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その31:宿屋にて
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アバロウニは言われたとおり、街を歩く。
陽が落ちきる前に宿屋にたどり着きたかった。
薄暗くなった空は、青から群青に近い色になっていた。
「広い道だ……」
アバロウニは未知を歩き呟く。
知っているどんな街よりも道が広く、きれいだった。
路肩にはゴミも雑草もなく、きちんと整備されていた。
「あ、ここが『バタタタ亭?』」
アバロウニは看板を確認した。
間違いはなさそうだった。
(本当に大きな店だ――)
言われたとおり、大きな店だ。一階は確かに食堂になっている。
美味しそうな匂い――
空腹の腹に沁みてくるような匂いが、あたりに漂っている。
ぐぅぅ~っとアバロウニの腹が鳴った。
なにかのガルムだろうか?
それで煮込んだ料理の匂いだ。
口の中に唾液が溢れ出てくる。
(何か食べよう――)
アバロウニは小金貨を握り締めた。
お金はある。多分、十分以上に。
「おいおい、お嬢さん、店の前に立っていて入って来るのかい? どうするんだい?」
店の人――中年の女性――に注意されたアバロウニは「すいません」と頭を下げると店に入った。
中はさほど混んでいなかた、席は結構空いていた。
アバロウニは、席に着く。
店員が寄ってきた。
「何にするかね? お勧めは鴨肉のシチューだよ。どうだい?」
「あ…… ではそれで」
「パンは付けるかい?」
「はい」
肉や野菜を煮込んだり、炒める匂いが薄暗くなっている店の中満ちている。
しばらく待つと料理が出てきた。
「はいよ」
食事に関しては、貴族の奴隷だったときには、それなりの物を食べていたと思う。
ただ、その食事を美味しいとも楽しいとも感じたことはなかった。
ただ、命を維持するため、空腹を埋めるために食事していたにすぎなかった。
でも、今、この食事にはそれとは違った温かさがあった。
スプーンでスープをすくって、口にいれる。
流れ込んでくる圧倒的な味覚。
鴨肉といわれたが、あっさりとしながら蕩けるような甘さが口の中に広がっていく。
(信じられない。こんな美味しいもの……)
料理の味については、想像を遥かに超え、パンもまるで唇だけでちぎれるほどに柔らかかった。
「おいおい、そんな急いで食べなくとも誰もとりゃしないぜ」
「あッ……」
店の者に言われ、赤面するアバロウニ。
ゆっくりと味わうように食べた。
そして、お金を払おうと席を立った。
「あの、幾らですか?」
「あ? いいんだよ。金なんて持ってないだろ」
「え?」
「その成りじゃ、金なんてないだろ、腹を空かして店の前にたっていたんだろうさ。いいよ、今回は」
店の人はアバロウニが金もなく、腹を空かして店の前にいたと思ったのだ。
「でも、おばさん……」
「ああ―― いいんだよ。今はそんな忙しくないしね」
「いえ、お金はありますから。払います」
「はぁ? あるのかい……」
といってアバロウニのことを見つめる。
確かに美しい顔立ちをしているが、着ている物は滅多に見ないほど粗末なものだ。
どうみても、金を持っているとは思えない。
「これを……」
アバロウニは小金貨を出した。
「あああああ!! グ、グオルド金貨じゃないか!」
アバロウニは迂闊だったことを思った。
金貨はあまりに高価すぎた。普通の飯屋の支払いでこれを出せば「何者なのか」と騒動になりかねなかった。
「これは…… 仕事の、仕事で…… それで貰ったものです」
言い訳はこの程度しか思いつかなかった。
「あ~あ、そうか…… うんうん、仕事ね…… そう言えば、アンタ凄くきれいな顔している」
「傭兵団にいて、それで、仕事が終わって…… 貯めたお金で……」
「分った、分った。まあ、世の中いろいろな仕事もあるし、事情もあるだろうさ」
店の女店主?は、ひとりで納得すると、アバロウニにおつりを渡した。
料理は、銅貨で五〇枚――五〇カパルだった。
シルバル銀貨で半分ほどの値段だった。
アバロウニは、銀貨九枚と、銅貨五〇枚を受け取る。
「あの……」
「ここは宿屋もやっているんですよね」
「ああ、そうだよ」
「泊まりたんですけど」
「ああ、いいよ、朝食付きで銀貨一枚と銅貨二〇枚だ」
「はい」
アバロウニは手の中に残りの硬貨を持った。溢れそうだ。
困った。金貨一枚なら手の中で持っていればよかったけど、硬貨が増えるともちきれない。
「あ―― 財布も持ってナイのかい? いいよ。ほらこれでどうだい」
店の女主人は、巾着袋をくれた。
「あの、お幾らですか?」
「いいよ、使い古しの物だ。サービスと思ってくれればいいよ」
アバロウニに、物を渡すと女主人はニッコリと笑った。
善人であることを隠そうともしない、清々しいほどに親切な人だった。
「あ、ありがとうございます」
「身体を洗う水や、お湯は別料金だから、必要なら後で言ってもいいし、今言ってもいい」
「はい」
アバロウニは返事をすると、鍵を受け取り、宿屋の階段を上がって言った。
陽が落ちきる前に宿屋にたどり着きたかった。
薄暗くなった空は、青から群青に近い色になっていた。
「広い道だ……」
アバロウニは未知を歩き呟く。
知っているどんな街よりも道が広く、きれいだった。
路肩にはゴミも雑草もなく、きちんと整備されていた。
「あ、ここが『バタタタ亭?』」
アバロウニは看板を確認した。
間違いはなさそうだった。
(本当に大きな店だ――)
言われたとおり、大きな店だ。一階は確かに食堂になっている。
美味しそうな匂い――
空腹の腹に沁みてくるような匂いが、あたりに漂っている。
ぐぅぅ~っとアバロウニの腹が鳴った。
なにかのガルムだろうか?
それで煮込んだ料理の匂いだ。
口の中に唾液が溢れ出てくる。
(何か食べよう――)
アバロウニは小金貨を握り締めた。
お金はある。多分、十分以上に。
「おいおい、お嬢さん、店の前に立っていて入って来るのかい? どうするんだい?」
店の人――中年の女性――に注意されたアバロウニは「すいません」と頭を下げると店に入った。
中はさほど混んでいなかた、席は結構空いていた。
アバロウニは、席に着く。
店員が寄ってきた。
「何にするかね? お勧めは鴨肉のシチューだよ。どうだい?」
「あ…… ではそれで」
「パンは付けるかい?」
「はい」
肉や野菜を煮込んだり、炒める匂いが薄暗くなっている店の中満ちている。
しばらく待つと料理が出てきた。
「はいよ」
食事に関しては、貴族の奴隷だったときには、それなりの物を食べていたと思う。
ただ、その食事を美味しいとも楽しいとも感じたことはなかった。
ただ、命を維持するため、空腹を埋めるために食事していたにすぎなかった。
でも、今、この食事にはそれとは違った温かさがあった。
スプーンでスープをすくって、口にいれる。
流れ込んでくる圧倒的な味覚。
鴨肉といわれたが、あっさりとしながら蕩けるような甘さが口の中に広がっていく。
(信じられない。こんな美味しいもの……)
料理の味については、想像を遥かに超え、パンもまるで唇だけでちぎれるほどに柔らかかった。
「おいおい、そんな急いで食べなくとも誰もとりゃしないぜ」
「あッ……」
店の者に言われ、赤面するアバロウニ。
ゆっくりと味わうように食べた。
そして、お金を払おうと席を立った。
「あの、幾らですか?」
「あ? いいんだよ。金なんて持ってないだろ」
「え?」
「その成りじゃ、金なんてないだろ、腹を空かして店の前にたっていたんだろうさ。いいよ、今回は」
店の人はアバロウニが金もなく、腹を空かして店の前にいたと思ったのだ。
「でも、おばさん……」
「ああ―― いいんだよ。今はそんな忙しくないしね」
「いえ、お金はありますから。払います」
「はぁ? あるのかい……」
といってアバロウニのことを見つめる。
確かに美しい顔立ちをしているが、着ている物は滅多に見ないほど粗末なものだ。
どうみても、金を持っているとは思えない。
「これを……」
アバロウニは小金貨を出した。
「あああああ!! グ、グオルド金貨じゃないか!」
アバロウニは迂闊だったことを思った。
金貨はあまりに高価すぎた。普通の飯屋の支払いでこれを出せば「何者なのか」と騒動になりかねなかった。
「これは…… 仕事の、仕事で…… それで貰ったものです」
言い訳はこの程度しか思いつかなかった。
「あ~あ、そうか…… うんうん、仕事ね…… そう言えば、アンタ凄くきれいな顔している」
「傭兵団にいて、それで、仕事が終わって…… 貯めたお金で……」
「分った、分った。まあ、世の中いろいろな仕事もあるし、事情もあるだろうさ」
店の女店主?は、ひとりで納得すると、アバロウニにおつりを渡した。
料理は、銅貨で五〇枚――五〇カパルだった。
シルバル銀貨で半分ほどの値段だった。
アバロウニは、銀貨九枚と、銅貨五〇枚を受け取る。
「あの……」
「ここは宿屋もやっているんですよね」
「ああ、そうだよ」
「泊まりたんですけど」
「ああ、いいよ、朝食付きで銀貨一枚と銅貨二〇枚だ」
「はい」
アバロウニは手の中に残りの硬貨を持った。溢れそうだ。
困った。金貨一枚なら手の中で持っていればよかったけど、硬貨が増えるともちきれない。
「あ―― 財布も持ってナイのかい? いいよ。ほらこれでどうだい」
店の女主人は、巾着袋をくれた。
「あの、お幾らですか?」
「いいよ、使い古しの物だ。サービスと思ってくれればいいよ」
アバロウニに、物を渡すと女主人はニッコリと笑った。
善人であることを隠そうともしない、清々しいほどに親切な人だった。
「あ、ありがとうございます」
「身体を洗う水や、お湯は別料金だから、必要なら後で言ってもいいし、今言ってもいい」
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