1 / 3
1.虐殺守護天使と呼ばれる姉が婚約破棄して逃げた
しおりを挟む
「た…… 大変なことが起きた…… カナタ」
オヤジが声を震わせていた。
俺と同じ、シナバー色(オレンジがかった朱色)の髪を短く刈り込んだ頭を振る。
その眉間には深刻の度合いを示すかのように深いしわが刻まれている。
オヤジは一代で王国でも有数の大商人に成り上がった存在だ。
ユーロ・ドルエーンと言えば、生きながら伝説の域に入った大商人。
俺のオヤジだ。
そのオヤジがこんな深刻な顔をするのは初めて見たわけだ。
俺もちょっと当惑する。
「ダーレン行きの商船が海賊にも襲われました?」
「いや、全然」
「あ~、今日、王都に到着するはずの商隊が全滅したとか?」
「いや、午前中に到着を確認しておる」
「戦争でも起きたんですか?」
「儲けのチャンスだ。そんなことじゃない! まずい! 非常にまずいぞぉぉぉ!」
オヤジはイスから立ち上がる。
俺より頭ふたつはデカイ巨体。
まあ、俺は16歳だし、今はまだ成長の途上なのだ。
「そんなことで、ワシはオタオタせんわッ!」
「はぁ」
オヤジは、黒く大きな目玉をグリグリ動かし周囲を警戒する。
「カナタ…… いいか。落ちつけよ」
「はぁ」
「オマエの姉さん。ファウラだ。ファウラが家出した……」
絞り出すようかすれ声でオヤジは言った。
「そうですか。あり得そうな話ですね」
ファウラは、俺の双子の姉だ。
まあ、それはあるだろうなぁ~と俺は思っていた。
姉の外見は俺に良く似ている。二卵性とはいえ双子だ。
俺も小さいころは、女の子に間違えられた。まあ、今でも時々まちがえられる。
しかし、性格は真反対だ。
俺はオヤジの仕事を手伝っている。
いや、はっきり言って「ドルエーン商会」のかなりの部分の情報を俺は握り、管理している。
二代目としては、十分以上に成果を見せているわけだ。
で、姉のファウラは『数字を見て計算する毎日なんて死ぬ! 死んでしまうわぁぁ! ぎゃぁぁぁ! ぶち殺すぞぉぉ!! 死なすぅぅ!!』といって暴れるタイプだ。
そして、無茶苦茶強い。純粋な腕力でもオヤジですら敵わない。
そういう訳で、姉は10歳から交易商隊(キャラバン)の指揮を始めた。
最初は国内の安全なルート。
その内、街道の整備されてない、国内ルート。
でもって、16歳の今は危険極まりない国外の未開拓なルートまで行くようになっていた。
そもそも、商隊の遠征は、国内ですら死人がでてもおかしくない。
野盗や、モンスターなどに襲撃され、全滅なんて珍しくもない。
それを防ぐために、護衛隊がいるわけだ。
姉のファウラはそれに混じって、戦闘を繰り返していた。
何度も生死の狭間をくぐり抜けた歴戦の戦士といえる。
そもそも腕力が尋常なレベルじゃないのに、剣の腕までレベルアップ。
もはやパラメータはカンスト状態で、言ってみれば達人だ。
そして、ついたふたつ名が「虐殺守護天使」だ。
強烈な殺戮本能とパワーと技術で完ぺきに商隊を守りきる守護天使だ。
身長程もある鋼の大剣を振り回し、ひき肉を大量生産する。元野盗とかモンスターとかの。
「虐殺」はその戦いぶりを称した物だ。
彼女のふたつ名は、敬意と怖れの混じったものだった。
いつしか、姉がいると噂さされただけで商隊の安全は保障されるようになった。
「虐殺守護天使」の名が王国を越え大陸中に広まっていくのにそれほど時間はかからなかった 。
これは、商会にとって悪いことではなかった。
オヤジはさすが商売人で、目ざとく「虐殺守護天使」紋章を作らせ、大きな旗を作った。
それを商隊に持たせたのだ。
最初は姉のいる商隊だけ。そのうち、数を増やし、今やどの商隊でも「虐殺守護天使」の旗を立てて行くようになった。
他の交易商人に対し、大きなアドバンテージとなり、「エンドール商会」は更にでかくなった。
俺の仕事も増えたわけだ――
今は他の商人にも「虐殺守護天使の旗」を売っている。
野盗から見れば、その紋章を掲げる商隊は避けるようになる。
姉がいる可能性を100%否定できないからだ。
教会の護符よりよっぽど効果がある。
そこに「殺戮の守護天使」がいる可能性はゼロではないからだ。
「で、ファウラ姉さんが家出したって…… やっぱ、オヤジが強引すぎたんでしょ」
「いや、王家との関係がここで強くなる機会を失えるか? オマエはどうだ? できるか? 断れるか?」
「王家に嫁がせるとか姉さんには無理だって。俺は反対しましたけどね」
「ぬぅ…… だが、王子の婚約者になって、正室になれば――」
「姉さんの性格をよく考えてくださいよ。無理でしょ。普通に」
その性格は凶暴、兇悪。そして大雑把。
敵の殺戮と殲滅を愛し、敵の血の海の中で、哄笑するような存在なのだ。
もし、エンドールの家に生まれなければ武芸者になっていたか――
悪く考えれば、野盗の頭目にでもなっていたかもしれん女だ。
その姉が王子と婚約したのは半月前だった。
よく今まで我慢したなと俺は思う。
「今はそのことを、言っている場合ではない。カナタ」
「そうでうすね…… どうしますかね――」
俺にそっくりな姉は、凄まじい美貌を持っている。外見はすごい美人なのだ。
14歳くらいになるころから、結婚の申し込みが殺到していた。
姉のファウラは嫁に行くのを嫌がってはいなかった。
ただ、条件があった。
それは「自分を組み伏せるくらいに強い男であること」だった。
更に「イケメン」であることだ。姉はかなりのメンクイだ。
「イケメンの強い男に力で敵わず、組み伏せられ。そして無理やりに純潔を奪われたい―― 乱暴に激して欲しい。私を無茶苦茶にして欲しい――」
そんなことを俺に言ったこともある。なぜ俺に言うのか。
そんな稀有な乙女の夢を持った存在。難儀極まりない姉だった。
当然、そのような男はいなかった。
求婚者はとりあえず、姉と素手で戦い、勝つことが義務付けられた。
で、姉は容赦なく、求婚者を血の海に沈めていった。そろそろ30人を超えるかなという感じだった。
まだ死人は出ていないのが幸いだった。
手加減しているんだろうなぁ~ と俺は思っていた。
ただ、その我慢もいずれ限界にくるんじゃないかなと思っていた。
求婚者に死人が出る前に、なんとかならないかと思っていたわけだ。商売の上でも。
多分、オヤジもそれは、同じだろうと思う。
で、そんな姉のファウラにトンでもない話が飛び込んできた。
この国の第一王子からの求婚。正確には正妃候補としてだ。
大商人とはいっても「エンドール家」は平民だ。
しかも成り上がり者。
普通ではあれば、あり得ない話なのだが、姉の「剣の腕がたつ美少女」という評価がなぜか王室を動かしてしまった。
さすがに王子相手では殴り合いはできない。
それでも姉はそのときはOKしたのだ。
王子からの求婚を受け「婚約者」となってしまったのだった。
あの姉にも「お姫様」に憧れる心が少しはあったのだろう。
それに、王子は「イケメン」であるという評判が高かったのも理由かもしれない。
俺は、それでも全然信用していなかったけど……
「家出にはいつ気づいたんですか?」
俺はオヤジに訊いた。
「本当に、ちょっと前だ。すぐにオマエに相談せねばと思ったわけだ」
二代目としてそれだけ信頼されているというのはありがたいが、これは難題だ。
確かに、オヤジの顔色が変わるのも分かる。
「粉砕された部屋の壁に、血で書かれたメッセージがあってな己の拳を叩きつけて血で書いたのだろう。ファウラらしいが……」
「そうですか。なんて書いてあったんですか?」
「ああ『婚約は破棄する』『私より強い男に会いに行く』『敗北を知りたい』とあったな――」
ぐんにゃりした顔でオヤジは言った。
「追っ手の手配は?」
事情を理解した俺は対策がどうなっているか確認する。
オヤジのことだ、なにか動いてはいるはずだ。
まずは、姉を捕まえないと話にならない。
姉は兇悪で凶暴ではあるが、一応は人語を理解できる。すごいバカだけど。
しかも婚約も一度は納得したのだ。
話し合いが出来る一縷の望みを捨てるわけにはいかない。
「ワシの名で、商隊護衛者の中から腕の立つ者を向かわせている」
「手におえますかね。冒険者ギルドからSクラスを選抜して……」
「外部に話を漏らすリスクは犯したくない」
「そうかもしれませんが、姉が実力行使に出た場合、止められませんよ」
「それは分かっているが……」
まずは、姉の居場所をつきとめ、説得することだ。
正室候補が、婚約破棄で逃げましたなんてことになれば、「エンドール家」そのものが潰れる。
いくら大陸に広く、国を跨いで交易を行っているとはいっても、王権の庇護を失えばそれまでだ。
各種の交易に関する認可は、王家から得ているのだ。
交易商人は「エンドール家」だけじゃない。
「王国にはもちろん。商売敵に知られても不味いわけですか――」
俺はオヤジの情報漏れリスクに対する考えを察する。
それは分かるのだが……
「とにかく、冒険者ギルドに秘密保持を絶対に守らせ、最強に腕のたつ者を送り込まないとダメです 。機密が漏れた場合、ギルドを潰すくらいの覚悟が必要でしょう」
「そうは言ってもな…… 大規模な動きは漏らす気はなくとも、察する者が出てくる可能性がある。相手を出し抜くために動くのが商人だ」
「しかし、ここは何を優先すべきかではないですか? 姉をつれもどせば、情報の漏えいは意味をなさなくなります」
「時間的な問題もある―― 確かにそうかもしれん」
「お父さん」
「なんだ?」
「姉さんの後宮入りはいつの予定は確か…… 一週間後では?」
正室候補となった者は、後宮に入り正室になるための教育を受けることになる。
姉の後宮入りまでは、確か一週間ほどしかないはずだ。
「そうだな。正確には8日か――」
「8日であの、獰猛で凶暴で兇悪な姉の居場所を特定し説得する―― 厳しいですよ」
まず、あのモンスター以上の機動力と戦闘力を誇る姉をどう捕捉するかだ。
偽の野盗でも組織して誘き出す…… 時間が厳しいか……
俺は4個の案を頭に浮かべた。そして、その問題点を洗い出す。
どれも、かなり厳しい。8日という時間がネックだ。
そして、仮に捕まえられたとして「後宮に行きたくない」という意志をどう変えさせるのか?
その説得の時間だって必要だ。
(王室に姉以上の強さを持った存在がいるという噂を―― しかし、王室に対し説明の時間が、そもそもなぜか理由を問われる。そしてその存在を架空であると姉が知れば……)
いくつかの考えは浮かぶが、これという案がでない。
俺はオヤジを見た。
ガタイがでかく、肉体派のように見えるが、これでも頭は切れる。
でなければ、一代で大商人に成り上がるなどできるわけがない。
「お父さんは、何かありますか?」
オヤジは、言いにくそうに何かの言葉を口の中で転がしているような感じだった 。
そして「うーん」と言いながら天井を見あげ、意を決したようにして、キッと俺を見つめた。
「カナタ。オマエ、ファウラにそっくりだよな。本当に」
「まあ、双子の姉弟ですから」
それは、俺の数少ないコンプレックスだ。
死線をくぐり抜け、鍛え上げられた姉の方がむしろ精悍な雰囲気を持っているような気もしていた。
「髪も結構伸びているよな。女みたいに」
「切る暇がなかったものですから。忙しくて」
最近は、同時に動いている商隊の数は4ケタを超え、商船隊も膨大な数になっている。
その物動(ぶつどう)の情報を管理するのは俺の仕事でもある。
だから、本当に忙しくて、髪を切る暇がなかったのだ。
だから、よけいに姉そっくりになってしまっている。
「運がいい―― やはり、ワシは運がいいな……」
俺は、オヤジの言葉に危険が潜んでいるのではないかと確信に近い予感を持った
「オマエ、ファウラになってくれないか。時間をかせぐんだ。ファウラを連れ戻すまで、オマエが替え玉となってくれ!」
ほとんど予想通りの無茶苦茶な言葉が父の口から飛び出してきたのだった。
オヤジが声を震わせていた。
俺と同じ、シナバー色(オレンジがかった朱色)の髪を短く刈り込んだ頭を振る。
その眉間には深刻の度合いを示すかのように深いしわが刻まれている。
オヤジは一代で王国でも有数の大商人に成り上がった存在だ。
ユーロ・ドルエーンと言えば、生きながら伝説の域に入った大商人。
俺のオヤジだ。
そのオヤジがこんな深刻な顔をするのは初めて見たわけだ。
俺もちょっと当惑する。
「ダーレン行きの商船が海賊にも襲われました?」
「いや、全然」
「あ~、今日、王都に到着するはずの商隊が全滅したとか?」
「いや、午前中に到着を確認しておる」
「戦争でも起きたんですか?」
「儲けのチャンスだ。そんなことじゃない! まずい! 非常にまずいぞぉぉぉ!」
オヤジはイスから立ち上がる。
俺より頭ふたつはデカイ巨体。
まあ、俺は16歳だし、今はまだ成長の途上なのだ。
「そんなことで、ワシはオタオタせんわッ!」
「はぁ」
オヤジは、黒く大きな目玉をグリグリ動かし周囲を警戒する。
「カナタ…… いいか。落ちつけよ」
「はぁ」
「オマエの姉さん。ファウラだ。ファウラが家出した……」
絞り出すようかすれ声でオヤジは言った。
「そうですか。あり得そうな話ですね」
ファウラは、俺の双子の姉だ。
まあ、それはあるだろうなぁ~と俺は思っていた。
姉の外見は俺に良く似ている。二卵性とはいえ双子だ。
俺も小さいころは、女の子に間違えられた。まあ、今でも時々まちがえられる。
しかし、性格は真反対だ。
俺はオヤジの仕事を手伝っている。
いや、はっきり言って「ドルエーン商会」のかなりの部分の情報を俺は握り、管理している。
二代目としては、十分以上に成果を見せているわけだ。
で、姉のファウラは『数字を見て計算する毎日なんて死ぬ! 死んでしまうわぁぁ! ぎゃぁぁぁ! ぶち殺すぞぉぉ!! 死なすぅぅ!!』といって暴れるタイプだ。
そして、無茶苦茶強い。純粋な腕力でもオヤジですら敵わない。
そういう訳で、姉は10歳から交易商隊(キャラバン)の指揮を始めた。
最初は国内の安全なルート。
その内、街道の整備されてない、国内ルート。
でもって、16歳の今は危険極まりない国外の未開拓なルートまで行くようになっていた。
そもそも、商隊の遠征は、国内ですら死人がでてもおかしくない。
野盗や、モンスターなどに襲撃され、全滅なんて珍しくもない。
それを防ぐために、護衛隊がいるわけだ。
姉のファウラはそれに混じって、戦闘を繰り返していた。
何度も生死の狭間をくぐり抜けた歴戦の戦士といえる。
そもそも腕力が尋常なレベルじゃないのに、剣の腕までレベルアップ。
もはやパラメータはカンスト状態で、言ってみれば達人だ。
そして、ついたふたつ名が「虐殺守護天使」だ。
強烈な殺戮本能とパワーと技術で完ぺきに商隊を守りきる守護天使だ。
身長程もある鋼の大剣を振り回し、ひき肉を大量生産する。元野盗とかモンスターとかの。
「虐殺」はその戦いぶりを称した物だ。
彼女のふたつ名は、敬意と怖れの混じったものだった。
いつしか、姉がいると噂さされただけで商隊の安全は保障されるようになった。
「虐殺守護天使」の名が王国を越え大陸中に広まっていくのにそれほど時間はかからなかった 。
これは、商会にとって悪いことではなかった。
オヤジはさすが商売人で、目ざとく「虐殺守護天使」紋章を作らせ、大きな旗を作った。
それを商隊に持たせたのだ。
最初は姉のいる商隊だけ。そのうち、数を増やし、今やどの商隊でも「虐殺守護天使」の旗を立てて行くようになった。
他の交易商人に対し、大きなアドバンテージとなり、「エンドール商会」は更にでかくなった。
俺の仕事も増えたわけだ――
今は他の商人にも「虐殺守護天使の旗」を売っている。
野盗から見れば、その紋章を掲げる商隊は避けるようになる。
姉がいる可能性を100%否定できないからだ。
教会の護符よりよっぽど効果がある。
そこに「殺戮の守護天使」がいる可能性はゼロではないからだ。
「で、ファウラ姉さんが家出したって…… やっぱ、オヤジが強引すぎたんでしょ」
「いや、王家との関係がここで強くなる機会を失えるか? オマエはどうだ? できるか? 断れるか?」
「王家に嫁がせるとか姉さんには無理だって。俺は反対しましたけどね」
「ぬぅ…… だが、王子の婚約者になって、正室になれば――」
「姉さんの性格をよく考えてくださいよ。無理でしょ。普通に」
その性格は凶暴、兇悪。そして大雑把。
敵の殺戮と殲滅を愛し、敵の血の海の中で、哄笑するような存在なのだ。
もし、エンドールの家に生まれなければ武芸者になっていたか――
悪く考えれば、野盗の頭目にでもなっていたかもしれん女だ。
その姉が王子と婚約したのは半月前だった。
よく今まで我慢したなと俺は思う。
「今はそのことを、言っている場合ではない。カナタ」
「そうでうすね…… どうしますかね――」
俺にそっくりな姉は、凄まじい美貌を持っている。外見はすごい美人なのだ。
14歳くらいになるころから、結婚の申し込みが殺到していた。
姉のファウラは嫁に行くのを嫌がってはいなかった。
ただ、条件があった。
それは「自分を組み伏せるくらいに強い男であること」だった。
更に「イケメン」であることだ。姉はかなりのメンクイだ。
「イケメンの強い男に力で敵わず、組み伏せられ。そして無理やりに純潔を奪われたい―― 乱暴に激して欲しい。私を無茶苦茶にして欲しい――」
そんなことを俺に言ったこともある。なぜ俺に言うのか。
そんな稀有な乙女の夢を持った存在。難儀極まりない姉だった。
当然、そのような男はいなかった。
求婚者はとりあえず、姉と素手で戦い、勝つことが義務付けられた。
で、姉は容赦なく、求婚者を血の海に沈めていった。そろそろ30人を超えるかなという感じだった。
まだ死人は出ていないのが幸いだった。
手加減しているんだろうなぁ~ と俺は思っていた。
ただ、その我慢もいずれ限界にくるんじゃないかなと思っていた。
求婚者に死人が出る前に、なんとかならないかと思っていたわけだ。商売の上でも。
多分、オヤジもそれは、同じだろうと思う。
で、そんな姉のファウラにトンでもない話が飛び込んできた。
この国の第一王子からの求婚。正確には正妃候補としてだ。
大商人とはいっても「エンドール家」は平民だ。
しかも成り上がり者。
普通ではあれば、あり得ない話なのだが、姉の「剣の腕がたつ美少女」という評価がなぜか王室を動かしてしまった。
さすがに王子相手では殴り合いはできない。
それでも姉はそのときはOKしたのだ。
王子からの求婚を受け「婚約者」となってしまったのだった。
あの姉にも「お姫様」に憧れる心が少しはあったのだろう。
それに、王子は「イケメン」であるという評判が高かったのも理由かもしれない。
俺は、それでも全然信用していなかったけど……
「家出にはいつ気づいたんですか?」
俺はオヤジに訊いた。
「本当に、ちょっと前だ。すぐにオマエに相談せねばと思ったわけだ」
二代目としてそれだけ信頼されているというのはありがたいが、これは難題だ。
確かに、オヤジの顔色が変わるのも分かる。
「粉砕された部屋の壁に、血で書かれたメッセージがあってな己の拳を叩きつけて血で書いたのだろう。ファウラらしいが……」
「そうですか。なんて書いてあったんですか?」
「ああ『婚約は破棄する』『私より強い男に会いに行く』『敗北を知りたい』とあったな――」
ぐんにゃりした顔でオヤジは言った。
「追っ手の手配は?」
事情を理解した俺は対策がどうなっているか確認する。
オヤジのことだ、なにか動いてはいるはずだ。
まずは、姉を捕まえないと話にならない。
姉は兇悪で凶暴ではあるが、一応は人語を理解できる。すごいバカだけど。
しかも婚約も一度は納得したのだ。
話し合いが出来る一縷の望みを捨てるわけにはいかない。
「ワシの名で、商隊護衛者の中から腕の立つ者を向かわせている」
「手におえますかね。冒険者ギルドからSクラスを選抜して……」
「外部に話を漏らすリスクは犯したくない」
「そうかもしれませんが、姉が実力行使に出た場合、止められませんよ」
「それは分かっているが……」
まずは、姉の居場所をつきとめ、説得することだ。
正室候補が、婚約破棄で逃げましたなんてことになれば、「エンドール家」そのものが潰れる。
いくら大陸に広く、国を跨いで交易を行っているとはいっても、王権の庇護を失えばそれまでだ。
各種の交易に関する認可は、王家から得ているのだ。
交易商人は「エンドール家」だけじゃない。
「王国にはもちろん。商売敵に知られても不味いわけですか――」
俺はオヤジの情報漏れリスクに対する考えを察する。
それは分かるのだが……
「とにかく、冒険者ギルドに秘密保持を絶対に守らせ、最強に腕のたつ者を送り込まないとダメです 。機密が漏れた場合、ギルドを潰すくらいの覚悟が必要でしょう」
「そうは言ってもな…… 大規模な動きは漏らす気はなくとも、察する者が出てくる可能性がある。相手を出し抜くために動くのが商人だ」
「しかし、ここは何を優先すべきかではないですか? 姉をつれもどせば、情報の漏えいは意味をなさなくなります」
「時間的な問題もある―― 確かにそうかもしれん」
「お父さん」
「なんだ?」
「姉さんの後宮入りはいつの予定は確か…… 一週間後では?」
正室候補となった者は、後宮に入り正室になるための教育を受けることになる。
姉の後宮入りまでは、確か一週間ほどしかないはずだ。
「そうだな。正確には8日か――」
「8日であの、獰猛で凶暴で兇悪な姉の居場所を特定し説得する―― 厳しいですよ」
まず、あのモンスター以上の機動力と戦闘力を誇る姉をどう捕捉するかだ。
偽の野盗でも組織して誘き出す…… 時間が厳しいか……
俺は4個の案を頭に浮かべた。そして、その問題点を洗い出す。
どれも、かなり厳しい。8日という時間がネックだ。
そして、仮に捕まえられたとして「後宮に行きたくない」という意志をどう変えさせるのか?
その説得の時間だって必要だ。
(王室に姉以上の強さを持った存在がいるという噂を―― しかし、王室に対し説明の時間が、そもそもなぜか理由を問われる。そしてその存在を架空であると姉が知れば……)
いくつかの考えは浮かぶが、これという案がでない。
俺はオヤジを見た。
ガタイがでかく、肉体派のように見えるが、これでも頭は切れる。
でなければ、一代で大商人に成り上がるなどできるわけがない。
「お父さんは、何かありますか?」
オヤジは、言いにくそうに何かの言葉を口の中で転がしているような感じだった 。
そして「うーん」と言いながら天井を見あげ、意を決したようにして、キッと俺を見つめた。
「カナタ。オマエ、ファウラにそっくりだよな。本当に」
「まあ、双子の姉弟ですから」
それは、俺の数少ないコンプレックスだ。
死線をくぐり抜け、鍛え上げられた姉の方がむしろ精悍な雰囲気を持っているような気もしていた。
「髪も結構伸びているよな。女みたいに」
「切る暇がなかったものですから。忙しくて」
最近は、同時に動いている商隊の数は4ケタを超え、商船隊も膨大な数になっている。
その物動(ぶつどう)の情報を管理するのは俺の仕事でもある。
だから、本当に忙しくて、髪を切る暇がなかったのだ。
だから、よけいに姉そっくりになってしまっている。
「運がいい―― やはり、ワシは運がいいな……」
俺は、オヤジの言葉に危険が潜んでいるのではないかと確信に近い予感を持った
「オマエ、ファウラになってくれないか。時間をかせぐんだ。ファウラを連れ戻すまで、オマエが替え玉となってくれ!」
ほとんど予想通りの無茶苦茶な言葉が父の口から飛び出してきたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。
灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。
彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。
タイトル通りのおっさんコメディーです。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。
織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。
父であるアーヴェント大公に疎まれている――
噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
婚約者の幼馴染?それが何か?
仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた
「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」
目の前にいる私の事はガン無視である
「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」
リカルドにそう言われたマリサは
「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」
ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・
「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」
「そんな!リカルド酷い!」
マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している
この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ
タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」
「まってくれタバサ!誤解なんだ」
リカルドを置いて、タバサは席を立った
後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます
なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。
だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。
……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。
これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。
夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる