27 / 35
第6章
サイトン村のマドンナ(5)
しおりを挟む
何かの気配を感じた、と、タイトはそう思った。
目を開いてみるとまだ外は暗い。
隣に目を移すとそこにいるはずのツグミの姿がなかった。
夕べの様子から、あるいはこのままいなくなってしまうのでは、とは思っていたが、いざそこにいないとなると今まで感じていなかった感情が湧き上がって来た。
……苛立ち。
「挨拶くらいして行けば良いものを……」
かれは呟く。
それから、その考えは自分には似合わない、と思い直した。
(理論的ではないな。所詮あの娘は連邦のエージェントなのだ)
寝直すか、と思い、体の向きを変える。
そして、ふと目をやったベッドサイドのテーブルにメモが置いてあるのに気づいた。
明かりをつけてみるとそこにはこう書かれていた。
『タイトへ
少佐に会いに行きます。タイトのこと、トーコさんのこと、
それを話して処分を待ってもらおうと思います。
ツグミより愛をこめて♪ CHU!』
「あのバカ娘め! シリアスなメモの最後にギャグをいれるとは……これでは冗談だと思ってしまうではないか」
タイトは吐き捨てるように云うとベッドから跳び下りた。
「だがそれ以前にエージェントのくせに連邦のやり口をまったくわかっていないのだな」
いや、エージェントだからこそわかっていないのかも知れない。
そんな交渉につきあってくれるほど連邦はお人好しではあり得ない、と云うことに。
とりあえずタイトは慌てて服を着ると外へ飛び出した。
(どこに行ったのだ、あの娘は? まったく世話の焼ける)
まだ夜が明ける前の闇の中、周囲を見渡すがもちろん姿は見えない。
鬱蒼とした森にでも入られたら探し出すのは困難であろう。
(こんなことならトレーサーでもつけておけばよかった。もっともそんなことをしたらほとんどストーカーだが)
オトマタさんが何か見ていないだろうか、と思いつき、教会の駐車スペースへ向かう。
そのとき。
「え~ん、え~ん……」
遠くで声が聞こえた。泣き声である。
耳を澄ませてみる。どうやら裏手の森の中からのようだった。
「子供か? この夜中に?」
タイトは眉をひそめてさらに耳を澄ませる。
「え~ん、え~ん……」
やはり子供の泣き声だった。
ツグミのことも気になったが夜中に子供の泣き声を聞いて放っておく訳にも行かなかった。
「こんな時に、厄介な」
かれは声のする方向へ小走りに向かった。
森の中の寂れた獣道の奥から声は聞こえた。
もちろん街灯などはない。
かれは持っていたペンライトで周囲を照らしながら声に向かって急いだ。
しばらく行くと巨木の根元に気配があった。
泣き声の主らしい。
タイトはペンライトを向けると声をかけた。
「おい」
そこで固まる。
そこに座り込んで泣いていたのはツグミであった。
巨木の根元に寄りかかり膝を抱えて泣いている。
ミニスカの中が丸見えであった。
「な、何を……、おい、おまえは何をしているんだ?」
オトマタさんだったら下品なギャグのひとつも云ったかも知れない、と、タイトはそう思った。
声をかけられたツグミは、え? と、呟くと泣くのを止めて顔を上げる。
きょとんとした目でタイトを見つめた。
「大丈夫か? と、云うか、おまえは何をしているんだ?」
タイトがもう一度訊ねる。
ツグミはそのままじっとタイトを見つめ続けている。
(様子が変だな)
かれはツグミの異変に気づいた。どこかいつもの彼女とは違う。
何か隙だらけの子供のようだ、と直感した。
「だれ?」
「何?」
「お兄ちゃん、だれ?」
「お兄ちゃん?」
「あ、わかった。ヘンシツシャだ」
(変質者?)
「ツグミちゃんがカワイイからどっかにつれてこうとしてるんでしょ? おまわりさん、呼ぶよ。ツグミちゃんはだれにでもついて行くようなヤスイ女じゃないからね」
つん、とそっぽを向く。
(幼児化している? いや、記憶を失っているのか? 〈鍵〉を使ったのか?)
見ると彼女のベルトにぶら下がっていたはずの〈忘却の鍵〉が一本なくなっていた。
「いや、自分から使う理由がない。と、すると……」
(ランベール、か?)
彼女の上官にして連邦のエージェント。
〈不吉を呼ぶ男〉と云われるランベール少佐。
そしてトーコに怪我を負わせ、一生彼女が歩けなくなる原因を作った男。
「おれを連邦に連れ帰るはずではなかったのか? 何故この娘に〈忘却の鍵〉を使ったのだ? 自分の部下である彼女に……。いや……」
タイトは考え直した。
ツグミに対して〈忘却の鍵〉を使う理由は少し考えただけでも片手に余る。
要は、役立たずだった、と云うことである。
自分が少佐の立場であったとしても同じことをしたかも知れない……。
(哀れな奴……。まあ、納得できてしまうところがさらに哀れではあるが)
だがこのままと云うのはあまりに不憫だった。
様子から見るとかなり幼児まで退行している。
消された記憶が数年レベルでは済まないと云うことだ。
(恐らくはこいつの連邦に関連した記憶をすべて消したのだろう。と、するとこいつはこんな幼児期から連邦の子飼いだったのか?)
確かに特務局のエージェントは年端も行かない幼児の頃から徹底的な英才教育により超戦士に鍛え上げられることがある、とは聞いたことがあった。
考えて見ればツグミのあの驚異的な身体能力はとても数年レベルで身につくものではないのだろう。
今さらながらに連邦のやり方にタイトは憤りを感じた。
「おい」
「何だよぉ、ダサ男」
柄が悪い。
どうやらツグミは幼児の頃からこんな調子だったらしい。
同情心が半減する。
「いっしょに来い」
「べ~っ」
あかんべをする。
小憎たらしい。
さらに同情心レベルが下降する。
「ママが知らない人についてっちゃダメ、云ったもん」
それは正しい教育だった。
「そんなヤスイ女じゃないもん」
(さっきも云ってたが、どこで憶えたんだ、そんな台詞?)
「来なければ無理やりにでもつれて行くぞ」
「やだあ」
考えてみればお頭は幼児でも身体能力は変わっていないのだ。
だとすればタイトが無理やりにつれて行けるような娘ではない。
云わば歩く凶器である。
どうしたもんか、と、タイトは唸った。
先ほどからじっとかれを睨みつけている幼児化したツグミは、今にもかれに飛びかかって来そうな物騒な顔つきである。
しばらくの間そうして考えていたかれであったが、ふとあることを思い出し、ズボンのポケットを探った。
そこに棒つきキャンディが入っていた。
食後――と、云ってもドライ・スイーツの食事だが――のデザート用に持っていたものだ。
「おい、これをやる」
「ん?」
ツグミがじ~っとタイトの手を見た。
にかっ、と笑う。
「アメちゃん、好き!」
ツグミは云うと、手を伸ばす。
「いっしょに来るか?」
「うん♪」
……安い女だった。
***
「オトマタさん」
タイトは駐車中の探査用機動メカに声をかけた。
棒つきキャンディで釣ってここまで連れてきたツグミは、疲れたのか、地べたに座って棒つきキャンディをペロペロと舐めている。
『はいな、あんさん。この夜中に何やねん? わて、まだ眠いんやけどな』
「おまえに睡眠は必要ないだろう。それよりも早くこいつを治療しなければならない」
『ん? あれ、姐さんかい? 何や、妙やな。お子様風やないか? そう云うプレイでもしとるんか?』
「誰がプレイだ。いいから早くキャノピーを開けろ。こいつは〈忘却の鍵〉を使われたらしい」
『何やて? そりゃアカン。何でそないなことに? 今、開けるよって……』
音もなくキャノピーが開く。
今度は彼女をオトマタさんに乗せなければならなかった。
タイトは、ツグミが大人しく云うことを聞いてくれるだろうか、と不安になって彼女を見た。
が、あにはからんや。
ツグミは棒つきキャンディを舐めるのも忘れて、口をぽかんと開けたままオトマタさんを見つめていた。蒼い目がきらきらと輝いている。
「……ツグミちゃん、乗りたい」
彼女はそう云うと、タイトが何をする間もなくいきなりオトマタさんによじ登った。
「お、おい、ちょっと待て」
「運転する~」
「待て、と云ってるだろう? 運転ではない。そっちだ。後ろの席に座れ」
かれは必死に彼女をリアシートに座らせる。
「えええ? そっちがいいのにぃ~」
不満そうに運転席を指差す。
「後で座らせてやるから、今はそっちで我慢しろ」
「やだあ」
「そしたら、これをやるから」
コクピットに置いてあるポテチを手にとって見せる。
少し、考えるツグミ。
それから満面の笑みを浮かべると、タイトの手からポテチを引ったくり、乱暴に封を切ってバリバリと食べ始めた。
とりあえずごまかせたか、と、タイトはひとつ溜息をつき、オトマタさんのコクピットからコネクト・ケーブルを引っ張り出した。
「オトマタさん、準備だ」
『もう出来とるで。はよ、彼女の〈鍵穴〉にずぶっと挿したらんかい』
オトマタさんが云うとエロく聞こえるのはどうしてだろうか、と、タイトは思いつつも、ツグミに向き直る。
「おい、後ろを向くんだ」
「何で?」
「いいから」
頭を掴んで無理やり後ろを向かせようとする。
「やだ~。髪にさわんないで。髪は女のイノチなんだからね」
(めんどくさい)
「ポップコーンも食べるか?」
「ポップコーン? うん。食べる。じゃ、いいよ、さわっても」
後ろを向いてうなじを見せる。やはり安い女であった。
『なあ、あんさん、チャンスやで。この姐さん、お菓子をやっとけばオッパイでも何でも触らせてくれそうやで』
「余計なことは云うな。やるぞ」
タイトは彼女のうなじにある〈鍵穴〉にコネクト・ケーブルの先端を挿し込んだ。
「あん♪」
ツグミが目を細めて、何とも云えない声を出した。
『おお、エロいで、姐さん。わて、姐さんと接続出来て、何やエライ幸せな気分やな』
「……早くやれ」
『はいな』
コクピットのパイロットランプが明滅した。
正面のモニタに必要な情報が表示され、続いてスタンバイの文字が浮かぶ。
タイトはそれを確認すると、タッチパネルの起動タブに触れた。
ぴくり、と、ツグミの体が緊張する。
手にしていたポテチとポップコーンの袋がその場に落ちた。
彼女はそのまま目を閉じてぐったりとシートに沈み込む。
タイトはそれを確認するとモニタに目をやった。
それ自体はすべて自動処理である。
元々はタイトの抹消された記憶を回復するための装備であり、機能そのものについての記憶を失った状態でも処理出来ることを想定していた。
「時間はどれくらいかかる?」
『たぶん、三十分もかからへん。けど、その後に脳がインデックスを再構築せなならんから、二~三時間は眠っとるやろな』
一度破壊された脳内の記憶インデックスを再構築するには、破壊された後に蓄積された記憶の量が重要であった。
新しい記憶が構築されていればいるほど古いインデックスを復旧させるには障害になるのだ。
そう云う意味では時間との競争でもあった。
「この娘が記憶を抹消されてからどれくらいの時間がたっていたかはわからないが、恐らく数十分程度だろう。影響は最小限だとは思うが……」
『あんさんとのラブラブの記憶が失われてもーたら、寂しいやんなあ』
「そんなものはない」
タイトはモニタを見つめながら、冷たく答えた。
目を開いてみるとまだ外は暗い。
隣に目を移すとそこにいるはずのツグミの姿がなかった。
夕べの様子から、あるいはこのままいなくなってしまうのでは、とは思っていたが、いざそこにいないとなると今まで感じていなかった感情が湧き上がって来た。
……苛立ち。
「挨拶くらいして行けば良いものを……」
かれは呟く。
それから、その考えは自分には似合わない、と思い直した。
(理論的ではないな。所詮あの娘は連邦のエージェントなのだ)
寝直すか、と思い、体の向きを変える。
そして、ふと目をやったベッドサイドのテーブルにメモが置いてあるのに気づいた。
明かりをつけてみるとそこにはこう書かれていた。
『タイトへ
少佐に会いに行きます。タイトのこと、トーコさんのこと、
それを話して処分を待ってもらおうと思います。
ツグミより愛をこめて♪ CHU!』
「あのバカ娘め! シリアスなメモの最後にギャグをいれるとは……これでは冗談だと思ってしまうではないか」
タイトは吐き捨てるように云うとベッドから跳び下りた。
「だがそれ以前にエージェントのくせに連邦のやり口をまったくわかっていないのだな」
いや、エージェントだからこそわかっていないのかも知れない。
そんな交渉につきあってくれるほど連邦はお人好しではあり得ない、と云うことに。
とりあえずタイトは慌てて服を着ると外へ飛び出した。
(どこに行ったのだ、あの娘は? まったく世話の焼ける)
まだ夜が明ける前の闇の中、周囲を見渡すがもちろん姿は見えない。
鬱蒼とした森にでも入られたら探し出すのは困難であろう。
(こんなことならトレーサーでもつけておけばよかった。もっともそんなことをしたらほとんどストーカーだが)
オトマタさんが何か見ていないだろうか、と思いつき、教会の駐車スペースへ向かう。
そのとき。
「え~ん、え~ん……」
遠くで声が聞こえた。泣き声である。
耳を澄ませてみる。どうやら裏手の森の中からのようだった。
「子供か? この夜中に?」
タイトは眉をひそめてさらに耳を澄ませる。
「え~ん、え~ん……」
やはり子供の泣き声だった。
ツグミのことも気になったが夜中に子供の泣き声を聞いて放っておく訳にも行かなかった。
「こんな時に、厄介な」
かれは声のする方向へ小走りに向かった。
森の中の寂れた獣道の奥から声は聞こえた。
もちろん街灯などはない。
かれは持っていたペンライトで周囲を照らしながら声に向かって急いだ。
しばらく行くと巨木の根元に気配があった。
泣き声の主らしい。
タイトはペンライトを向けると声をかけた。
「おい」
そこで固まる。
そこに座り込んで泣いていたのはツグミであった。
巨木の根元に寄りかかり膝を抱えて泣いている。
ミニスカの中が丸見えであった。
「な、何を……、おい、おまえは何をしているんだ?」
オトマタさんだったら下品なギャグのひとつも云ったかも知れない、と、タイトはそう思った。
声をかけられたツグミは、え? と、呟くと泣くのを止めて顔を上げる。
きょとんとした目でタイトを見つめた。
「大丈夫か? と、云うか、おまえは何をしているんだ?」
タイトがもう一度訊ねる。
ツグミはそのままじっとタイトを見つめ続けている。
(様子が変だな)
かれはツグミの異変に気づいた。どこかいつもの彼女とは違う。
何か隙だらけの子供のようだ、と直感した。
「だれ?」
「何?」
「お兄ちゃん、だれ?」
「お兄ちゃん?」
「あ、わかった。ヘンシツシャだ」
(変質者?)
「ツグミちゃんがカワイイからどっかにつれてこうとしてるんでしょ? おまわりさん、呼ぶよ。ツグミちゃんはだれにでもついて行くようなヤスイ女じゃないからね」
つん、とそっぽを向く。
(幼児化している? いや、記憶を失っているのか? 〈鍵〉を使ったのか?)
見ると彼女のベルトにぶら下がっていたはずの〈忘却の鍵〉が一本なくなっていた。
「いや、自分から使う理由がない。と、すると……」
(ランベール、か?)
彼女の上官にして連邦のエージェント。
〈不吉を呼ぶ男〉と云われるランベール少佐。
そしてトーコに怪我を負わせ、一生彼女が歩けなくなる原因を作った男。
「おれを連邦に連れ帰るはずではなかったのか? 何故この娘に〈忘却の鍵〉を使ったのだ? 自分の部下である彼女に……。いや……」
タイトは考え直した。
ツグミに対して〈忘却の鍵〉を使う理由は少し考えただけでも片手に余る。
要は、役立たずだった、と云うことである。
自分が少佐の立場であったとしても同じことをしたかも知れない……。
(哀れな奴……。まあ、納得できてしまうところがさらに哀れではあるが)
だがこのままと云うのはあまりに不憫だった。
様子から見るとかなり幼児まで退行している。
消された記憶が数年レベルでは済まないと云うことだ。
(恐らくはこいつの連邦に関連した記憶をすべて消したのだろう。と、するとこいつはこんな幼児期から連邦の子飼いだったのか?)
確かに特務局のエージェントは年端も行かない幼児の頃から徹底的な英才教育により超戦士に鍛え上げられることがある、とは聞いたことがあった。
考えて見ればツグミのあの驚異的な身体能力はとても数年レベルで身につくものではないのだろう。
今さらながらに連邦のやり方にタイトは憤りを感じた。
「おい」
「何だよぉ、ダサ男」
柄が悪い。
どうやらツグミは幼児の頃からこんな調子だったらしい。
同情心が半減する。
「いっしょに来い」
「べ~っ」
あかんべをする。
小憎たらしい。
さらに同情心レベルが下降する。
「ママが知らない人についてっちゃダメ、云ったもん」
それは正しい教育だった。
「そんなヤスイ女じゃないもん」
(さっきも云ってたが、どこで憶えたんだ、そんな台詞?)
「来なければ無理やりにでもつれて行くぞ」
「やだあ」
考えてみればお頭は幼児でも身体能力は変わっていないのだ。
だとすればタイトが無理やりにつれて行けるような娘ではない。
云わば歩く凶器である。
どうしたもんか、と、タイトは唸った。
先ほどからじっとかれを睨みつけている幼児化したツグミは、今にもかれに飛びかかって来そうな物騒な顔つきである。
しばらくの間そうして考えていたかれであったが、ふとあることを思い出し、ズボンのポケットを探った。
そこに棒つきキャンディが入っていた。
食後――と、云ってもドライ・スイーツの食事だが――のデザート用に持っていたものだ。
「おい、これをやる」
「ん?」
ツグミがじ~っとタイトの手を見た。
にかっ、と笑う。
「アメちゃん、好き!」
ツグミは云うと、手を伸ばす。
「いっしょに来るか?」
「うん♪」
……安い女だった。
***
「オトマタさん」
タイトは駐車中の探査用機動メカに声をかけた。
棒つきキャンディで釣ってここまで連れてきたツグミは、疲れたのか、地べたに座って棒つきキャンディをペロペロと舐めている。
『はいな、あんさん。この夜中に何やねん? わて、まだ眠いんやけどな』
「おまえに睡眠は必要ないだろう。それよりも早くこいつを治療しなければならない」
『ん? あれ、姐さんかい? 何や、妙やな。お子様風やないか? そう云うプレイでもしとるんか?』
「誰がプレイだ。いいから早くキャノピーを開けろ。こいつは〈忘却の鍵〉を使われたらしい」
『何やて? そりゃアカン。何でそないなことに? 今、開けるよって……』
音もなくキャノピーが開く。
今度は彼女をオトマタさんに乗せなければならなかった。
タイトは、ツグミが大人しく云うことを聞いてくれるだろうか、と不安になって彼女を見た。
が、あにはからんや。
ツグミは棒つきキャンディを舐めるのも忘れて、口をぽかんと開けたままオトマタさんを見つめていた。蒼い目がきらきらと輝いている。
「……ツグミちゃん、乗りたい」
彼女はそう云うと、タイトが何をする間もなくいきなりオトマタさんによじ登った。
「お、おい、ちょっと待て」
「運転する~」
「待て、と云ってるだろう? 運転ではない。そっちだ。後ろの席に座れ」
かれは必死に彼女をリアシートに座らせる。
「えええ? そっちがいいのにぃ~」
不満そうに運転席を指差す。
「後で座らせてやるから、今はそっちで我慢しろ」
「やだあ」
「そしたら、これをやるから」
コクピットに置いてあるポテチを手にとって見せる。
少し、考えるツグミ。
それから満面の笑みを浮かべると、タイトの手からポテチを引ったくり、乱暴に封を切ってバリバリと食べ始めた。
とりあえずごまかせたか、と、タイトはひとつ溜息をつき、オトマタさんのコクピットからコネクト・ケーブルを引っ張り出した。
「オトマタさん、準備だ」
『もう出来とるで。はよ、彼女の〈鍵穴〉にずぶっと挿したらんかい』
オトマタさんが云うとエロく聞こえるのはどうしてだろうか、と、タイトは思いつつも、ツグミに向き直る。
「おい、後ろを向くんだ」
「何で?」
「いいから」
頭を掴んで無理やり後ろを向かせようとする。
「やだ~。髪にさわんないで。髪は女のイノチなんだからね」
(めんどくさい)
「ポップコーンも食べるか?」
「ポップコーン? うん。食べる。じゃ、いいよ、さわっても」
後ろを向いてうなじを見せる。やはり安い女であった。
『なあ、あんさん、チャンスやで。この姐さん、お菓子をやっとけばオッパイでも何でも触らせてくれそうやで』
「余計なことは云うな。やるぞ」
タイトは彼女のうなじにある〈鍵穴〉にコネクト・ケーブルの先端を挿し込んだ。
「あん♪」
ツグミが目を細めて、何とも云えない声を出した。
『おお、エロいで、姐さん。わて、姐さんと接続出来て、何やエライ幸せな気分やな』
「……早くやれ」
『はいな』
コクピットのパイロットランプが明滅した。
正面のモニタに必要な情報が表示され、続いてスタンバイの文字が浮かぶ。
タイトはそれを確認すると、タッチパネルの起動タブに触れた。
ぴくり、と、ツグミの体が緊張する。
手にしていたポテチとポップコーンの袋がその場に落ちた。
彼女はそのまま目を閉じてぐったりとシートに沈み込む。
タイトはそれを確認するとモニタに目をやった。
それ自体はすべて自動処理である。
元々はタイトの抹消された記憶を回復するための装備であり、機能そのものについての記憶を失った状態でも処理出来ることを想定していた。
「時間はどれくらいかかる?」
『たぶん、三十分もかからへん。けど、その後に脳がインデックスを再構築せなならんから、二~三時間は眠っとるやろな』
一度破壊された脳内の記憶インデックスを再構築するには、破壊された後に蓄積された記憶の量が重要であった。
新しい記憶が構築されていればいるほど古いインデックスを復旧させるには障害になるのだ。
そう云う意味では時間との競争でもあった。
「この娘が記憶を抹消されてからどれくらいの時間がたっていたかはわからないが、恐らく数十分程度だろう。影響は最小限だとは思うが……」
『あんさんとのラブラブの記憶が失われてもーたら、寂しいやんなあ』
「そんなものはない」
タイトはモニタを見つめながら、冷たく答えた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
僕に仕えるメイドは世界最強の英雄です1~またクビになったけど、親代わりのメイドが慰めてくれるので悲しくなんてない!!~
あきくん☆ひろくん
ファンタジー
仕事を失い、居場所をなくした青年。
彼に仕えるのは――世界を救った英雄たちだった。
剣も魔法も得意ではない主人公は、
最強のメイドたちに守られながら生きている。
だが彼自身は、
「守られるだけの存在」でいることを良しとしなかった。
自分にできることは何か。
この世界で、どう生きていくべきか。
最強の力を持つ者たちと、
何者でもない一人の青年。
その主従関係は、やがて世界の歪みと過去へと繋がっていく。
本作は、
圧倒的な安心感のある日常パートと、
必要なときには本格的に描かれる戦い、
そして「守られる側の成長」を軸にした
完結済み長編ファンタジーです。
シリーズ作品の一編ですが、本作単体でもお楽しみいただけます。
最後まで安心して、一気読みしていただければ幸いです。
【完結保証】僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜
リョウ
ファンタジー
僕は十年程闘病の末、あの世に。
そこで出会った神様に手違いで寿命が縮められたという説明をされ、地球で幸せな転生をする事になった…が何故か異世界転生してしまう。なんでだ?
幸い優しい両親と、兄と姉に囲まれ事なきを得たのだが、兄達が優秀で僕はいずれ家を出てかなきゃいけないみたい。そんな空気を読んだ僕は将来の為努力をしはじめるのだが……。
※画像はAI作成しました。
※現在毎日2話投稿。11時と19時にしております。
※2026年半ば過ぎ完結予定。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる