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第4章 シスターの正体
(1)
しおりを挟む「寂れて……ますね」
セロリは周囲を見回すと、率直な感想を述べた。
ゴルゴダ地区のバス・ステーション。
この地区唯一の長距離バスのターミナルである。
ターミナルとは云いながら、古びた小さなログハウスの案内所と、申し訳程度のベンチが設置されたバス停が三箇所。それらがロータリーの周囲に配置されているだけのささやかな施設である。
ロータリーの中心には噴水のある人工池があるが、もう何年も前から水が干上がったままであった。
「人もいませんね。夕べは夜中だったからと思っていたんですが、真昼間でこの状況とは本当にバスは来るんでしょうか?」
心細そうにセロリが呟く。セロリが心細くなるのも納得の寂れ方である。
「まあ、確かに利用者はあまりいないだろうな。ゴルゴダ地区に住んでいるのはほとんどがコンボイ・センターやら貨物倉庫やらで働く人間だから、移動はビークルだし、そもそも首都の中央街区へ行こうなんてゆとりのある生活はしていない」
サンタは『とは云っても閑散とし過ぎだけどな』と思いながらもそう説明した。
そこへ案内所でバスの運行状況を確認していた羽衣が小走りに戻って来た。
「中央街区行きのバスは一時間後みたいね」
「一時間か。そこらでお茶でも飲んで、と云いたいところなんだが、ここらは倉庫街だからそう云う店もないしな」
「いえ、結構です。一時間くらいならばこのベンチで待つことにしましょう」
セロリがあえて快活に云うが、心細さを隠しきれてはいないようだ。
「あ、そう云えばこのお洋服ですが、本当にいただいてよろしいのですか?」
セロリは朝食時の服装のままであった。本人としては修道衣に着替えるつもりだったのだがそれをサンタが止めたのだ。
「どうやら神父と警官たちがおまえを捜しているらしいから修道衣はやめた方がいいだろう。目立ち過ぎる。その服をそのまま着ていけ」
サンタがジョーの店でそう云い、羽衣もそれを快諾してくれた。
「私は『運び』の仕事を頼む側なのにお洋服までいただくようだと心苦しいです」
セロリがベンチに腰掛けてやや俯き加減で云う。
「気にするな」
「サンタには云ってません。羽衣に云ってるのです」
「ああ、そうかよ」
が、羽衣も何も気にした様子はない。いつものようににこやかに微笑を返す。
「大丈夫よ、セロリ。その服は以前サンタを落とすために買ったんだけど、やっぱり振り向いてもくれなかったからもう用済みなの」
「おれが買ってやったんだろうが! 用済みとか云うな。無駄遣いばっかりしやがって」
「サンタがスルーするから無駄遣いになるんだよ」
「おれのせいか?」
そんなやりとりをセロリは笑いを堪えて眺める。
たった一晩一緒にいただけなのに、このふたりのことが妙に気に入っている自分に気づいた。
(そうか。もうあと一時間でお別れだからかな?)
このバス・ステーションの寂れた景色の中で、少しばかり感傷的な気分になっているのかも知れない、とセロリは自己分析する。
そんなセロリの胸中にサンタと羽衣は気づいているのかいないのか、それからしばらくふたりはいつもの掛け合いを続け、セロリはベンチの上で膝を抱えてそんなふたりを眺めていた。
「そういや、セロリ……」
掛け合いがいい加減続いた後、突然サンタが思い出したようにセロリに向き直った。
「え、な、何ですか?」
思わず、ぎょっとする。
「何を驚いてるんだ? そんなに警戒するなよ」
「警戒なんかしていません。ただふたりの仲良しさに見とれていただけです」
「仲良し? おまえ、面白いこと云うな」
サンタが、何を云ってるんだ? と、云うように笑う。
「それはそれとして、セロリ、おまえの目的地がどこかは知らないが、向こうでは誰かが迎えに来てくれるのか?」
「えっ? 迎え?」
「えっ、って、考えてなかったのかよ?」
「自慢じゃないですが、前後三時間くらいのスパンでしか物事を考えないタイプなので」
「ダメダメじゃねーか」
「でも、ありがとうございます。その素晴らしいアドバイスを聞いて思いつきました。国に連絡することにします。ちょうど案内所に公衆フォン端末がありますし」
案内所の脇のフォン端末ブースをセロリは指差した。中には緑色のフォン端末が置かれている。
(すげえ! あれって歴史的な遺物じゃないのか?)
フォン端末などとSFチックな描写をしているが、それはまんま「電話ボックス」であった。
ちなみにその横には朱色に塗られた円筒形の物体もおかれていたが、それが何かはかれらにはわからなかった。
ただその風景はどこか心の琴線に触れるノスタルジックなオブジェでもあった。
「と云うことで、ちょっと電話をかけてきます」
セロリはそう云って立ち上がり電話ボックスに行きかけて、思い出したように、くるり、と、こちらに向き直る。
「あの、サンタ……」
「どうした?」
「すみませんが、テレカをお持ちなら貸していただけますか?」
「そんなもん、持ってね~よ! いつの時代だよ! だいたい、おまえ、ガラケーを持ってたじゃないか?」
「残念ながら私のガラケーにはビデオ通話機能がないのです。せっかく連絡するのですから元気な姿を見せてあげたいと思いまして」
「仕方ないな、おい、羽衣」
サンタが舗道で鳩を追いかけていた羽衣を呼んだ。
(こっちはこっちで、五歳児かよ?)
「おまえ、何をやってるんだ? 幼児化し過ぎだろ! それよりもセロリが電話をかけたいんだ。例の奴を頼む」
「デンワ? 何、それ?」
「フォン端末のことだ。――ってか、ちゃんと作風についてこい」
「ああ、ごめん。ごめん。……電話をかけたいのね? オーケイ」
何となく理解した羽衣が敬礼で応える。
「例の奴?」
今度はセロリが小首を傾げた。
サンタはそれに向き直り、悪戯っぽい笑顔を見せた。
「ああ、羽衣の特技だ」
**
電話ボックスに入ると、羽衣は首につけていた金属性のチョーカーに手を触れる。
いったい何をするんだろうか、と、セロリが見つめている前で、羽衣はチョーカーからシールドコードをするすると引っ張り出した。
それから手際よく電話機のコネクタにそれを接続させると、少しの間、目を閉じる。かすかな電子音が聞こえたかと思う間もなく、電話のモニタに「READY」の文字が表示された。
「はい、一丁あがり。どうぞ、セロリ」
羽衣が親指を立てて見せる。
「あの……」
「大丈夫。あたしのハッキングは完璧だから」
「これが羽衣の特技さ。さっさと電話してしまえ」
「は、はあ」
訝しげな表情をしつつもセロリはヘッドセットをつけると、記憶にあった通話番号を入力する。
数秒間、耳許で接続音がした後、呼び出し音に切り替わる。
羽衣のハッキングは、ちゃんと機能しているようだった。
やがて、着信音が聞こえると同時にビデオモニタが明るく輝き、一人の若い男の姿が映し出された。
やや長目のサラサラとした金髪の美形である。
ステレオタイプの貴族風の服を身に着けている。
「ラスバルト!」
『セルリア? どうしたんですか?』
モニタに映った金髪の美形が驚いて問い返す。
「よかった。つながって。お父様とお母様は?」
『今、ここにはいませんが……。それよりどこにいるんですか? どうやらパブリック・フォンのようですが。それにその恰好は? 修道院にいたはずではないのですか?』
ラスバルトと呼ばれた男は、矢継ぎ早に質問をする。
「詳しい話は帰ってからします。今はマグダラの首都マグダリアのゴルゴダ・バス・ステーションにいます。これからバスで港に行き、そこから星船でそちらに向かいます」
『星船? いったい、何を……、こちらに戻って来る?』
「まもなくバスが来ますのであまり時間がありません。迎えをお願いできますか?」
『迎え? と、ともかく、今はバスでマグダリアの港に向かう、と云うのですか? 神父様か、他にシスターも一緒ですか?』
セロリは首を振る。
「いいえ。私一人です」
『一人? き、危険です! その場を動かないでください。マグダリアに駐在している誰かをそこに向かわせます』
ラスバルトは明らかに動揺していたがセロリはそれを一蹴した。
「ここで待っている暇はありません。その方が危険です。ともかくバスに乗ります」
『し、しかし……』
「またあとで連絡します。お父様とお母様にきっちりとお伝えくださいね。では」
何か云いた気なラスバルトを無視してそこで通話を終えるとセロリはひとつ深呼吸をした。いろいろと質問されるのがイヤだった。自分の中でもまだ整理がついていないのである。
しかし、どうやらバスでマグダリアの中央街区まで行けば、何とか国へ戻ることが出来そうであると云う算段がついたことは彼女を安堵させた。
セロリは電話ボックスを出るとそこで待っていたふたりに丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございます。連絡もついてどうやら迎えが来てくれるようです」
「よかったわね、セロリ」
「はい」
にっこりと微笑する。今までも何度かセロリの笑顔を見たが、この笑顔が一番すっきりと晴れ晴れしい笑顔だ、と、サンタは思った。
(何と云ってもまだ子供だし、やっぱり今までは不安だったんだろう)
「それじゃ、あとはバスに乗るだけか。それでお別れだな」
「……そうですね。そうすればおふたりにお願いしたお仕事も終わりですね」
笑顔が少しだけ曇る。
「何だか少し寂しいです」
サンタがそんなセロリの言葉にニット帽を被った彼女の頭を撫でてやる。
「え?」
見る見るセロリの頬が赤く染まった。
「な、何をするんですか?」
サンタから飛びのいて、羽衣の背後に隠れる。
「そんなに寂しい顔なんかするな。おれたちは仕事だし、おまえはクライアントだ。すぐに忘れちまうよ。おまえとおれたちとの時間なんて、永い人生を考えればほんのささやかな、ちょっとしたすれ違いでしかないんだぜ」
その言葉に、セロリが、ぷっ、と吹き出す。
「何を、恰好いいこと云ってるんですか? 似合いませんよ」
「おいおい、云うじゃねーか。だけどそれでいい。それでこそ小憎たらしいセロリだ」
サンタは、口許を少しだけ歪めると、片目をつぶって見せた。
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