どうしたことか腰が上がらない。重すぎて上がらない。
「俺、苦手なんだよなー、センセー。というよりセンセーが俺のこと嫌いなんだよ・・・」
はぁ、と深々とため息をつき、覚悟を決めたようにダイアルをプッシュしていく。
「はぁ・・・・今度は何されんだろ・・・」
呼び出し音に自分の心臓の音が重なる。恭華を心配する気持ちはありながら、相手が電話に出なければいい、そう願ってしまう悪魔が自分の中にいる。
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