殺人鬼と綺麗な人形はやがて手を取り涙する

なつみかん

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犬生活編

人形は哀しみに諦めをおぼえた-12

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「恭華さん、お昼ですよ~」
キツネの呼ぶ声に、すぐに恭華がダイニングへと顔を覗かせた。

恭華の食欲は表情と共にだいぶ戻り、以前のように甘い物も好むようになった。
キツネと稲荷は毎日恭華に手土産を買ってきて恭華はそれを楽しみにしていた。

以前にも増して甘やかし過ぎである二人に、九尾からドクターストップがかけられた程だ。

表情は戻り、その顔が随分感情を物語るようにはなったものの、声は戻らない。キツネなど、原因が喉にないことは分かっているが、のど飴や喉に優しいホットカリンなどをよく買ってくる。

失声症の原因、それは心的要因に因ること誰もが理解していた。承知していた。しかし、それがキツネの義務でもあるかのように大量に購入する様は、傍から見ても痛々しかった。早く恭華の声が戻ればいい、皆がそう願っていた。

キツネが仕事に行っている間は常に稲荷がそばにいた。

「恭華ちゃ~ん!!今日のお昼どうしようかぁ?」
稲荷がキッチンからダイニングに背を向けた状態で問う。

それにホワイトボードで恭華が答えるのが定常となっていた。

「とりのから揚げ」

「とりのから揚げか~・・・あー、しまった!鳥肉切らせてるんだった!あ、家にあるから取ってくるよ!」
とりのから揚げなんて子どもが喜ぶ料理じゃないか、可愛いなと微笑みながらエプロンを外す。自宅の2階に向かおうとして足を止めた。

ん?

「き、恭華ちゃん何が食べたいって?」

「とりのから揚げと卵焼き!甘めな!」

注文が先程よりもちゃっかり増えているが驚くべきポイントはそこではない。

「っ!!!!!!?恭華ちゃん、声っ!!喋れるようになったの!?」
慌てて恭華に駆け寄った稲荷が頬に触れる。

コクッとうなずいた。

「よかった!!」
ホントによかった!と恭華を力いっぱい抱きしめる。

「でも、いつから?あっ!キツネさんに連絡しなきゃ!」

「ダメっ!」
スマホを取り出した稲荷に慌てて飛びつく。

恭華の声は実は表情が戻った数日後には戻っていた。
しかし言い出せなかったのは怖かったからだという。

何が怖いのだと稲荷は尋ねた。

「俺が全て元通りになったら、あいつにまた酷い事される・・・」
キツネの、幻や奇跡なのではないかというような今の優しさを失うのが怖い。

今キツネが優しいのはキツネのせいで恭華が失声症になった、それに負い目を感じているからだ。

「そんなことないよっ!!恭華ちゃんだって聞いたでしょ?キツネさんの場違いも甚だしい告白を」
恭華に表情や声が戻ろうと、恭華を大切にするだろう。

「そう、かな?」
怖い。

また鎖で繋がれていた時のような仕打ちを受けたらと考えると怖い。

「そうだよ、大丈夫だよ。じゃあ報告入れるよ?」
と言う稲荷は既にプッシュを終え、電話するスタイルになっていた。

「あ、キツネさん?今、大丈夫ッスか?・・・って真っ最中っぽいッスね。すみません・・・」
電話の向こうは銃撃戦の真っ最中のようで、激しい銃声が引っ切りなしに聞こえてくる。

「かけ直すッス・・・」
ドキドキする心臓を押さえ恭華が稲荷の顔を窺いながら見守る中、稲荷が終話しようとする。

『いえ、問題ありませんよ。何です?』
普段と全く変わらない、キツネの悠長な声が響く。

これだから恐ろしい。稲荷が暗殺やアジトの殲滅に挑むときなどは、殺るか殺られるかの緊張感に包まれ、一瞬の油断も許されない状況下に置かれる。

電話をしながらなど以ての外だ。

それが余裕でできてしまうキツネにとっては、相手が人間である限り、蟻を潰す動作や蟻の巣を壊す動作とたいして変わらないのだ。

「恭華ちゃんの声が戻ったので、ご報告をと思ったッス」

『・・・』

「キ、キツネさん?」
反応のない電話の先が怖い。

『フフフフフフ・・・フフフフフフフ❤そうですか、フフフフ。ただちに帰ります』
狂喜に、いや狂気に満ちた笑いを銃声よりも響かせ、キツネは切った。

キツネの興奮具合は誰が見てもマズイ。

このまま恭華に会せたら、何をするか分かったものではない。興奮を抑え切れず、恭華を殺しかねない。

ここは何としてもその熱を下げてから落ち着いて、冷静に帰宅して欲しいものだ。
いっそ一回南極を経由して帰ってきてはくれないだろうか。

今はとりあえず、不安そうに見つめる恭華を安心させるために笑わなくては。

「・・・・すぐに帰るって・・・」
ちょっと引き攣れた笑顔を浮かべる稲荷に、恭華の眉が下がる。

「や、やっぱり怖いっ!!稲荷、お前の家に行こう!そこでから揚げと卵焼き・・・」
稲荷の腕を引き、祈るような面持ちで懇願する。

どうせ材料を下に取りに行かなくてはならないのだ。それは一向に構わない。

だが・・・

「いいけど、キツネさんが帰ってきたら結局会わなきゃダメなんだよ?」
そんなことは恭華も分かっているのだろう。恭華が小さく頷いた。

恭華の心を少しでも軽くすることができるなら、と稲荷も頷いた。

「じゃあ行こう。今日はおやつにケーキ焼こうか?お祝いのケーキ」
恭華を安心させるようにふわりと笑い、手を差し出す。

稲荷の言葉に目を輝かせた恭華が喜んで手を取る。

「何ケーキ!?」
恭華が満面の笑みを浮かべ、稲荷を覗き見る。

「何ケーキがいい?」
もうこの純粋な笑顔も、綺麗な目も見ることができないのだと、気落ちしていた稲荷は、恭華の笑顔に心が弾んだ。

「ショートケーキっ!!!」
イチゴのたくさん載ったやつと、恭華が嬉しそうに声を上げた。

「ちょうどイチゴがあるんだ!じゃあそうしよう」

エレベーターの中でも生クリームとイチゴとスポンジの割合について真剣な表情で力説する恭華の話を、うんうんと微笑みながら聞いていた。

こんなにイキイキして。あの濁った目が、死にたがっていた日々が嘘のようだ。

それにしてもよくしゃべる。しゃべる、しゃべる、しゃべる。

ケーキの割合の話から、いつの間にかケーキが世界を救うという精神論にまで発展している。

「恭華ちゃん、大丈夫だよ」
ふわっと稲荷が笑う。

「え?」
ケーキと宇宙の関係性について話を飛躍させていた恭華が、話を遮って入ってきた稲荷に戸惑う。

「そんなに不安がらなくても大丈夫。落ち着いて?いつもどおりでいいんだよ」
クシャっと恭華の頭を撫で、恭華に笑顔を見せる。

「はは・・・稲荷には敵わないな・・・」
怖い、不安なのだ。不安で仕方ないのだ。

何か喋っていないと、その不安に押し潰されそうなのだ。

こうしている間にもエレベーターは到着音と共に開かれた。
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