1 / 3
その1:武装料理人「鬼刀法典二八歳」
しおりを挟む
爆発した。
どがぁぁぁああああああああああああん!!
ちゅどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーん!!
世界中トップクラスの料理人が集まっている。天下一武闘料理大会の会場。
世界最高峰の料理人たちの包丁をかけた勝負。料理勝負が行われていた。
予選を突破した8人によるトーナメントが開催される直前だった。
その爆発は会場を吹き飛ばし、多くの人々を肉塊に変えた。
それは、飽食にあけくれる者たちへの持たざる者の鉄槌。
高性能炸薬ペンスリット。そいつを一五〇キロ。
背中に縛り付けたテロリスト五十人が乱入。
合計七五〇〇ログラムの狂気だった。
それが起爆する。自爆テロだった。
しかし、その爆発は破壊に全エネルギーを使用しなかった。
高性能炸薬の余剰エネルギーは次空間連続体に作用する。
つまり、その会場まるごと地球とは異なる異世界に転移させたのであった。
「誰も生きちゃいないかい」
ただひとり助かった男が呟いた。
硝煙の匂い、焼け焦げた髪の毛の嫌な匂い。
風がそのような匂いを運ぶ。鼻腔が腐りそうな気がした。
鬼刀法典(きとうほうでん)。二八歳。男。
料理人であった。半分焼け焦げた調理人の服。元は純白であったのだろうと思われる。
短い髪の毛の下に、やけに鋭い目を光らせていた。
彼は「武装料理人」である。異端。
かつて狩猟民族であった古代ゲルマン人からドイツに連なる歴史の中で連綿と受け継がれた料理の一派。
正式名称「ゲルマン流・武装料理(バファネント・コッホ)」
一般には武装料理。そして、その料理人は「武装料理人」と呼ばれる。
己が武装し、食材を狩り、そして調理するという流派だ。
彼が助かったのもその流派ゆえだった。
武装料理人は、鍋釜、フライパンなどの調理器具を「ゲルマン・調理器装甲」として普段は身に着けている。
それは、身を守る鎧となっていた。
高性能炸薬の破壊エネルギーから彼の肉体を守ったのはその鎧だった。
「テロかい、それにしても……」
会場の中はめちゃくちゃだった。すでに、生きている者は彼ひとりであることを確認している。
世界を代表するシェフ、料理人。そしてグルメたちが死んだ。大量に。
テロリストたちも死んでいる。まったくもって莫迦な話だった。
焼け焦げて煤でよごれた缶詰を拾った。
手で煤を払う。武骨で大きな手だった。
「アスパラガスか…… まあ、空缶も利用できるか」
低く小さな声。誰に聞かせるでもない言葉だった。
彼は、手に取った缶を背中のリュックにいれた。
耐火耐衝撃性能の高いリュック。これも「武装料理人」の正式装備品であった。
リュックの中には、塩、化学調味料、砂糖、米、小麦粉、乾燥食料品のいくつかが入っていた。
爆発の中、巨大な冷蔵庫と倉庫の一部が無事だった。そこから調達したものもある。
「それにしてもだ――」
ため息をつくような独り言。
彼は爆発の中、奇跡的にほとんど無傷だった。
そして、事態を把握し、外に出たのは小一時間前だった。
「いったい何がおきているのか。さっぱりだ」
彼はここが、元の場所でないことを発見していた。
視界いっぱいに広がる荒野。そして疎林。
道らしきものがあったが、どこに繋がっているのか分からない。
すくなくとも、元の世界。いや、地球上であることも怪しかった。
そのような結論に至っても、なぜこんなことになったのか?
それはさっぱり分からない。
武装料理人として、幾多の修羅場をくぐっている。
ゲルマン民族からドイツそして、第二次世界大戦時の同盟により、日本に提供されたその技術。
ナチスドイツ崩壊とともに、その本流は日本に移った。
彼の血の中には、ドイツ人の血が四分の一混ざっている。それゆえか身長は一九〇センチを超える。
彼は現代にその技術を伝える末裔のひとり。そして、世界最高レベルの料理人であった。
「アホウみたいな話だぜ。まったく」
そう言って彼は、半壊した倉庫の物色を続ける。
もうそろそろ、カバンの中はいっぱいになりそうだった。
この様な場面でも落ち着いているのは、多くの修羅場をくぐっているからだった。
一五歳のときに、ホッキョクグマに包丁二本で戦いそれを調理した。
水中でシャチと闘い活け作りを作ったのは二年前だった。
ハイイログマ――
ライオン――
ベンガルトラ――
アフリカゾウ――
ホオジロザメ――
アナコンダ――
クロコダイル――
二本の包丁で、多くの猛獣を調理してきた男だった。
頬にある大きな傷を太い指でかいた。
ライオンがつけた傷だった。
「せっかく、予選を通過したってのに、運がねぇな――」
鬼刀は空を見ながら言った。天井の一部は吹き飛んでいる。
青い空。風が雲をどこかに運んでいた。彼の言葉も風に乗って消えていく。
彼は料理の天才だった。しかし、異端。超異端であった。
二一世紀の料理界では「武装料理人」は異端であり色物だ。それは主流ではなかった。
味という個々人の個性に依存する不確かな物。
それゆえに、評価には恣意的なものが介入した。
彼の料理の技術は極めて高かった。
しかし、特異な流派であること。そして、彼の料理に対するポリシーゆえに技術が評価されたことがない。
『猛獣と格闘して仕留めて、それをその場で血まみれになって料理するビックリ人間料理人――』
世間も料理界もこんな評価だった。ゲテモノ。色物。異端。
しかしだ――
その料理の技術は超一流。彼の本質はあくまでも料理人なのだ。
彼の凄まじい料理の技術に目を向ける者もいた。
同じ料理の世界に生きる極一部の超一流の者だけだけであったが。
あまりにも、異端であり、料理人という評価や尺度を当てはめるのが困難だったのもあるだろう。
彼の才能、技術が分かるということだけでも高いハードルが要求された。
食材を自分で狩る「武装料理人」。
それは、滅びゆく恐竜のような存在だったのかもしれない。
料理界の主流に乗れない異端の色物――
しかし、その技術が今回の爆発から彼の命を救ったのは事実だった。
彼は身に着けた鍋釜、フライパン。「ゲルマン・調理器装甲」を撫でるように指を這わせた。
「もう、リュックには入らねぇか」
とりあえず、数日はなんとかなるだけの食料は確保した。
常人では一ミリも動かせない重さのリュックを軽々と背負う。
「どうするかだなぁ。これから」
彼は頭をポリポリとかいた。
とにかく、ここにジッとしていても救助がくるはずがない。
爆破され、廃墟となった会場。
外に出れば、見渡す限りの荒野だった。
そもそも、ここがどこなのか分からない。地球ですらない可能性もある。
昔読んだSFやらファンタジーの話を思いだした。
バカなと思うが、そのバカな考えを否定する根拠もない。
「しゃーねえか。行くか…… 人はいるだろうからな」
彼は一応人の手が入っていると思われる道。
舗装はされていないが、均され明らかに人工物と思われるそれのとこまで歩を進める。
ずっしりとした重みが肩にかかる。自分の命の重さだ。
彼は、夕日を背に歩き出した。
西日が彼の大きな背を赤く染めていた。
◇◇◇◇◇◇
「相変わらず、客のいない貧乏くせぇ店だな……」
その言葉はある意味で全てを表現していた。
小さな店だった。テーブルと椅子も少ない。
一〇人も入れば席が埋まってしまう。
しかし、ガラガラだ。
人相の悪い男たちふたりが席に座っているだけ。
顔に嫌な笑みを張り付けたデブと、ひょろりと背の高い男だ。
「大きなお世話だ! 出てけ早く。水だけで粘りやがって!」
声変わり気に差し掛かった少女の声。蓮っ葉な言葉だったが、声は澄んでいた。
このような貧相な店には不釣り合いと思えるほど、整った顔をした少女だ。
大きな瞳に、長いまつ毛、すっと通った鼻筋。ピンク色のくちびる。
白い肌に、光沢のある長い黒髪を後ろでまとめている。
「おいおい、ボクちんたちは客だぜ。お客様だよぉ~ さーびすしろよぉぉ」
下卑た声を出しながら、ひとりの男が椅子から立ち上がった。デブだ。デブが立った。
ウネウネと指を動かし胸を触ろうとする。
少女はささやかな膨らみを見せている胸を両手でガードした。
「近寄るなバカ!」
「おい、やめとけよ。小娘からかってもしょうがねぇ」
ちびちびと水を飲んでいたもう一人の男が言った。ひょろりと痩せた男。
立ち上がり、銭をおく。銅貨。少女からすれば見上げるような長身だ。
「まあ、この店も、ちゃんとルールを守って欲しいわけだよ。ボクちんとしてはね」
おどけたような調子でそう言うと、淫猥な指の動きを止めた。デブが。デブとして。
ホッと息を吐く少女。
「まあ、そういうことだ。ジイサンはいねぇのかい?」
厨房の方に鋭い視線をやりながら男は言った。
「まだ、寝てる……」
「ふふん、良いもの食った方がいいんじゃないのぉ。食は健康の根幹だからぁ。ボクちんは思う」
明らかに健康に問題を抱えていそうな太り方をしたデブ。
オマエが言うなと突っ込まれるようなセリフを言い放った。誰も突っ込みはしないが。
「まあ、今日はいいけどな。いいか、五日後の勝負に負けたら、ちゃんとギルドに入るんだぜ――」
「まあ、そうだなぁ。ちゃんとギルドに入れば仕入も楽だしさぁ。経営も楽になるんじゃね? ボクちん思うよ」
ひょりとした男とデブはそう言うと店を出た。
「もう、来るな、チンピラ―― 誰が入るかッ」
少女は小さいが鋭さのある声で吐き捨てた。
ギルド――
そんなものは、数年前までこの街にはなかった。
それがやってきたのは王都からだった。
王都の大商人が、海に向かう中継地点のこの街にやって来て、次々と街の料理屋、宿屋、飲み屋を傘下にいれていった。
そして、金に物を言わせて、仕入の食料品を買い占める。で、高い値で売りつけるのだ。
おまけに、ギルドに加盟したら、加盟料という上納金を払うことになる。
二重の搾取体制の中に組み込まれる。
奴隷だ。ギルドに入るということは、ギルドの奴隷になるということだ。
そんな状況でも、仕入が出来ないと店はつぶれる。
つぶれないために、多くの店がギルドの傘下に入った。
破産して本物の奴隷になるよりはマシだったからだ。
(負けるもんか)
大きな瞳強い意志の光を見せ少女は決意する。
「カタリナお嬢さん」
厨房から若い男がでてきた。短く髪をきったいかにも料理人という男。
「あ、アジルト…… もう、今日は……」
「まあ、ろくに材料がないんじゃなんもできませんや」
アジルトと呼ばれた男は、店の中をさぐるように視線を動かす。
彼の祖父が病気で倒れる前から、この店で働いている男。
料理人としての腕は確かだった。
「そうね…… それは、なんとかするから」
親指の爪を噛む様にして、カタリナは言った。
「悪いんですけどね」
「アジルト?」
「辞めますよ。この店、別のとこに誘われているんで。ワッシにも生活があります。カタリナお嬢さん」
「アジルト! 勝負は!? 五日後のギルドとの料理勝負は! アナタがいないと!」
強気な瞳が一転する。すがりつくような、泣き出しそうな顔になっていた。
「お嬢さん、無理ですよ。仮にアッシが出たって勝てやしませんぜ―― ギルドにたてついても……」
「そんな! お爺様にあんなに目をかけてもらったのに」
アジルトの言葉にカタリナが言葉をかぶせる。アジルトは黙った。
沈黙を以て彼女の言葉に答えた。
「では、悪いことはいいませんぜ、ギルドに入った方がいい。負けてから入れば余計にきつくなる」
彼はひょいといつの間にか床においてあったカバンを手に取った。
そして、店を出る。
カタリナは一瞬の間を置き、店を出た。彼を追うかどうか迷ったのだ。
アジルトの後姿を見つめる。引き留める声をかけることもできない。
体が固まっていた。視界が暗く染まっていくような気がした。
「よう、ここは飯屋かい?」
声。そして影。カタリナは背後からの大きな影に入っていた。
彼女は振り返った。黒髪がふわりと揺れる。
「ここは飯屋なのかい? つーか、言葉は通じるんだよな……」
大きな男だった。
小柄なカタリナより頭ふたつは大きい。
そして、太い腕。分厚い胸板。広い肩。
太い眉。その下の鋭い目。
頬には大きな傷があった。
その傷のせいで、彼の顔は兇悪と精悍の間でせめぎ合いをしていた。
そして、大きな荷物を背負っている。なんなのか?
「そ、そうよ。でも、今は準備中なの。他に行って」
「いや、それがな、俺は客じゃねえんだよ。お嬢ちゃん」
「カタリナよ」
「カタリナ?」
「名前、名前有るのよ」
「そうか――」
大きな男は笑った。思いのほか人懐こい笑顔だった。
「俺は、鬼刀法典っていうんだけどね」
「なに? キトウ・ホウデン」
聞きなれない外国の呪(まじな)いを聞かされたような顔をするカタリナ。
「いや、俺をこの店で雇ってくれねぇか?」
笑顔のまま。彼ははにかむようにそう言った。
どがぁぁぁああああああああああああん!!
ちゅどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーん!!
世界中トップクラスの料理人が集まっている。天下一武闘料理大会の会場。
世界最高峰の料理人たちの包丁をかけた勝負。料理勝負が行われていた。
予選を突破した8人によるトーナメントが開催される直前だった。
その爆発は会場を吹き飛ばし、多くの人々を肉塊に変えた。
それは、飽食にあけくれる者たちへの持たざる者の鉄槌。
高性能炸薬ペンスリット。そいつを一五〇キロ。
背中に縛り付けたテロリスト五十人が乱入。
合計七五〇〇ログラムの狂気だった。
それが起爆する。自爆テロだった。
しかし、その爆発は破壊に全エネルギーを使用しなかった。
高性能炸薬の余剰エネルギーは次空間連続体に作用する。
つまり、その会場まるごと地球とは異なる異世界に転移させたのであった。
「誰も生きちゃいないかい」
ただひとり助かった男が呟いた。
硝煙の匂い、焼け焦げた髪の毛の嫌な匂い。
風がそのような匂いを運ぶ。鼻腔が腐りそうな気がした。
鬼刀法典(きとうほうでん)。二八歳。男。
料理人であった。半分焼け焦げた調理人の服。元は純白であったのだろうと思われる。
短い髪の毛の下に、やけに鋭い目を光らせていた。
彼は「武装料理人」である。異端。
かつて狩猟民族であった古代ゲルマン人からドイツに連なる歴史の中で連綿と受け継がれた料理の一派。
正式名称「ゲルマン流・武装料理(バファネント・コッホ)」
一般には武装料理。そして、その料理人は「武装料理人」と呼ばれる。
己が武装し、食材を狩り、そして調理するという流派だ。
彼が助かったのもその流派ゆえだった。
武装料理人は、鍋釜、フライパンなどの調理器具を「ゲルマン・調理器装甲」として普段は身に着けている。
それは、身を守る鎧となっていた。
高性能炸薬の破壊エネルギーから彼の肉体を守ったのはその鎧だった。
「テロかい、それにしても……」
会場の中はめちゃくちゃだった。すでに、生きている者は彼ひとりであることを確認している。
世界を代表するシェフ、料理人。そしてグルメたちが死んだ。大量に。
テロリストたちも死んでいる。まったくもって莫迦な話だった。
焼け焦げて煤でよごれた缶詰を拾った。
手で煤を払う。武骨で大きな手だった。
「アスパラガスか…… まあ、空缶も利用できるか」
低く小さな声。誰に聞かせるでもない言葉だった。
彼は、手に取った缶を背中のリュックにいれた。
耐火耐衝撃性能の高いリュック。これも「武装料理人」の正式装備品であった。
リュックの中には、塩、化学調味料、砂糖、米、小麦粉、乾燥食料品のいくつかが入っていた。
爆発の中、巨大な冷蔵庫と倉庫の一部が無事だった。そこから調達したものもある。
「それにしてもだ――」
ため息をつくような独り言。
彼は爆発の中、奇跡的にほとんど無傷だった。
そして、事態を把握し、外に出たのは小一時間前だった。
「いったい何がおきているのか。さっぱりだ」
彼はここが、元の場所でないことを発見していた。
視界いっぱいに広がる荒野。そして疎林。
道らしきものがあったが、どこに繋がっているのか分からない。
すくなくとも、元の世界。いや、地球上であることも怪しかった。
そのような結論に至っても、なぜこんなことになったのか?
それはさっぱり分からない。
武装料理人として、幾多の修羅場をくぐっている。
ゲルマン民族からドイツそして、第二次世界大戦時の同盟により、日本に提供されたその技術。
ナチスドイツ崩壊とともに、その本流は日本に移った。
彼の血の中には、ドイツ人の血が四分の一混ざっている。それゆえか身長は一九〇センチを超える。
彼は現代にその技術を伝える末裔のひとり。そして、世界最高レベルの料理人であった。
「アホウみたいな話だぜ。まったく」
そう言って彼は、半壊した倉庫の物色を続ける。
もうそろそろ、カバンの中はいっぱいになりそうだった。
この様な場面でも落ち着いているのは、多くの修羅場をくぐっているからだった。
一五歳のときに、ホッキョクグマに包丁二本で戦いそれを調理した。
水中でシャチと闘い活け作りを作ったのは二年前だった。
ハイイログマ――
ライオン――
ベンガルトラ――
アフリカゾウ――
ホオジロザメ――
アナコンダ――
クロコダイル――
二本の包丁で、多くの猛獣を調理してきた男だった。
頬にある大きな傷を太い指でかいた。
ライオンがつけた傷だった。
「せっかく、予選を通過したってのに、運がねぇな――」
鬼刀は空を見ながら言った。天井の一部は吹き飛んでいる。
青い空。風が雲をどこかに運んでいた。彼の言葉も風に乗って消えていく。
彼は料理の天才だった。しかし、異端。超異端であった。
二一世紀の料理界では「武装料理人」は異端であり色物だ。それは主流ではなかった。
味という個々人の個性に依存する不確かな物。
それゆえに、評価には恣意的なものが介入した。
彼の料理の技術は極めて高かった。
しかし、特異な流派であること。そして、彼の料理に対するポリシーゆえに技術が評価されたことがない。
『猛獣と格闘して仕留めて、それをその場で血まみれになって料理するビックリ人間料理人――』
世間も料理界もこんな評価だった。ゲテモノ。色物。異端。
しかしだ――
その料理の技術は超一流。彼の本質はあくまでも料理人なのだ。
彼の凄まじい料理の技術に目を向ける者もいた。
同じ料理の世界に生きる極一部の超一流の者だけだけであったが。
あまりにも、異端であり、料理人という評価や尺度を当てはめるのが困難だったのもあるだろう。
彼の才能、技術が分かるということだけでも高いハードルが要求された。
食材を自分で狩る「武装料理人」。
それは、滅びゆく恐竜のような存在だったのかもしれない。
料理界の主流に乗れない異端の色物――
しかし、その技術が今回の爆発から彼の命を救ったのは事実だった。
彼は身に着けた鍋釜、フライパン。「ゲルマン・調理器装甲」を撫でるように指を這わせた。
「もう、リュックには入らねぇか」
とりあえず、数日はなんとかなるだけの食料は確保した。
常人では一ミリも動かせない重さのリュックを軽々と背負う。
「どうするかだなぁ。これから」
彼は頭をポリポリとかいた。
とにかく、ここにジッとしていても救助がくるはずがない。
爆破され、廃墟となった会場。
外に出れば、見渡す限りの荒野だった。
そもそも、ここがどこなのか分からない。地球ですらない可能性もある。
昔読んだSFやらファンタジーの話を思いだした。
バカなと思うが、そのバカな考えを否定する根拠もない。
「しゃーねえか。行くか…… 人はいるだろうからな」
彼は一応人の手が入っていると思われる道。
舗装はされていないが、均され明らかに人工物と思われるそれのとこまで歩を進める。
ずっしりとした重みが肩にかかる。自分の命の重さだ。
彼は、夕日を背に歩き出した。
西日が彼の大きな背を赤く染めていた。
◇◇◇◇◇◇
「相変わらず、客のいない貧乏くせぇ店だな……」
その言葉はある意味で全てを表現していた。
小さな店だった。テーブルと椅子も少ない。
一〇人も入れば席が埋まってしまう。
しかし、ガラガラだ。
人相の悪い男たちふたりが席に座っているだけ。
顔に嫌な笑みを張り付けたデブと、ひょろりと背の高い男だ。
「大きなお世話だ! 出てけ早く。水だけで粘りやがって!」
声変わり気に差し掛かった少女の声。蓮っ葉な言葉だったが、声は澄んでいた。
このような貧相な店には不釣り合いと思えるほど、整った顔をした少女だ。
大きな瞳に、長いまつ毛、すっと通った鼻筋。ピンク色のくちびる。
白い肌に、光沢のある長い黒髪を後ろでまとめている。
「おいおい、ボクちんたちは客だぜ。お客様だよぉ~ さーびすしろよぉぉ」
下卑た声を出しながら、ひとりの男が椅子から立ち上がった。デブだ。デブが立った。
ウネウネと指を動かし胸を触ろうとする。
少女はささやかな膨らみを見せている胸を両手でガードした。
「近寄るなバカ!」
「おい、やめとけよ。小娘からかってもしょうがねぇ」
ちびちびと水を飲んでいたもう一人の男が言った。ひょろりと痩せた男。
立ち上がり、銭をおく。銅貨。少女からすれば見上げるような長身だ。
「まあ、この店も、ちゃんとルールを守って欲しいわけだよ。ボクちんとしてはね」
おどけたような調子でそう言うと、淫猥な指の動きを止めた。デブが。デブとして。
ホッと息を吐く少女。
「まあ、そういうことだ。ジイサンはいねぇのかい?」
厨房の方に鋭い視線をやりながら男は言った。
「まだ、寝てる……」
「ふふん、良いもの食った方がいいんじゃないのぉ。食は健康の根幹だからぁ。ボクちんは思う」
明らかに健康に問題を抱えていそうな太り方をしたデブ。
オマエが言うなと突っ込まれるようなセリフを言い放った。誰も突っ込みはしないが。
「まあ、今日はいいけどな。いいか、五日後の勝負に負けたら、ちゃんとギルドに入るんだぜ――」
「まあ、そうだなぁ。ちゃんとギルドに入れば仕入も楽だしさぁ。経営も楽になるんじゃね? ボクちん思うよ」
ひょりとした男とデブはそう言うと店を出た。
「もう、来るな、チンピラ―― 誰が入るかッ」
少女は小さいが鋭さのある声で吐き捨てた。
ギルド――
そんなものは、数年前までこの街にはなかった。
それがやってきたのは王都からだった。
王都の大商人が、海に向かう中継地点のこの街にやって来て、次々と街の料理屋、宿屋、飲み屋を傘下にいれていった。
そして、金に物を言わせて、仕入の食料品を買い占める。で、高い値で売りつけるのだ。
おまけに、ギルドに加盟したら、加盟料という上納金を払うことになる。
二重の搾取体制の中に組み込まれる。
奴隷だ。ギルドに入るということは、ギルドの奴隷になるということだ。
そんな状況でも、仕入が出来ないと店はつぶれる。
つぶれないために、多くの店がギルドの傘下に入った。
破産して本物の奴隷になるよりはマシだったからだ。
(負けるもんか)
大きな瞳強い意志の光を見せ少女は決意する。
「カタリナお嬢さん」
厨房から若い男がでてきた。短く髪をきったいかにも料理人という男。
「あ、アジルト…… もう、今日は……」
「まあ、ろくに材料がないんじゃなんもできませんや」
アジルトと呼ばれた男は、店の中をさぐるように視線を動かす。
彼の祖父が病気で倒れる前から、この店で働いている男。
料理人としての腕は確かだった。
「そうね…… それは、なんとかするから」
親指の爪を噛む様にして、カタリナは言った。
「悪いんですけどね」
「アジルト?」
「辞めますよ。この店、別のとこに誘われているんで。ワッシにも生活があります。カタリナお嬢さん」
「アジルト! 勝負は!? 五日後のギルドとの料理勝負は! アナタがいないと!」
強気な瞳が一転する。すがりつくような、泣き出しそうな顔になっていた。
「お嬢さん、無理ですよ。仮にアッシが出たって勝てやしませんぜ―― ギルドにたてついても……」
「そんな! お爺様にあんなに目をかけてもらったのに」
アジルトの言葉にカタリナが言葉をかぶせる。アジルトは黙った。
沈黙を以て彼女の言葉に答えた。
「では、悪いことはいいませんぜ、ギルドに入った方がいい。負けてから入れば余計にきつくなる」
彼はひょいといつの間にか床においてあったカバンを手に取った。
そして、店を出る。
カタリナは一瞬の間を置き、店を出た。彼を追うかどうか迷ったのだ。
アジルトの後姿を見つめる。引き留める声をかけることもできない。
体が固まっていた。視界が暗く染まっていくような気がした。
「よう、ここは飯屋かい?」
声。そして影。カタリナは背後からの大きな影に入っていた。
彼女は振り返った。黒髪がふわりと揺れる。
「ここは飯屋なのかい? つーか、言葉は通じるんだよな……」
大きな男だった。
小柄なカタリナより頭ふたつは大きい。
そして、太い腕。分厚い胸板。広い肩。
太い眉。その下の鋭い目。
頬には大きな傷があった。
その傷のせいで、彼の顔は兇悪と精悍の間でせめぎ合いをしていた。
そして、大きな荷物を背負っている。なんなのか?
「そ、そうよ。でも、今は準備中なの。他に行って」
「いや、それがな、俺は客じゃねえんだよ。お嬢ちゃん」
「カタリナよ」
「カタリナ?」
「名前、名前有るのよ」
「そうか――」
大きな男は笑った。思いのほか人懐こい笑顔だった。
「俺は、鬼刀法典っていうんだけどね」
「なに? キトウ・ホウデン」
聞きなれない外国の呪(まじな)いを聞かされたような顔をするカタリナ。
「いや、俺をこの店で雇ってくれねぇか?」
笑顔のまま。彼ははにかむようにそう言った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜
奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる