13 / 13
第十二話【完】
しおりを挟む刀は鞘に収まったまま、地面に突き立っている。
「シン殿、持ってみてください」
言われるままに手にした。が、
「重っっも!」
掴んだものの、びくともしない刀。
「ね」
「『ね』じゃねえ!」
「持ち主を選ぶんです。その刀」
「つか、こんな重いモンよくその箱に入ってたな」
言っている間にも、旱魃はどんどん広がっていく。魃のいるあたりは、もう草木が枯れ果て砂漠化が始まっていた。
「なんでもええ! 剣舞をせにゃならんのやろ?」
今度は清恒が刀を抜こうと掴んだ。
「清恒、無理だか……ら……」
シンが忠告しようと叫んだが、清恒は刺さった刀をいとも簡単に引っこ抜いてしまった。
あまりに力を入れていたので、抜けた拍子に尻餅をついてしまったほどだ。
「……え?」
「ほ、ほら抜けたろうが……!」
「ええーっ!?」
清恒が、地面に鞘だけ残して抜けた刀を見る。
両手で柄を握ると、二尺四寸しかなかった刀は、手に馴染むように長くなっていく。
清恒の身の丈に合う長さになり、更に軽くなった。
「すっげ……まるで重さを感じない。でも切っ先まで刀の感覚があるような……」
「刀が、清恒殿を持ち主と決めたようですね」
「刀が……?」
「はい。では、清恒殿、よろしくお願いしますね」
「軽いな、ノリが」
「別に伝説の刀というわけでもないですし、仰々しくする必要ないですし」
清恒が、まじまじと刀を見つめる。
乱刃の刃文に黒い柄巻。
確かに、特別豪奢というわけでもなく、かと言って妖刀のような怪しさもない。
「ああ。この刀、借りるで。あと剣舞やから衣も借りたいんやけど」
「ええ、ございます。しかし、清恒殿は剣舞を嗜んでいらっしゃったので?」
驚く舞人に、清恒は自分のぼさぼさ髪を結い上げながら言った。
「……殿が文芸好きで、親父と一緒に習って少しだけ、な。だが、俺がやれるのは神楽剣舞だぞ?」
「きっと大丈夫です。問題ありません」
いい加減な返事に、呆れる清恒。
「シン! お前も一緒にやってくれ! 殿に習っていたろ!」
「なっ……! べ、別に俺がやんなくても舞人殿がいるだろ?」
「お前とがいいんだ」
「うぐ……!」
「幼いころ、よく一緒に舞ったろ?」
清恒はにこっと笑った。
「……わかったよ。
舞人殿、俺にも衣と扇でいいから貸してくれ」
「はい、どうぞ。では、私はお二人が舞えるよう、結界をもう少し広げましょう」
舞人は、漆箱から鈴が大小合わせて八つついたかんざしを四本取り出し、二人がいる場所を中心に、四方へ飛ばした。
そして、身を屈めて両腕を広げ、手のひらを大地へつく。と、同時に表情が苦痛に歪んだ。
固く乾いた地面に刺さったかんざしは、しゃらんしゃらんと涼しげな音を鳴らす。すると、四方を取り囲んで、先ほどより広い範囲の風がピタリとやんだ。
「……神風とはよく言ったものですね」
大地に刺したかんざしが小刻みに震えている。少しでも気を緩めると、吹き飛んでしまいそうだ。
「お二人とも、結界の範囲を広げたのであまり長くはもちませぬ。舞のなかで、魃と赤い石を結ぶ糸を見つけましたら、清恒殿の刀で断ち切ってください」
大地を押さえながら舞人は言った。
『任せろ』
心強い二人の声が揃った。
いつもは、目が開いてるのだかわからないほど糸目の清恒。今ばかりは父親譲りの切れ長の黒い瞳を見せる。そこに映るは、相対して扇を構えて立つシンの姿。
「久しぶりすぎて、足運び間違えるなよ」
「そっちこそ」
二人とも、舞うのは久しいというのに、まるでついさきほどまで稽古していたかのように息が合っていた。
足取りは軽く、ふわりふわりと柔らかい花びらが風に運ばれるように舞い、優しげに大地へおり立つ。
くるりと身を翻し、見せた顔は凛々しくも艶やかさをまとっていた。
清恒とシンが衣をはためかせるたびに柔らかい風が生まれ、刀はまるで山奥を緩やかに流れる川のようだ。
日照りで枯れ砂漠となっていた大地が、風が、二人の舞によってだんだんと和らいでいく。
二人が背を合わせた。
シンは扇で風を起こし、清恒は刀を振り下ろして空を切る。
そこへ、一本の絹糸が現れた。
遙か高い空で狂う魃と、祠にある赤い石とを繋ぐか細い糸は、キラキラと輝いていた。
「見えたぞ、清恒!」
「やけに遠いな」
すると、シンが扇を大きく振った。
「遠いのならば、手繰り寄せればいい」
シンの起こした風に呼ばれるが如く、糸が舞い上がる。ゆらゆらと二人の頭上まで来ると、清恒が刀を逆袈裟に振り上げた。
「糸を断ち、しがらみよ絶て!」
振り上げた刀から斬撃が飛び、しがらみの糸はぷつりと切れた。
『切れたっ!』
二人の叫びに呼応して、砂嵐は一念のうちに消えていく。
ふっと舞人の力が抜ける。
「これで、魃も渡るでしょう」
■ ■ ■
「あー! づがれだー!」
「そうでしょうね」
大の字に転がる清恒に、舞人が祠から手に入れた赤い石を漆箱にしまいながら言う。
砂嵐がおさまったことで、近辺の砂漠化も止まり、我に返った魃がしおしおと清恒たちに詫びた。
魃は、赤い石を見つけた頃から記憶が曖昧らしかった。
覚えていることといえば、ただひたすら、石を愛おしく思い、護る、ということだけだった。
もともとは寂しがりやで無口な神の魃は、心細さから、空を渡るギリギリまで清恒の袖を引っ張ったりしていた。
「お二人とも、神の間近で舞ったんですから、疲労は当然です。体力も精神力も、並の人間では、暫しも案山子ももたずに死んでましたね」
「俺たちをバケモンみたいに言うなよ」
「さすがは武士、と褒めているんです」
清恒がむくりと起き上がって、空を仰ぐ。
魃を鎮める儀式をしただけなのに、何日も何日も、とても長い時間が過ぎたように感じた。が、実際のところ数時間しか経っていない。
西に傾く夕日がやけに赤く感じる。
「舞人殿、これでもう村は旱魃に襲われないか?」
「……いつかまた、魃はここへも渡ってきます」
清恒はぐっと唇を噛む。
しかし、と舞人は続ける。
「もう留まることはないでしょう。日照りが続くは神の意思、雨が降るのもまた神の意思です」
「そっか……じゃあ、それまでに村の灌漑をやってしまおう!」
立ち上がり、大きく伸びをする。
「そうだ! シン、お前も村の手伝いをしてくれ――」
ふいに、風が清恒の言葉を遮るように吹き抜ける。
その先に、シンが申し訳なさそうな笑顔を浮かべて立っていた。
「すまない、清恒。俺は行くよ」
「……は? なんでだ……?」
「理由は言えない。すまないと思っている」
「なんだよ、それ!」
清恒はシンに掴みかかる。一方、シンはされるがまま、手を出すことはなかった。
「シンは、たくさん村のために手伝ってくれたじゃないか! 村の皆に紹介するよ。住むところだって――」
しかし黙っているシン。それで、これ以上は言っても無駄だと清恒は悟ってしまった。
清恒は、シンの服を掴んだまま俯く。
「時折お前に文を出すよ」
「直接、来いよ」
「なんだよ、泣きべそか? 昔と変わらないな」
「誰が泣くか」
「――じゃあな」
「…………」
強く握りしめていたシンの服の袖を、震えながら放す。
「清恒殿、私ももう参ります」
舞人も去ることに、清恒は俯いた顔をあげる。
「まだ、礼もしとらんのにか?」
深々と頭を下げる舞人。
「申し訳ありません。私の役目がありますゆえ」
清恒のもとを、二人は静かに去っていく。
「……じゃあ、な。新介……」
森の中へ消え行く二人に、清恒の声は儚く、届くことはなかった。
■ ■ ■
シンと舞人が並んで森の中を歩くことしばらく。
沈黙を先に破ったのは舞人だった。
「シン殿、よろしければ、しばらく私とご一緒しませんか?」
「なんだよ、藪から棒に」
「何かと物騒な世の中なので、お侍様がそばにいてくれると心強いです」
シンは初めて舞人の顔をまともに見て顔を赤らめた。
「ま、まあ……しばらくの間なら……」
「ありがとうございます」
舞人はにっこり笑った。
「そういや、あの赤い石を集めてどうするんだ?」
舞人は、赤い石でできた首飾りにそっと触れた。
「シン殿、私は石を集めるのが|目的ではありませんよ」
「? じゃあ何だ?」
「私は舞を舞う者。世の中に舞を広めるのが役目です」
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる

