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不幸自慢編
人形は孤独から仲間を探した-3
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稲荷の背中を押し、慌ててホールに着いた時、何とも言えないピーンと張ったような空気だった。
キツネと遥が睨みあい、遥の背後に兎夜が隠れ、キツネの背後に揚羽が殺気丸出しで構えている。
「あ、火月!!」
稲荷に抱えられた火月の元気な姿を目にして、兎夜がほっとする。
「いえ、ですから何もしてません。お願いですから、大切にしまっていただけませんかねぇ、その殺気・・・」
キツネと向き合っている人がきっと遥。
「殺気?出してないよ、今はまだ・・・」
その顔は優しそうな笑みを浮かべているものの、そこにいるだけで存在感がものすごい。キツネの存在感が霞んでしまうほどの空気だ。
キツネに並ぶ高身長だ。それに・・・酷く顔が整っている。同じく整っている恭華が見ても、その顔のパーツが完璧に計算された配置で並んでいるように綿密な機械で製造したアンドロイドのように見える。
遥は兎夜を庇うように前に立っている。その後ろで兎夜がうぅ~っと警戒心をむき出しにして威嚇している。
「うわっ・・・キレーな顔・・・」
思わずため息と共に感嘆の声が漏れた。
「へ~、恭華ちゃんが見てもそう思うんだ・・・」
稲荷が火月を静かに下ろした。
「どうも、火月がお世話になったみたいで・・・」
駆け寄った火月を抱え上げ、稲荷に向かって言った。
「い、いえ、何も・・・」
稲荷が恐縮する。何しろ相手は揚羽も稲荷もそしてキツネでさえ簡単に捻り潰した化け物だ。
稲荷だってそれはそれは死ぬような思いをさせられた。怯えこそないとはいえ、萎縮せずにはいられない。
「あ、君が恭華君だね。本当に綺麗な顔してる」
遥がニコッと微笑みかけてきた。
その儚げで魅力のある笑顔に思わず恭華もドキッとして頬を赤く染める。
その後ろの兎夜がムッとした顔で二人の様子を見つめている。
「い、いや・・・あんたも・・・」
あんたの方が綺麗だ、そう心から思う。
「フフッ、気に入ってもらっても恭華さんは差し上げませんよ?」
いつの間にか背後にいて、腰に手を巻き付けたキツネが、恭華に体重をのしかける。
「うっ・・・重い・・・」
キツネから逃れるように前に歩み出たが、キツネをズルズルと数歩引きずっただけだった。
「ははっ、俺はウサちゃん一筋だから。お前とは違ってね」
遥も同じように兎夜の背後に巻き付く。
「うっ・・・重い・・・」
遥から逃れるように兎夜も歩み出たが、同じく遥をズルズル引きずるだけだった。
「フフッ、あの時は本当に申し訳ありませんでした。それ、内緒にしてくださいよ。今では恭華さん一筋ですから❤」
「嘘吐けよ、俺がいない時、こっそり他の男と犯りまくって、殺りまくってんだろ!!」
背後のキツネに肘鉄をくらわせる。
「おやおや、恭華さんヤキモチでしょうか❤」
「あー、はいはい、そうですね。いいから退け!!」
諦めから肩を落とす恭華の首筋に、キツネの唇が落とされる。
「ああっ!!痕残すなって言ってんだろ!!!」
チュウッと吸っているキツネの頭を押しやる。
「ねえ、恭華君。火月に親切にしてくれたお礼に何でも望み叶えてあげる」
何でもいいよ?と遥が微笑む。
「え?・・・い、いや急に言われても望みなんてないし・・・」
ゆらゆらとキツネに揺らされるままに揺れている恭華がう~んと悩む。
「本当に?何でもいいんだよ?例えば・・・」
「わぁぁぁぁっ!!!!そ、そういえばキツネさん!明日って大仕事があったんじゃ?」
「キツネ様、明日の打合せを致しましょう」
「キツネから逃げたい」そういう願いでもいいと言葉にしようとした時に、稲荷と揚羽からの邪魔が入る。
「ははっ、ないんじゃしょうがないね。無期限で有効だから、思いついたらいつでも言ってね。じゃあ俺達は帰るから」
フゥと小さく溜息を吐いた遥が声をかけた。
「あ!待って!とおやって・・・お前?」
恭華がキツネを振りほどき、兎夜の前に出る。
「え、ああ・・・何だよ、何か用かよ?」
キツネと親しげにしていたこの男だって兎夜にとっては警戒すべき相手、憎むべき相手となるのだ。
そして遥と見つめ合いながらお互い綺麗だと賞賛し合っていた。もしかしたら遥を盗られるのだろうか。そんな男が何の用だと、警戒心丸出しに怪訝な顔をする。
「俺は恭華。こいつに監禁されてます。お前となら、この苦労を分かち合える気がして・・・」
自らが進んで人と友達になりたいなど、仲良くなりたいなど思ったことなどなかったため、その方法が分からない。
だがこの生活の愚痴を稲荷にしか吐き出せないこの状況が恭華の最大のストレスとなっているのだ。
稲荷は優しい、だからこそ愚痴を漏らせば漏らすほど、稲荷を困らせると分かっている。
兎夜になら、心置きなく話すことができるどころか、同じ受けとしての苦労を分かり合えるのだ。
「監禁?お前、被害者か?じゃあ何で、むぐっ!」
「何でさっき遥が願いを叶えてやると言った時に助けを求めなかったのか?」そう口にしようとした際、背後の遥に口を塞がれた。
「だ、だから・・・な、仲良く・・・」
恭華がもじもじと俯く。
「え?ああ、まぁ・・・」
胡散臭い。殺人鬼の住処に監禁され、なぜ逃げない?なぜ助けを求めない?
遥に近づくための口実に使われているのでは。
今までの経験から兎夜がますます警戒心を強め、チラリと背中の遥を振り返る。
遥はニッコリと笑うと、小さくうなずいた。
ドキッとした兎夜が顔を赤めて慌てて前を向く。いつからかすべての判断を遥に任せるようになってしまった。
恭華は、兎夜の後ろ向きな反応に、口をキュッと結んだ。断られる、そんな予感がしたからだ。
「別にいいけど・・・俺、兎夜」
遥が問題ないと言っているのだ。仲良くしても兎夜に害はないはずだ。
だいたいこんなに顔の綺麗な人に、何の邪念もなく純粋に照れながら仲良くなりたいと言われて断れる人間などそうそういないだろう。
その瞬間に恭華の顔がパアッと明るくなり、兎夜の手を取った。
その行動に兎夜が驚く。見た目で判断してはいけないが、何にも関心が薄く冷たい奴に見えた。こんな一見クールそうな人間が小動物的行動を見せるなんて卑怯な。兎夜が頬を赤らめる。
その後、お互いに背中に邪魔者をくっつけながら連絡先を交換した。
じゃあ、本当に帰るねと踵を返した遥に抱えられている火月が手を振る。
「にいちゃんたちありがとぉ!!」
腕を大きく上げて、振っている。
「え、ああ。どういたしまして」
火月につられて稲荷も大きく腕を上げて手を振る。
「フフッ、またいつでもどうぞ」
キツネがそれを言い終わらないうちに、三人が突然姿を消した。
「ぇ!?…えぇ!?き、消えた…」
突如姿を消した三人を探すように、キョロキョロとホールを見渡す。
彼らが消え、役目を終えたとばかりに揚羽が静かにフロントに戻っていった。
「ね?分かったでしょ、神よりもって話!俺はちゃんとリアルに生きてます!」
「あ、ああ・・・」
稲荷がリアルに生きているかどうかは置いておいて、目の前でその能力の一辺を見せられてしまっては、もう信じるしかない。
これは本当に何でも望みを叶えてもらえたかもしれない。
「あ~あ…これなら願い言っておけばよかったな…」
「・・・」
後ろにくっついているキツネは無言で恭華を見つめる。
「え?」
稲荷はドキッとして恭華を見た。
恭華の望み…何だろうか。やはりキツネから逃げたい…そういう類の…
「タワーのようなケーキ・・・本当に貰えたかもしれないなぁ・・・」
恭華が残念そうに肩を落とした。
「え?ま、待って・・・恭華ちゃん望みって・・・」
「え?だからタワーのようなケーキを独り占めしたいって・・・」
以前、タワーケーキを用意してくれるという女子の家に遊びに行く途中で、キツネに殺され、その夢は叶わなかったのだ。
「ハハハハハッ!!!恭華ちゃんは恭華ちゃんだねぇ!!」
心配した自分が馬鹿みたいだ、と稲荷が腹を抱えて大爆笑する。
「何だよ、稲荷!!笑うなよ・・・」
失礼なっ、とプリプリ恭華が怒る。
「フフッ、恭華さんそんな願いくらい僕が今すぐにでも叶えますよ❤」
上機嫌のキツネはニンマリと笑みをこぼしながら耳元で囁く。
「ええ!?本当か?タワーだぞ、タワー!!」
タワーケーキなんて結婚式で一生に一度経験できるかできないかのものだろう?と興奮した恭華が腕を振る。
それに結婚式のタワーケーキは全て本物ではなく、入刀の部分のみが食べられるようになっているのだと聞いたことがある。それを聞いた時はショックで心臓が止まるかと思ったほどだ。
「ええ、すぐに手配させます❤さて、それはそうと・・・稲荷、ちょっと」
キツネが離れて行ったおかげで、フッと恭華から重みが消えた。体が軽い!そしてタワーのケーキがもらえると思うと心も軽い!
恭華が輝かしい笑みを浮かべる一方で、稲荷は親類の葬式にでも参列しているような暗さ。
暗いというよりは顔が青い。悲壮感たっぷりだ。
トボトボとキツネの後をついていく。
「待って、キツネ・・・稲荷を・・・稲荷を叱るつもりか?」
クルクル回っていた恭華がピタッと動きを止める。
「ええ、そのつもりです。二度とこんなことがないよう・・・たっぷりと、ね」
ふふふふふふふふふふっとキツネが細い眼を開き不敵に笑う。開かれたその瞳は冷え冷えするほどに冷たい。
「ひっ!」
稲荷が半歩下がりカタカタと震えて恐怖する。
結構な距離を取っている恭華でさえキツネの笑みに怯え、ゴクリと喉を鳴らした。
「稲荷はただ困った人を助けようとしただけだ。お前と違って優しいからな、稲荷は、お前と違って優しいから・・・ホントお前と違って」
大事な、非常に大事なことだから三回言ってやる。
「フフッ、分かっています。ですがね、その優しさのせいで、無関係の人間の命を奪うことだってあるんですよ」
「え?」
恭華はキツネの言葉の意味が理解できない。
いや言っている内容は分からなくはない。だがこの男から発せられた言葉だということが理解できないのだ。
嘘だ、何故この男がまともなことを?
「ですから、稲荷、今日はたまたま、本当にたまたま僕たちの秘密を知っている方でしたから良かったですが、知らない人間でしたら秘密を知った瞬間に殺さなくてはいけません。恭華さん、それでも優しいと思いますか?」
「は、はい・・・すみませんでした・・・」
稲荷が落ち込んでいる。
「お前がっ!!!お前が言うなよっ!!関係ない人間殺しまくってるお前が稲荷を非難する資格なんかないだろっ!!」
「きょ、恭華ちゃん、いいの。本当に俺が悪いから・・・キツネさんが言ってるのはそういうことじゃないんだよ」
キツネの基準はいつでも恭華。
稲荷が恭華の前で惨殺しなければならない事態を避けろと、そう言っているのだ。それも、殺人鬼としての稲荷の顔を知らない恭華に見せる気かと。
「え?・・・じゃあ何だよ・・・」
恭華を一瞥しただけで、キツネはすぐに稲荷に向き合う。
「とにかくですね、稲荷、これからは注意してくださいね」
「はい・・・ってあれ?キツネさん、どこ行くんッスか?俺は?」
稲荷の横をスーッと通り過ぎ、恭華の元へと歩いていく。
これからみっちりとキツネに絞られる覚悟をしていた稲荷は慌ててキツネを呼び止める。
「ええ、今日はもういいです。それより、タワーケーキの手配すぐにお願いします」
恭華の手を握り、エレベーターホールへ歩いていこうとする。
「え、ちょ、今日俺稲荷と買い物と映画なんだけど・・・」
ブンブンと振りほどこうと手を振るが、繋いだ手が仲良しこよしのように振られるだけだった。
「そうなんですか?ではタワーケーキはまたの機会にということでよろしいですか?」
「・・・」
キツネの問いに、恭華の眉が困る。
「恭華ちゃん、俺明日も休みだから、明日にしない?今日は俺も疲れちゃったからその方がありがたいな・・・」
ふわりと稲荷が笑う。
「稲荷・・・」
どこまでも優しい男、稲荷の気遣いに感謝し、恭華が頷く。
そこから更に数日、火月と兎夜がまたマンションを訪れた。この前の苺のお礼で桃を持って。
マンションを訪れるだけで、兎夜にとっては恐怖で、リスクでしかない。だがわざわざ遥に送ってもらってまでマンションを訪れたのは友達になった恭華に会うためだ。
どうやって、本当にどうやって心を開かせたのか恭華が聞きたいが、火月は揚羽に大変気に入られて、フロントで揚羽の膝の上に乗っている。
あの揚羽がキツネに向けるような優しい笑顔を火月に向け、楽しそうに会話を・・・いや遊んでいたりするのだ。
稲荷でさえ、その光景に驚いていた。
兎夜はキツネが不在であることを確認した上で、マンションに足を踏み入れ、恭華と苦労話に花を咲かせた。
ここで恭華と兎夜はいかに自分が非道なことをされたかという不幸自慢になり、その審査を何故か稲荷が行うことになった。
稲荷としては身内の話。とてもいたたまれない気持ちになることが容易に予想できたため、辞退を申し出たが却下された。
キツネと遥が睨みあい、遥の背後に兎夜が隠れ、キツネの背後に揚羽が殺気丸出しで構えている。
「あ、火月!!」
稲荷に抱えられた火月の元気な姿を目にして、兎夜がほっとする。
「いえ、ですから何もしてません。お願いですから、大切にしまっていただけませんかねぇ、その殺気・・・」
キツネと向き合っている人がきっと遥。
「殺気?出してないよ、今はまだ・・・」
その顔は優しそうな笑みを浮かべているものの、そこにいるだけで存在感がものすごい。キツネの存在感が霞んでしまうほどの空気だ。
キツネに並ぶ高身長だ。それに・・・酷く顔が整っている。同じく整っている恭華が見ても、その顔のパーツが完璧に計算された配置で並んでいるように綿密な機械で製造したアンドロイドのように見える。
遥は兎夜を庇うように前に立っている。その後ろで兎夜がうぅ~っと警戒心をむき出しにして威嚇している。
「うわっ・・・キレーな顔・・・」
思わずため息と共に感嘆の声が漏れた。
「へ~、恭華ちゃんが見てもそう思うんだ・・・」
稲荷が火月を静かに下ろした。
「どうも、火月がお世話になったみたいで・・・」
駆け寄った火月を抱え上げ、稲荷に向かって言った。
「い、いえ、何も・・・」
稲荷が恐縮する。何しろ相手は揚羽も稲荷もそしてキツネでさえ簡単に捻り潰した化け物だ。
稲荷だってそれはそれは死ぬような思いをさせられた。怯えこそないとはいえ、萎縮せずにはいられない。
「あ、君が恭華君だね。本当に綺麗な顔してる」
遥がニコッと微笑みかけてきた。
その儚げで魅力のある笑顔に思わず恭華もドキッとして頬を赤く染める。
その後ろの兎夜がムッとした顔で二人の様子を見つめている。
「い、いや・・・あんたも・・・」
あんたの方が綺麗だ、そう心から思う。
「フフッ、気に入ってもらっても恭華さんは差し上げませんよ?」
いつの間にか背後にいて、腰に手を巻き付けたキツネが、恭華に体重をのしかける。
「うっ・・・重い・・・」
キツネから逃れるように前に歩み出たが、キツネをズルズルと数歩引きずっただけだった。
「ははっ、俺はウサちゃん一筋だから。お前とは違ってね」
遥も同じように兎夜の背後に巻き付く。
「うっ・・・重い・・・」
遥から逃れるように兎夜も歩み出たが、同じく遥をズルズル引きずるだけだった。
「フフッ、あの時は本当に申し訳ありませんでした。それ、内緒にしてくださいよ。今では恭華さん一筋ですから❤」
「嘘吐けよ、俺がいない時、こっそり他の男と犯りまくって、殺りまくってんだろ!!」
背後のキツネに肘鉄をくらわせる。
「おやおや、恭華さんヤキモチでしょうか❤」
「あー、はいはい、そうですね。いいから退け!!」
諦めから肩を落とす恭華の首筋に、キツネの唇が落とされる。
「ああっ!!痕残すなって言ってんだろ!!!」
チュウッと吸っているキツネの頭を押しやる。
「ねえ、恭華君。火月に親切にしてくれたお礼に何でも望み叶えてあげる」
何でもいいよ?と遥が微笑む。
「え?・・・い、いや急に言われても望みなんてないし・・・」
ゆらゆらとキツネに揺らされるままに揺れている恭華がう~んと悩む。
「本当に?何でもいいんだよ?例えば・・・」
「わぁぁぁぁっ!!!!そ、そういえばキツネさん!明日って大仕事があったんじゃ?」
「キツネ様、明日の打合せを致しましょう」
「キツネから逃げたい」そういう願いでもいいと言葉にしようとした時に、稲荷と揚羽からの邪魔が入る。
「ははっ、ないんじゃしょうがないね。無期限で有効だから、思いついたらいつでも言ってね。じゃあ俺達は帰るから」
フゥと小さく溜息を吐いた遥が声をかけた。
「あ!待って!とおやって・・・お前?」
恭華がキツネを振りほどき、兎夜の前に出る。
「え、ああ・・・何だよ、何か用かよ?」
キツネと親しげにしていたこの男だって兎夜にとっては警戒すべき相手、憎むべき相手となるのだ。
そして遥と見つめ合いながらお互い綺麗だと賞賛し合っていた。もしかしたら遥を盗られるのだろうか。そんな男が何の用だと、警戒心丸出しに怪訝な顔をする。
「俺は恭華。こいつに監禁されてます。お前となら、この苦労を分かち合える気がして・・・」
自らが進んで人と友達になりたいなど、仲良くなりたいなど思ったことなどなかったため、その方法が分からない。
だがこの生活の愚痴を稲荷にしか吐き出せないこの状況が恭華の最大のストレスとなっているのだ。
稲荷は優しい、だからこそ愚痴を漏らせば漏らすほど、稲荷を困らせると分かっている。
兎夜になら、心置きなく話すことができるどころか、同じ受けとしての苦労を分かり合えるのだ。
「監禁?お前、被害者か?じゃあ何で、むぐっ!」
「何でさっき遥が願いを叶えてやると言った時に助けを求めなかったのか?」そう口にしようとした際、背後の遥に口を塞がれた。
「だ、だから・・・な、仲良く・・・」
恭華がもじもじと俯く。
「え?ああ、まぁ・・・」
胡散臭い。殺人鬼の住処に監禁され、なぜ逃げない?なぜ助けを求めない?
遥に近づくための口実に使われているのでは。
今までの経験から兎夜がますます警戒心を強め、チラリと背中の遥を振り返る。
遥はニッコリと笑うと、小さくうなずいた。
ドキッとした兎夜が顔を赤めて慌てて前を向く。いつからかすべての判断を遥に任せるようになってしまった。
恭華は、兎夜の後ろ向きな反応に、口をキュッと結んだ。断られる、そんな予感がしたからだ。
「別にいいけど・・・俺、兎夜」
遥が問題ないと言っているのだ。仲良くしても兎夜に害はないはずだ。
だいたいこんなに顔の綺麗な人に、何の邪念もなく純粋に照れながら仲良くなりたいと言われて断れる人間などそうそういないだろう。
その瞬間に恭華の顔がパアッと明るくなり、兎夜の手を取った。
その行動に兎夜が驚く。見た目で判断してはいけないが、何にも関心が薄く冷たい奴に見えた。こんな一見クールそうな人間が小動物的行動を見せるなんて卑怯な。兎夜が頬を赤らめる。
その後、お互いに背中に邪魔者をくっつけながら連絡先を交換した。
じゃあ、本当に帰るねと踵を返した遥に抱えられている火月が手を振る。
「にいちゃんたちありがとぉ!!」
腕を大きく上げて、振っている。
「え、ああ。どういたしまして」
火月につられて稲荷も大きく腕を上げて手を振る。
「フフッ、またいつでもどうぞ」
キツネがそれを言い終わらないうちに、三人が突然姿を消した。
「ぇ!?…えぇ!?き、消えた…」
突如姿を消した三人を探すように、キョロキョロとホールを見渡す。
彼らが消え、役目を終えたとばかりに揚羽が静かにフロントに戻っていった。
「ね?分かったでしょ、神よりもって話!俺はちゃんとリアルに生きてます!」
「あ、ああ・・・」
稲荷がリアルに生きているかどうかは置いておいて、目の前でその能力の一辺を見せられてしまっては、もう信じるしかない。
これは本当に何でも望みを叶えてもらえたかもしれない。
「あ~あ…これなら願い言っておけばよかったな…」
「・・・」
後ろにくっついているキツネは無言で恭華を見つめる。
「え?」
稲荷はドキッとして恭華を見た。
恭華の望み…何だろうか。やはりキツネから逃げたい…そういう類の…
「タワーのようなケーキ・・・本当に貰えたかもしれないなぁ・・・」
恭華が残念そうに肩を落とした。
「え?ま、待って・・・恭華ちゃん望みって・・・」
「え?だからタワーのようなケーキを独り占めしたいって・・・」
以前、タワーケーキを用意してくれるという女子の家に遊びに行く途中で、キツネに殺され、その夢は叶わなかったのだ。
「ハハハハハッ!!!恭華ちゃんは恭華ちゃんだねぇ!!」
心配した自分が馬鹿みたいだ、と稲荷が腹を抱えて大爆笑する。
「何だよ、稲荷!!笑うなよ・・・」
失礼なっ、とプリプリ恭華が怒る。
「フフッ、恭華さんそんな願いくらい僕が今すぐにでも叶えますよ❤」
上機嫌のキツネはニンマリと笑みをこぼしながら耳元で囁く。
「ええ!?本当か?タワーだぞ、タワー!!」
タワーケーキなんて結婚式で一生に一度経験できるかできないかのものだろう?と興奮した恭華が腕を振る。
それに結婚式のタワーケーキは全て本物ではなく、入刀の部分のみが食べられるようになっているのだと聞いたことがある。それを聞いた時はショックで心臓が止まるかと思ったほどだ。
「ええ、すぐに手配させます❤さて、それはそうと・・・稲荷、ちょっと」
キツネが離れて行ったおかげで、フッと恭華から重みが消えた。体が軽い!そしてタワーのケーキがもらえると思うと心も軽い!
恭華が輝かしい笑みを浮かべる一方で、稲荷は親類の葬式にでも参列しているような暗さ。
暗いというよりは顔が青い。悲壮感たっぷりだ。
トボトボとキツネの後をついていく。
「待って、キツネ・・・稲荷を・・・稲荷を叱るつもりか?」
クルクル回っていた恭華がピタッと動きを止める。
「ええ、そのつもりです。二度とこんなことがないよう・・・たっぷりと、ね」
ふふふふふふふふふふっとキツネが細い眼を開き不敵に笑う。開かれたその瞳は冷え冷えするほどに冷たい。
「ひっ!」
稲荷が半歩下がりカタカタと震えて恐怖する。
結構な距離を取っている恭華でさえキツネの笑みに怯え、ゴクリと喉を鳴らした。
「稲荷はただ困った人を助けようとしただけだ。お前と違って優しいからな、稲荷は、お前と違って優しいから・・・ホントお前と違って」
大事な、非常に大事なことだから三回言ってやる。
「フフッ、分かっています。ですがね、その優しさのせいで、無関係の人間の命を奪うことだってあるんですよ」
「え?」
恭華はキツネの言葉の意味が理解できない。
いや言っている内容は分からなくはない。だがこの男から発せられた言葉だということが理解できないのだ。
嘘だ、何故この男がまともなことを?
「ですから、稲荷、今日はたまたま、本当にたまたま僕たちの秘密を知っている方でしたから良かったですが、知らない人間でしたら秘密を知った瞬間に殺さなくてはいけません。恭華さん、それでも優しいと思いますか?」
「は、はい・・・すみませんでした・・・」
稲荷が落ち込んでいる。
「お前がっ!!!お前が言うなよっ!!関係ない人間殺しまくってるお前が稲荷を非難する資格なんかないだろっ!!」
「きょ、恭華ちゃん、いいの。本当に俺が悪いから・・・キツネさんが言ってるのはそういうことじゃないんだよ」
キツネの基準はいつでも恭華。
稲荷が恭華の前で惨殺しなければならない事態を避けろと、そう言っているのだ。それも、殺人鬼としての稲荷の顔を知らない恭華に見せる気かと。
「え?・・・じゃあ何だよ・・・」
恭華を一瞥しただけで、キツネはすぐに稲荷に向き合う。
「とにかくですね、稲荷、これからは注意してくださいね」
「はい・・・ってあれ?キツネさん、どこ行くんッスか?俺は?」
稲荷の横をスーッと通り過ぎ、恭華の元へと歩いていく。
これからみっちりとキツネに絞られる覚悟をしていた稲荷は慌ててキツネを呼び止める。
「ええ、今日はもういいです。それより、タワーケーキの手配すぐにお願いします」
恭華の手を握り、エレベーターホールへ歩いていこうとする。
「え、ちょ、今日俺稲荷と買い物と映画なんだけど・・・」
ブンブンと振りほどこうと手を振るが、繋いだ手が仲良しこよしのように振られるだけだった。
「そうなんですか?ではタワーケーキはまたの機会にということでよろしいですか?」
「・・・」
キツネの問いに、恭華の眉が困る。
「恭華ちゃん、俺明日も休みだから、明日にしない?今日は俺も疲れちゃったからその方がありがたいな・・・」
ふわりと稲荷が笑う。
「稲荷・・・」
どこまでも優しい男、稲荷の気遣いに感謝し、恭華が頷く。
そこから更に数日、火月と兎夜がまたマンションを訪れた。この前の苺のお礼で桃を持って。
マンションを訪れるだけで、兎夜にとっては恐怖で、リスクでしかない。だがわざわざ遥に送ってもらってまでマンションを訪れたのは友達になった恭華に会うためだ。
どうやって、本当にどうやって心を開かせたのか恭華が聞きたいが、火月は揚羽に大変気に入られて、フロントで揚羽の膝の上に乗っている。
あの揚羽がキツネに向けるような優しい笑顔を火月に向け、楽しそうに会話を・・・いや遊んでいたりするのだ。
稲荷でさえ、その光景に驚いていた。
兎夜はキツネが不在であることを確認した上で、マンションに足を踏み入れ、恭華と苦労話に花を咲かせた。
ここで恭華と兎夜はいかに自分が非道なことをされたかという不幸自慢になり、その審査を何故か稲荷が行うことになった。
稲荷としては身内の話。とてもいたたまれない気持ちになることが容易に予想できたため、辞退を申し出たが却下された。
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冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
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