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その17:東京空襲! 小笠原沖海戦 1
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「陸軍の爆撃機を空母に載せるかよ……」
海軍総司令官アーネスト・キング提督は傲岸不遜を絵に描いて額縁に入れたような態度で言い放った。
部下であるフランシス・ロウ大佐の提案を受けての言葉であった。
不機嫌そうな顔はデフォルトだ。
優秀であるが、その態度で敵を量産しまくると評判の男だった。
ただ、本人はそんなことは意に介さない。その有能さは人格の問題を補って余りあったのだ。
キング提督と陸軍航空軍司令官のヘンリー・アーノルド中将は、大統領から命じられていた。
早々に、日本を空爆し、沮喪(そそう)した士気を回復せよと。
言うのは簡単だった。
自他ともに認める日本人嫌いのキング提督である。爆撃できるものならしたい。
しかしだ――
日本は、太平洋の遥か端っこなのだ。
しかも、太平洋の西側は、ほぼ日本の勢力下になっている。空母を使用しての空爆も現実的はなかった。
日本の哨戒ラインは本土から500海里付近と考えられていた。
とてもではないが、現用の艦上機では空爆できるものではなかった。
そこで、ロウ大佐は陸軍の双発爆撃を使用することを思いついた。
空母に陸軍の中型双発爆撃機を搭載。その航続距離を生かし、日本の哨戒圏外から発艦、そして中国大陸に着陸するという青写真だった。
「中々、面白い発案ではあるな」
「空母艦上機の訓練を見て思いつ生きました」
「訓練?」
「はい、陸上で空母の飛行板を想定した訓練をしているのを見ました。あれができるならば――」
彼は陸上で驚くほど短い距離で離陸する訓練をみて、今回のプランを思いついたのだ。
「陸軍の双発機でも可能か?」
「はい、キング司令」
この発案は直ちに、実現に向け動き出した。
冷静に考えれば、決死的な作戦だ。
敵本土直近まで、空母で接近。そこから、パンパンに燃料を積んだ可燃物と化した爆撃機で日本を空襲。
中国大陸に着陸するというのものだ。
しかも夜間爆撃が予定され、航法は至難を極める。
空母1隻に詰める双発機の爆弾で、どの程度のダメージを与えられるのか?
純粋な軍事作戦として見た場合、リスクに比べ、期待できる成果が小さすぎるように見えた。
(ルーズベルトの政治的パフォーマンスだな)
キング提督は内心冷めた気持ちで、この提案を聞いた。
しかしだ、政治的であろうがなんであろうが、その時点の米国には勝利が必要だった。
とくに、海軍にとっては。
日本軍に対し、消極的な防御を取っていく方針が決まっている。
連合国としてはドイツ優先なのだ。
キング提督はこれに猛反対している。
イギリスの依存心の高さには辟易する。奴らは物乞いだ。
アメリカにとっては、太平洋を挟んだ日本の脅威の方が高いのだ。
いや、邪魔だと言っていいだろう。黄色い猿どもめ。
「なるほどな…… この件は俺とダンカンで詰めておこう――」
キング提督はロウ大佐の提案を受け、航空参謀のドナルド・ダンカンと作戦計画をまとめていく。
そして、陸軍航空軍司令官のヘンリー・アーノルド中将に提出された。
この無謀とも思える作戦計画を遂行できる人材がいるのか?
いた。
陸軍には恐るべき逸材が存在した。
その男は、作戦計画の素案を聞いただけで「B-25が最適ですね」と断言した。
ジミー・ドゥーリトル中佐だった。
研究者を思わせる理知的な目をもった男であった。
事実彼は、学者であった。
MITで航空工学博士号を授与された研究者としての側面を持ち、そして冒険飛行家でもあった。
アメリカ大陸横断24時間以内、12時間以内の両方を初めて達成した男だった。
更に、スピード競技の数々の優勝。操縦席を外側にした宙返りを世界で初めて行った男もである。
まさに、航空機を飛ばすために生まれてきたような男だった。
彼以外にこの決死的作戦を任せられる男はいなかった。
◇◇◇◇◇◇
フロリダ州エグリン飛行場では150メートルの滑走路でB-25の離陸訓練が行われた。
向かい風に向かって、ぶっとい胴体のB-25がふわりと浮きあがる。
フラップを全開にして、無理やりな離陸だった。
なんの訓練であるのか?
実際に訓練している搭乗員たちも、その目的は知らされていなかった。
このような短距離離陸の訓練。そして夜間着陸の訓練。計器飛行の訓練が行われた。パイロットだけだった。他のクルーは別の場所で訓練している。訓練の時点で非常に危険を伴う物であったからだ。
この訓練の結果により、パイロットの適性が審査された。
そして25人の搭乗員から16人が選抜された。
その日の翌日、朝食の後であった。食堂であった。すでに人気は無い。彼らだけがそこにいた。
選抜されたメンバーに対し、ドゥーリトルはゆっくりと口を開いた。
「東京を爆撃する。B-25を空母に搭載し、発艦、東京爆撃後、中国に着陸する」
ヒューと誰かが口笛を吹いた。
声にならない、どよめきもあった。
「この任務は危険なものとなる――」
彼は言葉を続けながら、選ばれた若者を見つめた。
これは、彼らを無駄な死地に追いやる作戦ではないかとチラリと頭をよぎる。
いや、大丈夫だ。この作戦は大きな意味がある。勝算もある。
そのために、B-25を改造し、準備を行ってきたのだ。
B-25は離陸を楽にするために軽量化が必要だった。
しかし、攻撃には大量の燃料も必要だ。
燃料タンクが増設され、機銃が撤去される。
更に、最新のノルデン式爆撃照準器が取り外され、マークトゥエイン式爆撃照準器に変更される。
これは旧式なものであるが、低空での爆撃であれば精度はそん色のない物だった。
「辞退したい者がいれば、名乗り出てほしい。その件について、不利な処分を受けることは無いことを断言しておく」
誰も辞退などしなかった。
むしろ、選に漏れた者が、羨望の眼差しで、選ばれた者を見つめていた。
ドゥーリトルは、この作戦の意味。合衆国にとっての大きな意味を見出していた。
我々は叩かれて、叩かれっぱなしではない。
それを教えてやる必要があった。敵にも、そして味方にもだ。
日本人よ、俺たちがどこまで出来るか見せてやる……
「ドゥーリトル隊長」
「なんだ?」
「楽しそうであります」
「ああ、楽しいな。ジャップのケツを思い切りひっぱたいてくるんだ」
「いえ、隊長が…… 笑っています」
「私がかね?」
「はい」
ドゥーリトルの顔には抑え込んで溢れ出る笑みが浮かびあがっていた。
◇◇◇◇◇◇
第十六機動部隊。
空母ホーネット、エンタープライズを基幹とする機動部隊だ。
東京空襲のための16機のB-25はホーネットに露天係止されている。
爆弾には5個の勲章が縛り付けられ、落書きもされている。
勲章は日本からもらったものを叩き返して来いと言う持ち主の意向で爆弾に縛り付けられている。
その様子は、映画監督のジョン・フォードによって撮影されている。
ここまでの航路は順調だった。
明日には薄暮攻撃を行うため、発艦する。
「隊長…… ドゥーリトル隊長」
「なんだ?」
搭乗員の1人が真面目な顔で訊ねてきた。
「もし、日本に不時着したら…… 我々は?」
「それは、個々の判断に任せる、日本人とて一応は文明人だ」
嘘だった。自分たちの故郷を爆撃し、不時着し無事に済むわけがない。
彼自身は、不時着する事態になったら、どこかの軍事施設に激突するつもりだった。
その覚悟があった。
◇◇◇◇◇◇
「大和田通信所から、来たか!これ来たか!」
俺はその情報の書かれた紙を握りしめ言った。
4月10日だった。
「長官! 長官の読み通りですね、さすがです」
黒島先任参謀が言った。本当に驚いている。俺も驚きだよ。
つーか、すげぇ、ホッとした。
通信所では、敵空母の動向を電波諜報で探っている。2つの空母らしき艦隊と真珠湾の通信を傍受した。
西の方にどんどん進んでくる。東京に来るよこれ。間違いない。歴史は史実通り進んでいる。
「敵、艦上機の攻撃半径は600kmから650kmと思われます。こちらの哨戒圏は1000kmを超えます」
三和作戦参謀が言った。
「いや、奴らはその距離では発艦しない。片道攻撃だ」
「片道? 米軍がですか?」
「いや、正確には違うな、大陸だ。大陸に逃げる。それなら、こちらの哨戒圏ギリギリで攻撃してくる」
「まさか、それでも、航続距離が足りませんが」
米艦上機のスペックで考えればそれは正しい。正解だ。
「陸上機だ。航続距離の長い中型爆撃機を乗せてくる」
「まさか! 長官、そんなバカな」
宇垣参謀長が言った。そりゃ、歴史を知ってなきゃ信じられんよね。
「可能性だ。可能性の問題だ。どうだ? 発艦させるだけなら、陸攻でもいけるだろ? 三和作戦参謀」
彼は航空の専門家である。彼は一瞬考えて口を開いた。
「翔鶴以上の空母ならあるいは…… 不可能であるとはいえません」
「いや、そうでなく、ですね」
フンという感じで宇垣参謀長が口を開く。
「この前の、日記に東京空襲あるかもって書いたんですよ! 当たっちゃいましたよ!」
鉄仮面嬉しそうだった。
「とにかく、早期に叩く。こちらの哨戒圏に入り次第叩く。各基地と、第五航空戦隊にも情報を伝えるんだ」
俺は言った。
このまま、推移すれば、漁船改造の特設哨戒艇が空母を発見する。
小笠原付近には翔鶴、瑞鶴の2隻の航空母艦を主力とした第五航空戦隊が待機している。
一気に叩いてやる。
1000kmなら、陸攻は十分に攻撃圏内だ。
「哨戒だ! とにかく、哨戒を厳重にするように命じろ。そして、発見次第叩く。いいか敵を叩くんだ。生かして帰すな」
一瞬、大和で殴り込み賭けようかとも思ったが、止めた。無理だ。油ももったいないし。
俺の杞憂は晴れた。
いいぞ、来いよ、米空母よ、沈めてやる。
俺は、この作戦の成功を確信していた。
◇◇◇◇◇◇
「敵だと! こんなところに! クソ、ジャップが! 殺してやる。サル肉にしてやる!」
葉巻を噛みちぎり、吼えた。
まるで、ブルドックを擬人化させたような顔。
あだ名も「ブル」であった。つまり牡牛だ。
ウィリアム・ハルゼー中将。日本人を殺したくてたまらない提督だ。
「キル・ジャップス」が座右の銘であった。
彼はレーダからの報告で怒り狂っていた。
19kmの彼方に敵艦と思える光点を発見していた。
日本軍のものだろう。
まだ、こちらは発見されていない。
「くそぉぉ! 取り舵だ! この作戦が無ければ、殺してやるのにぃぃ!」
艦隊は進路を変更した。やがてレーダからの反応も消える。
ホッとしたのもつかの間だった。
今度は哨戒機からの通信だった。
「敵、日本の艦艇発見、こちらも発見された模様――」
「クソが! なんだとぉぉ! うじゃうじゃとジャップがいやがる。駆除するのが大変だぜぇ」
またしても艦隊は進路を変更した。まだまだ日本までは1000km以上離れている。
ここで見つかったら、作戦は失敗だ。
「敵発見! 監視艇です! 打電中です! 奴ら打電してます」
今度は完全に見つかった。
ハルゼーは計算する。彼は粗暴な言葉を使うが決して愚鈍な男ではない。
バカに税金を使って中将にするほど、合衆国は甘くないのだった。
「殺せ! まずは沈めろ! 葉っぱみてぇな、チンケなジャップの船を沈めるんだ」
ナッシュビルの砲撃が開始されるが、中々当たらない。
海面は荒れており、木の葉のように哨戒艇は揺れていた。
この哨戒艇はすでに日本に空母発見を打電していた。
第二十三日東丸。
武装は機銃だけ。
敵発見と同時に、死ぬ運命となっている任務に着いた者たちだ。
今のところ、一番の殊勲者といえた。このまま、その情報を日本が生かせたならば……
「くそが! 一隻じゃねぇ! ジャップどもめ!」
ナッシュビルが、米国の納税者を怒らせるくらいの命中率でやっと哨戒艇を仕留めた。
しかし、それで終わりではなかった。この海域に哨戒艇が集まりつつあった。
エンタープライズからは艦爆と戦闘機が発艦した。
ドーントレス艦爆とF4F戦闘機だ。
木造の特設監視艇にとっては12.7ミリ機銃ですら、当たれば致命傷になった。
次々と炎上する監視艇。しかし、通信は送られ続ける。
「出すんだ! ドゥーリトルを出すんだ」
「しかし、ここはまだ1000キロ以上……」
「かまわん! 出せ! 同時に反転する。この海域から離脱だ」
ハルゼーは、エンタープライズからホーネットに発光信号を送る。
神の加護を祈り、作戦の成功を祈る物だった。
「行くぞ!」
ドゥーリトルはB-25に乗り込む。
その様子を、映画監督であり海軍中佐であるジョン・フォードがフィルムに収めていく。
いきなりのエンジン全開だった。
風を斬る音の中に、ライト・サイクロンエンジンの轟音が響いた。
車輪止めが解除され、B-25はゆっくりと飛行甲板を移動する。
フラップを目いっぱい下げ、揚力を発生させる。
向かい風を受け、よろよろと頼りなげに進むB-25だった。
徐々に加速した機体は、ふわりと宙に浮いた。
東京爆撃作戦の開始であった。
海軍総司令官アーネスト・キング提督は傲岸不遜を絵に描いて額縁に入れたような態度で言い放った。
部下であるフランシス・ロウ大佐の提案を受けての言葉であった。
不機嫌そうな顔はデフォルトだ。
優秀であるが、その態度で敵を量産しまくると評判の男だった。
ただ、本人はそんなことは意に介さない。その有能さは人格の問題を補って余りあったのだ。
キング提督と陸軍航空軍司令官のヘンリー・アーノルド中将は、大統領から命じられていた。
早々に、日本を空爆し、沮喪(そそう)した士気を回復せよと。
言うのは簡単だった。
自他ともに認める日本人嫌いのキング提督である。爆撃できるものならしたい。
しかしだ――
日本は、太平洋の遥か端っこなのだ。
しかも、太平洋の西側は、ほぼ日本の勢力下になっている。空母を使用しての空爆も現実的はなかった。
日本の哨戒ラインは本土から500海里付近と考えられていた。
とてもではないが、現用の艦上機では空爆できるものではなかった。
そこで、ロウ大佐は陸軍の双発爆撃を使用することを思いついた。
空母に陸軍の中型双発爆撃機を搭載。その航続距離を生かし、日本の哨戒圏外から発艦、そして中国大陸に着陸するという青写真だった。
「中々、面白い発案ではあるな」
「空母艦上機の訓練を見て思いつ生きました」
「訓練?」
「はい、陸上で空母の飛行板を想定した訓練をしているのを見ました。あれができるならば――」
彼は陸上で驚くほど短い距離で離陸する訓練をみて、今回のプランを思いついたのだ。
「陸軍の双発機でも可能か?」
「はい、キング司令」
この発案は直ちに、実現に向け動き出した。
冷静に考えれば、決死的な作戦だ。
敵本土直近まで、空母で接近。そこから、パンパンに燃料を積んだ可燃物と化した爆撃機で日本を空襲。
中国大陸に着陸するというのものだ。
しかも夜間爆撃が予定され、航法は至難を極める。
空母1隻に詰める双発機の爆弾で、どの程度のダメージを与えられるのか?
純粋な軍事作戦として見た場合、リスクに比べ、期待できる成果が小さすぎるように見えた。
(ルーズベルトの政治的パフォーマンスだな)
キング提督は内心冷めた気持ちで、この提案を聞いた。
しかしだ、政治的であろうがなんであろうが、その時点の米国には勝利が必要だった。
とくに、海軍にとっては。
日本軍に対し、消極的な防御を取っていく方針が決まっている。
連合国としてはドイツ優先なのだ。
キング提督はこれに猛反対している。
イギリスの依存心の高さには辟易する。奴らは物乞いだ。
アメリカにとっては、太平洋を挟んだ日本の脅威の方が高いのだ。
いや、邪魔だと言っていいだろう。黄色い猿どもめ。
「なるほどな…… この件は俺とダンカンで詰めておこう――」
キング提督はロウ大佐の提案を受け、航空参謀のドナルド・ダンカンと作戦計画をまとめていく。
そして、陸軍航空軍司令官のヘンリー・アーノルド中将に提出された。
この無謀とも思える作戦計画を遂行できる人材がいるのか?
いた。
陸軍には恐るべき逸材が存在した。
その男は、作戦計画の素案を聞いただけで「B-25が最適ですね」と断言した。
ジミー・ドゥーリトル中佐だった。
研究者を思わせる理知的な目をもった男であった。
事実彼は、学者であった。
MITで航空工学博士号を授与された研究者としての側面を持ち、そして冒険飛行家でもあった。
アメリカ大陸横断24時間以内、12時間以内の両方を初めて達成した男だった。
更に、スピード競技の数々の優勝。操縦席を外側にした宙返りを世界で初めて行った男もである。
まさに、航空機を飛ばすために生まれてきたような男だった。
彼以外にこの決死的作戦を任せられる男はいなかった。
◇◇◇◇◇◇
フロリダ州エグリン飛行場では150メートルの滑走路でB-25の離陸訓練が行われた。
向かい風に向かって、ぶっとい胴体のB-25がふわりと浮きあがる。
フラップを全開にして、無理やりな離陸だった。
なんの訓練であるのか?
実際に訓練している搭乗員たちも、その目的は知らされていなかった。
このような短距離離陸の訓練。そして夜間着陸の訓練。計器飛行の訓練が行われた。パイロットだけだった。他のクルーは別の場所で訓練している。訓練の時点で非常に危険を伴う物であったからだ。
この訓練の結果により、パイロットの適性が審査された。
そして25人の搭乗員から16人が選抜された。
その日の翌日、朝食の後であった。食堂であった。すでに人気は無い。彼らだけがそこにいた。
選抜されたメンバーに対し、ドゥーリトルはゆっくりと口を開いた。
「東京を爆撃する。B-25を空母に搭載し、発艦、東京爆撃後、中国に着陸する」
ヒューと誰かが口笛を吹いた。
声にならない、どよめきもあった。
「この任務は危険なものとなる――」
彼は言葉を続けながら、選ばれた若者を見つめた。
これは、彼らを無駄な死地に追いやる作戦ではないかとチラリと頭をよぎる。
いや、大丈夫だ。この作戦は大きな意味がある。勝算もある。
そのために、B-25を改造し、準備を行ってきたのだ。
B-25は離陸を楽にするために軽量化が必要だった。
しかし、攻撃には大量の燃料も必要だ。
燃料タンクが増設され、機銃が撤去される。
更に、最新のノルデン式爆撃照準器が取り外され、マークトゥエイン式爆撃照準器に変更される。
これは旧式なものであるが、低空での爆撃であれば精度はそん色のない物だった。
「辞退したい者がいれば、名乗り出てほしい。その件について、不利な処分を受けることは無いことを断言しておく」
誰も辞退などしなかった。
むしろ、選に漏れた者が、羨望の眼差しで、選ばれた者を見つめていた。
ドゥーリトルは、この作戦の意味。合衆国にとっての大きな意味を見出していた。
我々は叩かれて、叩かれっぱなしではない。
それを教えてやる必要があった。敵にも、そして味方にもだ。
日本人よ、俺たちがどこまで出来るか見せてやる……
「ドゥーリトル隊長」
「なんだ?」
「楽しそうであります」
「ああ、楽しいな。ジャップのケツを思い切りひっぱたいてくるんだ」
「いえ、隊長が…… 笑っています」
「私がかね?」
「はい」
ドゥーリトルの顔には抑え込んで溢れ出る笑みが浮かびあがっていた。
◇◇◇◇◇◇
第十六機動部隊。
空母ホーネット、エンタープライズを基幹とする機動部隊だ。
東京空襲のための16機のB-25はホーネットに露天係止されている。
爆弾には5個の勲章が縛り付けられ、落書きもされている。
勲章は日本からもらったものを叩き返して来いと言う持ち主の意向で爆弾に縛り付けられている。
その様子は、映画監督のジョン・フォードによって撮影されている。
ここまでの航路は順調だった。
明日には薄暮攻撃を行うため、発艦する。
「隊長…… ドゥーリトル隊長」
「なんだ?」
搭乗員の1人が真面目な顔で訊ねてきた。
「もし、日本に不時着したら…… 我々は?」
「それは、個々の判断に任せる、日本人とて一応は文明人だ」
嘘だった。自分たちの故郷を爆撃し、不時着し無事に済むわけがない。
彼自身は、不時着する事態になったら、どこかの軍事施設に激突するつもりだった。
その覚悟があった。
◇◇◇◇◇◇
「大和田通信所から、来たか!これ来たか!」
俺はその情報の書かれた紙を握りしめ言った。
4月10日だった。
「長官! 長官の読み通りですね、さすがです」
黒島先任参謀が言った。本当に驚いている。俺も驚きだよ。
つーか、すげぇ、ホッとした。
通信所では、敵空母の動向を電波諜報で探っている。2つの空母らしき艦隊と真珠湾の通信を傍受した。
西の方にどんどん進んでくる。東京に来るよこれ。間違いない。歴史は史実通り進んでいる。
「敵、艦上機の攻撃半径は600kmから650kmと思われます。こちらの哨戒圏は1000kmを超えます」
三和作戦参謀が言った。
「いや、奴らはその距離では発艦しない。片道攻撃だ」
「片道? 米軍がですか?」
「いや、正確には違うな、大陸だ。大陸に逃げる。それなら、こちらの哨戒圏ギリギリで攻撃してくる」
「まさか、それでも、航続距離が足りませんが」
米艦上機のスペックで考えればそれは正しい。正解だ。
「陸上機だ。航続距離の長い中型爆撃機を乗せてくる」
「まさか! 長官、そんなバカな」
宇垣参謀長が言った。そりゃ、歴史を知ってなきゃ信じられんよね。
「可能性だ。可能性の問題だ。どうだ? 発艦させるだけなら、陸攻でもいけるだろ? 三和作戦参謀」
彼は航空の専門家である。彼は一瞬考えて口を開いた。
「翔鶴以上の空母ならあるいは…… 不可能であるとはいえません」
「いや、そうでなく、ですね」
フンという感じで宇垣参謀長が口を開く。
「この前の、日記に東京空襲あるかもって書いたんですよ! 当たっちゃいましたよ!」
鉄仮面嬉しそうだった。
「とにかく、早期に叩く。こちらの哨戒圏に入り次第叩く。各基地と、第五航空戦隊にも情報を伝えるんだ」
俺は言った。
このまま、推移すれば、漁船改造の特設哨戒艇が空母を発見する。
小笠原付近には翔鶴、瑞鶴の2隻の航空母艦を主力とした第五航空戦隊が待機している。
一気に叩いてやる。
1000kmなら、陸攻は十分に攻撃圏内だ。
「哨戒だ! とにかく、哨戒を厳重にするように命じろ。そして、発見次第叩く。いいか敵を叩くんだ。生かして帰すな」
一瞬、大和で殴り込み賭けようかとも思ったが、止めた。無理だ。油ももったいないし。
俺の杞憂は晴れた。
いいぞ、来いよ、米空母よ、沈めてやる。
俺は、この作戦の成功を確信していた。
◇◇◇◇◇◇
「敵だと! こんなところに! クソ、ジャップが! 殺してやる。サル肉にしてやる!」
葉巻を噛みちぎり、吼えた。
まるで、ブルドックを擬人化させたような顔。
あだ名も「ブル」であった。つまり牡牛だ。
ウィリアム・ハルゼー中将。日本人を殺したくてたまらない提督だ。
「キル・ジャップス」が座右の銘であった。
彼はレーダからの報告で怒り狂っていた。
19kmの彼方に敵艦と思える光点を発見していた。
日本軍のものだろう。
まだ、こちらは発見されていない。
「くそぉぉ! 取り舵だ! この作戦が無ければ、殺してやるのにぃぃ!」
艦隊は進路を変更した。やがてレーダからの反応も消える。
ホッとしたのもつかの間だった。
今度は哨戒機からの通信だった。
「敵、日本の艦艇発見、こちらも発見された模様――」
「クソが! なんだとぉぉ! うじゃうじゃとジャップがいやがる。駆除するのが大変だぜぇ」
またしても艦隊は進路を変更した。まだまだ日本までは1000km以上離れている。
ここで見つかったら、作戦は失敗だ。
「敵発見! 監視艇です! 打電中です! 奴ら打電してます」
今度は完全に見つかった。
ハルゼーは計算する。彼は粗暴な言葉を使うが決して愚鈍な男ではない。
バカに税金を使って中将にするほど、合衆国は甘くないのだった。
「殺せ! まずは沈めろ! 葉っぱみてぇな、チンケなジャップの船を沈めるんだ」
ナッシュビルの砲撃が開始されるが、中々当たらない。
海面は荒れており、木の葉のように哨戒艇は揺れていた。
この哨戒艇はすでに日本に空母発見を打電していた。
第二十三日東丸。
武装は機銃だけ。
敵発見と同時に、死ぬ運命となっている任務に着いた者たちだ。
今のところ、一番の殊勲者といえた。このまま、その情報を日本が生かせたならば……
「くそが! 一隻じゃねぇ! ジャップどもめ!」
ナッシュビルが、米国の納税者を怒らせるくらいの命中率でやっと哨戒艇を仕留めた。
しかし、それで終わりではなかった。この海域に哨戒艇が集まりつつあった。
エンタープライズからは艦爆と戦闘機が発艦した。
ドーントレス艦爆とF4F戦闘機だ。
木造の特設監視艇にとっては12.7ミリ機銃ですら、当たれば致命傷になった。
次々と炎上する監視艇。しかし、通信は送られ続ける。
「出すんだ! ドゥーリトルを出すんだ」
「しかし、ここはまだ1000キロ以上……」
「かまわん! 出せ! 同時に反転する。この海域から離脱だ」
ハルゼーは、エンタープライズからホーネットに発光信号を送る。
神の加護を祈り、作戦の成功を祈る物だった。
「行くぞ!」
ドゥーリトルはB-25に乗り込む。
その様子を、映画監督であり海軍中佐であるジョン・フォードがフィルムに収めていく。
いきなりのエンジン全開だった。
風を斬る音の中に、ライト・サイクロンエンジンの轟音が響いた。
車輪止めが解除され、B-25はゆっくりと飛行甲板を移動する。
フラップを目いっぱい下げ、揚力を発生させる。
向かい風を受け、よろよろと頼りなげに進むB-25だった。
徐々に加速した機体は、ふわりと宙に浮いた。
東京爆撃作戦の開始であった。
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戦線拡大が甚だしいですが、何卒!
防空戦艦大和 太平洋の嵐で舞え
みにみ
歴史・時代
航空主兵論と巨砲主義が対立する1938年。史上最大の46cm主砲と多数の対空火器を併せ持つ戦艦「大和」が建造された。矛盾を抱える艦は、開戦後の航空機による脅威に直面。その真価を問われる時が来る。
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