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第4章
危険な一夜(5)
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町までは十数キロほどの距離であった。
街道に沿って行けばまもなく辿りつけるだろう。
昨晩は山の中で野宿のような状態であったが、町に行けば今夜はマトモな食事とふかふかのベッドで眠れるはずだった。
そんなウキウキ気分のツグミであったはずなのだが。
『……ちゅうこともあったんやけどな。これがお笑いで実はオチがあってん。かなり笑えるで。聞きたいか? なあ、姐さん、どや?』
一度しゃべり始めてからずっと、オトマタさんはツグミに向かってマシンガンのように話しかけ続けていた。
最初は適当に応対していたツグミであったが、やがてウザいを通り越してだんだんと腹が立ってきた。
『なあ、なあ、姐さん』
「……」
『返事せんのかい? ホンマは聞きたいんやろ?』
「……」
『ほれほれ、我慢せんと……、ああ、さよか。聞きたいのを我慢するプレイか? なるほど、さすがはドMやな。生活のすべてがMっ気に通じとる訳や。驚きやな。これがプロのドMなんやな。メモしとかな……って、わてのマニピュレータは外装やさかい、メモとれへんやないかい!』
「……」
ボケツッコミまでするとは、恐るべきAIであった。
が……。
「あのさ」
『ん? ナンや? 聞きとうなったんか? ええでええで。わても美少女好きやさかい、たっぷりサービスさせてもらいますよって。あ、そう云いつつ、ホンマは焦らされた方がええのんか? ややこしいでんな、ドMっちゅうのは』
「少し黙っててくんないかな? いい加減、うるさいんだけど」
冷たい声でツグミは答える。
『おやまあ、こりゃ、イケズな台詞やな。あんさんとはあないに楽しそーにしゃべっとったのに。……あ、さては、姐さん、あんさんにホの字なんと違いまっか?』
「ホの字、って……誰がこのダサ男に惚れてるって云うのよ? いい加減、黙れ、クソAI! ちょっと、タイト!」
さすがにもう我慢ならない、と云うようにツグミがタイトを怒鳴りつける。
「こいつ、何とかしてよ! 何なのよ? 何で、こんなに人間臭い、ってか、セクハラオヤジ臭いのよ?」
その言葉に、ついさっきドライブインで仕入れたドライ・スイーツを無言で食べていたタイトが、うるさいな、と、呟いた。
「いや、うるさいのは、こいつでしょ?」
「仕方ないだろう。セクハラオヤジなのは元々のサンプリングしたオーヤマの性格なのだから」
「サンプリングって、何処まで忠実にサンプリングしてるのよ? ったく、それってサンプリングなんて範囲を超えてるんじゃないの? どんだけのクソオヤジなのか、そいつの顔が見たいよ」
「顔? ああ、それは無理だな」
「え?」
「オーヤマはすでに亡くなっているのだ」
「亡くなってる?」
ツグミはオウム返しに訊ねる。
てっきり研究所とやらで働いている人物だと思い込んでいたのだ。
「そうだ。オーヤマは一年ほど前、事故で亡くなったのだ。おれの父親と云っても良い年齢だったが確か家族はいなかったはずだ。研究に一生を捧げたバカな研究者のひとりであったからな」
「そうなんだ」
何となく居心地が悪い思いでツグミは無意識に声を低める。
「その事故の際、おれが近くにいた。それでかれが臨終を迎えたところでかれの脳から記憶と知識を〈賢者の石〉の応用技術を使ってサンプリングし、オトマタさんのAIに移植したのだ。残念ながらエピソード記憶の方はあまり移植できず、知識のみが移植された状態だった。これからの研究課題ではある」
その言葉にツグミが怪訝そうな表情を浮かべた。
「ちょっと待ってよ、タイト……。それじゃそのサンプリングって、本人には了解を得ずに?」
真顔であった。
「死んでいたからな」
平然とタイトが答える。
「そ、そんなのってヒドイんじゃない? 本人の記憶って他人がどうこうするものじゃないんじゃないの?」
「それなりに世話になった男だったから、せめてかれの心だけでも生き残れば、とは思ったのだが失敗した。そう云う意味ではかれの思い出はオトマタさんには記録されていない。だから結果的には本人の記憶をどうこうした訳ではない。かれの死とともにそれは消滅してしまった。移植されたのはかれの持っていた知識だけだ。関西弁も含めてな」
「……」
ツグミは黙り込んだ。納得が行かなかった。
「どうした?」
「……何だか、研究とかはよくわからないけど、それって良くないと思う。あたし、タイトのこと少し見損なった」
ぽつり、と、呟くように答える。
「そんなことか。仕方ないだろう。それが科学者だからな」
「冷たいんだね。と云うか、亡くなった人への尊厳なんて少しもないんだね? ……納得行かない」
「亡くなった人への尊厳? 非科学的だな」
「非科学的って……」
「ではおまえはどうなのだ? 傭兵として今まで何人もの人間を手にかけているのだろう?」
その言葉にツグミは、ぎょっとしたような目でタイトの後姿を見つめた。
「そ、それは――。でも、あたしは間違ったことはしていないよ。確かに人を手にかけていると云われればその通りだけど……」
その言葉の後半は慄え声だった。
それに気づいているのかいないのか、タイトは淡々と言葉を続ける。
「悪を斃すことが正義なら、おまえは正義を行っているのだろう。そしてそれはおまえの仕事だ。おれはそれが正しいのかどうか論じる気はないし興味もない」
「で、でも、あたしは……」
「死に際に知識を移植されたオーヤマの命は重くて、おまえの銃弾で散った無法者たちの命は軽い、と云うつもりもないのだろう?」
「そ、それは……、だってあたしが撃った奴らは……」
何か云いかけたツグミの言葉をタイトは遮った。
「もうやめだ、この話は。……それだからこう云う話をバカにするのはイヤなのだ」
タイトが心底、不愉快そうに吐き捨てる。
「……バ、バカとか云うな!」
「ふん……そうか」
それきりタイトは黙り込む。
重苦しい雰囲気がオトマタさんのコクピットに流れた。
そこへおずおずと。
『あ、あの……、あんさん、姐さん、ケンカはいかんやろ? それもわてのことで。なあなあ、楽しくやろやないか? な? な?』
オトマタさんの電子合成音が、なぜかふたりをなだめるように、コクピットに響く。
だが、タイトもツグミも何も話そうとしない。
『困った人たちやな。夫婦喧嘩はイヌも食わない云うやろが?』
「誰が夫婦だ?」
「誰が夫婦よ?」
冷たい声でハモる。
『じょ、冗談やがな。わははは』
空気が読めないオヤジそのもののAI、オトマタさんであった。
街道に沿って行けばまもなく辿りつけるだろう。
昨晩は山の中で野宿のような状態であったが、町に行けば今夜はマトモな食事とふかふかのベッドで眠れるはずだった。
そんなウキウキ気分のツグミであったはずなのだが。
『……ちゅうこともあったんやけどな。これがお笑いで実はオチがあってん。かなり笑えるで。聞きたいか? なあ、姐さん、どや?』
一度しゃべり始めてからずっと、オトマタさんはツグミに向かってマシンガンのように話しかけ続けていた。
最初は適当に応対していたツグミであったが、やがてウザいを通り越してだんだんと腹が立ってきた。
『なあ、なあ、姐さん』
「……」
『返事せんのかい? ホンマは聞きたいんやろ?』
「……」
『ほれほれ、我慢せんと……、ああ、さよか。聞きたいのを我慢するプレイか? なるほど、さすがはドMやな。生活のすべてがMっ気に通じとる訳や。驚きやな。これがプロのドMなんやな。メモしとかな……って、わてのマニピュレータは外装やさかい、メモとれへんやないかい!』
「……」
ボケツッコミまでするとは、恐るべきAIであった。
が……。
「あのさ」
『ん? ナンや? 聞きとうなったんか? ええでええで。わても美少女好きやさかい、たっぷりサービスさせてもらいますよって。あ、そう云いつつ、ホンマは焦らされた方がええのんか? ややこしいでんな、ドMっちゅうのは』
「少し黙っててくんないかな? いい加減、うるさいんだけど」
冷たい声でツグミは答える。
『おやまあ、こりゃ、イケズな台詞やな。あんさんとはあないに楽しそーにしゃべっとったのに。……あ、さては、姐さん、あんさんにホの字なんと違いまっか?』
「ホの字、って……誰がこのダサ男に惚れてるって云うのよ? いい加減、黙れ、クソAI! ちょっと、タイト!」
さすがにもう我慢ならない、と云うようにツグミがタイトを怒鳴りつける。
「こいつ、何とかしてよ! 何なのよ? 何で、こんなに人間臭い、ってか、セクハラオヤジ臭いのよ?」
その言葉に、ついさっきドライブインで仕入れたドライ・スイーツを無言で食べていたタイトが、うるさいな、と、呟いた。
「いや、うるさいのは、こいつでしょ?」
「仕方ないだろう。セクハラオヤジなのは元々のサンプリングしたオーヤマの性格なのだから」
「サンプリングって、何処まで忠実にサンプリングしてるのよ? ったく、それってサンプリングなんて範囲を超えてるんじゃないの? どんだけのクソオヤジなのか、そいつの顔が見たいよ」
「顔? ああ、それは無理だな」
「え?」
「オーヤマはすでに亡くなっているのだ」
「亡くなってる?」
ツグミはオウム返しに訊ねる。
てっきり研究所とやらで働いている人物だと思い込んでいたのだ。
「そうだ。オーヤマは一年ほど前、事故で亡くなったのだ。おれの父親と云っても良い年齢だったが確か家族はいなかったはずだ。研究に一生を捧げたバカな研究者のひとりであったからな」
「そうなんだ」
何となく居心地が悪い思いでツグミは無意識に声を低める。
「その事故の際、おれが近くにいた。それでかれが臨終を迎えたところでかれの脳から記憶と知識を〈賢者の石〉の応用技術を使ってサンプリングし、オトマタさんのAIに移植したのだ。残念ながらエピソード記憶の方はあまり移植できず、知識のみが移植された状態だった。これからの研究課題ではある」
その言葉にツグミが怪訝そうな表情を浮かべた。
「ちょっと待ってよ、タイト……。それじゃそのサンプリングって、本人には了解を得ずに?」
真顔であった。
「死んでいたからな」
平然とタイトが答える。
「そ、そんなのってヒドイんじゃない? 本人の記憶って他人がどうこうするものじゃないんじゃないの?」
「それなりに世話になった男だったから、せめてかれの心だけでも生き残れば、とは思ったのだが失敗した。そう云う意味ではかれの思い出はオトマタさんには記録されていない。だから結果的には本人の記憶をどうこうした訳ではない。かれの死とともにそれは消滅してしまった。移植されたのはかれの持っていた知識だけだ。関西弁も含めてな」
「……」
ツグミは黙り込んだ。納得が行かなかった。
「どうした?」
「……何だか、研究とかはよくわからないけど、それって良くないと思う。あたし、タイトのこと少し見損なった」
ぽつり、と、呟くように答える。
「そんなことか。仕方ないだろう。それが科学者だからな」
「冷たいんだね。と云うか、亡くなった人への尊厳なんて少しもないんだね? ……納得行かない」
「亡くなった人への尊厳? 非科学的だな」
「非科学的って……」
「ではおまえはどうなのだ? 傭兵として今まで何人もの人間を手にかけているのだろう?」
その言葉にツグミは、ぎょっとしたような目でタイトの後姿を見つめた。
「そ、それは――。でも、あたしは間違ったことはしていないよ。確かに人を手にかけていると云われればその通りだけど……」
その言葉の後半は慄え声だった。
それに気づいているのかいないのか、タイトは淡々と言葉を続ける。
「悪を斃すことが正義なら、おまえは正義を行っているのだろう。そしてそれはおまえの仕事だ。おれはそれが正しいのかどうか論じる気はないし興味もない」
「で、でも、あたしは……」
「死に際に知識を移植されたオーヤマの命は重くて、おまえの銃弾で散った無法者たちの命は軽い、と云うつもりもないのだろう?」
「そ、それは……、だってあたしが撃った奴らは……」
何か云いかけたツグミの言葉をタイトは遮った。
「もうやめだ、この話は。……それだからこう云う話をバカにするのはイヤなのだ」
タイトが心底、不愉快そうに吐き捨てる。
「……バ、バカとか云うな!」
「ふん……そうか」
それきりタイトは黙り込む。
重苦しい雰囲気がオトマタさんのコクピットに流れた。
そこへおずおずと。
『あ、あの……、あんさん、姐さん、ケンカはいかんやろ? それもわてのことで。なあなあ、楽しくやろやないか? な? な?』
オトマタさんの電子合成音が、なぜかふたりをなだめるように、コクピットに響く。
だが、タイトもツグミも何も話そうとしない。
『困った人たちやな。夫婦喧嘩はイヌも食わない云うやろが?』
「誰が夫婦だ?」
「誰が夫婦よ?」
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