濃緑色の色彩により妻に逃げられし男の巡礼

中七七三

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5話:ギバーゴーンの鍋だで、ブッシュミートやかんねぇ~~

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「さあ、上がりなんせぇ。へへへ。汚ちゃない家やけんどもぉ、な」

 と、おっさんはむき出しのコンクリがひび割れた三和土たたきでワシを招くのである。
 おっさんの家は庭の広い平屋で田舎空間の中に溶け込み一体化するかのように、風景の一部となっているのが特徴といえば特徴であろうか。田舎というイデアを受肉化し結晶としてそこに存在するかのような家屋であることに言を待たないであろうなぁと内面的結論を出すしかないのである。
 
「とりあえず、厠を貸して欲しいのであるが」
「へぇ、そこの廊下の突き当たり、右に曲がったところでごぜぇますけんども。ふひひひ」

 ワシはおっさんの言うとおりに便所に向かう。果たしてそこは予想通り汲み取り便所である。ワシがあえて旧時代的表現である「厠」をもってトイレットなるものを評したのは慧眼であったというべきであるのだか、だからといって汲み取り便所特有の畏怖すら覚え、慄きを感じる匂いは実存として、ワシのクオリアにぐいぐいと食い込んでくるのだから堪らないのであった。
 しかして、ワシは用便ではなく、尻から溢れ出さんとしている濃緑色の粘液を暗黒に染まった空洞の中にただにゅるにゅると放出するしかないのであった。それは、全くもってワシに課せられた呪詛であり、宿痾であった。ワシの濃緑色の粘液が暗黒の中に溶け込み、その意味を喪失することにより、しばし福音のときの中に、我が身をおくことが出来るものであるから、ワシは長いため息をついた。
 
「果たして妻の実家周辺とは、このような辺境未開の地であったろうか?」

 と、シナプスが明瞭に作りあげた胡散臭さを日本語という言語体系で意味付けしてみたわけであるが、それに対する回答はワシの中にはありそうもなかったのである。妻の実家に来たのは十数年ぶりあったが、過去においては、車での移動あり地元住民との接触も限られたものであったので、今、現在の状況はワシにとってがんんずることがいささか困難な事象であったことは確実であるのであるが、どうにもならぬ。そもそもギバーゴーンなる奇妙奇天烈なUMA的存在など、過去において聞いたことなどないのであるから。
 
 便所というか、厠という言語が染み付いたかのような空間で沈思するワシであったが、おっさんの「飯の支度ができましたけんどぉ~~~~ もひひひ」という田舎言葉により思考は中断される。見ると直腸粘膜にまで深く食い込んでいた濃緑色の粘液は全てワシの胎内から堕胎されたが如く存在を空虚なものに変質していたのでござるよ。

 思えば、列車内で販売していた萎びたサンドウィッチしか食うておらぬことをワシは思い出し、その思いが何らかの作用により空腹を自覚させ「ぐぅぅ~」と胃の腑を鳴らさせたのである。「所詮は田舎料理、期待はできぬ」と、ワシは言ってズボンを引き上げる。大人用紙オムツは装着せず、しばらくは大丈夫であると考察する。ワシの胎内「出口戦略」としてはしばらくこの厠にて解決できるのではないかと思うわけだ。ああ、濃緑色の粘液は食物連鎖の輪廻の環の中に流れていくのであろう。そして、ワシは田舎飯でも空腹であれば、良いであろうと思いつつ厠を出るのであった。

「お兄さん、今夜は鍋だぁ。おじやにしてもいいぞぉ~~」と、おっさんが相好そうごうを崩しワシに言うのである。
 所詮は田舎飯と思っていたが、豈図あにはからんや、その鍋なるものはは意外にも美味そうであった。

「ひひひ、ギバーゴーンの鍋だで、ブッシュミートやかんねぇ~~」と、おっさんは言う。

 ワシとギバゴーンの初遭遇は、片方鍋という状況において生起したのであるから、たまらぬものがあったわけである。
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