殺人鬼と綺麗な人形はやがて手を取り涙する

なつみかん

文字の大きさ
71 / 84
不幸自慢編

人形は孤独から仲間を探した-1

しおりを挟む
「稲荷・・・あの子、ずっとマンションの前ウロウロしてる」
マンション前に人がいることは珍しい。というより初めて見た。

マンションの前の通りは、キツネの操作によって辿り着けないようになっているからだ。それが今、4歳か5歳くらいの小さな子が、ウロウロウロウロ歩き回っている。

履いているのはピコピコ鳴る靴だ。その子が歩く度にピコピコ鳴っている。
間違いなく美人になる将来が約束された可愛らしい女の子だ。

恭華の言葉に、稲荷が怪訝そうに眉をひそめる。そんなはずはないのだ。そもそもこのマンションに面している道路には一般人は入れないようにキツネにより操作されている。

だが目を向けた先に本当にいる。歩き始めたばかりというようなヨチヨチ歩きで。

「どうしたんだろ?」
歩み寄ろうと一歩踏み出した恭華の肩を、稲荷が止めた。

「待って恭華ちゃん。俺が行く」
相手は子ども。とはいえ、このキツネのテリトリーに入って来られた子だ。暗殺者という可能性だって否定できないのだ。油断はできない。

「何か困ってるみたいだね・・・」
稲荷が慎重でありながらも子どもに向かい駆けていった。

「どうしたの?迷子かな?」
その子どもに合わせるために、小さくしゃがみ込んだ稲荷が、首を傾げている。ふわりといつもの笑みを浮かべて。

ただ、子どもから間合いを取ることは忘れない。

「にいちゃんかげつのことしってんの?」
子どもも稲荷の真似をして、しゃがみ込んで首を傾げている。その姿はとても愛らしく、遠巻きに見ていた恭華にも思わず笑みが浮かぶ。かげつというらしい。

「ん?知らないんだ、ごめんね?だからね、お兄ちゃんに教えてくれるかな?かげつちゃんはどこに行きたいの?」
かげつの頭をよしよしと撫でながら、首を反対に傾げて稲荷が聞く。

かげつという子に何の警戒も殺気もないことを確認する。触れても一瞬たりとも緊張感を走らせたりしない。プロでさえ、僅かではあるもののその警戒心から少しの緊張を走らせるものだ。どうやら本当に迷い込んできただけらしい。

「かげつ、かげつね、やおやさんにおさかなかいにきたのに、ないの!かげつはどこにいきたいの?」
かげつもまた稲荷が傾げた方に首を傾げる。

「んー、そっか・・・八百屋さんはお野菜が売っているところだから、お魚屋さんに行きたいのかな?」
警戒を解いた稲荷がニコニコと微笑む。

「にいちゃんはおやさい、うってんの?じゃあおさかなください!」
かげつが肩から提げていたショルダーバッグを漁る。

首から提げているクマのがま口がありながら。

突如稲荷が、かげつがバッグを漁っている手をガシッと掴む。

「に、にいちゃん、いたい・・・」
細い棒のような手首を突然強めに握られ、かげつが驚いた後、痛みに顔を歪める。あまりに突然の出来事に、かげつは怯え切り、プルプルと震えながら稲荷を不安そうに見つめる。

「い、稲荷?」
その様子を見ていた恭華が不審に思った。子ども相手に稲荷の雰囲気が冷たく変わったのだ。

何事かと近付こうとする。

「恭華ちゃん来ちゃダメ!・・・ねぇ、かげつちゃん。これ、何?」
かげつの手をそのままバッグから引き上げる。

その手にはしっかりと人間を刻める程の大型のサバイバルナイフが握られている。

「げっ!!何それ、何で?おもちゃだろ?」
似たようなナイフを嫌と言う程目にしている恭華の片眉が上がる。

こんな小さな子が本物のナイフなど持っているはずがない。第一必要ないだろう?

「にいちゃ・・いたい・・・これかげつのナイフだよ」
かげつの顔が泣きそうに歪んでいく。

「何でかげつちゃんはナイフなんて持ってんの?これで何しようとしたの?」
ナイフを手にして尚、何の殺気も出さないかげつを少し不思議に思いながらも、稲荷は依然として子ども相手とは思えない鋭い雰囲気を保ち続ける。

「か、かげつはころしやさんだから、だからもってんの!!でもかげつにいちゃんたちころさないもん!!かげつころしちゃダメっていわれてるからっ!!」
ついにかげつがポロポロ涙を零し始めた。

「ちょ、稲荷、小さい子いじめたらダメだろ!?離してやれよ」
恭華がかげつに歩み寄り、同じようにしゃがんだ。

そしてキツネに無理矢理持たされた白いレースのハンカチでかげつの涙を拭ってやる。

「かげつちゃんは誰かに命令されてここに来たんじゃないの!?キツネさんを暗殺しに来たんじゃないの?」
事実、先程自分で殺し屋さんだと言っていた。

「キツネさん?ちがうよ!かげつはどうぶつころしたりしないもんっ!かげつはやおやさんにおさかなかいにきただけなのに・・・」
びえ~んっと鼻水を垂れ流しながら大泣きする。手に握っていたナイフはとっくに離されていたが、稲荷に掴まれたままだ。

その腕を振りほどきたいのか、ブンブンと振って泣き喚く。

「え、あ、えっと・・・ご、ごめん。かげつちゃんごめんね?ナイフ出てきたから驚いちゃって・・・」
子どもに大泣きされ、慌てふためいた稲荷がかげつの手を離した。

キツネと聞き、動物のキツネのことだと思っているこの子は、本当に何も知らないのだろう。これが演技だとしたら大したものだ。将来演技派と呼ばれる女優になれること間違いない。

「大丈夫か?」
手を離されヨロッと足元をふらつかせたかげつの背中を支える。

「もうかげつかえる」
グシグシと目を擦りながら立ち上がる。

「でも、かげつ、お魚買うんだろ?」
フラフラと歩き出そうとするかげつを恭華が呼び止めた。幼い子を大泣きさせたまま帰らせるのは少し忍びない。

稲荷が泣かせてしまった責任は、恭華が取らなければと強い使命感に駆られた。

「にいちゃんやおやさん?おさかなくれる?」
目に涙を、鼻に鼻水を残したまま恭華に向かって首を傾げる。

「え?俺?」
傾げられた首と同じ方向に恭華も傾いた。

「おさかなください!」
頬に涙を光らせて満面の笑みを浮かべたかげつが、首から提げているクマのがま口を開いている。

だが、がま口にお金は入っていない。ここに魚を入れろということなのか。

「い、稲荷・・・どうしよう・・・」
かげつに極上の笑みを向けながらも、困り果てた恭華は稲荷に助けを求める。

今日は稲荷と買い物に出かける約束をしていたのだ。買い物にでかけた後、映画を観ようということになっていた。ポップコーンは一番大きいサイズを買ってくれると言っていたから楽しみにしていたのだ。

絶対に塩バターとキャラメルのハーフにするのだと意気込んでいたのだ。

「う~ん・・・かげつちゃんは何のお魚ちゃんが欲しいのかな?」
優しい雰囲気に戻った稲荷がかげつに話しかけたが、途端にかげつがビクッと震えた。

「あ、ごめ・・・」
まだ断定はできないものの、かげつは暗殺者でも何でもなかった。本当に八百屋に魚を買いに来て、迷い込んでしまっただけのようだ。

そんな子を疑い、大人気なく殺気を出して脅したのだ、怖がられて当然だ。

稲荷の肩がしょんぼりと落ちる。

「かげつ、このお兄ちゃん本当はとっても優しいんだよ?」
ほら、と恭華が稲荷の両頬を引っ張り上げ無理矢理笑顔を作り上げる。

「いはい、ひょうはひゃん・・・(痛い、恭華ちゃん)」

「じゃあ、にいちゃんはおさかな?」
真偽を確かめるように稲荷を覗き込み、首を傾げる。

「あ・・・うん・・・俺、一応、人間やってます・・・」
魚・・・魚っぽい顔をしているだろうか?そりゃ恭華と比べたらかなり崩れた顔をしているのだろうが、よもや魚と間違えられることはあるまい。稲荷は今の今まではそう思っていた。

落ち込んだ稲荷が確かめるようにペタペタと自分の顔を触る。

「かげつのおさかなはどこだろうねぇ?」
かげつが稲荷に向かって首を傾げる。もう稲荷に対する恐怖を払拭したようだ。

年齢の割に言葉は片言、バッグに身の丈に合わないサバイバルナイフを所持、さかなと人間の区別もつかず、買い物も一人でできない。

その全てが暗殺技術に注ぎ込まれ、それ以外の発達が妙に遅れる。明らかに暗殺目的で育てられた子の特徴だ。

それは間違いないはずだがどうやらここには暗殺に来た訳ではないらしい。
不思議な子だ。

「で、かげつは何の魚が欲しいんだ?」
稲荷の不安など露ほども知らない恭華が無邪気にかげつの頭を撫でる。

三人仲良く座り込み、マンションの前で秘密会議を開くようにたむろする。

「いちご~!!!!」
元気よく手を上げたかげつがそう告げる。

恭華と稲荷は顔を見合わせ困惑した。野菜でも魚でもなかったとは……。

「イチゴ・・・かげつ、それ果物だな」
どこか誇らしげなかげつの頭を、よしよしと恭華が撫でてやる。

「くだ、もの・・・・?」
かげつの眉が困ったように下がり、その顔で恭華をじっと見つめる。

「そう、果物だね。イチゴならちょうど家にあるから持って帰っていいよ?」
稲荷がふわりと笑い、かげつの頭を撫でる。

「ありがとぉ!!」
かげつからは稲荷に対する恐怖は一切感じられない。

「じゃあ、行こう?」
稲荷がかげつを抱え上げる。

「え?・・・・・ええっ!?ちょ、ちょっと待って稲荷!!?ダメだろ?マンションの中とか・・・」
色々ヤバい。まず幼女を連れ込む時点で完全にアウト!

そして連れ込む先は、暗殺一家のアジトだ、2階の稲荷のフロアしか入らないとはいえ、稲荷の居住以外の部屋は、ほとんどが武器庫やキツネの趣味の部屋だ。

今は屋上にいるとはいえ、中にはトラやライオン、熊、蛇など猛獣だらけ。

もう本当に何もかもアウト!!

「大丈夫だよ、ねぇ?かげつちゃん?」
稲荷がかげつに向かってふわりと笑う。

「ねー」
よく分かっていないであろうかげつも嬉しそうにうなずく。

ああ、稲荷はいつもこうやって人畜無害な顔をしてターゲットに近づいて、油断したところをグサッといくのかな、と恭華が寒々しい想像を膨らませる。

そうしている間にも稲荷はかげつを抱えてマンション内へと入っていった。

「ああ!!もうっ!!」
まさか稲荷もあんな小さな子を殺す、なんてことはないだろうが、かげつがマズイものを目にしないように自分が注意しなくては、と恭華も後を追う。

揚羽もキツネもいなくて本当によかった。あの二人ならたとえどんなに小さい子でも一瞬のためらいもなく殺すだろう。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

終焉の晩餐会:追放される悪役令息は、狂欲の執事と飢えた庭師を飼い慣らす

河野彰
BL
かつて、ローゼンベルグ家の庭には白薔薇が咲き誇っていた。嫡男リュシアンは、そのバラのように繊細で、風が吹けば折れてしまいそうなほど心優しい青年だった。しかし、名門という名の虚飾は、代々の放蕩が積み上げた「負の遺産」によって、音を立てて崩れようとしていた。 悪役になり切れぬリュシアンと彼を執拗にいたぶる執事のフェラム、純粋な愛情を注ぐ?庭師のルタムの狂気の三重奏。

氷の檻に閉じ込められた月~兄上のすべては、私のもの~

春野ふぶき
BL
『兄上は私のものだ。魂も、肉体も。永遠に―—』 アーヴェント侯爵家の長男ライカは、妾腹として正妻に虐げられ続けてきた。 唯一の救いは、次期当主を目される異母弟カイエンの存在。 美しく聡明で、氷の騎士と呼ばれる彼だけは、常にライカの味方だった。 だが、その愛情は兄を守るものではなく、深く歪んだ執着だった。 母を排除し、兄を囲い込み、逃げれば鎖で捕らえる。 そしてついに、ライカの心身は限界に追い詰められていく。 ——カイエンが下す「最後の選択」とは。 ふたりが辿る結末は、幸福か、それとも狂気の果てか。

異世界オークションで売られた俺、落札したのは昔助けた狼でした

うんとこどっこいしょ
BL
異世界の闇オークションで商品として目覚めた青年・アキラ。 獣人族たちに値踏みされ、競りにかけられる恐怖の中、彼を千枚の金貨で落札したのは、銀灰色の髪を持つ狼の獣人・ロウだった。 怯えるアキラに、ロウは思いがけない言葉を告げる。 「やっと会えた。お前は俺の命の恩人だ」 戸惑うアキラの脳裏に蘇るのは、かつて雨の日に助けた一匹の子狼との記憶。 獣人世界を舞台に、命の恩人であるアキラと、一途に想い続けた狼獣人が紡ぐ、執着と溺愛の異世界BLロマンス。 第一章 完結 第二章 完結

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

イケメンダブルセンターとアンチ>ファンな平凡な俺

スノウマン(ユッキー)
BL
アイドルグループ【オーバーウェルミング】は圧倒的な歌唱力の深山影月、圧倒的なパフォーマンス力の漣陽太、そして圧倒的な平凡力な俺間桐真緒の3人で結成されている。  大人気の二人と違いアンチしかいない俺だが、メンバーからもファンからも愛される日が果たしてくるのか!?

お兄ちゃんができた!!

くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。 お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。 「悠くんはえらい子だね。」 「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」 「ふふ、かわいいね。」 律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡ 「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」 ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される

マンスーン
BL
​王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。 泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。

処理中です...