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7話:月が揺れる夜
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ムチャムチャと咀嚼音が響き、寄生虫たる蛆虫を喰らいながら、黄ばんだ涎を垂れ流すおっさんと対峙するワシであった。
その手には、ギバゴーンからムニュリと穿りだした蛆虫が握られているのである。
ウマグソバエの幼虫たる蛆虫であり、生っ白いぶよぶよした体を蠢かす存在であった。
指の間からはみ出し、ウネウネと苦悶に突き動かされる寄生虫で蛆虫。黄ばんだ体液も漏らしている。
「ひひひ、食わねーかぁ。うめぇぞぉぉ~」
田舎のイデアをその身に内包したおっさんは、今や恐怖と不条理を受肉化し、ワシに握りこんだ手を差し出す。蛆虫 in his hand.
思考は動くが体が硬直した。恐怖であったかもしれない。
「それは食べ物ではないのでは。一般的な意味で」
「そんなことはにゃぁ~ あ、あ、あ、あ、あ、あ――」
おっさんは、ワシに腕を突き出したまま、固まった。
指の間からポロポロと蛆虫が零れ落ちる。何匹かが鍋を直撃し汁の飛沫を上げた。
しかし、這い出した蛆虫の全てが落ちたのではない。
蛆虫はおっさんの手首の方に這い出して、ニュルニュルと、皮膚を食い破り中に侵入するのであった。アカン光景である。サブイボ不可避。
「あ、あ、あ、あ、気持ちぇぇぇでぇぇ、あああ、そんな奥までぇぇぇ。ガッつきすぎやねん」
と、わが肉を蛆虫に食わせながら、悶絶寸前の歓喜の声を上げるのである。
瞳はまぶたで半分隠れ、薄汚い咽喉をワシにさらしながら戦慄くのであるが、それでも、体を這い回るウジを摘んで食すのであった。
これは、一種の共食いではないかと愚考したのだが、本当に愚考なので考えるのを止めたのであった。
「ヘブンやでぇぇ、これが最高なんじゃあぁぁ。ギバゴーン!!」
おっちゃんは意味もなくそこで飛び跳ね、上着を脱ぎ放り投げた。
「わっ!」
驚くワシ。
なぜならば、おっさんの上半身には無数の黒いブツブツがあったのだ。黒ニキビのような。
それは寄生虫に侵されたギバゴーンの体皮と同じであり、このおっさんも寄生虫に侵されていたという事実をここで知ることになったのである。
「ひひひひ! 乳首がぁぁ、乳首からぁぁ」
瘧のように体を震わせ、おっさんは乳首の先から寄生虫をひり出した。まるで母乳がゲル状になったようなものであり、それはまたたまらぬ光景であったが、目を逸らすこともできず、ワシはそのいやらしい光景を網膜に写すしかなかったのである。
「ああああ――」
おっさんは、もはやワシの存在を忘れたかのように、己が身を喰らっていた寄生虫を搾り出し、それを喰らう作業に熱中しだした。
零れ落ちた蛆虫が床を這いばり、蝟集していく様は、いかなる信念も打ち砕くかのような破壊力のある光景だった。
端的に言って吐き気がしたのであるが、ワシは吐くことより、逃げることを優先したのだった。
しかし、立ち上がった瞬間、酸味の強い液体が食道を逆流し、ワシはゲロを吐いた。
そのまま、ゲロを吐きながらワシは逃走したのだった、
しかもである、恐怖のあまり尻の穴が半開きとなり、先ほど出しきったと思った濃緑色の粘液が直腸粘膜の上をヌルヌルと流れ出しているのを体感したのである。 体外に流れ出した濃緑色の粘液はパンツを突破しズボンもヌルヌルにして、あふれ出すのである。
ワシはゲロを吐き、下半身を濃緑色に染めながらおっさんの家を脱出した。
草深い闇の中を必死で走った。生と死の狭間で振動するワシの存在はゲロと濃緑色に染まり、人の存在に対するある種のメタファーとなりうるのかもしれないと思うわけであったが、考えてみると、これは人としても最低なのではないかと結論になりかねないのである。
ああ、ギバゴーンとは何であるのか?
ワシは思索の方向性をその謎へ向けるが、今時点答えはでない。出るのはゲロと濃緑色の粘液だけである。
ゲロがようやく止まり、ワシは周囲を見た。前方で夜光を反射するなにかがあった。
川であった。黒く染まった水面が夜光を反射していたのであった。
「ぎゃぎゃぎゃぐあぁぁぁぁっぁ――」
後方から、獣の咆哮が聞こえた。明らかに人外の響きを持った正真正銘の獣声である。
「ギバゴーンだ」
ワシは決め付ける。ここにいたって、それ以外の存在はあり得ないわけであり、その身に寄生虫を宿した獣が迫っていることを実感する。
ワシは川沿いを疾走する。意識が薄れそうになり、荒い呼気を漏らし、激しい鼓動が肉の中に留まる。
川には橋らしきものはなく、ただ不気味に水面を光らせているだけであったのだから、ワシは川沿いを走るしかなかった。
「あ、灯り」
ワシの走る先に、うっすらと灯りが見えたのであり、後方からは相変わらず「ぎゃぎゃぎゃぐあぁぁぁぁっぁ――」と不気味な声が追いかけてくるのであるから、灯りの方に走るしかないのである。
ワシは田舎空間の夜気をかき分けるようにして、やっとこ灯りのところに到着する。貧乏くさい電球が闇を少しだけ薄くしているのであるが、それは「船着場」であったから、助かったと少し安堵したのである。
川を渡るという行為が、生と死を分かつメタファーであるとしても、後方から迫りくるギバゴーンは、明らかに死のイデア、地獄のイデアであろうとワシは思うのであった。であるならば、川は渡らねばばらぬのだ。
ワシは船に乗り、舫を解き、櫂を突き出し、岸を離れる。水面をゆるゆると船が進む。ギバゴーンの叫びは身近に迫っており、岸を見やると無数の獣らしき影がうじゃうじゃといたのであるから、間一髪であったのだとワシは判断した。
闇の中の叫びと蠢く影は、人外魔境という言葉を当てはめるに十分な場所である。改めて妻の故郷の生態系について考えをめぐらせてしまうのであるのは、少しばかり余裕ができたせいであろう。
ワシは船を漕ぎ川を渡る。向こう岸に何があるのか不明であり、ギバゴーン以上のリスクが存在する可能性もあるのであるが、前進するほか無いのである。
川の中ほどまで来たところであった。川面からザバッと音がしてまたしても何者かが出現したのだ。川の中にもギバゴーンが!?と、ワシは一瞬思い、尻の穴から大量の濃緑色の粘液をぶちまけてしまった。しかし、そのような事象に拘っている場合ではないのであって、ワシは川面を注意深く見たわけである。
「川を渡るのかい?」
声がした。湿った声であり、それは船の上から聞こえたのだ。
ワシはその声の対象を視界に捉える。
それはカッパであった。
メタファーとしてではなく、完全なるカッパであるのは、ワシの生存本能が判断したのであろう。
ワシのクオリアに食い込む実存としてのカッパが何食わぬ顔をして船に乗り込んできたのだから、ワシはゲシュタルト崩壊寸前の精神状態になったのである。
「お前は、医者を探しているのか?」
「いえ、妻を、妻を探しています……」
「ほう、お前は妻を探していると言ったのだね」
カッパはワシの顔を見つめそう言った。
頭のてっぺんの皿に、夜空の月が写り、ゆらゆらと揺れていた。
その手には、ギバゴーンからムニュリと穿りだした蛆虫が握られているのである。
ウマグソバエの幼虫たる蛆虫であり、生っ白いぶよぶよした体を蠢かす存在であった。
指の間からはみ出し、ウネウネと苦悶に突き動かされる寄生虫で蛆虫。黄ばんだ体液も漏らしている。
「ひひひ、食わねーかぁ。うめぇぞぉぉ~」
田舎のイデアをその身に内包したおっさんは、今や恐怖と不条理を受肉化し、ワシに握りこんだ手を差し出す。蛆虫 in his hand.
思考は動くが体が硬直した。恐怖であったかもしれない。
「それは食べ物ではないのでは。一般的な意味で」
「そんなことはにゃぁ~ あ、あ、あ、あ、あ、あ――」
おっさんは、ワシに腕を突き出したまま、固まった。
指の間からポロポロと蛆虫が零れ落ちる。何匹かが鍋を直撃し汁の飛沫を上げた。
しかし、這い出した蛆虫の全てが落ちたのではない。
蛆虫はおっさんの手首の方に這い出して、ニュルニュルと、皮膚を食い破り中に侵入するのであった。アカン光景である。サブイボ不可避。
「あ、あ、あ、あ、気持ちぇぇぇでぇぇ、あああ、そんな奥までぇぇぇ。ガッつきすぎやねん」
と、わが肉を蛆虫に食わせながら、悶絶寸前の歓喜の声を上げるのである。
瞳はまぶたで半分隠れ、薄汚い咽喉をワシにさらしながら戦慄くのであるが、それでも、体を這い回るウジを摘んで食すのであった。
これは、一種の共食いではないかと愚考したのだが、本当に愚考なので考えるのを止めたのであった。
「ヘブンやでぇぇ、これが最高なんじゃあぁぁ。ギバゴーン!!」
おっちゃんは意味もなくそこで飛び跳ね、上着を脱ぎ放り投げた。
「わっ!」
驚くワシ。
なぜならば、おっさんの上半身には無数の黒いブツブツがあったのだ。黒ニキビのような。
それは寄生虫に侵されたギバゴーンの体皮と同じであり、このおっさんも寄生虫に侵されていたという事実をここで知ることになったのである。
「ひひひひ! 乳首がぁぁ、乳首からぁぁ」
瘧のように体を震わせ、おっさんは乳首の先から寄生虫をひり出した。まるで母乳がゲル状になったようなものであり、それはまたたまらぬ光景であったが、目を逸らすこともできず、ワシはそのいやらしい光景を網膜に写すしかなかったのである。
「ああああ――」
おっさんは、もはやワシの存在を忘れたかのように、己が身を喰らっていた寄生虫を搾り出し、それを喰らう作業に熱中しだした。
零れ落ちた蛆虫が床を這いばり、蝟集していく様は、いかなる信念も打ち砕くかのような破壊力のある光景だった。
端的に言って吐き気がしたのであるが、ワシは吐くことより、逃げることを優先したのだった。
しかし、立ち上がった瞬間、酸味の強い液体が食道を逆流し、ワシはゲロを吐いた。
そのまま、ゲロを吐きながらワシは逃走したのだった、
しかもである、恐怖のあまり尻の穴が半開きとなり、先ほど出しきったと思った濃緑色の粘液が直腸粘膜の上をヌルヌルと流れ出しているのを体感したのである。 体外に流れ出した濃緑色の粘液はパンツを突破しズボンもヌルヌルにして、あふれ出すのである。
ワシはゲロを吐き、下半身を濃緑色に染めながらおっさんの家を脱出した。
草深い闇の中を必死で走った。生と死の狭間で振動するワシの存在はゲロと濃緑色に染まり、人の存在に対するある種のメタファーとなりうるのかもしれないと思うわけであったが、考えてみると、これは人としても最低なのではないかと結論になりかねないのである。
ああ、ギバゴーンとは何であるのか?
ワシは思索の方向性をその謎へ向けるが、今時点答えはでない。出るのはゲロと濃緑色の粘液だけである。
ゲロがようやく止まり、ワシは周囲を見た。前方で夜光を反射するなにかがあった。
川であった。黒く染まった水面が夜光を反射していたのであった。
「ぎゃぎゃぎゃぐあぁぁぁぁっぁ――」
後方から、獣の咆哮が聞こえた。明らかに人外の響きを持った正真正銘の獣声である。
「ギバゴーンだ」
ワシは決め付ける。ここにいたって、それ以外の存在はあり得ないわけであり、その身に寄生虫を宿した獣が迫っていることを実感する。
ワシは川沿いを疾走する。意識が薄れそうになり、荒い呼気を漏らし、激しい鼓動が肉の中に留まる。
川には橋らしきものはなく、ただ不気味に水面を光らせているだけであったのだから、ワシは川沿いを走るしかなかった。
「あ、灯り」
ワシの走る先に、うっすらと灯りが見えたのであり、後方からは相変わらず「ぎゃぎゃぎゃぐあぁぁぁぁっぁ――」と不気味な声が追いかけてくるのであるから、灯りの方に走るしかないのである。
ワシは田舎空間の夜気をかき分けるようにして、やっとこ灯りのところに到着する。貧乏くさい電球が闇を少しだけ薄くしているのであるが、それは「船着場」であったから、助かったと少し安堵したのである。
川を渡るという行為が、生と死を分かつメタファーであるとしても、後方から迫りくるギバゴーンは、明らかに死のイデア、地獄のイデアであろうとワシは思うのであった。であるならば、川は渡らねばばらぬのだ。
ワシは船に乗り、舫を解き、櫂を突き出し、岸を離れる。水面をゆるゆると船が進む。ギバゴーンの叫びは身近に迫っており、岸を見やると無数の獣らしき影がうじゃうじゃといたのであるから、間一髪であったのだとワシは判断した。
闇の中の叫びと蠢く影は、人外魔境という言葉を当てはめるに十分な場所である。改めて妻の故郷の生態系について考えをめぐらせてしまうのであるのは、少しばかり余裕ができたせいであろう。
ワシは船を漕ぎ川を渡る。向こう岸に何があるのか不明であり、ギバゴーン以上のリスクが存在する可能性もあるのであるが、前進するほか無いのである。
川の中ほどまで来たところであった。川面からザバッと音がしてまたしても何者かが出現したのだ。川の中にもギバゴーンが!?と、ワシは一瞬思い、尻の穴から大量の濃緑色の粘液をぶちまけてしまった。しかし、そのような事象に拘っている場合ではないのであって、ワシは川面を注意深く見たわけである。
「川を渡るのかい?」
声がした。湿った声であり、それは船の上から聞こえたのだ。
ワシはその声の対象を視界に捉える。
それはカッパであった。
メタファーとしてではなく、完全なるカッパであるのは、ワシの生存本能が判断したのであろう。
ワシのクオリアに食い込む実存としてのカッパが何食わぬ顔をして船に乗り込んできたのだから、ワシはゲシュタルト崩壊寸前の精神状態になったのである。
「お前は、医者を探しているのか?」
「いえ、妻を、妻を探しています……」
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