無職ニートの俺は気が付くと聯合艦隊司令長官になっていた

中七七三

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その59:血戦! ポートモレスビー その3

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『無敵だ帝国海軍! 南太平洋席巻! 米空母撃滅!』
『もはや敵なし! 大勝利! 米海軍殲滅せり!』
『ポートモレスビー陥落! 豪州占領へ進撃!』

 俺は次の新聞を手にとった。

『南太平洋の凱歌! 敵空母4隻撃沈!』

 どれもこれも、大勝利を大見出しにしている。まあ、嘘ではないが…… 嘘じゃないけど。
 手に取った新聞を放り投げる。
 椅子の背もたれに体をあずけ、グダーッと天井を見上げる。
 戦艦陸奥の長官私室は大和に比べると狭いが、それでも1人には広い。

「きゃははははは!! ポートモレスビーも占領! ラビも陥落! ニューギニア完全占領なのだ! 世界に広がる八紘一宇の輪なのだぁぁ!」

「女神様、絶叫しないで。うるさいから」

 長官私室には、人間は俺一人。後は女神様が一柱いるだけだ。

 女神様、今日は「大東亜共栄圏だ! お前ら占領してやる」と墨痕鮮やかに書かれたTシャツを着ている。
 文字の他には、世界地図が書かれている。オーストラリアや北米まで真っ赤に塗られている。
 それ、大東亜共栄圏の外側だから。
 
 元々の自分の世界から調達してきたのだろうか……
 まあ、どうでもいいけど。

「ムッ! 皇国臣民も喜んでおるのだ! 連日、提灯行列なのだぁ! 女神が大日本帝國の勝利を喜んで悪いのか?」

「まあ、悪くはないですけどね……」

 言っても無駄なので、俺は会話を打ち切る。

 確かに浮かれているのは女神様だけではない。
 全国各地で連日の提灯行列。
 そして、マスコミがそれを煽る。主催者発表15万人が参加するとか、どんな提灯行列だよ?
 戦意高揚というよりは、戦争が祭状態になって、日本全体が狂騒状態になっているような感じだ。
 
 俺は机の上の放り投げた新聞をチラ見した。紙面は勇ましい語句で埋め尽くされている。

「なんだこれ?」

 俺は新聞を手に取った。

--------------------------
 ――山本聯合艦隊司令長官は、今までの戦いを振り返り、次のように語っている。
『え? 米海軍は強いかですか? うーん、まあ強いと言えば強いのでしょう。しかし、聯合艦隊はそれ以上に強いということです。まあ、こうなることは開戦前から分かっていました。今後の戦の見込みですか? うーん。まあ、今の海軍に不足しているものが一つあります。それが心配の種ですね。え? なにかって。「敵空母」です。「敵空母」がなければ、戦果を上げることができませんからね。ルーズベルトには、どんどん空母を造って送り込んで欲しいものです』
 まさに、軍神である。我が帝国海軍を率いる男は神のごとき、智謀で大日本帝国を勝利に導くのだ。
--------------------------

「なんじゃこりゃぁぁぁ!!」

 俺は新聞を握りしめ、絶叫する。なんだこれ? 俺はこんなこと言った記憶などないのに。
 ねつ造か?
 くそ、俺はどこの新聞なのか見た。ここか……
 21世紀になってもねつ造を繰り返す新聞じゃねーか! 
 
「なんだ? どうしたのだ?」

 女神様はひょいと俺が握りしめている新聞を覗きこんだ。
 顔をしかめ、見るのを止める。

「字がいっぱいでめんどくさいのだ! どうでもいい! とにかく勝てばいいのだ!」

「なんで…… こんなインタビュー記事が載ってるんだ…… くそがぁ……」

 新聞の程度の低さに俺は全身をプルプルと震わせていた。

 確かに、作戦は成功したよ。
 ポートモレスビーはなぜか、敵が撤退していた。
 ほとんど無血占領だ。ラビも同じだ。

 でも、このために、どんだけ損害を食らったと思っているんだ?
 第一航空艦隊の正規空母6隻。
 蒼龍が沈んで、加賀、翔鶴、飛龍が損傷している。
 瑞鶴、赤城は無事だが、作戦行動をとれるレベルにない。

 今、こちらが動かせる空母は4隻。
 龍驤、瑞凰、祥凰、隼鷹だ。
 軽空母3隻に商船改造空母1隻だ。

 更に痛いのは、航空隊の損耗だ。
 機体は戦闘以外の事故損耗を含め、250機以上の損失。
 搭乗員も200人以上が死傷している。
 つまり、空母の航空戦力は半分にすり減ったということだ。
 たった1回の海戦でだ。

 当初は、敵の空母を3隻沈めているという情報だったが、その後の情報解析で、1隻は生きのこっている可能性が出てきている。
 それも、欺瞞かもしれないので即断はできないが。

 つぎ込んだ戦力を考えると、ギリギリの勝利だ。楽勝なんてもんじゃない。
 俺は思い切り息を吸い込む。湿った空気が肺の中に流れ込んでくるのが分かった。
 すこし頭が冷えてきた気がした。

「とにかく、時間は稼げたということか……」

 被害は大きかった。そもそも、米海軍と真正面から戦って無傷でいられるというのは虫のいい想定だ。
 それよりも、ニューギニアを確保できそうなのは、こっちにとって大きな一歩だ。

 ポートモレスビーとラビに航空基地を作り上げれば、制空権も確保できるし、補給ラインの維持も問題ないはずだ。
 俺は、壁にかけてある南太平洋方面の地図を見やった。

 ニューギニアを防波堤にして、連合国の進撃を遅らせる。
 そして、史実以上に戦力を残し、欧州戦線が終結し、米ソ対立が表面化するまで粘る。
 そこで、なんとか戦争を終わらせるしかないと思っている。
 この想定でも、クリアしなければならないハードルは多い。

 俺はゴミと化した新聞紙を一瞥する。

「戦争終わらせる最大の障壁は、内側にあるのかもしれんなぁ……」

 声にならないような声で小さくつぶやいた。

「ん? なにか言ったのか?」

「いえ、なんでもないです」

「ん、そうか」

 ドアをノックする音が響いた。
 俺が言うまでもなく、女神様はシュッと光の玉となり、俺の体の中に消えていった。

「入れ」

 俺は言った。

「失礼します! 長官!」
 
 ビシッと海軍式の敬礼をして渡辺参謀が入ってきた。
 見栄えのする長身の男だ。

「どうしたんだ?」

「ポートモレスビーが砲撃を受けております。艦砲射撃ではありません。陸上からの砲撃です」

 その唐突な知らせは、また俺を混乱の中に叩き落したのだった。

        ◇◇◇◇◇◇

 オーストラリアの首都キャンベラ。
 人工的につくられた都市にある首相官邸で、ジョン・カーティン首相は閣僚たちを前に渋面を作っていた。
 彼は手にした書類を無造作にテーブルの上に投げた。
 
 状況は彼らにとって、あまり良いとは言えなかった。
 本土の表玄関ともいえるポートモレスビーに日本軍が上陸。
 アメリカ海軍の空母部隊は損害を受け撤退している。

 それは、この珊瑚海で、日本海軍に対抗できる戦力を完全に喪失していることを意味していた。

 カンガルーは前進しかできない。後退はしない。
 その意味を込めカンガルーの旗を象徴とするオーストラリア海軍。
 決して、弱いわけではないが、現時点で世界最強となっている日本海軍を相手にできるものではなかった。
 すでに、主だった艦艇は、南の方に移動している。

「アメリカは本気なのか?」

 カーティン首相は口を開いた。
 アメリカからの支援物資の輸送が計画値を下回っている。
 これは、日本海軍の攻撃によるものではなかった。
 アメリカ側が、支援物資の一部を、ニューギニア方面に流しているからだ。

 オーストラリア政府は、すでにニューギニアの放棄を決定している。
 無駄な抵抗を行い消耗するより、本土内線の防衛ラインを構築することを優先していた。
 アメリカもそれに賛同し、支援物資を送り込んできている。

「流れている物資は、微々たるものですが」

 閣僚の1人が発言した。
 確かに、それは全体の5%もいかない量だ。ただ母数が大きいので微々たる量かどうかは、主観次第だ。

「その微々たる物資であの日本軍が止まるのか? アメリカは何をしたいんだ?」

 カーティン首相にとって、オーストラリア防衛が最優先事項だ。
 強大な日本軍に対し、ニューギニアで消耗した場合、本土防衛が不可能となる可能性もあった。

「アメリカ側は、偵察大隊レベルの派兵を求めていますが―― それで奴らの足を止めることができるなら、やってみる価値はあるでしょう」

「その程度の戦力なら出せなくもないがな……」

 カーティン首相はそう言いながらも、少数兵力の派遣には消極的だった。
 これが戦力の分散逐次投入の第一歩になったら、救いようがない。

「今の我々には取れる手段は多くありません。今後の本土防衛を考えても、アメリカとの協調は必須です」

 別の閣僚が発言した。
 
 イギリス本国は自分たちで手いっぱいだ。むしろ、こちらから陸上兵力を派遣して支援しているくらいだ。
 すでにシンガポールは陥落し、オーストラリアを支援するような力はない。
 今のオーストラリアにとって最重要な同盟国はアメリカだった。

「本土防衛のための時間をかせぐ…… ニューギニアに日本軍を釘付けにするか……」

 カーティン首相は放り投げた書類を再び手に取った。

「やってみる価値はあるのかもしれないな」

 彼は妙に冷めた声でそう呟いたのだった。

        ◇◇◇◇◇◇

 轟音とともに、爆風と土煙。そして弾片が飛び散る。

 武藤伍長はタコツボに籠って、ブルブルと震える地面から砲弾の大きさを類推する。

(こりゃ、15センチ以上の重砲か……)
 
 この背筋が凍りつき、頭がおかしくなりそうな轟音は普通の野砲ではなかった。
 重砲の砲撃であることは間違いなかった。
 ヒュルヒュルと風を切る音が聞こえてきた気がした。
 続けて、連続する着弾の爆音。
 
 15センチ以上の榴弾であれば、その被害半径は70メートル以上。
 直撃ではなくとも、至近弾で戦車すら撃破する破壊力がある。
 陸上砲撃としては最大級。通常の野砲の砲撃とは別次元の攻撃だ。

 砲弾は飛行場周辺に正確に着弾していた。
 攻撃は、海軍の空母部隊の撤退の日から始まっていた。
 ポートモレスビーはもぬけの空であった。
 しかし、自分たちを歓迎したのは、敵兵ではなく、大量のブービートラップだった。

 大陸で国民党、共産党軍と戦ってきた武藤伍長は、そういったトラップをよく知っていた。
 卑怯、卑劣な手段であると思っている。
 アメリカもまたその手段を使ってきたのだ。

 市街地の家屋の中には、ドアを開けただけで「ドカン」とくる仕掛けがされたものがあった。
 1回爆発すれ十分だった。それで、こっちは、常に仕掛けに対する警戒が必要となった。
 これは、神経的にこちらを消耗させるものだった。

 そして、中には巧妙に、こちらの警戒をかいくぐる様な仕掛けがあった。
 被害は完全には止まらない。 

 そして、砲撃だ。
 当初は艦砲射撃ではないかと思われた砲撃であったが、それは陸上からのものであることが分かった。
 敵はポートモレスビーより内陸部に重砲を配備していたのだ。
 やっかいな海軍がいなくなったころを見計らって、一斉に砲撃を開始してきた。
 そのため、飛行場の航空機運用が完全に阻害されていた。
 ポートモレスビーという地面は押さえた、そこから一歩も動けないというのが、今の状態だ。

 基地航空隊が連日、爆撃を行っているが、そもそも、砲撃している敵の正確な場所がよくわからないらしい。
 司令部では、挺身隊を編成し、ジャングルに進出させているが、結果はよくないようだ。

 ひときわ強烈な爆音と振動が、武藤伍長の思考を遮る。
 
(クソが!)

 彼は三八式歩兵銃を抱え込むようにして、その恐怖に耐える。
 新兵の中には、この砲撃で神経をやられた者が出始めていた。
 圧倒的な鉄と火薬の暴力は、精神力でどうにかできるものではなかった。
 
 密林に重砲の砲撃音が響く。
 それは、巨人の拳が大地を叩いているかのようであった。
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