殺人鬼と綺麗な人形はやがて手を取り涙する

なつみかん

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犬生活編

人形は哀しみに諦めをおぼえた-13

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「恭華さんっ!!!」

「ぇっ?」
開いた途端に予想だにしなかった声が響き、恭華が身構えた。

「ヒッ・・・」
エレベーターの入口を塞ぐように立つ男の姿に、恭華の喉が短く鳴った。

慌てて稲荷に飛びつくように抱き着いた。
稲荷のシャツを握るその手が細かく震えている。

「あれ?恭華さん?」
てっきり恭華が飛び込んでくるだろうと両腕を広げ構えていた男は、首を傾げる。

「『あれ?』じゃないッスよ!!キツネさん、自分がどんなカッコしてるか自覚してるッスか!?」
稲荷が恭華を庇うようにキュッと抱きしめ、キツネに結構な剣幕で捲し立てる。

「はい?」
キツネは自分の格好のどこが間違っているのだと、首をひねりながら自らの格好を眺めている。

恭華が竦み上がるのも無理はない。

キツネのその上質なスーツは返り血を浴び、ポタポタと床を汚す程に浸っていた。血の色が目立たないはずの紺のジャケットまで、大量の血を吸い込んでいるのが見て取れた。

白いシャツは見る影もない程に真っ赤だ。

服だけならまだしも、顔にもおびただしい血が付着しており、まるでキツネ自身、頭から出血しているようなホラー状態であった。髪の先からもポタリポタリと血を滴らせる。

エレベーターの中に徐々に蔓延していく血生臭い香りに、嗅ぎ慣れている稲荷でさえ顔を顰めずにはいられない。

キツネが一歩エレベーターの中へと足を踏み出そうとする。ピチャっという水音を耳にし、途端に恭華の身体が顕著に跳ねた。

「近寄らないでっ!!ダメッス!!この中に入らないで欲しいッス!」
稲荷が手を前に押し出すようにかざす。

抱き着いている恭華の心臓が早鐘を打っているのが稲荷にもよく伝わった。
キツネを目撃したその時からずっと小さく震えてもいる。

ただでさえキツネに恐怖を感じているのだ。恭華が回復したことでキツネの優しさが失われるのではないかと懸念しているのだ。

つまりキツネに対して身構えている。そんな折にこれだ。

「早く恭華ちゃんの声が聴きたかったのは分かるッスけど・・・それはないッスよ」
また恭華にトラウマを植え付ける気かと、稲荷が眉を寄せる。

せっかく声が出るようになったのに、今のショックでまた出せなくなってもおかしくはない。

常に夥しい死体と血液の最中に置かれている稲荷でさえ、もしもそんな血塗れで九尾がエレベーターのドアを塞いでいたら、泣く。いやPTSDを発症するだろう。

か細く呼吸を乱している恭華の背中を優しく撫で、鋭くキツネを睨みつける。

「・・・失礼しました。着替えてきます・・・」
恭華に向かって広げていた腕を下げ、目に見えてがっかりした様子で踵を返し去って行った。

本当に肩を落とすとはこのことだとまざまざと表れていた。

「ぷっ」
叱られた子供のような寂しそうな背中を見て、思わず稲荷が吹き出した。

「あいつ、子どもか・・・」
ホッと胸を撫で下ろした恭華も、稲荷に釣られて笑った。稲荷の胸から離れ、どっと疲れた様子でエレベーターの壁にもたれかかる。

「行こうか、きっとキツネさんも着替えたらすぐに来るよ。恭華ちゃん、ちゃんと声聞かせてあげてね?」
でなければキツネが少し憐れだ。

尋常ではない早さでキツネは帰ってきたのだ。

多分、相当嬉しかったのであろう。血を拭うことも着替えることもせずに真っ先に恭華に逢いにやってきたのだから。

その嬉しさから興奮し最大限苦しみを与えられながら殺されていった本日のターゲットが目に浮かぶ。

処分もそこそこに揚羽に依頼し、揚羽を存分に困惑させた様子も目に浮かぶ。

コクンと恭華が頷くものの、顔は強張っている。

ここはやはり自分が仲を取り持ってやらなければ駄目かと、こっそり息を吐いた。
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