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その76:物量チートの反撃開始?

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 8月の呉は暑い。つーか、鉄板に包まれた戦艦の中は暑い。
 扇風機は回っているので、なんとか我慢できる。

 俺は戦艦陸奥の聯合艦隊司令長官、私室にいるわけだ。

 女神様も出てきて、椅子に座っている。
 
「髪切ったんですか?」

「うむ、暑いので切ったのだ」

 あの唯一といっていい、古代の女神らしさを示していた長い髪がバッサリきられていた。
 ショートカットになっている。
 頭の中身に反比例し外側は抜群なので、見た目が超美女であることは変わらなかった。
 
「簡単に髪を切りますね……」

 簡単に、キャラとしての記号というか、特徴を捨て去る。
 どうなのかと俺は思う。

「また伸びるのだ。そもそも女神は後ろ髪が無いものなのだ! パーマネントはやらぬのだ!」

 胸を張って答える女神。
 ギャグなのか、本気なのか全然分からん。

 なぜか、今日のTシャツは陸軍バージョンだった。
 血の滴る銃剣を構えた日本兵が、日の丸をバックに立っている絵のやつ。
 意外にカッコいい。
 どこで、そんなの買ってくるんだろう?
 これは、ちょっと俺も欲しかった。

 それはそうと、話しを切り替える。

「とにかく、戦線を縮小しないと、大日本帝国は、持たないですよ。下手すりゃ史実より悲惨になりかねませんからね」

 テーブルに広げた太平洋戦域の地図を示して俺は言った。

「撤退か! 許さんぞ! ラバウル、トラックからの撤退は許さぬのだ! 帝国海軍の一大拠点ではないか!」

「いや、そこまでは言ってないですよ」

「ラバウル、トラックは撤退せんのか?」

「そこ撤退したら、ニューギニアへの補給ができませんよ」

「うむ、そうか――」

 俺と女神様は今後の戦争方針について話しをしていた。
 別に話す気はなかったのだが、なぜかそんな感じになってしまったのだ。

「では、どこを縮小するのだ?」

「中部太平洋ですね。史実なら1943年末にやってきます。この世界じゃどうなるか分かりませんけど」

「うーん…… ギルバート諸島か……」

 女神様にとって、ラバウル、トラックからの撤退、戦線縮小は許せないことであったが、このあたりなら考慮の余地があるようだ。

「漸減要撃作戦ですよ! もっと内海に近いとこまで引きずり込んで、一気に叩くんです!」

「確かに、オヌシの言うことには一理ありそうな気がする」

 腕を組んで考え出す女神様。
 そりゃ、史実通りの規模で、史実と同じような作戦でアメリカ海軍が侵攻してくるなら、手段はあるだろう。

 ギルバート方面にリソースを集中して、手持ちの空母と合わせて決戦を挑む。
 1943年終わり時点であるならなんとか対抗できる。
 もしかしたら、アメリカ機動部隊に大ダメージを与えることもできるかもしれない。

 ただ、それはあくまでも史実通りにアメリカがやってきた場合だ。
 もう、前提条件が全然違ってきている。

 もしかしたら、一気にマリアナをぶち抜いてくるかもしれない。
 アリューシャン方面からの反攻だって出来ない事じゃない。
 
 もし、俺がアメリカ軍を動かせるなら、直接マリアナを狙う。
 補給線が長く伸びるのが、弱点ではある。
 ただ、護衛にまわせる戦力が十分なら、この究極の飛び石作戦も可能じゃないかと思う。
 しかしこの作戦は、犠牲も多くなることが簡単に予測もつく。
 アメリカが大量の犠牲を許容するかどうかという問題もある。
 それとも、地道に、外縁から叩き潰して、こっちにやってくるのか?
 
「ニューギニアとソロモンで踏ん張ることを考えます。中部太平洋は守りきれません。それこそ、そこで一か八かの決戦でもやる気なら別ですけどね」

「うむ……」

「向こうは負けても、出直せますが、こっちはもう、そこで終了になりかねませんよ」

「必勝の信念があれば――」

「信念では飛行機飛びませんから」

「オヌシ……」

 拳を握りしめ「ぐぬぬぬぬ」という感じで俺を睨みつける。

「とにかくですね、このラインに近づいたらヤバいと、アメリカに思わせるしかないんですよ。どこまで騙せるか分かりませんけど」

 俺はそう言って、本土から小笠原、マリアナ、トラック、ラバウルのラインを指し示す。
 
「それに、ギルバートを取らせれば、その補給線の長さは新たなアメリカの弱点になりますよ。機動部隊による遊撃戦で、出血を強いることもできるかもしれません」

 そうだよ。今、まさにこっちがポートモレスビーでハマっているような状態だ。
 アメリカの防御体制次第であるが、あちらだって侵攻すればするほど、補給線は伸びる。
 そして、それは新たな弱点になるはずだ。
 生きのこっている空母で、遊撃戦を展開して、嫌がらせをすることもできる。

「ほう」

 女神様が少し興味を示した。
 史実では1943年にソロモン、ニューギニア方面でアメリカは完全に優位を確保する。
 そして、中部太平洋からマリアナ方面へ侵攻。
 ラバウル、トラックは完全に無力化される。
 とくに、トラック空襲が痛かったと思う。

 そして1944年に、サイパン、グアム、テニアンを占領。
 マリアナ沖海戦で、日本の機動部隊は壊滅に近い被害を受ける。
 空母機動部隊はこれ以降、再建されない。
 そして、これらの島々からB-29による日本への戦略爆撃が開始される。
 
 一方、ニューギニアではマッカーサーの指揮する米豪の連合軍が日本軍を完全に無力化する。
 そして、同じ年にフィリピンにも侵攻してくるわけだ。この結果、日本と南方資源地帯の交通線がほぼ完全に寸断されてしまう。

 史実の大日本帝国もこの侵攻ルートは予測していた。
 準備もしていたわけだけど、アメリカの戦力があまりにもでかすぎた。
 おまけに、聯合艦隊の燃料事情の悪化。
 アメリカ潜水艦の活発化で、機動部隊、航空隊の訓練ができなくなるなどの問題も発生した。

 というか、戦力分散ともいえる2方向からの侵攻というのがチートすぎる。
 どっちも手におえないような戦力でぶちかましてくるわけだよ。

 現在、ニューギニア⇒フィリピン反攻ルートはなんとか阻止しようと踏ん張っている。
 ソロモン方面も、ガダルカナル戦がなく、守勢なので、航空消耗戦にはなっていない。
 まだ、簡単にアメリカの侵攻を許すほど、弱体化はしてない。

 1945年まで、戦力をある程度維持して逃げ切る。
 ソ連の勢力が大きくなりすぎるタイミングを計り、戦後の冷戦構造の中、日本を味方にした方がいいというメリットを見せる。
 俺の、終戦プランはこれだ。
 国内世論をどうするのかとか、軍部の反発をどうするのかとか、そもそも、アメリカが勝ち逃げを許すのかとか――
 考えれば、穴だらけの方法に見えてくる。
 しかし、今のところ、他に考えが浮かばない。
 
「とにかく、アメリカ海軍は、退きつけて一網打尽するんです! そのために、一旦戦線を整理しないといかんのですよ!」

「うーん、悪くはないのかもしれんが、なにか腑に落ちん……」

「今は、ニューギニア、ソロモン方面です。そこで時間をかせいでおく必要もあるんですよ」

「言わんとすることは、分かった…… 一度、じっくり考えてみよう」

 そういうと、女神様は光の玉になって俺の頭の中に入って行った。

 俺は、椅子によりかかり、手をだらんと垂らした。
 首と肩がいてぇ。最近は寝ているのか寝ていないのか、それもよく分からん。
 なんか、気が付くと、ここで聯合艦隊司令長官の仕事だけをしているような気がする……

「まあいい……」

 俺は気持ちを切り替え、もう一度テーブルの地図を見た。
 
 日本の主要回路は2本。
 シンガポールと本土を結ぶ、資源輸送ライン。
 トラック諸島と本土を結ぶ、戦力輸送ライン。

 本土⇒トラック⇒シンガポール⇒本土という三角輸送もありかもしれないが、船舶の負担が大きくなりそうだ。

 とにかく、南方資源の集積港といえるシンガポールと本土の輸送が断たれたら、この戦争は終了だ。
 そして、マリアナが陥落しても最終的には結果が同じになる。
 B-29の爆撃よりも、機雷の散布がやっかいなんだ。
 あれで、日本の水上輸送は本土間ですら、困難になったのが、史実の流れだ。
 当然、アメリカ機動部隊も、海上輸送ラインの攻撃に移るだろう。

「やっぱ、航空戦なんだよなぁ……」

 とにかく、航空機の優勢を維持すること。
 これは、この時代の戦闘に勝つには必須のことだ。

 今の日本で、運用可能な最強レベルの戦闘機である雷電の開発は順調らしい。
 なんでも、あの零戦の開発で有名な、堀越さんが不眠不休で仕事をしているとか……
 
 そして、問題は戦争後半で陸海軍の新鋭機に揃って搭載されるエンジン。
「誉」の問題だ。
 戦後、まともに動かない、精緻にすぎると批判されまくりのエンジンだ。
 たしかに、1000馬力級のエンジンと変わらぬ小さい直径で2000馬力を発揮する額面性能は凄い。
 この馬力は、回転数を上げることで達成しているわけだ。
 それは激しく運動するということで、運動は熱を生み、部品の精度、耐久性が求められるし、冷却問題も重要になる。
 後、18気筒に均等に燃料を噴射させるとか、とんでもない技術の塊だ。

 戦後の日本のメーカーだって「ハイ造って」といわれて、ホイホイ造れるレベルの代物じゃない。
 しかも、こいつを大量生産するわけだよ。

 エンジン設計は、もう俺がこの世界に来たときには完了していたし、試作品も出来ていた。
 後は、俺の知っている限りの技術情報を、製作を行っている中島に流すくらいしかない。
 それも、大した情報ではないし……
 俺は、メカニックはあまり強くないのだ。
 文系の史学科に入って、ゼミを追い出され、社会学に転向して、ニートになった身だ。
 理系とか全然縁がねーし。専門的なことは分からんのだ。

「100オクタンを供給できれば、どうにかなるんかね……」

 その理系知識の無い俺が考えたのは、ガソリンのオクタン価の問題だ。
 そもそも、「誉」は100オクタンを想定して造られたものだった。
 しかし、日米開戦となり、100オクタン燃料の供給ができなくなった。
 当時の日本の最高のオクタン価は92だ。
 
 ガソリンは火をつけると爆発するわけだ。
 オクタン価が高いというのは、その爆発が過激にならんという性質だと文系の俺は理解している。
 低いオクタン価の燃料だと、エンジンのピストン内で激しく爆発して、熱を出す。
 その熱が、エンジンをおかしくしちまうということだ。
 乱暴な言い方だけど。
 で、そいつを、抑え込むために「水メタノール噴射」という装置をつける。
 エンジンに水とメタノールの混合液を吹きつけ、揮発させることで温度を下げるということだろう。
 この装置もまた稼働率を左右する要因になるわけだ。
 まあ、これも文系軍ヲタの理解だ。

 この燃料事情は「誉」装備機が本格的に増加する1944年以降、悪化してくる。
 1942年までは92オクタンが標準。
 ところが、1944年にはそれが91オクタンになる。
 燃料の質を落として、量を増やさざるを得ない状況になるということだ。

 南方輸送路の維持が極めて困難となり、生産量を確保するのが最優先となった結果だ。
 これは当時の状況を考えると、仕方ない選択だろう。

 まあ、こういった状況が「誉」によろしくないというのは、設計の欠点とか、生産管理の問題と合わせてあるんじゃないかと思う。
 そして、オクタン価が上がれば、航空機の性能は全体に上がるわけだ。
「誉」だけの問題じゃない。

 100オクタン燃料が欲しいのだ。
 史実の日本に、生産できない、技術が無いというわけではなかった。
 ギリギリ技術輸入が間に合って、1938年にバレルの触媒分解法による100オクタン燃料の精算設備の建設が開始されている。
 で、実際に1944年に第二海軍燃料廠で、日産約320キロリットルの生産設備が完成している。
 もう、1基は建設中だった。

 これらの設備は、戦後GHQの調査でも、技術水準が褒められていたはずだ。
 ただ、質より量という戦況の中で、満足に稼働させることができなかった。
 
 日産320キロリットルは、年間300日稼働させると約9万キロリットルの燃料が出来る。
 これは、海軍の1943年の92オクタン生産実績に近い。

 1944年まで、海上輸送路が維持できれば、この施設が本来の役目を果たしてくれる可能性もある。
 そして、それは「誉」の運用環境を少しはマシにしてくれるかもしれない。
 今となっては、「誉」に変わるエンジンを開発するとか、「金星」「火星」で乗り越えるとかできない。
 三菱の生産力では供給できない。
 中島の「栄」では1944年時点では一線級機には、厳しいだろう。

 来年が正念場か……
 俺はカレンダーを見た。
 昭和17年8月だった。1942年だ。

 ああ、そういえば、この月に――
 俺が史実で開始されたはずの、激戦のことを思い出した瞬間だった。
 激しく、私室のドアを叩く音が聞こえた。

 俺は入室を許可する。

 三和参謀だった。
 彼はあわただしく敬礼を行うと、口を開いた。

「どうした?」

「来ました! 米空母です! 奴ら動き出しました。ニューギニア方面で活動してます」

 くそ、「ウォッチタワー作戦」が場所を変えて再現か……
 ガダルカナルには何も手を出してないのに、アメリカが動き出したのか。
 確かに、ヨーロッパ戦線が史実のままだから、牽制の意味で、アメリカがここでアクションを起こすのは必然だったのか。
 しかし、こちら以上に空母は消耗しているはずだ。
 稼働正規空母はもう1隻か2隻しかないはずだ。
 修復した空母の全力出撃か。
 まさか、1隻だけで出てきたってことはないだろう。

「正規空母か?」

「不明です」

「不明?」

「発見したのは陸軍機、『空母』としか報告されておりません。しかもすでに――」

 俺は次の三和参謀の言葉を聞いて愕然とした。
 この時代の情報伝達の速度。それを現代の感覚で考えていた。
 確かに、早く着く情報もある。ただ、その優先度を決めるのは、現場の恣意的なものなのだ。
 本来、重要な情報が埋もれてしまうことは、当時は日米ともあり得ることだ。

 その情報はすでに3日前のものだった。
 
「今はもう、所在不明です」

 巨大なエンジンだ。
 海の向こうには巨大なエンジンが重低音の唸りを上げている。
 これが、アメリカ軍の物量チートの開始なのか……

 俺はこの時代の大日本帝国の前に立ちふさがる巨大な敵の恐ろしさを感じていた。
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