錬金術師と銀髪の狂戦士

ろんど087

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第6章

サイトン村のマドンナ(7)

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 クロが建物の中に消えるのを見送るとタイトはオトマタさんの操縦席に戻った。
 まだ眠り続けているツグミを見つめる。

「それにしても、何でまた、わざわざここまでやって来たんだろう?」

 先ほどタイトが云ったように、いかにタイトの依頼だとしてもドクターが自ら執刀するためにここまでやって来る必要はない。
 現在では〈僻地医療システム〉によってドクターは医療局にいながらにして遠隔治療を行うことが常識である。そのシステムは辺境であるこのサイトンの村にも整備されている。

(それでもあえてここを訪れたと云うことには、何らかの意味があるのだろうか?)
(そう云えば、クロはおれのトラウマとなった事件、トーコおねえちゃんへの銃撃の事件のことを以前から知っていたようだった……)
(それが関係あるのだろうか?)

 何か腑に落ちないが、それらがどこかで繋がっているような気がして、タイトは苛立っていた。

(余計なことばかり考えさせられる。こう云うのは性に合わない)

 かれは忌々しそうに髪をかきむしった。 
 そのとき、リアシートで唸るような声が聞こえた。

「ううん……」

 ちょうどツグミが目を開けたところだった。

「ん? あれ? ここ、どこ?」

 ぼんやりとした表情で周囲を見回す。

 その表情を見てタイトは安堵の息を漏らした。
 同時に今までの苛立ちが嘘のように消えて行く。

(こいつの間抜け面を見たからか? こいつには沈静作用があるんだろうか? アロマ・オイルみたいな奴だな)

「気づいたか? おれがわかるか?」

「え? ああ、タイト? どしたの? 何で、あたし、オトマタさんの中にいるの? 記憶が……」

 そこで、はっと真顔になり、慌てて勢い良く立ち上がった。

 ごつん。

「い、いったああい」

 頭を抱えて再び座り込む。
 キャノピーの天井に景気良く頭をぶつけたのだった。

「おまえは起きた早々、騒がしい奴だな」

 どうやら記憶は戻っているらしい。
 オトマタさんの治療は無事に成功したようであった。

「うううう」
 頭をさすりながら、涙を流すツグミ。
「ひどいよ、タイト」

「おれは何もやっていない。おまえが周りを気にせず立ち上がるからだろう?」

「だって……」と、ツグミは云いながら、そこではっと何かを思い出す。
「――って、そうだ。大変なんだよ、タイト。少佐が……ランベール少佐が来て、あたし、何だか急に抱きしめられちゃって、で、ドキドキしちゃって、それでボーっとしてたら……じゃない、あの、え、えっと、い、今のなし」

 顔を赤らめて両手で大きく×印を作って否定する。

「何を云っているのだ、おまえは?」

「いや、だから、つまり……油断してたら〈忘却の鍵イレイザーキー〉で記憶を消され……消されたはず……あれ? 憶えてる?」
 きょとん、とした顔でタイトを見た。
 タイトは無表情のまま首を横に振った。やれやれ、と云うように――。

「記憶回復の施術をした。時間との勝負だったが無事に回復したようだな」

「施術? じゃ、あの、この前云ってたオトマタさんの機能で?」

「そうだ」

 ツグミは、そうか、と、呟くと、突然リアシートから操縦席のタイトに抱きついた。

「な、何だ?」

「あ、ありがとう、ありがとう、タイト。あたしのこと、助けてくれたんだね?」

「大袈裟な奴だ」

 ぽつり、と、戸惑ったような口調で答える。

「大袈裟じゃないよ。あたしの記憶だよ? 大事な、大事な記憶なんだよ? よかった。本当にありがとう」

「そんなに感謝される筋合いではない。所詮、おまえごときの脳みそに詰まっている記憶など、おれの脳に較べれば数段単純なのだから簡単なものだ」

「数段単純って、ヒドい……。相変わらず随分じゃない? せっかくの感謝の気持ちが七割減だよ!」

 リアシートからタイトの頭を平手ではたく。

「何をする。おまえと違っておれの脳はデリケートなのだぞ」

「デリケート?」と、ツグミ。
 そして、ぷふっ、と吹き出した。
「ったく、もう。ホントにタイトって変な奴」

 笑い出した。嬉しそうに――。

「ふん。嬉しそうだな」と、タイト。

「うん。何で?」

「ランベールの話はどうしたんだ?」

 この鳥頭め、と、タイトが呟く。

「あ!」と、ツグミの笑いが消えた。
「そうだ。だから大変なんだよ。ランベールがタイトを確保しに……」

「知っている。だが奴はもうここにはいない」

「え?」

「跳ばしてやった」

「跳ばした?」

「そうだ。オトマタさんのちょっとした装備でな。今頃は数百キロの彼方、ロスの森林地帯あたりでうろうろしているだろう」

「ど、どう云うこと?」

 タイトはそれには答えず、面倒くさそうに伸びをする。

「それよりもそろそろ朝食の時間だろう。寝不足の上に空腹は体に悪い」

 かれはそれだけ云うと、オトマタさんのキャノピーを開いた。
 ツグミは首を傾げながらも、かれに続いてオトマタさんを降り、タイトに続いた。

「何だかわからないんだけど……」

「考えなくても良い。とりあえずは、な。〈魔女の配送便キキズ・ワーク〉と云うオトマタさんの装備を使ったのだ。詳しい説明は面倒だからしない」

「また、そゆこと云うんだから。意地悪だよね、タイト」

「意地悪されるのは好きだろう。ドM娘」

「だからMじゃないってば!」

 本当に、タイトってば、と、ツグミがぶつぶつと文句を云うが、タイトはそれには答えず、ふたりはそのまま連れ立って教会裏の住居に入って行った。


 早朝のことである。
 恐らくはまだ眠っていそうなトーコと神父を起こさないように、と、かれらは足音を殺して廊下を進み、奥まった場所にあるふたりにあてがわれた部屋の前までやってくると、建てつけが悪いドアをなるべく音がしないようにと、注意深く開いた。

「お、タイト、戻ったか?」

 ふたりが部屋に戻った気配に、ちょうどバスルームから出てきたドクター・クロが振り返ってそう云った。
 裸にタオルを首から提げただけの恰好で――。

「ク、クロ! 何て恰好ですか?」

 慌てて目を伏せるタイト。
 その傍らで目を丸くするツグミ。

「な、な、な、何?」

「小娘も目を醒ましたか。どうだね、調子は?」

 何事もないかのように声をかける。

「ちょ、調子?」

 ツグミはオウム返しに云いながら、目の前の裸の女性をまじまじと見つめた。
 顔の左側に傷痕があるその顔は、しかし、美人である。
 全身にもたくさんの傷痕があり、それが彼女の過去が並大抵のものではなかったことを物語っていた。
 だが、彼女はそれにあまりあるセクシーなプロポーションの持ち主でもあった。
 大人の色香が漂っているその姿にツグミさえもどぎまぎとして顔を赤らめた。

「それにしてもピンクな部屋だな。私の趣味ではないぞ。目がチカチカする」

 クロはそんなツグミとタイトの反応になどまったく無頓着にそう云って、結い上げていた髪をほどいた。長い黒髪が艶やかに背中に流れ落ちる。

「いいから、服を着てください、ドクター」

 タイトが俯いたままで、声を荒げた。

「何だ、タイト? 何をいまさら照れている? 見慣れているだろう?」

「ク、クロ!」

 そのやりとりに、ツグミがタイトを睨みつけた。

「み、見慣れている? 何、それ? ちょっと、タイト! だ、誰よ、この人?」

 いや、見慣れてなどいない。それは冗談だ、と云うタイトの言葉にはまったく耳を貸さず、ツグミはタイトの両腕をつかんで、かれを見上げる。
 目に涙をためている。顔が真っ赤なのは怒っているのか、恥ずかしいのか――。

「よい反応だな、エージェント。どうやら〈忘却の鍵イレイザーキー〉の後遺症はなさそうだが、どれ、診察してやろう」

 そう云って裸のまま手近な椅子に座ると、ツグミにベッドに座れ、と促す。

「だから、服を着てからにしてください」

「だから、タイト、誰よ? 誰なのよぉ?」

 ツグミ、号泣した。
 パニック状態だった。

「ふむ、その様子だとまだタイトとは何もなさそうだな? 〈銀髪の狂戦士バーサーカー〉などと云う二つ名で呼ばれているくせに、結構、純情ではないか?」

「え? な、何で私のことを?」

「なかなか有名だぞ、コードネーム〈銀狐シルバーフォックス〉」

 その言葉にツグミが真顔になって緊張する。
 エージェントのコードネームまで知っていることにさすがに警戒の色を見せた。

「そんな顔をするな。今は剥がしてしまったようだが、トレード・マークのタトゥーがただのシールであることも知っているぞ。これでもなかなかの地獄耳でな。――申し遅れたが、私の名はクロだ。ドクター・クロ」

「ドクター・クロ……」

 どこかで聞いたことのある名前だ、と、ツグミは思った。

「ドクター? お医者さん? ドクター・クロ?」

 ツグミは頭に手をやって記憶をまさぐる。

「うむ、〈忘却の鍵〉の影響がまだ残っているのか?」

「いや……」と、タイト。
「こいつはバカだから、いつもこんなものだ」

「タイト! ひどいよ!」

 ツグミが抗議する。

「……ドクター・クロ。マッド・ドクターの異名もあるのだが」

「まっど・どくたぁ? ……あ!」

 そこでツグミは気づいたようであった。

「ま、まさか、あの……、連邦医療局の?」

 驚愕の表情で再びツグミはクロをまじまじと見つめた。

「ご名答。――と、云うことで、ともかく診察してやるから早くこっちに来い。本来なら私の診察料は目の玉が飛び出るほど高いのだが、今日は特別にロハで診察してやる。ありがたいと思え、子狐娘」

 云いながらクロは素早くツグミの腕をとると彼女に反撃の隙も与えずに難なくベッドに押し倒した。
 相手がエージェントだと云うのに見事な手際であった。
 それだけでもクロの過去が普通の医者ではないことは明白だった。

「うきゃあ!」

 ツグミが悲鳴を上げる。
 とは云えあっさりと押し倒される現役エージェントもどうだろうか。

「騒ぐな。診るだけだ」

 クロは裸のままツグミに馬乗りになる。

「まずはこのエロいタンクトップから脱がさないとな。なるほど。この立派な乳でタイトを誘惑していた訳だ」

「えええ? ちょっと、ダメ! タ、タイト、助けて~」

 クロがツグミのタンクトップをあっさりと脱がし、続いてミニスカもすんなりと剥ぎ取った。
 そっちの手際も見事なものであった。
 そしてツグミの縞パンツにクロの手がかかったところで、さすがにタイトは、とても見ていられない、と、その場で後ろを向いた。

(こんなに悪ノリするドクターではないのだが……。やはりこのドM娘の『苛められたいオーラ』を敏感に感じているのだろうか?)

 止めようにも、止めて止まるようなクロの性格ではない。
 ともかくクロの『診察』が終わるまでは仕方ない。
 そう思ってドアの方向へ目をやった。
 そこに、騒ぎを聞きつけてやって来たらしい車椅子に乗ったトーコが、ぽかん、と口を開けて、そんな部屋の様子をじっと見つめているのと目が合った。
 
「トーコおねえちゃん……」

「あ、あの、タイト……」と、トーコ。
「これって、あれかしら? 新手の修羅場?」


     ***


 教会の小さな礼拝堂――。
 祭壇の前で祈りを捧げているロード神父とそれを見守るクロ。
 彼女は神父が祈りを終えるまで興味なさそうな顔でその姿を無言で見つめていた。

「なかなか良い教会ではないか」

 クロのその言葉に、ロード神父は、ぴくり、と体を硬直させた。

「そんなに硬くなるな、神父。その様子だと私のことを忘れた訳ではなさそうだな」

 神父は無言であった。
 ただその目には怯えにも似た色が浮かんでいる。

「まさか、タイトが連れてきた医者が私とは思わなかったか? まあ、安心しろ。大丈夫だ。手術はちゃんとするよ。昔のことはそれとして、私はこれでも医者だからな」

 クロはかすかに唇を歪めて礼拝堂の長椅子の端に腰掛けた。

「それよりもおまえが気にしているのは、ランベールのことだろう?」

「かれは――」と、ロード神父。
「トーコのことを……?」

 ロード神父が朝の礼拝を終えて彼女へ振り返った。
 その目が怯えた色を湛えていた。
 その様子からかれが今朝の礼拝に少しも集中できていなかったことはクロにもよくわかった。

「心配か?」と、クロが問い返す。
「奴がまたトーコを連れ戻すのじゃないか、あるいは、最悪、手にかけるつもりなのではないか、と? なるほど、確かにおまえがトーコを医療局から連れ出す代わりに売り渡した天才少年――タイトがここに戻って来た訳だからな。そもそもおまえもわかっているだろうが、タイトが科学局を抜けたのはトーコのためだ。そしてトーコはランベールの過去の違法な行動の生き証人でもある。ランベールとしては今ここでタイトを連れ戻したところでまた逃げ出されては意味がない。そのために原因であるトーコをそのままにしておかない、と云うことは十分に考えられる」

「……どうすれば良い? 私はどうすれば良いのだ、クロ?」

 真っ青な顔でロード神父は呟くような声で訊ねる。

「ふん、落ちぶれたな、神父。いや、軍曹。私の顔に傷をつけたあの時はなかなかにタフな男だと思ったのだが、田舎暮らしとはこうも人を変えてしまうのか?」

「……」

「今ではおまえが売り渡した少年の方がよっぽど頼りになるな。――さあ、どうするつもりだ、軍曹? 十年前の負債を今、返済しなければならないぞ? このまま膝を抱えて子供のようにがたがた慄えているだけなのか?」

 その言葉にかれは頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。
 その様子をクロは冷たい視線でじっと見下ろした後、首を振った。
 そしてそのまま無言で礼拝堂の出口に向かって歩き出す。
 礼拝堂の扉に手をかけようとして、その横にツグミが立っているのに気づくと、クロは、にやり、と笑いかけた。

「ドクター・クロ……」

 ツグミが真顔で問いかけた。
 何か云いたそうな、さりとて何を云っていいのかわからなそうな、彼女はそんな顔をしていた。

「聞いていたのか? まあ、そう云った事情だ。私はトーコの手術をしなければならない。元エージェント、きみがタイトを守れ。あいつは戦闘には不向きだからね」
 
「もちろんだよ。だって、あたしはタイトの護衛なんだから」

「そうだったな」

 クロは小柄なツグミの肩を、がんばれよ、と云うように軽く叩いて見せた。
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