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5.要塞の作戦会議

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将軍しょうぐんてきの数はおよそ1万。ととても強く装備そうびもしっかりしています」

 将軍しょうぐん部下ぶかがいいます。その声はすこし元気がありませんでした。

 アイウエ王国のタチツテとうげ要塞ようさいでは将軍しょうぐんたちが話し合いをしていました。
 こういった戦いの色々なことを話し合いする会議かいぎを「軍議ぐんぎ」といいます。
作戦会議さくせんかいぎ」といってもいいでしょう。

大物見おおものみからの報告ほうこくか――」
「そうです。表のとうげ街道かいどうぞいは完全かんぜんかこまれています。兵はかなりの損害そんがいをうけました」
「なるほど。表からは無理むりか」

 部下ぶかの話を聞いて、将軍しょうぐんは言いました。

大物見おおものみ」とはむずかしい言葉です。これは、この世界、この時代の軍隊ぐんたいの言葉です。
威力偵察いりょくていさつ」というもっとむずかしい言葉もあります。

 これはあるていど戦える数の兵隊さんで小さな部隊ぶたいを作り、てきがどのくらい力があるのかだめしに少し戦ってみる戦のことです。
 その報告ほうこく将軍しょうぐんは聞いていたということです。

要塞ようさいに戻ってこられた兵はけが人をふくめても半分です」
「そうか……」

 戦争では多くの兵が死にます。どんどん死んでいくのです。
 しかし将軍しょうぐんはその死をかなしむことはゆるされないのです。それはかなしむことより、かなしいことなのです。

 将軍しょうぐんはぐるりと軍議ぐんぎにあつまっている部下ぶかたちをみました。
 そして、口を開きます。
 
伝令でんれいを出した、『秘密ひみつの門』はまだてきには知られていないようだ。要塞ようさい正面に注意ちゅういをひききつけるため、引き続き大物見おおものみは出さねばならないか……」

 アイウエ王国の要塞ようさいを守る将軍しょうぐんは考えていることを部下ぶかに教えるようにいったのです。
 将軍しょうぐん補佐ほさをする部下ぶかたちもうなずいています。

 周囲しゅういかこてき軍勢ぐんぜいはだいたい一万人。
 要塞ようさいの中の味方みかた軍勢ぐんぜいも一万人くらいです。

「夜の間に『秘密ひみつの門』から軍勢ぐんぜいを出して、てきを攻撃しましょう」
「ダメだ! 夜は同士討どうしうちの危険きけんが高すぎる。一万もの兵を指揮しきすることもむずかしい」

 将軍しょうぐん補佐ほさをする部下ぶかたちがツバをとばばして話します。
 彼らはサシスとちがい、本当の軍人です。いさましい戦いをのぞんでいるのです。

「たしかに、夜間やかん出撃しゅつげき戦闘行動せんとうこうどうはむずかしい。そのような訓練くんれんは兵に対しおこなっていない」

 将軍しょうぐんは言いました。うかつな作戦さくせんで戦い負けてしまうことはできません。
 この世界、この時代には、夜に1万の兵隊を指揮しきして戦うのはむずかしいことです。

「では、少人数による、夜間攻撃やかんこうげきりこみを実施じっしすべきかと」

 別の部下ぶかがいいました。
 将軍しょうぐんは「うむ」とうなずきました。それは、悪い作戦さくせんではないように思いました。
 しかし―― 将軍しょうぐんはその作戦さくせんを行った場合の、危険きけんに気づきます。 

「しかし、そのような攻撃は『秘密ひみつの門』の存在を相手に考えさせてしまう可能性があります」

 将軍しょうぐんが気づいたと同時に、部下ぶかのひとりが将軍しょうぐんの考えていたことと同じことを言いました。
 そうです。正面の門など、街道かいどうぞいの要塞ようさいの門はすべて、てきがかためているのです。
 それなのに、夜にこちらの攻撃こちらを受けたら、てき将軍しょうぐんも考えるでしょう。

 その結果、要塞ようさいに『秘密ひみつの門』があること。そしてそれを探すことを始めるかもしれません。
 もし、探されても簡単に見つかるとは将軍しょうぐんは思います。
 しかし、そのような可能性かのうせいてきにかんがえさせるのは、どうなのかと思ったのです。

 夜間攻撃やかんこうげきによってあたえる効果こうかと、危険性きけんせいについて、将軍しょうぐんは頭の中で天秤てんびんにかけていました。

「しかし、何もせず。ただ要塞ようさいの中にいるだけでは、兵の士気しき-戦う気持ち-も落ちてきます。」

 また別の部下ぶかがいいます。たしかにそれは将軍しょうぐんにとっても頭のいたい問題でした。

 将軍しょうぐん部下ぶか意見いけんを聞きながら、作戦案さくせんあんについてかんがえていきます。

 要塞ようさいからの夜間攻撃案やかんこうげきあん―― 
 これをやるとてきの注意を要塞ようさいに引き付け、もし大きな損害そんがいを与えるなら、本国に向かった軍勢ぐんぜいがもどってくるかもしれません。
 しかし、それは本当にうまくいったときだけです。
 逆にこちらが大きな損害そんがいをうけてしまうかもしれません。
 夜間攻撃、戦闘の訓練くんれんを兵隊にしたことなどないのです。同士討ちの危険もあります。

 また損害そんがいがさほどではなく中途半端ちゅうとはんぱに終わってしまったらどうでしょうか?

 その場合『秘密ひみつの門』についての可能性かのうせいてきに気付かせるヒントをあたえるかもしれません。
 
 そんな作戦さくせんの「損得」を将軍しょうぐんは考えるのです。そしてそれを実行するかどうか決めるのが将軍しょうぐん役割やくわりなのです。

「しばらくは、正面の方向からの夜間攻撃やかんこうげきで行ってみよう。人数をしぼり込んでだ」

 将軍しょうぐんはそう言いました。
 
 まだ「秘密ひみつの門」を使っての攻撃は危険性が高すぎると考えたのです。
 もし、それでてき要塞ようさいに近づいて来れば、要塞ようさいの弓や鉄砲てっぽうで攻撃もできます。


 それで、アイウエ王国に向かったてきの大軍の一部いちぶでも引き返してくれれば、大成功といっていいでしょう。
 果たして、それがうまくいくかどうか――
 それは、将軍しょうぐん自身じしんでも分かりません。

 将軍しょうぐんはそれがダメだったときに作戦案について考えながら、アイウエ王国、本国のことを考えました。

「王国で集めている軍勢ぐんぜいはどのくらい集まるか……」

 将軍しょうぐんはつぶやくように言いました。

 アイウエ王国では、本国を守るために多くの兵隊を集めている最中さいちゅうです。
 このタチツテ峠の要塞ようさいは、その兵隊を集めて、訓練くんれんする時間をなるべくかせがねばならなかったのです。
 だから、本当なら五万人のカキクケ皇国の軍勢ぐんぜい全てが要塞ようさいを攻めてくれた方がよかったと将軍しょうぐんは思っています。

 要塞ようさいをまもる将軍しょうぐんはここで死ぬ気でした。
 ただなるべく長くここでてきをくいとめたかったのです。

「王国に残った軍勢ぐんぜいてきをむかえうつ準備じゅんびができれば……」

 将軍しょうぐんはいいました。王国に残った軍勢ぐんぜい準備じゅんびできれば、まだ戦う方法があるのです。
 要塞ようさいにのこった軍勢ぐんぜいをすべて出撃させ、要塞ようさい包囲ほういしているてきを突破して、本国に向かうのです。
 そうすれば、本国に向かったてきを王国の軍勢ぐんぜい要塞ようさい軍勢ぐんぜいではさみちにできます。

 しかし、要塞ようさい包囲ほういしているてき突破とっぱする方法は別に考えなければいけません。
 将軍しょうぐんは頭の中にいくつかの作戦さくせんを思い浮かべ、そして考えました。

「とにかく、伝令でんれい一刻いっこくも早く王国に到着とうちゃくするのを願うだけです」

 将軍しょうぐんの補佐をしている軍人が言いました。
 確かに、それは大切なことです。
 王国の軍勢ぐんぜいてきと戦う準備じゅんびをするためには、伝令でんれいてきよりも早く、より早く、ずっと早く王国に到着とうちゃくしてなければならないのです。

 アイウエ要塞ようさいでは王国に何人かの伝令でんれいを出しました。その中のひとりがサシスです。

「王国に向かった軍勢ぐんぜいは、およそ四万から五万です。王国で戦える兵の数は、まだ三万もいかないでしょう」

 将軍しょうぐんは自分の部下ぶかの軍人たちの言葉をだまって聞きながら考えました。
 アイウエ王国には、要塞ようさいはありません。要塞ようさいとは、ずっとそこにある戦争のための建造物けんぞうぶつです。
 戦争の時だけ作る要塞ようさいのようなものは「野戦築城やせんちくじょう」とか「野戦陣地やせんじんち」といいます。

 要塞ようさいほど頑丈ではありませんが、まもりながら戦えば、味方みかたより多くの敵__てき__#とも戦えるのです。
 
 将軍しょうぐんがアイウエ王国を出たときは、その陣地じんちの完成はまだ半分くらいといったところでした。

(よくて七割ななわりということろか……)

 おそらく、今も完成かんせいはしていないと将軍しょうぐんはかんがえました。
 それでも、全くなにもない中で戦うよりはましです。

 軍隊と軍隊の戦い方には色々なものがあります。
 要塞ようさいや陣地にこもって戦う方が、少ない軍勢ぐんぜいでも有利に戦えるのです。
 
 もし、本国の陣地じんちが、攻めてきたてきを持ちこたえられるならば、てきの「補給線ほきゅうせん」を断ち切る方法もあります。
 将軍しょうぐんはそれもかんがえました。
補給線ほきゅうせん」とは、兵隊さんが食べる食べ物や飲み物。それに鉄砲てっぽうたま、弓矢などの武器ぶき、戦争につかう色々な道具どうぐを運ぶ道のことです。

 この「補給線ほきゅうせん」を攻撃こうげきして、モノを運ぶのをじゃますれば、大軍も動けなくなってしまいます。
 てきの兵隊は食べる物や武器がなくなり、戦いに勝つことができるかもしれません。
 
 こちら側の要塞ようさいには一万人の兵隊が、一年は持ちこたえられるほどの食料しょくりょう武器ぶきが長年にわたってたくわえられています。
 要塞ようさいとはそのようなものなのです。しかし、攻めていく軍隊はそんなことはできません。
 必要ひつような食べ物や武器ぶきは運ぶしかないのです。

 こうして、要塞ようさいの中では、戦い方についての会議かいぎ――
 作戦会議さくせんが続くのでした。
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