人生殺しさん

詩月

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穢れなき目

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「どうぞ、ここにお掛けください。」
俺は8歳の少女をカウンターの前の席に案内した。……若いな。やはり人間の子どもだ。少女はおとなしく椅子にちょこんと座ると目を丸くしてパチパチ瞬きをしている。まるで今の状況がわからないみたいだ。かといって、目の前の少女にの話をするのは残酷なことだ。
「ハミル、書類…とペン貸せ。」
書類は通常亡くなった人間に自分で書かせるんだが…今回は俺が書こう。
「はいどーぞ。お嬢ちゃん、わかんないことがあったら、このおねーさんが教えてくれるからねー。」
……今回の担当、ハミルの方が適任だったかもな。まあ、手伝ってくれるらしいが。
俺は少女に目を向ける。おかっぱ頭の活発そうな子だ。きょとんとした顔で俺を見ている。
「では、浅井日向さん。お辛いとは思いますが、今までの人生についてお伺いしてもよろしいですか?」
「んー?」
少女はきょとんとした顔で俺を見ている。…あー、しまった。わからねえよな。俺は心の中で反省した。
「えっ、と。お、お嬢ちゃん、今までの思い出とか記憶に残ってること?とか何でもいいから、話してもらってもいいか?」
不恰好ながらも彼女が理解できるように努力したかいもあって、少女は、うん!と頷いて笑った。嫌な死に方なのに、こんな笑い方できるんだな。
「んー、とね。ひなたは、ママが大好きなの!ひなたねっ、ママといっぱい楽しいことしたんだよ!!」
無邪気に語るその笑顔は心からの言葉を伝えている。…、ね。
とはどんな楽しいことをしたの?」
少女は目を輝かせて語る。
「ママとね、砂場で遊んだり、絵本読んでもらったり、あとはー、大切なをしたり!…でも、」
少女の輝いた目が少し濁る。
「……ママね、すごく怖いの。ひなたのせいなのかな…?ママ、泣いてたの。だから、ママを元気にしたかったから、ひなたいっぱい楽しいことを、いっぱい話したの。そしたらママ、笑ってくれたよ!約束だよって、ここから出ちゃダメだけど、ママが帰ってくる時にはひなたの大好きなもの、いっぱい持ってくるって言ってたよ!」
……この子は。穢れなく笑う少女は窓のないこの役所の中で空を見上げるように笑う。俺は少女の輝いた目を直接見ることはできなかった。いや、しなかったのかもしれない。。俺は少女から目を合わせることができずに呟いた。
「もしも、さ。生まれ変われるなら何になりたい?お嬢ちゃんが望むもの、なんでも言ってみ。鳥でも、猫でも、ウサギでも。お魚さんでもいいからさ。」

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