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第1章
傭兵少女と変人少年(3)
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「おまえを買うことにした」
ラブ・イン〈月見草〉にほど近い大衆フード・ハウス。
そこでタイトは突然、切り出した。
今まさに食前のスープに口をつけたところだったツグミはその台詞にスープを吹き出して派手にむせてしまった。
「どうしたんだ?」
「どうした、って……あ、あんたねぇ」
口の周りをナプキンで拭いながら、正面に座っているタイトをおどおどしながら睨みつける。
「か、買う、って何よ?」
「聞いた通りだ」
「それって……あた、あたしに、何をしろって云うのよ?」
ツグミは頬を赤らめて、じっとタイトの言葉を待った。
タイトは首を傾げて怪訝そうにツグミを見る。
「することは決まってるだろう?」
「決まってる、って……、で、でも、ちょっと待ってよ。きょ、今日……ってか、ついさっき会ったばかりじゃない? あた、あたしにだって心の準備が……。
それに……実は……男の人と付き合ったことないし、そ、それがいきなり『買う』なんて、そんなの……そもそも、そんなに安い女じゃないし、そう云う設定じゃないし……」
もじもじと胸にかけていたナプキンをいじりながら、顔を赤らめる。
「安い女? 設定? おまえ何を云ってるんだ?」
「……だから、あたしのことを買うんでしょ?」
聞き取るのがやっとの小声――。
「何を妄想しているのか知らないが、おれが云ってるのは、護衛だ」
「へ?」
目を丸くして顔を上げる。
「さっき荒くれどもに襲われた時にわかった。実は護身用の個人バリヤーを持っていたのだが、いざ襲われた時にはそれを持っていることをすっかり忘れてしまっていた。やはり訓練不足なのだろうと思う。
だからおまえに護衛を依頼することにした」
「護衛? は? か、買うってそーゆー意味? な、何よ、紛らわしい! そう云う時は『買う』じゃなくって『雇う』でしょ? あんた、まずは言葉を勉強しなさいよ!」
「ああ。傭兵は『買う』のではなく『雇う』のか。なるほど。言葉は難しいな。量子論や高等数学の方がよっぽどわかりやすい」
タイトはそう云って感心する。
「何でそこで感心してるのよ? 天才じゃなかったのかよ?」
「天才だ」
「そう思えないよ!」
ツグミは動揺した自分が気恥ずかしくなったように、そっぽを向いて深呼吸をした。
そんなツグミの様子をしばらく興味深げに眺めるタイト。
それからツグミのことはそれとして、とでも云うように、かれは自分のショルダーバッグをごそごそと探り始めた。
「ん? 何をする気?」
不思議そうにツグミが訊ねる。
それには答えずにタイトはバッグの中をまさぐると、フードパックをひとつ取り出した。
パッケージにはじゃがいもの絵が描いてある。
どうやらポテトチップのようであった。
かれは乱暴に封を切ると、無造作にそれを抱えてパリパリと食べ始めた。
「ええ? ちょっとあんた、フード・ハウスで持ち込みポテチを食べるって、どうなのよ?」
「何がだ?」
「いや、普通の常識で考えてフード・ハウスで持ち込みはないでしょ? ほら、店員さんもイヤそうな顔で見てるし」
タイトは横目で店員の様子を見る。それから、ふん、と鼻を鳴らした。
「問題ない。おれたちは客だ」
「あんた、何も頼んでないでしょ?」
「おまえの分は頼んだ」
「いや、だけど……」
「おまえは見かけによらず、律儀と云うか、小心者だな?」
「律儀はそうかも知れないけど、小心者は違うでしょ? だいたいマナーとして……」
「マナー、とかを語るな。おれは研究所で世間から隔離された生活を送っていたから、おまえの云う一般常識を知らない」
「ひ、開き直るなよ!」
「文句を云う奴がいても毅然としていればいいのだ」
「……違うと思うよ、それ」
ツグミが何か云いた気な顔をしていたところへ、ちょうど頼んでいた料理が運ばれて来た。
彼女の好物だと云うレクス肉の煮込み定食である。
人類が食料危機対策として旧時代から蘇らせて家畜化した羽毛恐竜レクスの肉は、この時代では一般的な食肉素材のひとつで価格も手頃で味も良いということもあり子供から大人まで人気がある。
その料理を見た途端、どうやら彼女の意識はそちらの方へ向けられたらしい。
目をきらきらさせて湯気をあげているレクス肉の煮込み定食を見つめた。
「美味しそう。実はここ十日ほどは傭兵御用達の簡易ドライフードと『美味しい水』のペットボトルしか口にしていなかったんだよね」
食事を運んで来た店員が、タイトがポテチを食べているのを見て不快そうに睨みつけていたが、それにも気づいていないようだ。
「本当にご馳走してくれるの?」
「何を今さら……」
「じゃ、遠慮なく。いっただきま~す」
云うなりツグミはレクス肉の煮込みにかぶりついた。
しばらく会話が途切れる。
ツグミの食器がカチャカチャ云う音。
ツグミが煮込みを食べるもぐもぐ云う音。
タイトがポテチを食べるパリパリ云う音。
それはある意味、奇妙な光景ではあった――。
やがて。
「お子様だな……」と、タイトが突然、ぽつりと云った。
「ん? あに、そえ(なに、それ)?」
口いっぱいにレクス肉を頬張った顔を上げてツグミが訊ねる。
「レクス肉の煮込みと云えば子供が好きな料理の定番だ。年頃の娘は彼氏にバカにされるのが嫌で、例え好物でも外で注文するのは恥ずかしくて控える、と聞いたことがあるのだが」
ツグミが顔を赤らめる。口の中の肉を慌ててごくりと飲み込む。
「んぐ……し、失礼だよ。けほっ、……こ、こ、子供扱いしないでよね!
ってか、その前に何で世間知らずのくせにそんな女性雑誌のインタビュー記事に書いてあるようなことを知ってるのよ?」
「あと、ほっぺたにソースがついてるぞ」
え? と、ツグミは慌ててナプキンでほっぺたを拭う。
「バ、バカにして! こ、これでもちゃんとした傭兵だし、一人前の女なんだからね!」
「一人前の女? しかし男と付き合ったことはない、とか云っていただろう?」
うぐっ、と、ツグミが口を噤む。
「見たところ、おれとさほど変わらない未成年のようだが、その歳まで男と付き合ったことがない、とか、そんな物騒な銃を持っているとか、いったいどんな育ち方をしたのかと少しだけ興味が出て来た。
……あと、その露出狂の性格とか――」
「露出狂じゃない、って云ってるでしょ!」
「まあ、この通り、おれは女子の服のことなど語れないが」
「だったら云うなよ! 露出狂、露出狂、ってしつこいよ」
「そう云う恰好が珍しくて、つい。……それに露出狂と云うとおまえの食いつきがいいからな」
「食いつきって……それが会話のつかみかよ?」
「真面目な話……」と、タイトが続けた。
「今まではファッションなどと云うものとは縁遠かったからな。周囲には白衣の人間しかいなかったし。
……白衣の天使、などと云う言葉があるが、かれらを見ているとおれには何が天使なのか理解できない」
「いや、それ、意味違うから。白衣の天使ってナースさんのことだから。あんたは研究者だったんでしょ? 研究所の白衣は天使の範疇外だと思うよ」
「なるほど。バカかと思っていたが意外と事情通だな」
「あんたの方がバカなんじゃないの?」
「おれは天才だ」
堂々と何度目かの宣言をした。
「はいはい」
もういいや、と云うように答えるツグミ。
その後、彼女はタイトとまともに会話することをあきらめて、脇目も振らずに食事に集中する。
やがて定食を平らげると、コップの水を一気飲みしてから満足そうに頷いて見せた。
「ああ、美味しかった。満足、満足。ありがとね、タイト」
笑った。ヘソ出しのお腹を叩いて。
ベタなリアクションである。
だがタイトはあくまでも無表情に、そして冷静に彼女に向かって告げた。
「礼には及ばない。これで契約成立だからな。ただのビジネスだ」
「え? 契約?」
「護衛の契約だ」
「へ? あんた、もしかして定食ひとつで、傭兵と契約しようって云うの?」
「足りないか?」
その言葉にツグミは、信じられない、と云う顔でタイトを見つめると、テーブルを両手で叩いて腰を浮かせる。
その可愛い顔に険悪な表情を浮かべていた。
「バ、バカにしないで! どこにレクス肉の煮込み定食で傭兵契約する奴がいるのよ?」
店内にいた客が、ツグミの声に、何事か、とふたりに目をやった。
「大声を出すな。他の客に迷惑だ」
「いやいやいや、何を常識人ぶって非常識なことを……」
「非常識? そうか。やはり報酬が足りないのか。これは悪かった。スイーツを追加すれば満足か?」
「いや、そうじゃなくって……」と、ツグミは再び腰を下ろしながら、どう説明すればいいのだ? と、云う表情を見せる。
「フローズン系か? 焼き菓子系か? それとも伝統的な和の名品、白玉あんみつ、とかの方が好みなのか?」
タイトの方は変わらないマイペースでそんなことを訊ねた。
ツグミはその言葉にしばらくタイトを凝視して黙り込む。
そして――。
「……じゃ、じゃあ、白玉あんみつを――」
ラブ・イン〈月見草〉にほど近い大衆フード・ハウス。
そこでタイトは突然、切り出した。
今まさに食前のスープに口をつけたところだったツグミはその台詞にスープを吹き出して派手にむせてしまった。
「どうしたんだ?」
「どうした、って……あ、あんたねぇ」
口の周りをナプキンで拭いながら、正面に座っているタイトをおどおどしながら睨みつける。
「か、買う、って何よ?」
「聞いた通りだ」
「それって……あた、あたしに、何をしろって云うのよ?」
ツグミは頬を赤らめて、じっとタイトの言葉を待った。
タイトは首を傾げて怪訝そうにツグミを見る。
「することは決まってるだろう?」
「決まってる、って……、で、でも、ちょっと待ってよ。きょ、今日……ってか、ついさっき会ったばかりじゃない? あた、あたしにだって心の準備が……。
それに……実は……男の人と付き合ったことないし、そ、それがいきなり『買う』なんて、そんなの……そもそも、そんなに安い女じゃないし、そう云う設定じゃないし……」
もじもじと胸にかけていたナプキンをいじりながら、顔を赤らめる。
「安い女? 設定? おまえ何を云ってるんだ?」
「……だから、あたしのことを買うんでしょ?」
聞き取るのがやっとの小声――。
「何を妄想しているのか知らないが、おれが云ってるのは、護衛だ」
「へ?」
目を丸くして顔を上げる。
「さっき荒くれどもに襲われた時にわかった。実は護身用の個人バリヤーを持っていたのだが、いざ襲われた時にはそれを持っていることをすっかり忘れてしまっていた。やはり訓練不足なのだろうと思う。
だからおまえに護衛を依頼することにした」
「護衛? は? か、買うってそーゆー意味? な、何よ、紛らわしい! そう云う時は『買う』じゃなくって『雇う』でしょ? あんた、まずは言葉を勉強しなさいよ!」
「ああ。傭兵は『買う』のではなく『雇う』のか。なるほど。言葉は難しいな。量子論や高等数学の方がよっぽどわかりやすい」
タイトはそう云って感心する。
「何でそこで感心してるのよ? 天才じゃなかったのかよ?」
「天才だ」
「そう思えないよ!」
ツグミは動揺した自分が気恥ずかしくなったように、そっぽを向いて深呼吸をした。
そんなツグミの様子をしばらく興味深げに眺めるタイト。
それからツグミのことはそれとして、とでも云うように、かれは自分のショルダーバッグをごそごそと探り始めた。
「ん? 何をする気?」
不思議そうにツグミが訊ねる。
それには答えずにタイトはバッグの中をまさぐると、フードパックをひとつ取り出した。
パッケージにはじゃがいもの絵が描いてある。
どうやらポテトチップのようであった。
かれは乱暴に封を切ると、無造作にそれを抱えてパリパリと食べ始めた。
「ええ? ちょっとあんた、フード・ハウスで持ち込みポテチを食べるって、どうなのよ?」
「何がだ?」
「いや、普通の常識で考えてフード・ハウスで持ち込みはないでしょ? ほら、店員さんもイヤそうな顔で見てるし」
タイトは横目で店員の様子を見る。それから、ふん、と鼻を鳴らした。
「問題ない。おれたちは客だ」
「あんた、何も頼んでないでしょ?」
「おまえの分は頼んだ」
「いや、だけど……」
「おまえは見かけによらず、律儀と云うか、小心者だな?」
「律儀はそうかも知れないけど、小心者は違うでしょ? だいたいマナーとして……」
「マナー、とかを語るな。おれは研究所で世間から隔離された生活を送っていたから、おまえの云う一般常識を知らない」
「ひ、開き直るなよ!」
「文句を云う奴がいても毅然としていればいいのだ」
「……違うと思うよ、それ」
ツグミが何か云いた気な顔をしていたところへ、ちょうど頼んでいた料理が運ばれて来た。
彼女の好物だと云うレクス肉の煮込み定食である。
人類が食料危機対策として旧時代から蘇らせて家畜化した羽毛恐竜レクスの肉は、この時代では一般的な食肉素材のひとつで価格も手頃で味も良いということもあり子供から大人まで人気がある。
その料理を見た途端、どうやら彼女の意識はそちらの方へ向けられたらしい。
目をきらきらさせて湯気をあげているレクス肉の煮込み定食を見つめた。
「美味しそう。実はここ十日ほどは傭兵御用達の簡易ドライフードと『美味しい水』のペットボトルしか口にしていなかったんだよね」
食事を運んで来た店員が、タイトがポテチを食べているのを見て不快そうに睨みつけていたが、それにも気づいていないようだ。
「本当にご馳走してくれるの?」
「何を今さら……」
「じゃ、遠慮なく。いっただきま~す」
云うなりツグミはレクス肉の煮込みにかぶりついた。
しばらく会話が途切れる。
ツグミの食器がカチャカチャ云う音。
ツグミが煮込みを食べるもぐもぐ云う音。
タイトがポテチを食べるパリパリ云う音。
それはある意味、奇妙な光景ではあった――。
やがて。
「お子様だな……」と、タイトが突然、ぽつりと云った。
「ん? あに、そえ(なに、それ)?」
口いっぱいにレクス肉を頬張った顔を上げてツグミが訊ねる。
「レクス肉の煮込みと云えば子供が好きな料理の定番だ。年頃の娘は彼氏にバカにされるのが嫌で、例え好物でも外で注文するのは恥ずかしくて控える、と聞いたことがあるのだが」
ツグミが顔を赤らめる。口の中の肉を慌ててごくりと飲み込む。
「んぐ……し、失礼だよ。けほっ、……こ、こ、子供扱いしないでよね!
ってか、その前に何で世間知らずのくせにそんな女性雑誌のインタビュー記事に書いてあるようなことを知ってるのよ?」
「あと、ほっぺたにソースがついてるぞ」
え? と、ツグミは慌ててナプキンでほっぺたを拭う。
「バ、バカにして! こ、これでもちゃんとした傭兵だし、一人前の女なんだからね!」
「一人前の女? しかし男と付き合ったことはない、とか云っていただろう?」
うぐっ、と、ツグミが口を噤む。
「見たところ、おれとさほど変わらない未成年のようだが、その歳まで男と付き合ったことがない、とか、そんな物騒な銃を持っているとか、いったいどんな育ち方をしたのかと少しだけ興味が出て来た。
……あと、その露出狂の性格とか――」
「露出狂じゃない、って云ってるでしょ!」
「まあ、この通り、おれは女子の服のことなど語れないが」
「だったら云うなよ! 露出狂、露出狂、ってしつこいよ」
「そう云う恰好が珍しくて、つい。……それに露出狂と云うとおまえの食いつきがいいからな」
「食いつきって……それが会話のつかみかよ?」
「真面目な話……」と、タイトが続けた。
「今まではファッションなどと云うものとは縁遠かったからな。周囲には白衣の人間しかいなかったし。
……白衣の天使、などと云う言葉があるが、かれらを見ているとおれには何が天使なのか理解できない」
「いや、それ、意味違うから。白衣の天使ってナースさんのことだから。あんたは研究者だったんでしょ? 研究所の白衣は天使の範疇外だと思うよ」
「なるほど。バカかと思っていたが意外と事情通だな」
「あんたの方がバカなんじゃないの?」
「おれは天才だ」
堂々と何度目かの宣言をした。
「はいはい」
もういいや、と云うように答えるツグミ。
その後、彼女はタイトとまともに会話することをあきらめて、脇目も振らずに食事に集中する。
やがて定食を平らげると、コップの水を一気飲みしてから満足そうに頷いて見せた。
「ああ、美味しかった。満足、満足。ありがとね、タイト」
笑った。ヘソ出しのお腹を叩いて。
ベタなリアクションである。
だがタイトはあくまでも無表情に、そして冷静に彼女に向かって告げた。
「礼には及ばない。これで契約成立だからな。ただのビジネスだ」
「え? 契約?」
「護衛の契約だ」
「へ? あんた、もしかして定食ひとつで、傭兵と契約しようって云うの?」
「足りないか?」
その言葉にツグミは、信じられない、と云う顔でタイトを見つめると、テーブルを両手で叩いて腰を浮かせる。
その可愛い顔に険悪な表情を浮かべていた。
「バ、バカにしないで! どこにレクス肉の煮込み定食で傭兵契約する奴がいるのよ?」
店内にいた客が、ツグミの声に、何事か、とふたりに目をやった。
「大声を出すな。他の客に迷惑だ」
「いやいやいや、何を常識人ぶって非常識なことを……」
「非常識? そうか。やはり報酬が足りないのか。これは悪かった。スイーツを追加すれば満足か?」
「いや、そうじゃなくって……」と、ツグミは再び腰を下ろしながら、どう説明すればいいのだ? と、云う表情を見せる。
「フローズン系か? 焼き菓子系か? それとも伝統的な和の名品、白玉あんみつ、とかの方が好みなのか?」
タイトの方は変わらないマイペースでそんなことを訊ねた。
ツグミはその言葉にしばらくタイトを凝視して黙り込む。
そして――。
「……じゃ、じゃあ、白玉あんみつを――」
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