錬金術師と銀髪の狂戦士

ろんど087

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終章

エピローグ

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 数日が過ぎた。

 その日、診療所の病室を訪れたタイトは、沈痛な表情でトーコを見下ろしていた。
 彼女はそんなタイトに微笑みかける。いつものように限りなく優しい笑顔で。

「そんな顔をしないで、タイト」と、トーコ。
「確かにすぐに立ち上がるのは無理だとしても足の先に感覚が戻ったのよ。それだけでも私にとっては何年ぶりかの感覚だわ。それにリハビリをすれば時間がかかっても歩けるようになる可能性があるんでしょ? 未来に向かっての希望が出来たことって、とても素晴らしいことよ」

 タイトは答えない。
 トーコはそう云ってはくれるが、それはかれが望んだ結果とはほど遠いものであった。

 すでに医療局に帰ったドクター・クロと連絡をとったのは、夕べのことだった。

『手術そのものは成功だ。二次障害が起きる心配もない。それは私が請合うよ』

 フォン端末のモニタの中で不気味な人体標本を乱雑に並べた棚を背景に、妖しい雰囲気を漂わす女医はそう告げた。

『要するに例の〈ユニット〉そのものが未完成だったと云うことだよ、タイト。残念だがね。もともとラピスが一筋縄で行かないのは、専門家であるきみの方がよくわかっていることだろう?』

「……」

『とは云え、患者の術後のバイタルは正常。神経系の復旧リカバリーは四〇%と云うところだ。術前が一%未満だったことを考えれば驚異的な回復ではある。つまり冷静に評価すればこの術式はあながち失敗と云う訳ではない』

「しかし、四〇%です。健常者並みとは云えません」

『確かにな。気長にリハビリをすればこの数値を上げることは出来るが、時間がかかることは否めないのも事実だ。この状態を見る限り、医者としては〈生体換装バイオナイズ〉についても提案せざるを得ないが……』

「それは……、ダメです」

 タイトは即答する。
 ドクター・クロはモニタの向こうで肩を竦めて見せた。

『だと思ったよ、タイト。――テセウスの船、か?』

 壊れた部品を交換し続けて最後にすべての部品を交換してしまった船は、果たして元の船と同じと云えるのだろうか、と云う古典的な矛盾。
〈生体換装〉は人間に対するテセウスの船そのものであった。

『オーヤマのことをまだ気にしているのか? あれは〈生体換装〉とは違うだろう? むしろ逆ではないか?』

「部品交換と云う意味では同じことです。おれはトーコおねえちゃんには自分の足で歩いてもらいたい」

『なるほど……。気持ちはわからないでもないが論理的ではないな』

 彼女は微笑した。それは微笑と云うよりは苦笑であった。

「わかっています」

 タイトはそこで黙り込み、祈るように組み合わせた手に額をつけて俯いた。
 それはさながら祈りを捧げるような姿勢であった。

「ドクター、術前に〈ユニット〉が未完成だったことに気づいていましたか?」

『本気で云っているのか、タイト? 私が未完成だとわかっている〈ユニット〉を患者に施術するような真似をする医者だと思うのか? それは心外だな』

「……失礼しました」

『まあ、いいさ。気持ちはわかる。気を落とすな。私も、もう少し検証して見る。……私だってきみの開発したこの技術に期待を寄せているんだぞ。だからこそわざわざド田舎まで執刀しに行ったのだからな。それからリハビリの専門家をそちらに手配した。二、三日後には到着すると思う。費用は私持ちだから存分にこき使ってくれ』

「ええ、感謝しています」

『それときみは気づいていないかも知れないが――』

 そこでクロは少しだけ言葉を切った。

『――別の意味できみらはかれらを救っている。かれらは解放されたのさ』

「……どう云う意味ですか?」

『いずれわかるよ。その時がくればな』

 それから、私はいつでもきみときみの大事な人の助けになってやる、と告げて、ドクター・クロは通信を終えた。

 そんなクロとの会話はタイトの心を少しだけ軽くはしたものの、そして今、目の前で、足の感覚が戻った、と、喜ぶトーコの笑顔があったものの、実際彼女の足は今までと何も変わってはいない。
 結果的にはタイトの治療は無意味だったのである。

 いつも通りの笑顔をかれに向けるトーコ。
 かれはその笑顔を見ているのに耐えることが出来なかった。そのまま踵を返す。
 背後でトーコの呼び止める声がしたが、かれはそれを無視して病室を出るとそのまま診療所も飛び出した。

   ***

 診療所の外に広がるサイトンの村はいつもと変わりなく平和であった。
 さわやかな風とのどかな風景が続く田舎の村。
 人々の営みは昨日とは何も変わっていないようで、きっと明日も変わらないのだろう。

 タイトはひとり、とぼとぼと田舎道を歩き、いつしか森を抜け牧草地に辿り着いた。
 そこで力尽きたようにそのふかふかとした草の上に寝転がった。

 空を見上げる。真っ青に澄み切った空。故郷の空を。

 かれはしばらくそうしてぼんやりと空を眺めていた。何も考えることが出来なかった。
 やがてどれくらいの時間が過ぎたものか、かれは近づいて来る足音に気づきその方向にのろのろと顔を向けた。そこには銀髪の娘の姿があった。

「おまえか……」

「やあ、タイト!」

 彼女は屈託のない笑顔で右手を元気良く上げた。

「……パンツが見えてるぞ」

 え? と、云って、ツグミは慌ててミニスカートの裾を押さえると、数歩、後ずさった。

「……ちょ、ちょっと、あっち向いててよ。せっかくあんたの隣に座って元気づけてやろうかと思って来たんだから」

 仕方ないな、と、タイトがそっぽを向くと、ツグミは寝転がっているタイトの横に膝を抱えて座り込んだ。パンツは見えないな、と、角度を気にしながら。

 そよ風が吹いていた。
 それがツグミの銀髪をゆらめかせている。
 彼女は無言でそんな風に身を任せるように座っていた。
 タイトはぼんやりと空を眺め続けていた。
 しばしの沈黙があった。

 それから――。

「……結局、失敗だった。〈賢者の石〉も万能ではなかった。いや……」と、タイト。
「万能でも天才でもなかったのは、おれの方か」

 独り言のように口にするタイト。
 ツグミはずっと遠くの山々を見つめていた。

「タイトの弱音、初めて聞いた」

「おれだって人間だ。そう云うこともある」

「うん。安心したよ。たまにタイトのこと、〈機械人形メカドール〉か何かじゃないかって思うことがあったからね」

 くすくす、と笑う。

「以前、ドクター・クロにも云われたことがある」

 憮然とした表情で答えるタイト。

「あ、やっぱり? そりゃそうだよね」と、ツグミ。

 それから彼女は真顔に戻る。

「……あのさ、トーコさんのことは残念だったけど、タイトの今までが全否定された訳じゃないんだし、元気出しなよ。ウジウジしているのなんてタイトらしくないよ」

 そしてタイトの顔を覗き込む。

「……こんなことを云うのって無神経かな、あたし?」

「いや。そんなこともない。おまえにしては論理的だ」

「そっか。でもね、トーコさん、立ち上がることは出来なかったけど足の感覚が戻ったこと、すごく嬉しそうにしてたじゃない? しばらくリハビリすれば歩けるかも知れないんだし、あのトーコさんの笑顔は本当の笑顔だと思うよ。きっと洟垂れ小僧だったタイトが立派になってトーコさんの治療をしてくれたこと、それ自体が嬉しかったんだと思う。それにタイトはあたしの大事な記憶も救ってくれた。あたしもすごく感謝してるんだよ」

 タイトはしばらく無言であった。
 ただ変わらずに空を眺めていた。

「おまえは相変わらずバカだな」と、タイトがぽつりと云う。

「何よぉ、それ」

「おれは強欲だからすべてを何とかしたかったのだ。それもわからないのか?」

「……強欲?」

 ツグミは、まったくタイトらしいねぇ、と、呟く。苦笑しながら。
 そして両手を上げて、う~ん、と、背伸びすると、タイトの顔を見た。

「ねえ、タイト」

「何だ?」

「あの〈炎月〉の力も〈賢者の石〉の応用なの?」

「そうだ」

「オトマタさんのAIへの人格の移植もそうなんだよね?」

「そうだ」

「それから今回の手術……。いったい〈賢者の石〉って何なんだろう? 神様は何のために〈賢者の石〉なんてものを作ったんだろうね?」

 タイトは体を起こすと、ツグミと同じように膝を抱えて座り直した。少年のように。

「神様、なんてものがいるのかどうか知らないが、ラピスは人の命を奪うことも人の命を救うことも出来る。毒にもなれば薬にもなる。――〈賢者〉が使えば〈賢者の石〉になり、〈愚者〉が使えば〈愚者の石〉になる。まるでおれたちを試しているようにな」

 タイトは膝を抱えたまま、まるで自分に云い聞かせるように云うと、青空を仰ぎ見た。

 いつも通りの青空を――。


     ***


 ふたりはトーコとロード神父に見送られてサイトンの村を出た。
 
 トーコとロード神父はタイトたちにサイトンで暮らすように、と、何度も説得した。
 だがタイトは頑なにそれを拒否し、村を出ることをかれらに告げた。
 さらに研究を重ねてトーコの足を元通りにすること、それがかれの唯一の願いだったからであった。

 そんなことは気にしなくて良いのに、ここにいてくれる方がよっぽど自分は嬉しいのに、と、トーコは何とか引き止めようとしたが、タイトの性格を知っている彼女はかれの決心が固いことを悟り、やむなく引き止めるのを諦めた。
 そして、ふたりの間に子供が出来たら必ず村に戻って来ることをふたりに約束させ、それでようやく満足したのだった。
 未だにふたりが夫婦であることをまったく疑っていないトーコであった。

「ねえ、タイト?」

 オトマタさんはすでにサイトンの村を見下ろせる峠に差しかかっていた。
 崖崩れがあったらしく、来た時よりもさらに道幅が狭くなっている。
 オトマタさんは慎重に一歩、一歩、それを進んで行く。
 そんなオトマタさんの苦労にはまったく無頓着に、リアシートで眼下に広がる村の景色を眺めながらツグミが口を開いた。

「あんた、トーコさんのヒーローになりたかったの?」

「ヒーロー? バカなことを考えるものだな、おまえは」

 あきれたような口調でタイトが答える。

「じゃあさ」

 ツグミがリアシートから身を乗り出して、操縦席のタイトの横顔を覗き込む。
 
「もしかして……トーコさんのことが好きだったんじゃないの?」

「トーコおねえちゃんを?」

 かれは驚いたように問い返す。
 それからじっと黙り込んだ後、ふっ、と、笑顔を見せた。
 強張った印象を与える笑顔ではあったが、それはツグミが初めて見るタイトの表情だった。

「え? あ、あんた、笑えるの?」

「当たり前だ。ちゃんと表情筋があるのだからな」

「また、そんな云い方……でも、ふ~ん、なかなか笑顔もいいもんだよ。まあ、少しばかりぎこちない笑顔だけどもね」

「バカなことを」

 タイトの頬に赤みが差した。

「あれあれ? 照れちゃって、カワイイ!」

 ツグミが嬉しそうに云うと、きゃはは、と笑い声を立てる。

「くだらんことを云うな」

「くだらなくなんかないよ」

「そんなことより……」と、タイトが話題を変える。
「おまえはこれからどうするんだ?」

 ああ、そのことね、と、ツグミ。

「エージェントはリタイヤする。どうせ少佐に記憶を抹消されたことだし……」

「その代わりに少佐自体を抹消してしまったがな」

「……」

「リタイヤしてどうするのだ?」

「そうだねぇ……。自分探しの旅、なんて、どうかな?」

「なるほど、気の利いた台詞だ」

「……あんたが科学局をリタイアした時のダサい台詞でしょ? どうしてこんな台詞であんたみたいな天才をリタイアさせたのか、あたしは未だに不思議だよ」

「まあ、ちょっとした錬金術を使って、頭の悪い幹部に暗示をかけたがな」

「ロクでもないイカサマだよね、それ」

 憎まれ口を叩く。

「……ってか、あんたはこれからどうするのよ?」

 ふん、と、タイトは鼻を鳴らすと、振り返ってツグミをじっと見つめた。
 本当にこいつには困ったものだな、とでも云うような視線である。

「え? 何?」

 ツグミが不安そうに訊ねる。

「気づいていないようだな」

「な、何を?」

「ランベールの奴をメカごと蒸発させてしまったのだ。おまえは当然、連邦のお訊ね者だろう。それはおまえの勝手なのだが、厄介なことにおれもそれに加担したと云うことでお訊ね者になってしまったらしい。先ほど連邦のシステムに侵入して手配書を確認したところだ」

「あ……」

 ツグミが絶句する。

「村を出たのも村に迷惑をかけないためだ。まったく困った元エージェントだ」

「ご、ごめんなさい……ってか、あたしだけのせいなの? むしろ――」と、ツグミ。

「そういう訳だからおまえには責任をとってもらう」

 ツグミの言葉を無視してタイトが云った。

「これからも護衛を頼むぞ。少なくともトーコおねえちゃんを完治させるまではおれは連邦に捕まる訳には行かない」

 そこでいったん言葉を切る。
 そして――。

「――わかったか、ツグミ?」

 タイトの言葉にツグミは驚いて、タイトをまじまじと見つめた。

「何だ?」

「え? いや、その……今、名前を呼んでくれた?」

「だったらどうなのだ? いつまでもドM娘とか露出狂戦士とか呼ぶのもどうかと思うからな」

 タイトがいつも通りの無表情で答えた。
 ツグミはそれに満面の笑顔を見せる。

「うん。そ、そうだよね」

「……それともMっ気のあるおまえとしては、もっと罵られるような呼び名の方が嬉しいのか?」

 ツグミは慌てて、ぶんぶん、と、頭を振った。

「Mっ気なんてないから、これからもちゃんと名前で呼んで!」

 そうしてふたりはサイトンの村をあとにしたのだった。
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