星海の運び屋~Star Carrier~

ろんど087

文字の大きさ
6 / 72
第2章 バー《星海》でくつろごう

(1)

しおりを挟む
 深夜のバス・ステーションは静まり返っていた。
 照明は落ち、人の気配もない。ただ風だけが空しく吹き過ぎるだけであった。

「……」

「いったい、これはどう云うことなんですか、サンタ?」

 小柄なシスター・セロリがサンタを見上げている。
 いや、睨みつけている。
 その手が修道衣のふところにある44マグナムの銃把を握っていることは明白であった。先ほどの物騒な決意を早くも実行しようとしているらしい。
 サンタは居心地悪そうにぼさぼさ頭を掻きながら、無人のバス・ステーションを見回していた。意識的にセロリから視線を外している。

「ああ、う~ん、どうやら……」
 歯切れの悪い口調。
「……あれだな。今日の定期バスはもう終了したってことらしいな」

「考えてみれば夜中過ぎだもんね」

 にこやかに羽衣が補足する。

(何でにこやかなんだ? 場の空気を読めよ!)

 サンタが内心でツッコミを入れる。

「だからそれはどう云うことなんですか?」

 セロリがさらに詰め寄る。
 サンタは我知らず、一歩、後ずさった。

「つまり次の定期バスは明日の朝、まあ、厳密に云えば今日なんだが……」
「厳密に云わなくてもわかります」
「まあ、しばらく待てばバスはあると云うことだ」
「だから私はどうすればいいんですか? こんなところで朝までじっとバスを待っていろ、と、こう云いたい訳ですか? 確かにお約束としては、バス・ステーションまで送ってもらえる、と、そう云う話ではありましたが、それはバスが動いている前提のはずです。それともあなたは、そんなことは約束していない、と、そう云うつもりですか?」

 サンタは遠慮がちに、横目でセロリを見た。
 目に涙を溜めている。気丈な小憎たらしい台詞ではあるが途方に暮れているのは確かだろう。当然である。

(参ったな。まさかバスってのが昼間しか運行していないとは……。そもそも『運び屋』がバスに乗ることなんかないからな)
「まあ、つまりは……」
 何か言い訳をしようかと考えたが何を云っても男らしくない。
「……すまん、セロリ。計算違いだった」

 結局、謝った。
 セロリは腕組みをして、ぷいっと横を向いた。

「そんなこと、知りません」
「何とかするよ」
「何とかってどうするんですか?」
「朝まで、いや、バスに乗るまでは面倒を見る」
「私はすでに空腹だし、シャワーだって浴びたいし、美容のためには寝不足も困ります」
「わかった。何とかする」
「あのビークルで寝ていろ、などとは云いませんよね? これでもデリケートなのでああ云うところでは眠れませんから」

(いや、さっきまで後部座席でグースカ寝ていただろう?)

 と云う台詞はとりあえず心の中にしまっておく。それが大人の心遣いであろう。

「ともかく食事をしたいです。どこか美味しいものが食べられる所につれてってください。もちろん、サンタの奢りで」
「奢りかよ」
「アフターサービスです」
(アフター、じゃないだろ)
 サンタ、大きく、ため息をつく。

「そう云う訳だ、羽衣」
 てっきり迷惑そうな顔をするかと思いきや案に相違して羽衣は満面の笑顔で頷いた。
「うん。了解。どうせ一杯飲むつもりだったんでしょ? 楽しみだな~。いっつもサンタの仏頂面としか食事していなかったし、可愛いシスターちゃんとお話するなんて大歓迎だよ」
「おまえは能天気でいいな」
「私も羽衣とお話するのは楽しみです」
 セロリも少し機嫌を直して、と、云うより安堵してそう云った。
 ともあれ三人は再び小型ビークルに乗り込むと、深夜のバス・ステーションを後にしたのだった。

 
 BAR《星海》――。
 木製の看板に殴り書きのような文字で、そう記されていた。

 ゴルゴダ地区唯一の繁華街バルナバ通り。その外れに並ぶ何軒かの酒場のひとつである。

「バー、ですか?」

 不満そうにセロリが云う。

「この時間だからな。残念ながらお洒落なレストランは閉まってる。それにバーとは云っても上は安宿だ。食事も出しているからそれなりのものは食べられると思うぜ」

 サンタの言葉にセロリが頭上を見上げる。
 バーのある建物は開拓時代から続いているような古びた造りだった。
 いまどきは珍しい木造である。恐らく森林地帯から切り出した木材で建築したのだろう。

「今にも崩れそうです」
「まあ、そう云うな。おれたちの常宿なんだからな」
「こう見えてお酒もお食事もなかなか美味しいのよ」
 羽衣もつけ加える。
「未成年なのでお酒はたしなみませんけどお料理が美味しければ十分です。では、とっとと入りましょう」

「そうだな。酒は飲ませないから安心しろ」
「え? そうなんですか。残念」

 未成年だから、とか云いながらも飲む気満々だった訳か、と内心苦笑しながらサンタは《星海》の重厚な木製の扉を開いた。

 同時に、つん、と鼻をつくバーボンの香りと麻薬煙草シガールの匂いが三人を包み込んだ。開拓時代の星船乗りにはお定まりの匂いなのだが、さすがにシスターであるセロリは少しだけ眉をしかめて見せた。

 店内は大きくなかった。
 粗末なカウンターとテーブル席が三つ。
 床はあちこちガタガタであったがそれが味と云えなくもない。

 おあつらえ向きに客はいなかった。
 場違いなシスターなどをつれているのだ。他に客がいれば好奇の目で見られて、場合によっては面白くないこともあるかも知れない。半ば警戒していたので、その点についてだけはサンタはほっと胸を撫で下ろした。

「おお、サンタか。久しぶりだな」

 カウンターの中にいた大柄な老人が気さくに声をかける。いかにも気の良さそうな元星船乗りのマスター、オールド・ジョーだった。
 かれはにこやかにサンタと羽衣を見たが、その後ろにいた小柄なシスターを見て少しだけ不思議そうな表情を見せた。

「ほう、こりゃまた珍客だ。シスターがウチの店に来るなんざ、初めてだな」
「そりゃそうだろ。こんなガラの悪い店にはロクでなしの客しか来ないさ」

 サンタがにやにや笑いをマスターに向ける。

「おまえさんもそのうちの一人だぜ。まあ、いつも素敵なツレをつれてきてくれるから、それだけでおれは嬉しいけどな」
 ジョーは羽衣にウインクして見せる。
「ふふ。あたしもマスターが大好きよ」
「嬉しいこと云ってくれるな。まずは一杯、羽衣の好物のプロミネンス・リカーを作ってやるか」
「うん。ありがと」

 プロミネンス・リカー。紅炎酒。強アルコールのカクテルである。
 大の男でも一杯飲めばイチコロと云う剣呑な酒だが、高代謝機能を持つ《バイオ・ドール》の羽衣にとっては水のようなものである。
 ただ雰囲気を楽しむだけ、と云うところだ。

「おい、羽衣、愛想ふりまいてないでセロリと奥の席に座っとけ。セロリも疲れてるだろうしな」
「は~い」
 羽衣が素直に返事をしながら、セロリを店の一番奥のテーブルに連れて行く。

「マスター、おれにはいつものJDをロックで。あと、何か食べ物は出せるかい?」
「オードブルか?」
「食事だ」
 ジョーは、ふむ、と唸った後、少し考える。

「大したものは出来ないが、レクスの肉でも焼いてやるかい?」
「ああ、頼むよ。シスターが腹ペコらしいんでね」
「わかった。特別にスープ付きで提供するよ。人手不足なんで酒は勝手にやってくれ」

 かれはJDのボトルとアイスペール、それから羽衣のためのプロミネンス・リカーをカウンターの上に置いた。

「あの可愛いシスターは酒じゃねえだろ? まあ、こんなもんしかないが料理が出来るまでこいつで我慢してもらってくれ」

 そう云ってホットミルクを出した。手早い仕事である。どうやら三人が店に入って来た時に、シスターが子供であることに気づいて用意したらしい。
 それからマスターは奥の厨房に消えて行った。
 サンタがマスターにかわって飲み物をテーブルに運んでくる。

「ありがとうございます。サンタはレディに優しいんですね」

 セロリが意外そうにサンタを見つめた。

「そう思うか? 違うな。おれはマスターに優しいんだ。マスターもけっこう、いい歳だからな。この時間まで店を開けているのもしんどいだろうし」
「なんだ、そうなんですか。せっかく褒めたのに褒め損です」
「ああ、そうかよ」

「違うよ、セロリ」と羽衣。
「サンタは照れ屋さんなんだよ」

 羽衣がセロリに囁きながら、くすくすと笑う。

「え? 照れ屋?」
 セロリは何とも云えない表情でサンタを眺めた。

「ちょっと……キモいです」

 酷い云われようであった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

錬金術師と銀髪の狂戦士

ろんど087
SF
連邦科学局を退所した若き天才科学者タイト。 「錬金術師」の異名をかれが、旅の護衛を依頼した傭兵は可愛らしい銀髪、ナイスバディの少女。 しかし彼女は「銀髪の狂戦士」の異名を持つ腕利きの傭兵……のはずなのだが……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

花鳥見聞録

木野もくば
ファンタジー
花の妖精のルイは、メジロのモクの背中に乗って旅をしています。ルイは記憶喪失でした。自分が花の妖精だったことしか思い出せません。失くした記憶を探すため、さまざまな世界を冒険します。 記憶を取り戻して真実を知った時、ルイとモクの選ぶ道は?

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...