星海の運び屋~Star Carrier~

ろんど087

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第6章 《歪空回廊(トンネル)》抜けて、星海へ

(7)

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 サンタの運転する《赤鼻のトナカイ》は亜光速走行に入っていた。
 すでにリスタルも間近になり、ドライブ・モードはマニュアル。
 窓外にはあの美しい《星虹現象スターボウ》が見えている。

「何度見ても綺麗ですね」

 セロリはうっとりとその景色を眺めている。 
 それを横目にコンボイを運転しながらサンタは大きな欠伸をひとつ。

(やっぱり、夕べの部屋は失敗だった)

 かれは我知らず、内心で呟いた。

 夕べ、セロリのリクエストにあわせてハリウッド・ツインの部屋にチェックインした三人だったが、ベッドの隅でそっぽを向いて寝ようとしていたサンタを、羽衣とセロリが悪乗りして無理やりベッドの中央に引っ張って来た挙句、両側から「抱き枕~♪」などと騒いで、ぴったりくっついてきたところですでにかれの運命は決まっていた。

 サンタもまったくの朴念仁ではない。
 こんな稼業の割にストイックな生活をしているとは云え、人並に欲望もある健康な男性である。

 ただ、羽衣に対しては半ば意固地とも思える決意で、この五年間、そして、これからも手を出す気はないし、セロリにいたっては、それなりに大人になりつつある年齢ではあっても、基本的にはまだ子供である。

 と、そう思おうとしていたのだが。

 いかんせん、この悪趣味なコンビはそれを知っていてわざわざそう云う真似をするのだ。
 羽衣の芸術的な《バイオ・ドール》ボディの柔らかい感触と、セロリの少女と大人の中間的な仄かな香りが、健康な男性の心を動かさないはずはなかった。

 誘惑との戦いである。
 自分との戦いである。
 贅沢と云えば、贅沢であるが、その実体は拷問にも似た闘いである。

 しかし、サンタがそんなふうに戦っているとも知らず、ふたりはそのままサンタに抱きついてさっさと寝息を立てて眠ってしまったのである。
 結果、悶々とした思いを抱いたまま、まんじりともせずに朝を迎えたサンタだった。

(これからは二度とこんな部屋には泊まらないぞ)

 そんな決意をしつつ、再び欠伸をする。

「あれ? サンタ、どうしたの?」

 人の気も知らず本気で不思議そうな表情の羽衣。
 それに気づいたセロリも、どうしたんだろう、と云うように小首を傾げる。

「珍しいですね。寝不足ですか? でも居眠り運転はしないでくださいね。安全運転でお願いします」

(こいつらは……、誰のせいで寝不足だと思ってるんだよ)

   ***

 フロント窓の向こうには緑色に輝く惑星の姿が見えていた。
 惑星リスタル。
 セロリの故郷の惑星。
 彼女はどこか懐かしいような複雑な気持ちで、それを見つめていた。

 そもそも今、このタイミングでこの故郷に戻ってくるつもりはなかった。
 あと数年はマグダラの修道院で過ごすことになっていたのだ。
 しかし、たまたま神父の部屋で見てしまったあのリストのおかげで、修道院を抜け出し、マグダラの暗い森を抜け、危ういところでサンタと羽衣に救われた。
 マグダリアの街中で何故か警察に追われ、星船で帰ることを断念し、初めて乗ったコンボイでようやくこの故郷の惑星に帰ってきたのである。

 果たしてこんなことをしていて良かったのだろうか、と、このおかしな逃避行の途中でも思うことはあった。
 だがサンタと羽衣との楽しい時間のおかげでここまで来てしまった。

 流されてしまったのか、と思う。

 もしかしたら、何かの誤解とか、ほんの些細な間違いで、ここまで来てしまったのではないか、と思う。
 これから国で両親に会った時に、楽しかった時間の魔法が解けて、なんて馬鹿なことをしてしまったのか、と後悔することになるのではないか、と、そんな風にも思う。

 セロリは不安だった。

(もう一度、マグダラに戻ってください。リセットしようと思うのです)

 そんなふうに云いたい衝動が沸きあがる。
 それは故郷リスタルの姿を見てさらに強まっている。

 セロリは運転しているサンタを見た。
 変わらないサンタの横顔。
 夕べ、しっかり抱きついていた時の安心感を思い出す。

 サンタは迷惑そうだったけれども、それがわかっていたけれども、離れる気にはなれなかった。
 もしかしたらそんなふうにしていられる時間はあまり残されてはいないのだ、と思うと、ますますそう思わずにはいられなかった。
 これからもずっと傍にいることが出来る羽衣が心底うらやましかった。

 だから思い切り抱きついた。
 サンタのその感触を、そのぬくもりを、その香りを忘れないように、と、思いながら。

 ああ、そうか。

(もう一度、マグダラに戻ってください。リセットしようと思うのです)

 その思いは後悔を恐れているのではないかも知れない。
 そう気づいた。
 きっと、こんな時間をもっと続けていたいからなのだ。
 故郷に戻れる、と云う思いよりも、こんなふうなサンタとの時間を続けていたいからなのだ。

(もしかすると、この気持ちって……)

 唐突に気づく。
 今まで何度となく、サンタの困る顔を見たさにそんな風に振舞っては見たが、それは単なる無邪気なイタズラ心でしかなかった。
 そう思っていたのに。

 セロリは、サンタにも羽衣にも気づかれないように、そっとため息をついた。
 もう一度、サンタの横顔を見る。

「こんな奴、ただの、おじさん、なのにな」

 その呟きは、本当にかすかな呟きであり、誰の耳にも届きはしなかった。

   ***
 
 羽衣はナビゲータ席に座ってサンタを見ていた。
 そして間のゲスト席に座っているセロリを。

 羽衣にとってサンタは恩人である。
 しかし恋人ではない。
 もちろん《バイオ・ドール》である羽衣が人間のサンタと本当の恋人になれるはずもないことは、彼女のAIでも十分に理解できていることだった。

 だから羽衣は恩人であるサンタが幸せになることを願っていた。
 サンタのためならば自分の身を犠牲にすることも厭わない決意を持っていた。
 そしてサンタが喜ぶことならば何でもしようと思っていた。
 サンタが自分を捨ててユズナと一緒になったとしても、サンタが幸せならばそれで良かったし、この小さなクライアント、セロリがサンタに恋していても、サンタが楽しければそれで良かった。

 だがサンタには、いや、人間にはきっとこんな気持ちはわからないだろう、とも理解していた。
 所詮この擬似感情はAIが計算により導きだした論理の帰結でしかないのだ。

 サンタは自分に感情移入し過ぎている、と、羽衣は冷静にそう思っている。
 かれが自分に優しくしてくれるのが嬉しいことには変わりないが、同時につらいことでもあった。
 自分はサンタの重荷でありたくはないのだ。

 セロリと楽しげにしているサンタを見ているのが羽衣は嬉しかった。
 自分のことを忘れていることで、自分がかれの重荷でなくなっていることを感じられることが、優しくしてもらうよりも嬉しい、とさえ思えるのだ。

 しかし同時に、やはり優しくしてもらいたい、とも思っている。
 自分のAIが矛盾した論理を展開することに不安を覚えないではないが、実は矛盾していないのだとも理解している。

(だんだんAIが複雑な思考をするようになって来ているんだな)

 そう思う。
 そして、いつか、人間になれるのだろうか?
 御伽噺の人形のように、いつか、何かの魔法で人間になれるのだろうか?
 それをずっと夢見ていていいのだろうか?

 そんな風に心を千々に乱しながら自分は少しずつ成長していくのだろう。

(夢を見ながら成長していく。その考えに至ったのも、セロリに出会ったから、かな?)

 今度はセロリの横顔を見る。
 彼女は感慨深い思いを抱いてフロント窓から見える故郷の惑星を見ているようだ。
 その心の中にどんな思いが去来しているのかは羽衣にはわからないし、また理解もできないことだった。

「いつか人間になれたらわかるのかな」

 羽衣の呟きもまた、誰の耳にも届かない、小さな、小さな、呟きであった。          
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