錬金術師と銀髪の狂戦士

ろんど087

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第7章

不吉を呼ぶ男(2)

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 遠くからヘリの爆音が近づいていた。
 タイトが乗ったオトマタさんの前に立つツグミはその音に全身を緊張させると、振り返ってかれとオトマタさんに目をやった。

「来たよ。気をつけてね」

「ああ。と、云ってもおれに出来ることはそれほどない」

「……確かにそうだね。ってかさ、タイト。今さらだけど最初に少佐に会った時、何で殺さなかったのよ? チャンスはあったんでしょ?」

「物騒な台詞だな。おれは有名なイギリス諜報部員のような『殺しの許可書』などは持っていない」

「そりゃそうだけど相手が相手なんだから生ぬるいよ。少なくとももう片方の目も潰しちゃうくらいしとかないと……。実際こうしてまた来ちゃってるんだから」

「……おまえはSなのかMなのかよくわからない時があるな」

「ん? 基本はMだけど」

「やはりそうか」

「あ……」

 しまった。引っかかった、と、ツグミは頭を抱えた。

『あんさん、姐さん、なかよしこよしはその辺にしたってや。ヘリが見えて来たで』

 オトマタさんがマニピュレータを十一時の方角に向けて報告する。
 まだかなりの距離があるが、軍の輸送ヘリが近づいて来るのが視界に入って来た。
 このあたりにはヘリが着陸するのに都合の良い広場と云えば牧草地くらいしかない。
 案の定ヘリは牧草地の方向へ向かっているように見えた。

 ヘリが近づくにつれて巨木の立ち並ぶ森がざわめき出す。
 牧草地に向かっていたと見えたそれは、しかしかれらの予想を裏切って大きく旋回すると森の向こう側でホバリングし、かなりの高度であるにも関わらずリアハッチから何かを投下した。

「あれは何だ、オトマタさん?」

『メカやな。機動メカ。それも小型やで』

 オトマタさんが答えるのと同時に、ずん、と云う落下音がそこまで聞こえて来た。
 オトマタさんの云う通り有人の小型機動メカのようである。
 あの高さから落ちれば中の人間も無事では済まなそうであるが、ツグミは首を振った。

「あれくらいの高さからならば、軍用機動メカの対衝撃シートに座っていれば何の問題もない。すぐにここまで来るよ。準備しといて」

 すでに森の中を何かが近づいている気配がしていた。
 乱暴に木々を蹂躙する音。
 もちろんオトマタさんの探査モニタにもはっきりと探知されている。

『機種の解析完了。五九式高機動多脚メカ、通称〈スパイダー〉や』

「え? 〈スパイダー〉? ヤバ! 少佐にはそれがあったんだ」

 ツグミが緊張した面持ちで叫んだ。

「その名は聞いたことがある」と、タイト。
「ひとり乗りの高機動メカだな。火器や装甲は大したことないが、あまりにも機動性に特化したためにパイロットの神経がそれに耐えらずに、結果、失敗作として全台廃棄されたと云ういわくつきの機種ではなかったか?」

「うん。その通りだよ。でもたまにいるんだよ、あれを操作出来る奴が。そのひとりが少佐……」

 ツグミの言葉が終わらないうちに、彼女のフォン端末の呼び出し音が鳴る。彼女は緊張してフォン端末を見た。

「少佐!」

『きみに会いに戻って来たよ、〈銀狐シルバーフォックス〉。残念だがきみを処分しなければならない。きみのいとしの〈錬金術師アルケミスト〉を捕らえるにはやはりきみは邪魔になるようだからね』

 ツグミは何も答えずにフォン端末を投げ捨てた。
 それが彼女の回答であった。
 タイトはそんなツグミの様子を無言で見つめていた。
 
『おお、ごっつ、早いで。もうすぐそこや』

 オトマタさんの声を聞くまでもなく、森の木々がメリメリと倒される音がすぐ近くから聞こえて来る。
 ツグミが〈炎月〉を油断なく構えた。
 一方、非武装探査メカであるオトマタさんは、キャノピーを閉じて攻撃に備えるしかなかった。
 だが今回の相手は軍の高機動メカである。
 一発の攻撃で致命的なダメージを負う危険性は高かった。

「オトマタさん、〈魔女の配送便キキズ・ワーク〉をスタンバイしておけ。他にも武器になりそうなものはすべて安全装置を解除」

『そない云うても、武器らしい武器なんてあらへんで』

「それはおれが考える。いいから装備をすべて使えるようにしておくのだ」

『了解や』

 バリバリ、と云う音とともに十メートルを優に超える針葉樹の巨木が乱暴に引き倒された。
 小型の機動メカとは云えさすがに大したパワーである。
 それに向かってツグミの〈炎月〉が火を噴いた。
 広角に設定されたエネルギー弾が木々が倒された周辺全体に焔の塊を炸裂させる。
 たいていの相手であれば少なくともいくらかのダメージを負わせることは出来たであろうその先制攻撃であったが、高機動メカ〈スパイダー〉はいとも簡単にその攻撃を避けて少し離れた位置に高速で移動していた。

 五九式高機動多脚メカ〈スパイダー〉――それはその異名の通り蜘蛛を思わせる外観を持っていた。
 ひしゃげた球形に近いボディは、ひとり乗りであったとしてもかなりパイロットにとっては窮屈であろう。
 そのボディからは八本の脚が生えており、それぞれに鉤爪のような装備がついている。
 足場の悪い森の中や入り組んだ場所では、その鉤爪を使って手掛かりを頼りに空中を移動することが出来るような設計であった。
 迷彩色に塗装された外殻装甲は、確かにお飾り程度の性能ではあるようだが、それに較べて今の素早い動きを見てもその敏捷性は規格外である。

 ツグミは先制攻撃が外れたことを確認すると、すぐさま二撃目のために体勢を整える。
 すでに〈スパイダー〉の着地点に向けて〈炎月〉の狙いを定めていた。
 だが彼女がトリガーを絞るより早く〈スパイダー〉が行動する。
 恐るべきフットワークで左右に移動しながら、彼女に向かって突進して来た。

「は、早い!」

 ウワサには聞いていたが、その動きはツグミの想像を遥かに超えていた。
 とても機動メカの動きではない。
 鍛え抜かれた〈強化体サイバー〉エージェントのフットワークにも匹敵する速さであった。
 確かにこの動きをすれば中のパイロットはたまったものではないだろう。乗り手を選ぶのも納得だった。
 彼女は〈炎月〉を連射モードで発射した。
 狙いを定めていた訳ではない。
 とりあえず弾幕を張って〈スパイダー〉の脚を止めることだけを考えていた。
 そしてそのまま銃を撃ち続けながら自分も森の中に駆け込んだ。
 巨木の陰に隠れる。
 もちろん相手も探知機能を持っている。
 それで身を隠せるはずはないのはわかっているが、少なくとも身を晒している不安感から逃れて体勢を立て直したかった。

 が、次の瞬間。

 それはそこにいた。巨木の向こうで前脚の一本を大きく振りかぶっていた。
 彼女が飛びのく。
〈スパイダー〉の前脚の鉤爪が巨木を見事に一刀両断していた。

「く……」

 ツグミは地面を転がってどうにかそれを避けると至近距離で〈スパイダー〉を狙い撃つ。
 しかし驚くべき反射速度で〈炎月〉の射線をかいくぐり、大きく飛び上がったそれは巨木の太い幹に鉤爪を突き刺して巨木から巨木へと身軽に空中を移動する。

 とても敵わない、と、ツグミは絶望感に襲われた。
〈強化体〉並みの機動性を持ったメカ。
 それは単身で戦うにはあまりにも強大な敵であった。
 今さらながらにツグミは少佐の恐ろしさを再確認した。

『おい、護衛がびびっていては仕方ないのではないか?』

 タイトに渡された通話機から声が聞こえた。
 特殊な暗号通信により他者からの探知を無効化する対策を施された特注品である。

「うっさい、気が散るから静かにして!」

『つれない台詞だな。だが、おまえの〈銀髪の狂戦士バーサーカー〉の力とおれ〈錬金術師アルケミスト〉の頭脳があれば、あんなものは敵ではない』

「何か策があるの、タイト?」

『あるにはある。それにはまず奴を牧草地に誘い出せ。森の中ではオトマタさんが動けない』

「わかった。けど牧草地に出たってあいつのスピードには敵わないよ」

 と、反論したものの、ここはタイトに賭けるしかない。
 この闘いを端から見ている立場だったら絶対〈スパイダー〉の方に賭けるけどね、と、皮肉っぽく考えて苦笑する。

〈スパイダー〉は、ふわりと跳躍すると地面に着地した。
 それを狙って〈炎月〉を発射するがそれも難なく避けられてしまう。
 単に機動性が高い、と云うだけではない。操縦しているランベール少佐の察知能力、反射神経も卓越しているのだ。

 ツグミはタイトに云われたように狙いも甘いまま〈炎月〉を撃ち続け、少しずつ牧草地に向かって移動していた。
 激しい緊張感にすでに体力が尽きつつあった。
 ずっと無酸素運動を続けているようなものである。
 そしてあとわずかで森を抜けて牧草地に出る、と、そう思った瞬間、彼女にわずかな隙が出来た。

〈スパイダー〉の上部にいつの間にか射出口が開いていた。

「!」

 ツグミはそれを見た瞬間、総毛立った。
 それが何かはわからなかったが、ヤバイ、と直感した。
 彼女は必死に森を走り抜ける。

 刹那。

 ツグミは何者かに足首を掴まれた。いや、そんな錯覚を覚えた。
 彼女はそのままもんどり打って転倒する。
 思い切り全身を地面に叩きつけてしまった。
 一瞬、意識が暗転しそうになるところを必死に耐えたのは、エージェントとしての訓練の賜物であった。 

「うう……」

 しかし、我知らず呻き声が洩れた。
 そうしながら足を見ると右足首に薄い黄色の紐状のものが絡みついていた。
 見れば森の木々のそこら中にそれが絡みついており、それは先ほど彼女が直感した通り、〈スパイダー〉の上部の射出口から伸びていた。
 まさしくそれは〈蜘蛛の糸〉であった。

(ヤバイ、捕まった?)

 慌ててそれを解こうとするが、すでにそれは凝固しておりとても人の手で剥がせるようなものではなかった。

〈スパイダー〉が近づいていた。
 すでに獲物は手の内、とでも考えているのか、先ほどまでの機動性を発揮することもなく、ゆっくりと彼女に近づいて来ていた。
     
(ダメだ。やられる)

 ツグミは絶望的な思いに駆られた。
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