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不幸自慢編
人形は孤独から仲間を探した-1
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「稲荷・・・あの子、ずっとマンションの前ウロウロしてる」
マンション前に人がいることは珍しい。というより初めて見た。
マンションの前の通りは、キツネの操作によって辿り着けないようになっているからだ。それが今、4歳か5歳くらいの小さな子が、ウロウロウロウロ歩き回っている。
履いているのはピコピコ鳴る靴だ。その子が歩く度にピコピコ鳴っている。
間違いなく美人になる将来が約束された可愛らしい女の子だ。
恭華の言葉に、稲荷が怪訝そうに眉をひそめる。そんなはずはないのだ。そもそもこのマンションに面している道路には一般人は入れないようにキツネにより操作されている。
だが目を向けた先に本当にいる。歩き始めたばかりというようなヨチヨチ歩きで。
「どうしたんだろ?」
歩み寄ろうと一歩踏み出した恭華の肩を、稲荷が止めた。
「待って恭華ちゃん。俺が行く」
相手は子ども。とはいえ、このキツネのテリトリーに入って来られた子だ。暗殺者という可能性だって否定できないのだ。油断はできない。
「何か困ってるみたいだね・・・」
稲荷が慎重でありながらも子どもに向かい駆けていった。
「どうしたの?迷子かな?」
その子どもに合わせるために、小さくしゃがみ込んだ稲荷が、首を傾げている。ふわりといつもの笑みを浮かべて。
ただ、子どもから間合いを取ることは忘れない。
「にいちゃんかげつのことしってんの?」
子どもも稲荷の真似をして、しゃがみ込んで首を傾げている。その姿はとても愛らしく、遠巻きに見ていた恭華にも思わず笑みが浮かぶ。かげつというらしい。
「ん?知らないんだ、ごめんね?だからね、お兄ちゃんに教えてくれるかな?かげつちゃんはどこに行きたいの?」
かげつの頭をよしよしと撫でながら、首を反対に傾げて稲荷が聞く。
かげつという子に何の警戒も殺気もないことを確認する。触れても一瞬たりとも緊張感を走らせたりしない。プロでさえ、僅かではあるもののその警戒心から少しの緊張を走らせるものだ。どうやら本当に迷い込んできただけらしい。
「かげつ、かげつね、やおやさんにおさかなかいにきたのに、ないの!かげつはどこにいきたいの?」
かげつもまた稲荷が傾げた方に首を傾げる。
「んー、そっか・・・八百屋さんはお野菜が売っているところだから、お魚屋さんに行きたいのかな?」
警戒を解いた稲荷がニコニコと微笑む。
「にいちゃんはおやさい、うってんの?じゃあおさかなください!」
かげつが肩から提げていたショルダーバッグを漁る。
首から提げているクマのがま口がありながら。
突如稲荷が、かげつがバッグを漁っている手をガシッと掴む。
「に、にいちゃん、いたい・・・」
細い棒のような手首を突然強めに握られ、かげつが驚いた後、痛みに顔を歪める。あまりに突然の出来事に、かげつは怯え切り、プルプルと震えながら稲荷を不安そうに見つめる。
「い、稲荷?」
その様子を見ていた恭華が不審に思った。子ども相手に稲荷の雰囲気が冷たく変わったのだ。
何事かと近付こうとする。
「恭華ちゃん来ちゃダメ!・・・ねぇ、かげつちゃん。これ、何?」
かげつの手をそのままバッグから引き上げる。
その手にはしっかりと人間を刻める程の大型のサバイバルナイフが握られている。
「げっ!!何それ、何で?おもちゃだろ?」
似たようなナイフを嫌と言う程目にしている恭華の片眉が上がる。
こんな小さな子が本物のナイフなど持っているはずがない。第一必要ないだろう?
「にいちゃ・・いたい・・・これかげつのナイフだよ」
かげつの顔が泣きそうに歪んでいく。
「何でかげつちゃんはナイフなんて持ってんの?これで何しようとしたの?」
ナイフを手にして尚、何の殺気も出さないかげつを少し不思議に思いながらも、稲荷は依然として子ども相手とは思えない鋭い雰囲気を保ち続ける。
「か、かげつはころしやさんだから、だからもってんの!!でもかげつにいちゃんたちころさないもん!!かげつころしちゃダメっていわれてるからっ!!」
ついにかげつがポロポロ涙を零し始めた。
「ちょ、稲荷、小さい子いじめたらダメだろ!?離してやれよ」
恭華がかげつに歩み寄り、同じようにしゃがんだ。
そしてキツネに無理矢理持たされた白いレースのハンカチでかげつの涙を拭ってやる。
「かげつちゃんは誰かに命令されてここに来たんじゃないの!?キツネさんを暗殺しに来たんじゃないの?」
事実、先程自分で殺し屋さんだと言っていた。
「キツネさん?ちがうよ!かげつはどうぶつころしたりしないもんっ!かげつはやおやさんにおさかなかいにきただけなのに・・・」
びえ~んっと鼻水を垂れ流しながら大泣きする。手に握っていたナイフはとっくに離されていたが、稲荷に掴まれたままだ。
その腕を振りほどきたいのか、ブンブンと振って泣き喚く。
「え、あ、えっと・・・ご、ごめん。かげつちゃんごめんね?ナイフ出てきたから驚いちゃって・・・」
子どもに大泣きされ、慌てふためいた稲荷がかげつの手を離した。
キツネと聞き、動物のキツネのことだと思っているこの子は、本当に何も知らないのだろう。これが演技だとしたら大したものだ。将来演技派と呼ばれる女優になれること間違いない。
「大丈夫か?」
手を離されヨロッと足元をふらつかせたかげつの背中を支える。
「もうかげつかえる」
グシグシと目を擦りながら立ち上がる。
「でも、かげつ、お魚買うんだろ?」
フラフラと歩き出そうとするかげつを恭華が呼び止めた。幼い子を大泣きさせたまま帰らせるのは少し忍びない。
稲荷が泣かせてしまった責任は、恭華が取らなければと強い使命感に駆られた。
「にいちゃんやおやさん?おさかなくれる?」
目に涙を、鼻に鼻水を残したまま恭華に向かって首を傾げる。
「え?俺?」
傾げられた首と同じ方向に恭華も傾いた。
「おさかなください!」
頬に涙を光らせて満面の笑みを浮かべたかげつが、首から提げているクマのがま口を開いている。
だが、がま口にお金は入っていない。ここに魚を入れろということなのか。
「い、稲荷・・・どうしよう・・・」
かげつに極上の笑みを向けながらも、困り果てた恭華は稲荷に助けを求める。
今日は稲荷と買い物に出かける約束をしていたのだ。買い物にでかけた後、映画を観ようということになっていた。ポップコーンは一番大きいサイズを買ってくれると言っていたから楽しみにしていたのだ。
絶対に塩バターとキャラメルのハーフにするのだと意気込んでいたのだ。
「う~ん・・・かげつちゃんは何のお魚ちゃんが欲しいのかな?」
優しい雰囲気に戻った稲荷がかげつに話しかけたが、途端にかげつがビクッと震えた。
「あ、ごめ・・・」
まだ断定はできないものの、かげつは暗殺者でも何でもなかった。本当に八百屋に魚を買いに来て、迷い込んでしまっただけのようだ。
そんな子を疑い、大人気なく殺気を出して脅したのだ、怖がられて当然だ。
稲荷の肩がしょんぼりと落ちる。
「かげつ、このお兄ちゃん本当はとっても優しいんだよ?」
ほら、と恭華が稲荷の両頬を引っ張り上げ無理矢理笑顔を作り上げる。
「いはい、ひょうはひゃん・・・(痛い、恭華ちゃん)」
「じゃあ、にいちゃんはおさかな?」
真偽を確かめるように稲荷を覗き込み、首を傾げる。
「あ・・・うん・・・俺、一応、人間やってます・・・」
魚・・・魚っぽい顔をしているだろうか?そりゃ恭華と比べたらかなり崩れた顔をしているのだろうが、よもや魚と間違えられることはあるまい。稲荷は今の今まではそう思っていた。
落ち込んだ稲荷が確かめるようにペタペタと自分の顔を触る。
「かげつのおさかなはどこだろうねぇ?」
かげつが稲荷に向かって首を傾げる。もう稲荷に対する恐怖を払拭したようだ。
年齢の割に言葉は片言、バッグに身の丈に合わないサバイバルナイフを所持、さかなと人間の区別もつかず、買い物も一人でできない。
その全てが暗殺技術に注ぎ込まれ、それ以外の発達が妙に遅れる。明らかに暗殺目的で育てられた子の特徴だ。
それは間違いないはずだがどうやらここには暗殺に来た訳ではないらしい。
不思議な子だ。
「で、かげつは何の魚が欲しいんだ?」
稲荷の不安など露ほども知らない恭華が無邪気にかげつの頭を撫でる。
三人仲良く座り込み、マンションの前で秘密会議を開くようにたむろする。
「いちご~!!!!」
元気よく手を上げたかげつがそう告げる。
恭華と稲荷は顔を見合わせ困惑した。野菜でも魚でもなかったとは……。
「イチゴ・・・かげつ、それ果物だな」
どこか誇らしげなかげつの頭を、よしよしと恭華が撫でてやる。
「くだ、もの・・・・?」
かげつの眉が困ったように下がり、その顔で恭華をじっと見つめる。
「そう、果物だね。イチゴならちょうど家にあるから持って帰っていいよ?」
稲荷がふわりと笑い、かげつの頭を撫でる。
「ありがとぉ!!」
かげつからは稲荷に対する恐怖は一切感じられない。
「じゃあ、行こう?」
稲荷がかげつを抱え上げる。
「え?・・・・・ええっ!?ちょ、ちょっと待って稲荷!!?ダメだろ?マンションの中とか・・・」
色々ヤバい。まず幼女を連れ込む時点で完全にアウト!
そして連れ込む先は、暗殺一家のアジトだ、2階の稲荷のフロアしか入らないとはいえ、稲荷の居住以外の部屋は、ほとんどが武器庫やキツネの趣味の部屋だ。
今は屋上にいるとはいえ、中にはトラやライオン、熊、蛇など猛獣だらけ。
もう本当に何もかもアウト!!
「大丈夫だよ、ねぇ?かげつちゃん?」
稲荷がかげつに向かってふわりと笑う。
「ねー」
よく分かっていないであろうかげつも嬉しそうにうなずく。
ああ、稲荷はいつもこうやって人畜無害な顔をしてターゲットに近づいて、油断したところをグサッといくのかな、と恭華が寒々しい想像を膨らませる。
そうしている間にも稲荷はかげつを抱えてマンション内へと入っていった。
「ああ!!もうっ!!」
まさか稲荷もあんな小さな子を殺す、なんてことはないだろうが、かげつがマズイものを目にしないように自分が注意しなくては、と恭華も後を追う。
揚羽もキツネもいなくて本当によかった。あの二人ならたとえどんなに小さい子でも一瞬のためらいもなく殺すだろう。
マンション前に人がいることは珍しい。というより初めて見た。
マンションの前の通りは、キツネの操作によって辿り着けないようになっているからだ。それが今、4歳か5歳くらいの小さな子が、ウロウロウロウロ歩き回っている。
履いているのはピコピコ鳴る靴だ。その子が歩く度にピコピコ鳴っている。
間違いなく美人になる将来が約束された可愛らしい女の子だ。
恭華の言葉に、稲荷が怪訝そうに眉をひそめる。そんなはずはないのだ。そもそもこのマンションに面している道路には一般人は入れないようにキツネにより操作されている。
だが目を向けた先に本当にいる。歩き始めたばかりというようなヨチヨチ歩きで。
「どうしたんだろ?」
歩み寄ろうと一歩踏み出した恭華の肩を、稲荷が止めた。
「待って恭華ちゃん。俺が行く」
相手は子ども。とはいえ、このキツネのテリトリーに入って来られた子だ。暗殺者という可能性だって否定できないのだ。油断はできない。
「何か困ってるみたいだね・・・」
稲荷が慎重でありながらも子どもに向かい駆けていった。
「どうしたの?迷子かな?」
その子どもに合わせるために、小さくしゃがみ込んだ稲荷が、首を傾げている。ふわりといつもの笑みを浮かべて。
ただ、子どもから間合いを取ることは忘れない。
「にいちゃんかげつのことしってんの?」
子どもも稲荷の真似をして、しゃがみ込んで首を傾げている。その姿はとても愛らしく、遠巻きに見ていた恭華にも思わず笑みが浮かぶ。かげつというらしい。
「ん?知らないんだ、ごめんね?だからね、お兄ちゃんに教えてくれるかな?かげつちゃんはどこに行きたいの?」
かげつの頭をよしよしと撫でながら、首を反対に傾げて稲荷が聞く。
かげつという子に何の警戒も殺気もないことを確認する。触れても一瞬たりとも緊張感を走らせたりしない。プロでさえ、僅かではあるもののその警戒心から少しの緊張を走らせるものだ。どうやら本当に迷い込んできただけらしい。
「かげつ、かげつね、やおやさんにおさかなかいにきたのに、ないの!かげつはどこにいきたいの?」
かげつもまた稲荷が傾げた方に首を傾げる。
「んー、そっか・・・八百屋さんはお野菜が売っているところだから、お魚屋さんに行きたいのかな?」
警戒を解いた稲荷がニコニコと微笑む。
「にいちゃんはおやさい、うってんの?じゃあおさかなください!」
かげつが肩から提げていたショルダーバッグを漁る。
首から提げているクマのがま口がありながら。
突如稲荷が、かげつがバッグを漁っている手をガシッと掴む。
「に、にいちゃん、いたい・・・」
細い棒のような手首を突然強めに握られ、かげつが驚いた後、痛みに顔を歪める。あまりに突然の出来事に、かげつは怯え切り、プルプルと震えながら稲荷を不安そうに見つめる。
「い、稲荷?」
その様子を見ていた恭華が不審に思った。子ども相手に稲荷の雰囲気が冷たく変わったのだ。
何事かと近付こうとする。
「恭華ちゃん来ちゃダメ!・・・ねぇ、かげつちゃん。これ、何?」
かげつの手をそのままバッグから引き上げる。
その手にはしっかりと人間を刻める程の大型のサバイバルナイフが握られている。
「げっ!!何それ、何で?おもちゃだろ?」
似たようなナイフを嫌と言う程目にしている恭華の片眉が上がる。
こんな小さな子が本物のナイフなど持っているはずがない。第一必要ないだろう?
「にいちゃ・・いたい・・・これかげつのナイフだよ」
かげつの顔が泣きそうに歪んでいく。
「何でかげつちゃんはナイフなんて持ってんの?これで何しようとしたの?」
ナイフを手にして尚、何の殺気も出さないかげつを少し不思議に思いながらも、稲荷は依然として子ども相手とは思えない鋭い雰囲気を保ち続ける。
「か、かげつはころしやさんだから、だからもってんの!!でもかげつにいちゃんたちころさないもん!!かげつころしちゃダメっていわれてるからっ!!」
ついにかげつがポロポロ涙を零し始めた。
「ちょ、稲荷、小さい子いじめたらダメだろ!?離してやれよ」
恭華がかげつに歩み寄り、同じようにしゃがんだ。
そしてキツネに無理矢理持たされた白いレースのハンカチでかげつの涙を拭ってやる。
「かげつちゃんは誰かに命令されてここに来たんじゃないの!?キツネさんを暗殺しに来たんじゃないの?」
事実、先程自分で殺し屋さんだと言っていた。
「キツネさん?ちがうよ!かげつはどうぶつころしたりしないもんっ!かげつはやおやさんにおさかなかいにきただけなのに・・・」
びえ~んっと鼻水を垂れ流しながら大泣きする。手に握っていたナイフはとっくに離されていたが、稲荷に掴まれたままだ。
その腕を振りほどきたいのか、ブンブンと振って泣き喚く。
「え、あ、えっと・・・ご、ごめん。かげつちゃんごめんね?ナイフ出てきたから驚いちゃって・・・」
子どもに大泣きされ、慌てふためいた稲荷がかげつの手を離した。
キツネと聞き、動物のキツネのことだと思っているこの子は、本当に何も知らないのだろう。これが演技だとしたら大したものだ。将来演技派と呼ばれる女優になれること間違いない。
「大丈夫か?」
手を離されヨロッと足元をふらつかせたかげつの背中を支える。
「もうかげつかえる」
グシグシと目を擦りながら立ち上がる。
「でも、かげつ、お魚買うんだろ?」
フラフラと歩き出そうとするかげつを恭華が呼び止めた。幼い子を大泣きさせたまま帰らせるのは少し忍びない。
稲荷が泣かせてしまった責任は、恭華が取らなければと強い使命感に駆られた。
「にいちゃんやおやさん?おさかなくれる?」
目に涙を、鼻に鼻水を残したまま恭華に向かって首を傾げる。
「え?俺?」
傾げられた首と同じ方向に恭華も傾いた。
「おさかなください!」
頬に涙を光らせて満面の笑みを浮かべたかげつが、首から提げているクマのがま口を開いている。
だが、がま口にお金は入っていない。ここに魚を入れろということなのか。
「い、稲荷・・・どうしよう・・・」
かげつに極上の笑みを向けながらも、困り果てた恭華は稲荷に助けを求める。
今日は稲荷と買い物に出かける約束をしていたのだ。買い物にでかけた後、映画を観ようということになっていた。ポップコーンは一番大きいサイズを買ってくれると言っていたから楽しみにしていたのだ。
絶対に塩バターとキャラメルのハーフにするのだと意気込んでいたのだ。
「う~ん・・・かげつちゃんは何のお魚ちゃんが欲しいのかな?」
優しい雰囲気に戻った稲荷がかげつに話しかけたが、途端にかげつがビクッと震えた。
「あ、ごめ・・・」
まだ断定はできないものの、かげつは暗殺者でも何でもなかった。本当に八百屋に魚を買いに来て、迷い込んでしまっただけのようだ。
そんな子を疑い、大人気なく殺気を出して脅したのだ、怖がられて当然だ。
稲荷の肩がしょんぼりと落ちる。
「かげつ、このお兄ちゃん本当はとっても優しいんだよ?」
ほら、と恭華が稲荷の両頬を引っ張り上げ無理矢理笑顔を作り上げる。
「いはい、ひょうはひゃん・・・(痛い、恭華ちゃん)」
「じゃあ、にいちゃんはおさかな?」
真偽を確かめるように稲荷を覗き込み、首を傾げる。
「あ・・・うん・・・俺、一応、人間やってます・・・」
魚・・・魚っぽい顔をしているだろうか?そりゃ恭華と比べたらかなり崩れた顔をしているのだろうが、よもや魚と間違えられることはあるまい。稲荷は今の今まではそう思っていた。
落ち込んだ稲荷が確かめるようにペタペタと自分の顔を触る。
「かげつのおさかなはどこだろうねぇ?」
かげつが稲荷に向かって首を傾げる。もう稲荷に対する恐怖を払拭したようだ。
年齢の割に言葉は片言、バッグに身の丈に合わないサバイバルナイフを所持、さかなと人間の区別もつかず、買い物も一人でできない。
その全てが暗殺技術に注ぎ込まれ、それ以外の発達が妙に遅れる。明らかに暗殺目的で育てられた子の特徴だ。
それは間違いないはずだがどうやらここには暗殺に来た訳ではないらしい。
不思議な子だ。
「で、かげつは何の魚が欲しいんだ?」
稲荷の不安など露ほども知らない恭華が無邪気にかげつの頭を撫でる。
三人仲良く座り込み、マンションの前で秘密会議を開くようにたむろする。
「いちご~!!!!」
元気よく手を上げたかげつがそう告げる。
恭華と稲荷は顔を見合わせ困惑した。野菜でも魚でもなかったとは……。
「イチゴ・・・かげつ、それ果物だな」
どこか誇らしげなかげつの頭を、よしよしと恭華が撫でてやる。
「くだ、もの・・・・?」
かげつの眉が困ったように下がり、その顔で恭華をじっと見つめる。
「そう、果物だね。イチゴならちょうど家にあるから持って帰っていいよ?」
稲荷がふわりと笑い、かげつの頭を撫でる。
「ありがとぉ!!」
かげつからは稲荷に対する恐怖は一切感じられない。
「じゃあ、行こう?」
稲荷がかげつを抱え上げる。
「え?・・・・・ええっ!?ちょ、ちょっと待って稲荷!!?ダメだろ?マンションの中とか・・・」
色々ヤバい。まず幼女を連れ込む時点で完全にアウト!
そして連れ込む先は、暗殺一家のアジトだ、2階の稲荷のフロアしか入らないとはいえ、稲荷の居住以外の部屋は、ほとんどが武器庫やキツネの趣味の部屋だ。
今は屋上にいるとはいえ、中にはトラやライオン、熊、蛇など猛獣だらけ。
もう本当に何もかもアウト!!
「大丈夫だよ、ねぇ?かげつちゃん?」
稲荷がかげつに向かってふわりと笑う。
「ねー」
よく分かっていないであろうかげつも嬉しそうにうなずく。
ああ、稲荷はいつもこうやって人畜無害な顔をしてターゲットに近づいて、油断したところをグサッといくのかな、と恭華が寒々しい想像を膨らませる。
そうしている間にも稲荷はかげつを抱えてマンション内へと入っていった。
「ああ!!もうっ!!」
まさか稲荷もあんな小さな子を殺す、なんてことはないだろうが、かげつがマズイものを目にしないように自分が注意しなくては、と恭華も後を追う。
揚羽もキツネもいなくて本当によかった。あの二人ならたとえどんなに小さい子でも一瞬のためらいもなく殺すだろう。
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