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第6章
サイトン村のマドンナ(6)
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『あんさん、あんさん、起きなはれ』
オトマタさんの声が聞こえた。
目を開くと眩しい陽の光が射し込んでいて思わずタイトは片手で顔を覆う。
いつのまにかオトマタさんの操縦席で眠ってしまったらしい、と気づいた。
リアシートに目をやるとツグミが寝息を立てている。
治療の結果がどうなったのかはその寝顔からはわからなかったが、表情を見る限りは想定外の副作用が出て苦しんでいる、と云うようなことはなさそうである。
「うまく行ったのか?」
『今のところはわからへん。それも心配やろうけど、その前にモニタを見なはれ』
モニタ? と、かれはコクピット中央のそれを見た。
そこにはエリア・センサーの画面が表示され、動体を示す光点がひとつ映し出されていた。
それがゆっくりとこちらに向かって近づいて来ることを教えてくれている。
単なる人影だけならば、良かったのだが……。
「武器を携帯しているな」
センサーは動体から武器反応が出ていることを示していた。
『せや。恐らくは軍仕様の三八口径衝撃銃あたりやな』
「軍、か。ここにいると云うことは、つまりはこの娘に〈忘却の鍵〉を使った張本人、ランベールか? 単独と云うのはひとりでも問題ないと云う判断なのだろうな」
確かにエージェントであれば、タイトを捕らえるくらい手ぶらでも十分であろう。
タイトは人影がやって来る方向へ視線を向けた。
『来るで。用心しなはれ』と、オトマタさん。
もちろん、オトマタさんの装甲を衝撃銃で破ることはできない。
もともと衝撃銃とは対人装備である。相手を傷つけずに失神させ捕獲することを目的としている武器であった。
つまりそれはランベールがタイトを生きたまま確保しようとしていることに他ならない。
「そうまでしておれの頭脳が必要なのか。ご苦労なことだ。せっかく科学局の連中を広域精神汚染して円満退職したと云うのに、ここまで追っかけて来るとは思わなかった」
もう一度、森を注意深く観察する。
風が吹き、森が揺れた。
まもなくそこにひとりの男が現れた。
その瞬間、朝の光がそこだけ翳ったように見えた。
(〈不吉を呼ぶ男〉とか云ったが……)
確かにそれはいかにも〈不吉を呼ぶ男〉の異名にふさわしい登場の仕方だった。
男、ランベール少佐は教会の駐車スペースに停車しているその探査用機動メカに目をやり、面白そうに口許を歪めた。
「ドクター・ハーゲン?」
「ランベールか?」
オトマタさんのコクピットでタイトは答える。
そこから下車する気はなかった。
もとより連邦特務局のエージェントを相手に丸腰になる気は毛頭ない。
「私の名前をご存知とは……そうか。〈銀狐〉に聞いたのですね? どうやら思った以上に仲良くなったようで何よりです」
皮肉っぽく云うとタイトの後ろの席で眠っているツグミを、ちらり、と、見た。
「〈銀狐〉?」
「ああ、それはご存知なかった? 彼女のコードネームですよ。なかなか素敵なネーミングでしょう? それよりもドクター、初めてお会いしていきなりで申し訳ないのですが、このまま連邦に戻っていただきますよ。せっかくリタイヤして自由を謳歌しているところ、無粋な話だとは思いますが……」
かれは衝撃銃を構えた。
それがオトマタさんには通じないとわかっているにも関わらず、それでもタイトの背筋を冷たいものが走った。
それほどランベールから放たれる瘴気にも似た気配は、兇々しく不吉なものであった。
「会うのは初めてではない」
呻くようにタイトが云う。
いつの間にか口の中が緊張のあまり渇いてひりついていた。
「どう云う意味ですか?」
「初めてではない、と、云ったのだ。おまえが以前この村にやって来た時、おれはここにいた」
「この村に? 私が? 残念ながら記憶にありませんね」
(記憶にない、だと?)
「そうか」と、タイト。
「それではこの教会に、その時おまえたちに撃たれた結果、下半身麻痺になってしまった女性がいることも憶えてはいない、と、云うことか?」
タイトの声は慄えていた。
何故慄え声になっているのかかれ自身にもわからなかった。
怒りなのか悲しみなのか失望なのか、それとももっと別の感情であったのか、かれにもそれを理解することは出来なかった。
「なるほど。ドクターはこの村の出身でしたね」
かれは、困ったものだ、と、呟いた。
「手荒なことはしたくありません。出来るならそのことを忘れてこのまま科学局に戻ってもらえると助かるのですが」
ランベールは衝撃銃を向けて冷たく云い放つ。
「銃をつきつけて云う台詞ではないだろう」
「確かに――」
ランベールが皮肉めいた笑顔を見せた。
「それに――機動メカに対して衝撃銃で何が出来る?」
「それはね、〈錬金術師〉の先生、使い方次第なんですよ」
ランベールの衝撃銃が火を噴いた。
オトマタさんの脚部の一点に命中する。
『うがあ!』
オトマタさんが悲鳴を上げた。機体が大きく揺らいだ。
「悲鳴? おまえは機動メカだろ?」と、タイト。
『け、けど、あんさん、あのすかした少佐、見事にわての弱点を……』
「弱点?」
『べ、弁慶の泣き所や!』
タイトは言語機能をオフにした。せっかくのシリアス・シーンが台無しであった。
どうやらランベールが撃ち抜いたのは、オトマタさんの関節部にある装甲のわずかな隙間のようであった。
コクピットの警告灯が明滅してアラートを上げている。
「AI言語機能を装備した機動メカとは面白いオモチャを持っているのですね、ドクター。天才とは云え、さすがにまだまだ歳相応、と云うところですか?」
ランベールは皮肉を込めてそう云うと再び笑顔を見せる。
「なるほど、エージェントの発想などはそんなところだろうな」と、タイト。
「科学者と云うのは夢見るものなのだ。子供の心を持っていなければ三流だ。それがわからないとはそれこそ無粋と云うものだ。
……だがおまえの云う、衝撃銃も使い方次第、と云うのは理解した。なるほどそれがエージェントのノウハウと云う奴か?」
「ええ、その通りですよ、ドクター。……さて、そう云う訳なので早々に投降していただけないでしょうか? あなたを『無事に』確保するのが私の仕事なのですが、『不慮の事故』が起きるとも限らないのがエージェントの仕事でもありますから」
穏やかな口調で物騒なことを云う奴だ、と、タイトは憎々しげに呟いた。
「ドクター、あなたのそれは見たところ武器らしい武器も装備していない探査用の機動メカ。その機能上、機動性も期待されていないメカです。例え私が丸腰に近い状態でもそんなものでエージェントに挑むなど愚か者のすることですよ」
「なるほど、自信たっぷりだな」
「自信ではなく、事実です」
「エージェントと云うのはその自信過剰さ故に墓穴を掘るのだ、と云うことを教えてやろう。この天才がな。……ちなみに、この娘の自信もぶち壊してやったのだぞ」
タイトがリアシートでしあわせそうな顔で眠っているツグミを指差した。
「そんな間抜けな部下といっしょにして欲しくはありませんが、あなたの云う話は興味深い。どのように私が自信過剰なのか教えていただきたいものです」
タイトはじっとランベールを見つめる。
その目はいつものように無表情で感情のこもっていない、ある意味かれらしい視線であった。
「おまえは、探査用機動メカに武器がない、と云った。なるほどその通りだ」
「ええ。マニピュレータに銃でも持たせれば別ですけどもね」
「こいつは、な、ランベール。過酷な環境での探査、調査も行える全環境対応仕様だ。そうした場所では、当然だが活動にいろいろと制約があるものだ」
ランベールが怪訝そうに、しかし、エージェントらしく油断ない様子でタイトの言葉を聞いていた。
「制約は様々だ。超高温、あるいは、極超低温の環境、高圧の環境、視界のまったく閉ざされた環境……そんな中でも探査をしなければならない。そのために様々な機能が装備されている。過酷な環境から機体を守る〈セントエルモの火〉、わずかな光を増幅して視界を確保する〈巨人のひとつ目〉、そして……」
タイトはコクピットのタブに触れた。
「……そんな探査の結果、発見したサンプルを探査ベースまで移送する歪空転送システム〈魔女の配送便〉!」
オトマタさんの観測ボール前方にあったレンズ状の窓が青白い光を放つ。
ランベールは咄嗟にそれがビーム上の『何か』であることに気づき、素早く横っ飛びに逃れようとした。熟練されたエージェントの直感であった。
「無駄だ。この距離ならば広角射程範囲は半径二〇メートルだ」
タイトが呟いた。かれの言葉の通りオトマタさんのレンズから放射された光は、ランベールを含む周囲一帯を飲み込んだ。
「何だ、これは?」
「云っただろ? 〈魔女の配送便〉。こいつもまだ科学局に知らせていない〈賢者の石〉を利用しておれが開発した技術のひとつだ」
「く……」
ランベールの隻眼に怒りの表情が浮かんだ。
「『跳んで』しまえ」
タイトの声。
同時に光が眩いほどに増幅し、しかし、次の瞬間には何事もなかったかのように消滅した。
光が消滅した後にはまるでシャベルで掬い取られたようなきれいに抉れた地面だけが残り、そこにいたはずのランベールの姿はどこにもなかった。
「ふん。天才を舐めるからだ。こいつはな、〈歪空機関〉を応用したもので照射した対象物を転送する。つまりは星船が空間を歪めて恒星間航行をするのと同じ原理を、少しばかり違う方向に応用した〈賢者の石〉の利用法のひとつなのだ。もっとも――」
そこでかれは一度言葉を切った。
「まだ試作品なので転送精度はイマイチなんだが……」
***
朝の光を背景にそれはやってきた。
タイトがランベールを追い払い、ツグミの意識が戻るのを待ちながら、ぼんやりとしていたそんな時間だった。
内燃機関の腹に響く低音の咆哮。
土埃が舞い上がっているのが遠くに見えた。
そしてタイトはその音に聞き憶えがあった。
「まさか……、ドクター・クロ、か?」
果たして。
現れたのは、クラシカルなハーレー・ダビッドソン。
もはや骨董品、いや、博物館行きとも思えるそれにまたがっているのは連邦医療局の副局長にして天才マッド・ドクター、クロその人であった。
「やあ、久しぶりだな、タイト」
茫然と佇んでいたタイトの眼前で土煙を上げて停車した大型バイクにまたがったまま、長い黒髪をなびかせた彼女はいつものように気軽に、まるでほんの隣町からやって来たように挨拶の言葉を口にした。
「クロ、き、来たのですか? てっきり〈僻地医療システム〉を使って遠隔治療をするものだと思っていたのですが」
「ご挨拶だな。きみのたっての頼みだからわざわざやって来たと云うのに――。ここまで〈歪空回廊〉を使って五日もかかったのだぞ。そのうちアンクローデからここまでが丸三日だ。どれだけ田舎なのだ、ここは?」
ジェット型のヘルメットを外して、それをバックミラーに被せながら、やれやれ、と呟く。
「だから遠隔治療にすれば……」
「まあ、そう云うな。たまにはあの窮屈な医療局から出掛けたいのだよ、私も。それよりも――」
クロがオトマタさんのリアシートで相変わらず眠っている娘に目をやった。
「その小娘は何だ? 確か特務局のエージェントだな? 〈銀狐〉とか云うコードネームだったはずだが?」
「知っているのですか?」
タイトが驚いて問い返す。
「私の情報網を舐めてはいけないな、タイト。……まあ、それ以上にその小娘はなかなか有名なのだがな。なぜそんな奴をつれているんだ?」
「成り行きです。護衛として使っていました」
「エージェントを護衛に、か? まあ、きみは元々重要人物だから監視されるのも仕方ないが――と、云うよりその娘、監視ミッションはスパイ行動だと思うのだが、エージェントだと云うのがきみにバレたのか? なかなのドジっ子ぶりだな」
「ええ、ドジです。そのためにランベールと云う上司に〈忘却の鍵〉を使われました。とりあえず今、記憶回復の処置をしたところです」
「記憶回復? それはまた人がいいじゃないか、タイト」
そう云って、もう一度、ツグミを見た。
ツグミは相変わらずしあわせそうな顔で涎を垂らして眠っていた。
「可愛い娘だな。なるほど、そう云うことか」
「……そう云うことじゃありません」
「照れることはないさ。きみも年頃だし」
面白そうに云う。
「……」
タイトが黙ってクロを睨みつけた。
「おいおい、久しぶりに会ったのにそんな怖い顔をするなよ、タイト。私は疲れてるんだ。ひと眠りしたいし、シャワーも浴びたい。この村に宿屋はないかな?」
「その先にありますがこの早朝では迷惑でしょう。おれたちの部屋のシャワーを使ってください」
「『おれたち』? なるほど、なるほど。満更でもなさそうじゃないか。おねえさん、妬けるな」
「クロ! な、何を……」
狼狽するタイトを見て、久々に大笑いするクロであった。
「やはりタイトといると楽しいな。それじゃ、その『おれたちの部屋』とやらを教えてくれ。ともかくシャワーだ」
オトマタさんの声が聞こえた。
目を開くと眩しい陽の光が射し込んでいて思わずタイトは片手で顔を覆う。
いつのまにかオトマタさんの操縦席で眠ってしまったらしい、と気づいた。
リアシートに目をやるとツグミが寝息を立てている。
治療の結果がどうなったのかはその寝顔からはわからなかったが、表情を見る限りは想定外の副作用が出て苦しんでいる、と云うようなことはなさそうである。
「うまく行ったのか?」
『今のところはわからへん。それも心配やろうけど、その前にモニタを見なはれ』
モニタ? と、かれはコクピット中央のそれを見た。
そこにはエリア・センサーの画面が表示され、動体を示す光点がひとつ映し出されていた。
それがゆっくりとこちらに向かって近づいて来ることを教えてくれている。
単なる人影だけならば、良かったのだが……。
「武器を携帯しているな」
センサーは動体から武器反応が出ていることを示していた。
『せや。恐らくは軍仕様の三八口径衝撃銃あたりやな』
「軍、か。ここにいると云うことは、つまりはこの娘に〈忘却の鍵〉を使った張本人、ランベールか? 単独と云うのはひとりでも問題ないと云う判断なのだろうな」
確かにエージェントであれば、タイトを捕らえるくらい手ぶらでも十分であろう。
タイトは人影がやって来る方向へ視線を向けた。
『来るで。用心しなはれ』と、オトマタさん。
もちろん、オトマタさんの装甲を衝撃銃で破ることはできない。
もともと衝撃銃とは対人装備である。相手を傷つけずに失神させ捕獲することを目的としている武器であった。
つまりそれはランベールがタイトを生きたまま確保しようとしていることに他ならない。
「そうまでしておれの頭脳が必要なのか。ご苦労なことだ。せっかく科学局の連中を広域精神汚染して円満退職したと云うのに、ここまで追っかけて来るとは思わなかった」
もう一度、森を注意深く観察する。
風が吹き、森が揺れた。
まもなくそこにひとりの男が現れた。
その瞬間、朝の光がそこだけ翳ったように見えた。
(〈不吉を呼ぶ男〉とか云ったが……)
確かにそれはいかにも〈不吉を呼ぶ男〉の異名にふさわしい登場の仕方だった。
男、ランベール少佐は教会の駐車スペースに停車しているその探査用機動メカに目をやり、面白そうに口許を歪めた。
「ドクター・ハーゲン?」
「ランベールか?」
オトマタさんのコクピットでタイトは答える。
そこから下車する気はなかった。
もとより連邦特務局のエージェントを相手に丸腰になる気は毛頭ない。
「私の名前をご存知とは……そうか。〈銀狐〉に聞いたのですね? どうやら思った以上に仲良くなったようで何よりです」
皮肉っぽく云うとタイトの後ろの席で眠っているツグミを、ちらり、と、見た。
「〈銀狐〉?」
「ああ、それはご存知なかった? 彼女のコードネームですよ。なかなか素敵なネーミングでしょう? それよりもドクター、初めてお会いしていきなりで申し訳ないのですが、このまま連邦に戻っていただきますよ。せっかくリタイヤして自由を謳歌しているところ、無粋な話だとは思いますが……」
かれは衝撃銃を構えた。
それがオトマタさんには通じないとわかっているにも関わらず、それでもタイトの背筋を冷たいものが走った。
それほどランベールから放たれる瘴気にも似た気配は、兇々しく不吉なものであった。
「会うのは初めてではない」
呻くようにタイトが云う。
いつの間にか口の中が緊張のあまり渇いてひりついていた。
「どう云う意味ですか?」
「初めてではない、と、云ったのだ。おまえが以前この村にやって来た時、おれはここにいた」
「この村に? 私が? 残念ながら記憶にありませんね」
(記憶にない、だと?)
「そうか」と、タイト。
「それではこの教会に、その時おまえたちに撃たれた結果、下半身麻痺になってしまった女性がいることも憶えてはいない、と、云うことか?」
タイトの声は慄えていた。
何故慄え声になっているのかかれ自身にもわからなかった。
怒りなのか悲しみなのか失望なのか、それとももっと別の感情であったのか、かれにもそれを理解することは出来なかった。
「なるほど。ドクターはこの村の出身でしたね」
かれは、困ったものだ、と、呟いた。
「手荒なことはしたくありません。出来るならそのことを忘れてこのまま科学局に戻ってもらえると助かるのですが」
ランベールは衝撃銃を向けて冷たく云い放つ。
「銃をつきつけて云う台詞ではないだろう」
「確かに――」
ランベールが皮肉めいた笑顔を見せた。
「それに――機動メカに対して衝撃銃で何が出来る?」
「それはね、〈錬金術師〉の先生、使い方次第なんですよ」
ランベールの衝撃銃が火を噴いた。
オトマタさんの脚部の一点に命中する。
『うがあ!』
オトマタさんが悲鳴を上げた。機体が大きく揺らいだ。
「悲鳴? おまえは機動メカだろ?」と、タイト。
『け、けど、あんさん、あのすかした少佐、見事にわての弱点を……』
「弱点?」
『べ、弁慶の泣き所や!』
タイトは言語機能をオフにした。せっかくのシリアス・シーンが台無しであった。
どうやらランベールが撃ち抜いたのは、オトマタさんの関節部にある装甲のわずかな隙間のようであった。
コクピットの警告灯が明滅してアラートを上げている。
「AI言語機能を装備した機動メカとは面白いオモチャを持っているのですね、ドクター。天才とは云え、さすがにまだまだ歳相応、と云うところですか?」
ランベールは皮肉を込めてそう云うと再び笑顔を見せる。
「なるほど、エージェントの発想などはそんなところだろうな」と、タイト。
「科学者と云うのは夢見るものなのだ。子供の心を持っていなければ三流だ。それがわからないとはそれこそ無粋と云うものだ。
……だがおまえの云う、衝撃銃も使い方次第、と云うのは理解した。なるほどそれがエージェントのノウハウと云う奴か?」
「ええ、その通りですよ、ドクター。……さて、そう云う訳なので早々に投降していただけないでしょうか? あなたを『無事に』確保するのが私の仕事なのですが、『不慮の事故』が起きるとも限らないのがエージェントの仕事でもありますから」
穏やかな口調で物騒なことを云う奴だ、と、タイトは憎々しげに呟いた。
「ドクター、あなたのそれは見たところ武器らしい武器も装備していない探査用の機動メカ。その機能上、機動性も期待されていないメカです。例え私が丸腰に近い状態でもそんなものでエージェントに挑むなど愚か者のすることですよ」
「なるほど、自信たっぷりだな」
「自信ではなく、事実です」
「エージェントと云うのはその自信過剰さ故に墓穴を掘るのだ、と云うことを教えてやろう。この天才がな。……ちなみに、この娘の自信もぶち壊してやったのだぞ」
タイトがリアシートでしあわせそうな顔で眠っているツグミを指差した。
「そんな間抜けな部下といっしょにして欲しくはありませんが、あなたの云う話は興味深い。どのように私が自信過剰なのか教えていただきたいものです」
タイトはじっとランベールを見つめる。
その目はいつものように無表情で感情のこもっていない、ある意味かれらしい視線であった。
「おまえは、探査用機動メカに武器がない、と云った。なるほどその通りだ」
「ええ。マニピュレータに銃でも持たせれば別ですけどもね」
「こいつは、な、ランベール。過酷な環境での探査、調査も行える全環境対応仕様だ。そうした場所では、当然だが活動にいろいろと制約があるものだ」
ランベールが怪訝そうに、しかし、エージェントらしく油断ない様子でタイトの言葉を聞いていた。
「制約は様々だ。超高温、あるいは、極超低温の環境、高圧の環境、視界のまったく閉ざされた環境……そんな中でも探査をしなければならない。そのために様々な機能が装備されている。過酷な環境から機体を守る〈セントエルモの火〉、わずかな光を増幅して視界を確保する〈巨人のひとつ目〉、そして……」
タイトはコクピットのタブに触れた。
「……そんな探査の結果、発見したサンプルを探査ベースまで移送する歪空転送システム〈魔女の配送便〉!」
オトマタさんの観測ボール前方にあったレンズ状の窓が青白い光を放つ。
ランベールは咄嗟にそれがビーム上の『何か』であることに気づき、素早く横っ飛びに逃れようとした。熟練されたエージェントの直感であった。
「無駄だ。この距離ならば広角射程範囲は半径二〇メートルだ」
タイトが呟いた。かれの言葉の通りオトマタさんのレンズから放射された光は、ランベールを含む周囲一帯を飲み込んだ。
「何だ、これは?」
「云っただろ? 〈魔女の配送便〉。こいつもまだ科学局に知らせていない〈賢者の石〉を利用しておれが開発した技術のひとつだ」
「く……」
ランベールの隻眼に怒りの表情が浮かんだ。
「『跳んで』しまえ」
タイトの声。
同時に光が眩いほどに増幅し、しかし、次の瞬間には何事もなかったかのように消滅した。
光が消滅した後にはまるでシャベルで掬い取られたようなきれいに抉れた地面だけが残り、そこにいたはずのランベールの姿はどこにもなかった。
「ふん。天才を舐めるからだ。こいつはな、〈歪空機関〉を応用したもので照射した対象物を転送する。つまりは星船が空間を歪めて恒星間航行をするのと同じ原理を、少しばかり違う方向に応用した〈賢者の石〉の利用法のひとつなのだ。もっとも――」
そこでかれは一度言葉を切った。
「まだ試作品なので転送精度はイマイチなんだが……」
***
朝の光を背景にそれはやってきた。
タイトがランベールを追い払い、ツグミの意識が戻るのを待ちながら、ぼんやりとしていたそんな時間だった。
内燃機関の腹に響く低音の咆哮。
土埃が舞い上がっているのが遠くに見えた。
そしてタイトはその音に聞き憶えがあった。
「まさか……、ドクター・クロ、か?」
果たして。
現れたのは、クラシカルなハーレー・ダビッドソン。
もはや骨董品、いや、博物館行きとも思えるそれにまたがっているのは連邦医療局の副局長にして天才マッド・ドクター、クロその人であった。
「やあ、久しぶりだな、タイト」
茫然と佇んでいたタイトの眼前で土煙を上げて停車した大型バイクにまたがったまま、長い黒髪をなびかせた彼女はいつものように気軽に、まるでほんの隣町からやって来たように挨拶の言葉を口にした。
「クロ、き、来たのですか? てっきり〈僻地医療システム〉を使って遠隔治療をするものだと思っていたのですが」
「ご挨拶だな。きみのたっての頼みだからわざわざやって来たと云うのに――。ここまで〈歪空回廊〉を使って五日もかかったのだぞ。そのうちアンクローデからここまでが丸三日だ。どれだけ田舎なのだ、ここは?」
ジェット型のヘルメットを外して、それをバックミラーに被せながら、やれやれ、と呟く。
「だから遠隔治療にすれば……」
「まあ、そう云うな。たまにはあの窮屈な医療局から出掛けたいのだよ、私も。それよりも――」
クロがオトマタさんのリアシートで相変わらず眠っている娘に目をやった。
「その小娘は何だ? 確か特務局のエージェントだな? 〈銀狐〉とか云うコードネームだったはずだが?」
「知っているのですか?」
タイトが驚いて問い返す。
「私の情報網を舐めてはいけないな、タイト。……まあ、それ以上にその小娘はなかなか有名なのだがな。なぜそんな奴をつれているんだ?」
「成り行きです。護衛として使っていました」
「エージェントを護衛に、か? まあ、きみは元々重要人物だから監視されるのも仕方ないが――と、云うよりその娘、監視ミッションはスパイ行動だと思うのだが、エージェントだと云うのがきみにバレたのか? なかなのドジっ子ぶりだな」
「ええ、ドジです。そのためにランベールと云う上司に〈忘却の鍵〉を使われました。とりあえず今、記憶回復の処置をしたところです」
「記憶回復? それはまた人がいいじゃないか、タイト」
そう云って、もう一度、ツグミを見た。
ツグミは相変わらずしあわせそうな顔で涎を垂らして眠っていた。
「可愛い娘だな。なるほど、そう云うことか」
「……そう云うことじゃありません」
「照れることはないさ。きみも年頃だし」
面白そうに云う。
「……」
タイトが黙ってクロを睨みつけた。
「おいおい、久しぶりに会ったのにそんな怖い顔をするなよ、タイト。私は疲れてるんだ。ひと眠りしたいし、シャワーも浴びたい。この村に宿屋はないかな?」
「その先にありますがこの早朝では迷惑でしょう。おれたちの部屋のシャワーを使ってください」
「『おれたち』? なるほど、なるほど。満更でもなさそうじゃないか。おねえさん、妬けるな」
「クロ! な、何を……」
狼狽するタイトを見て、久々に大笑いするクロであった。
「やはりタイトといると楽しいな。それじゃ、その『おれたちの部屋』とやらを教えてくれ。ともかくシャワーだ」
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幸い優しい両親と、兄と姉に囲まれ事なきを得たのだが、兄達が優秀で僕はいずれ家を出てかなきゃいけないみたい。そんな空気を読んだ僕は将来の為努力をしはじめるのだが……。
※画像はAI作成しました。
※現在毎日2話投稿。11時と19時にしております。
※2026年半ば過ぎ完結予定。
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