44 / 72
第9章 公女の決断
(3)
しおりを挟む
「うるさいですね~。目が覚めてしまいました。どうしたんですか?」
扉を開けて出てきたのは、セロリだった。
彼女はシースルーのネグリジェ姿で枕を抱きかかえ、目を擦りながら登場した。
それから目の前に立っているサンタを見て、一瞬ぼんやりとした顔を見せる。
「あれ?」
枕を抱いたまま、小首を傾げる。
「えっと……、サンタ?」
サンタが苦笑して頷いた。
「本当に? 迷って出た訳ではなく?」
「いや、死んでないし」
「サンタ!」
セロリは枕を投げ捨てるとサンタに思いっきり抱きついた。
「サンタです。本物です。このオヤジ臭はサンタに違いありません」
「オヤジ臭……? おれ、そんな匂いがしてるのか?」
「いえ、冗談です。いい匂いです。私の好きな匂いです。……と云うか、良かった。やっぱり城にいたんですね。ラスバルトがおふたりが出て行ったと云っていたので、もう会えないかと思って……」
セロリが嬉しそうにサンタの胸に顔を擦りつける。
「マーキングかよ!」
サンタは云いながらも苦笑して、優しくセロリの髪とネコ耳を撫でた。
「う……ん、サンタったら撫で方がエロいです♪」
「何処がだよ? エロくねーよ。おまえ、城に戻ってきたらさらにおかしくなってるんじゃないのか? それに……そんな恰好でおれに抱きついてていいのか?」
「は?」
サンタに云われて慌てて飛びのくと、自分の恰好を改めて確認する。
シースルーのネグリジェ一枚の姿。
「●×$%&!」
慌てて胸を両手で隠す。ほとんどないのだが。
しかし本人はそれどころではないらしく、あわわわわ、と、変な声を上げている。
それから、きっ、とサンタを睨みつける。
「こ、こ、この、変態!」
ジャンプ一番。
ローリング・ソバットがサンタの顎に炸裂した。
サンタがゆっくりと、倒れこむ。
セロリ、ガッツポーズ。
それを見ていた羽衣とまだ半ば下着姿のラフィンが、拍手を送った。
(ってか、ラフィン、おまえは早く服を着ろ!)
***
「で、だ」
サンタが顎をさすりながら、セロリを睨みつけた。
セロリは先ほどのシースルーのネグリジェの上に、もふもふのガウンを羽織っていた。
「せっかく訪ねて来た人間にこの仕打ちか? それがリスタル大公家のやり方だってのか?」
「失礼しました。つい嬉しくて」
「嬉しいとローリング・ソバットなのか?」
「ええ、今まで云ってませんでしたが、リスタルではそれが正式な挨拶で……」
「嘘をつくな!」
片手で髪をくるくるといじりながら、てへへ、と、セロリは笑ってごまかした。
「ところで、サンタ」と、セロリ。
「何で訪ねてきたんですか?」
「迷惑だったか?」
「いえ、そんなことはありませんが……。もしかして『夜這い返し』ですか?」
「何だよ、『夜這い返し』ってのは? 侍女の前で何てことを云うんだ? 冗談じゃ済まされないだろうが」
「それは大丈夫です。オープンなお国柄ですから」
ああ、そうかい、と、云いつつ、サンタはラフィンに目をやった。
「おれたちが何で訪ねて来たか、の前に、あんたにひとつ訊いておきたいことがある」
自分に話を振られて、侍女は少しだけ動揺の色を見せた。
「いったい大公家はどうなっているんだ?」
サンタの質問にラフィンは目を伏せた。何か心当たりがあるようだった。
城の使用人として毎日暮らしているのである。サンタがおかしく思う以上に彼女には気になるところがあるのだろう。
彼女は何を話して良いものか、と考え込んでいるようだった。
サンタは特に促すでもなく、じっと黙ってラフィンが話し出すのを待った。
やがてラフィンが、ぽつりぽつり、と、話し始める。
現在、大公と大公妃がリステリアス宮にはいないこと、郊外にあるトナーク宮での静養と云う名目で実際には半ば軟禁状態であること、代わってラスバルトが独裁的に政務を行っていること、さらにかれが『良からぬこと』に手を出しているらしいこと。
「ってことは、いずれセロリ……、セルリア姫も同じように軟禁されるかも知れないのか?」
「はい。ただ、両殿下と同様、危害を加えられることはないと思います」
「そうか。それだけが唯一の救いだな。で、ラスバルトがやっている『良からぬこと』と云うのは?」
それが例の亜人売買であることはすでに本人の口から聞いてはいたが、それがどこまで知られているのか、を確認するつもりの質問であった。
「わかりません。私はラスバルト卿が何をしているのをはっきりと知っている訳ではないのです」
(さすがに侍女は亜人売買については知らないか)
「ただ、ここしばらくあまり良くない感じのお客様が多く、従者たちも不安を感じています」
「良くない感じの客?」
「ええ。恐らくは商談に訪れていると思うのですが、どうも素性がよろしくないように思える方々ばかりで……」
彼女は沈痛な面持ちである。
「昔はあんなではなかったのですが……」
「昔?」
「はい。実はラスバルト卿は私の弟なのです。もっとも私は卑しい妾腹ではありますけれども」
ラフィンは消え入りそうな声で、そう答えた。
「ええ? そうなんですか?」
セロリが驚いてラフィンを見た。
「だから、昔、私と遊んだことがあった、と?」
ラフィンがそれに寂しそうに頷いてみせる。
「はい、姫様。まだ姫様はご幼少の頃の話ですが。あの頃は楽しゅうございました」
「そうだったんですね。そう云えばラスバルトと一緒にいたお姉さんのことを、何となく思い出しました。いつも元気で裸で跳びまわっていたお姉さんを……」
(そりゃ、こいつに間違いないな)
サンタは頷いた。
そんな回想話を織り交ぜつつ、ラフィンは続けた。
「……しかしこのままではラスバルトは限りなく堕ちてしまいます。そう思えるのです。でも、今の私にはかれを止めることはできませんし、おそらくこの国の誰もかれを止めることはできないでしょう」
「う~ん、この国で一番の権力を持っている訳だしね」
羽衣がしたり顔で頷く。
「そうなのです。それにリスタルは仮にも公国です。連邦からの介入は、例え連邦の一部であるとは云え、簡単ではないでしょう」
「ああ。連邦側にも内通しているようなことをラスバルトは云っていたしな」
「では、どうすれば?」
ラフィンは絶望的な表情を見せ、手を組んで神に祈りを捧げる。
どうやら彼女は、敬虔な信徒、恐らくは《十三番目の使徒教会》の信徒であるらしい。
(その教会が悪事に加担していたのは皮肉だが)
サンタは内心でそう呟いた。
そのとき、セロリがすっと立ち上がった。
「それでは……」と、セロリ。
「お父様とお母様に頼むしかないではありませんか」
「え? しかし両殿下はトナーク宮に軟禁状態で……」
「ならば助ければいいだけです」
彼女はひとつの迷いもなく、そう云い放った。
扉を開けて出てきたのは、セロリだった。
彼女はシースルーのネグリジェ姿で枕を抱きかかえ、目を擦りながら登場した。
それから目の前に立っているサンタを見て、一瞬ぼんやりとした顔を見せる。
「あれ?」
枕を抱いたまま、小首を傾げる。
「えっと……、サンタ?」
サンタが苦笑して頷いた。
「本当に? 迷って出た訳ではなく?」
「いや、死んでないし」
「サンタ!」
セロリは枕を投げ捨てるとサンタに思いっきり抱きついた。
「サンタです。本物です。このオヤジ臭はサンタに違いありません」
「オヤジ臭……? おれ、そんな匂いがしてるのか?」
「いえ、冗談です。いい匂いです。私の好きな匂いです。……と云うか、良かった。やっぱり城にいたんですね。ラスバルトがおふたりが出て行ったと云っていたので、もう会えないかと思って……」
セロリが嬉しそうにサンタの胸に顔を擦りつける。
「マーキングかよ!」
サンタは云いながらも苦笑して、優しくセロリの髪とネコ耳を撫でた。
「う……ん、サンタったら撫で方がエロいです♪」
「何処がだよ? エロくねーよ。おまえ、城に戻ってきたらさらにおかしくなってるんじゃないのか? それに……そんな恰好でおれに抱きついてていいのか?」
「は?」
サンタに云われて慌てて飛びのくと、自分の恰好を改めて確認する。
シースルーのネグリジェ一枚の姿。
「●×$%&!」
慌てて胸を両手で隠す。ほとんどないのだが。
しかし本人はそれどころではないらしく、あわわわわ、と、変な声を上げている。
それから、きっ、とサンタを睨みつける。
「こ、こ、この、変態!」
ジャンプ一番。
ローリング・ソバットがサンタの顎に炸裂した。
サンタがゆっくりと、倒れこむ。
セロリ、ガッツポーズ。
それを見ていた羽衣とまだ半ば下着姿のラフィンが、拍手を送った。
(ってか、ラフィン、おまえは早く服を着ろ!)
***
「で、だ」
サンタが顎をさすりながら、セロリを睨みつけた。
セロリは先ほどのシースルーのネグリジェの上に、もふもふのガウンを羽織っていた。
「せっかく訪ねて来た人間にこの仕打ちか? それがリスタル大公家のやり方だってのか?」
「失礼しました。つい嬉しくて」
「嬉しいとローリング・ソバットなのか?」
「ええ、今まで云ってませんでしたが、リスタルではそれが正式な挨拶で……」
「嘘をつくな!」
片手で髪をくるくるといじりながら、てへへ、と、セロリは笑ってごまかした。
「ところで、サンタ」と、セロリ。
「何で訪ねてきたんですか?」
「迷惑だったか?」
「いえ、そんなことはありませんが……。もしかして『夜這い返し』ですか?」
「何だよ、『夜這い返し』ってのは? 侍女の前で何てことを云うんだ? 冗談じゃ済まされないだろうが」
「それは大丈夫です。オープンなお国柄ですから」
ああ、そうかい、と、云いつつ、サンタはラフィンに目をやった。
「おれたちが何で訪ねて来たか、の前に、あんたにひとつ訊いておきたいことがある」
自分に話を振られて、侍女は少しだけ動揺の色を見せた。
「いったい大公家はどうなっているんだ?」
サンタの質問にラフィンは目を伏せた。何か心当たりがあるようだった。
城の使用人として毎日暮らしているのである。サンタがおかしく思う以上に彼女には気になるところがあるのだろう。
彼女は何を話して良いものか、と考え込んでいるようだった。
サンタは特に促すでもなく、じっと黙ってラフィンが話し出すのを待った。
やがてラフィンが、ぽつりぽつり、と、話し始める。
現在、大公と大公妃がリステリアス宮にはいないこと、郊外にあるトナーク宮での静養と云う名目で実際には半ば軟禁状態であること、代わってラスバルトが独裁的に政務を行っていること、さらにかれが『良からぬこと』に手を出しているらしいこと。
「ってことは、いずれセロリ……、セルリア姫も同じように軟禁されるかも知れないのか?」
「はい。ただ、両殿下と同様、危害を加えられることはないと思います」
「そうか。それだけが唯一の救いだな。で、ラスバルトがやっている『良からぬこと』と云うのは?」
それが例の亜人売買であることはすでに本人の口から聞いてはいたが、それがどこまで知られているのか、を確認するつもりの質問であった。
「わかりません。私はラスバルト卿が何をしているのをはっきりと知っている訳ではないのです」
(さすがに侍女は亜人売買については知らないか)
「ただ、ここしばらくあまり良くない感じのお客様が多く、従者たちも不安を感じています」
「良くない感じの客?」
「ええ。恐らくは商談に訪れていると思うのですが、どうも素性がよろしくないように思える方々ばかりで……」
彼女は沈痛な面持ちである。
「昔はあんなではなかったのですが……」
「昔?」
「はい。実はラスバルト卿は私の弟なのです。もっとも私は卑しい妾腹ではありますけれども」
ラフィンは消え入りそうな声で、そう答えた。
「ええ? そうなんですか?」
セロリが驚いてラフィンを見た。
「だから、昔、私と遊んだことがあった、と?」
ラフィンがそれに寂しそうに頷いてみせる。
「はい、姫様。まだ姫様はご幼少の頃の話ですが。あの頃は楽しゅうございました」
「そうだったんですね。そう云えばラスバルトと一緒にいたお姉さんのことを、何となく思い出しました。いつも元気で裸で跳びまわっていたお姉さんを……」
(そりゃ、こいつに間違いないな)
サンタは頷いた。
そんな回想話を織り交ぜつつ、ラフィンは続けた。
「……しかしこのままではラスバルトは限りなく堕ちてしまいます。そう思えるのです。でも、今の私にはかれを止めることはできませんし、おそらくこの国の誰もかれを止めることはできないでしょう」
「う~ん、この国で一番の権力を持っている訳だしね」
羽衣がしたり顔で頷く。
「そうなのです。それにリスタルは仮にも公国です。連邦からの介入は、例え連邦の一部であるとは云え、簡単ではないでしょう」
「ああ。連邦側にも内通しているようなことをラスバルトは云っていたしな」
「では、どうすれば?」
ラフィンは絶望的な表情を見せ、手を組んで神に祈りを捧げる。
どうやら彼女は、敬虔な信徒、恐らくは《十三番目の使徒教会》の信徒であるらしい。
(その教会が悪事に加担していたのは皮肉だが)
サンタは内心でそう呟いた。
そのとき、セロリがすっと立ち上がった。
「それでは……」と、セロリ。
「お父様とお母様に頼むしかないではありませんか」
「え? しかし両殿下はトナーク宮に軟禁状態で……」
「ならば助ければいいだけです」
彼女はひとつの迷いもなく、そう云い放った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
6
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる