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その88:【閑話】国産ジェットエンジン開発物語
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横須賀の海軍航空技術廠。
そこは、海軍の航空技術研究のメッカである。
1942年。
季節は、秋から冬に向かいつつあった。
海軍航空技術廠、発動機部、研究二科。
まだ、設置されて日の浅い部署である。
そこで、今日は極秘の実験が開始されようとしていた。
噴流式エンジン。
タービンを回し、空気を吸入圧縮。その空気に燃料を噴射し燃焼させる。
燃焼により生じた高温高圧力のガスを後方に噴出。そのパワーで推進力を得るというエンジンだ。
後に「ジェットエンジン」と一般に呼ばれることになるパワーユニットである。
「予算と、物資分配の優先がなければ、この時期にここまではできなかったでしょうな」
千葉技術大尉は、上司である種子島時休中佐に言った。
「そうだな。計測機器の調整は大丈夫か。固定状態も再確認しておけ」
「問題はありません」
種子島中佐は心配そうな目で、細い覗き窓からそれを見つめる。
周囲を分厚い鉄筋コンクリートで固められた部屋。
そこに、丸みを帯びた円筒形の物体が固定されている。
素人であれば、それを見て、それが何であるか分からないような存在だ。
それこそが、種子島中佐が中心となったプロジェクトが戦前から研究を進めていた「噴流式エンジン」の試作1号機であった。
細々と続けられていた彼の研究は、開戦と共にいきなり予算、人員の拡大が実施された。
そして、最も頭を悩まさなければいけない、物資分配の問題が解消された。
この「噴流式エンジン」は高温高圧のガスをタービンで圧縮する。
そのタービンにはタングステン、モリブデン、ニッケルなどの耐熱素材が必須である。
ただ、この材料は、現在の発動機や、砲弾、装甲板などありとあらゆるところで、必要とされている。
戦線の拡大以前から、供給量は需要を満たすことができないでいた。
それゆえ、日本の技術開発、特に冶金部門では「代用資材」をいかに活用するかが至上命令となっていた。
高性能を期待され、ドイツからライセンスを購入して生産に入っている液冷エンジンですら、日本ではモリブデン無しで造られているらしい。
戦前から種子島中佐は、欧米からの技術情報を分析。
この「噴流式エンジン」の開発により、今までのレシプロエンジン搭載機(いわゆるプロペラ機)は陳腐化すると主張していた。
日本も後れをとるわけにはいかないというのが、彼の戦前からの一貫した主張だった。
その意味では、試作1号機の実験が現時点で実施されるのは、予想以上の進展だった。
ただ、彼はこの動きに、なにか得体の知れない存在があるのではないかと考えていた。
それは、航空本部の総務部長となった大西滝治郎少将と会った日から感じている事でもあった。
種子島中佐は、覗き穴のような細い窓から、我が子のような試作一号機を見つめる。
一瞬、そのエンジンが、蜃気楼のような、まるで本来はそこに無いもののように感じられた。
そして、彼はその日のことを思い返していた。
◇◇◇◇◇◇
「予算、資材、そして人員の拡大ですか……」
海軍航空本部で大西滝治郎少将と面会した彼は、そのようにつぶやいた。
海軍航空派の中心人物。その意志の強そうな視線がこちらを射抜くようだった。
唐突な話であった。
今まで彼が再三主張していたことが、認められたのだ。
それも、彼が予想していた以上の規模でだ。
「まあ、そういうことだ。耐熱素材の必要量は絶対に確保するように動いている。問題は無い」
大西少将は真っ直ぐに種子島中佐を見つめた。
「量産に入った場合、ですね――」
「それも、問題は無いだろう」
大西少将は、量産時でも耐熱資材を確保することを確約した。
ただ、それでも実際に量産に入れば、「代用資材」を用いねばならぬケースもあるかもしれない。
戦争がはじまり、日本の支配地域は急速に拡大した。
しかし、希少金属ともいえるタングステン、モリブデンなどの供給量が急速に増加したという話は聞いていない。
そもそも、すでに日本軍の支配地域だった大陸方面はタングステンの大産地だ。
大陸での事変の前半で、中国がドイツから武器を買いつけていたが、その取引の材料となったのがタングステンだ。
その産出地域の多くは、現在では日本(陸軍)の支配下にはいっている。
それでも、タングステンの供給量は需要に追い付いていないのだ。
また、需要と供給の問題だけはなく、組織間の分配の問題も存在している。
種子島中佐は、大西少将の言葉を簡単には信じられなかった。
その感情が顔に出たのだろうか。
大西少将はその顔に苦笑をうかべた。
「陸軍との話もついている。大量の鉄材を海軍から融通することになったからな」
「鉄材?」
「6万トンほどな」
「はぁ…… 豪気な話ですな」
「突貫工事で造っても、ドックが埋まるし、完成しても使いどころが…… 陸軍にくれてやって取引材料に使う方が有意義だ」
「なんですか? その話」
「横須賀で建造中の110号艦だよ。解体して資材とすることが決定している」
種子島中佐も横須賀で巨大な戦艦を造っているという噂は知っていた。
よく大砲屋(戦艦至上主義者)が納得したものだと思った。
「海軍内でも、根回しは終わっている。量産時に代用資材を強要することはないはずだ」
「そう言っていただけるなら」
非常に喜ばしい話だ。
ただ、種子島中佐の胸の内に歓喜と呼べる感情があったのは事実だ。
しかし、それ以上に「困惑」とも表現すべき感情もそこには存在していた。
彼の研究は、陽の当たらない場所で細々とやってきたものだ。
「噴流式エンジン」などという訳の分からん研究よりも、既存のエンジンの強化にこそ予算をつぎ込むべきという声もある。
また、その研究に理解を示す者でも、戦争中の優先順位として、日本には他にもっとやらねばならないことが多くあるという意見もあった。
それぞれが、一定の理由のある反論だった。それゆえ、彼は困難の中にあったのだ。
「でだ――」
大西少将はそう言うと、書類を取り出した。
「なんでしょうか? それは」
大西少将は、種子島中佐の質問に答えず、ただ書類を渡した。
種子島中佐は、そこに書かれていることにざっと目を通す。
「タービンを、はめ込み式で取り付ける?」
「そうらしいな」
「タービン段数をむやみに増やしても、高圧力を封じ込めることができない? 6段が至当である?」
「まあ、そうらしいな」
そこには、その優位点についても書かれていた。
「タービンブレードは、はめ込み式にして、遠心力で固定し、熱を逃がし、振動を軽減させる……」
彼は、その方式の可能性について考えた。
種子島中佐はそこに書かれていることに対し、首肯もできなかったが、反論もできなかった。
ただ、可能性として、それはあるという直観を感じた。
「これは、どこからの情報なんですか? ドイツですか?」
そこには、はめ込み式にしたタービンの概略図が描かれていたが、どうみても素人が描いたとしか思えない代物だった。
ただ、高温に晒されるタービンブレードの製造は、「噴流式エンジン」の技術的ボトルネックでもある。
そのことを知っている日本人など、彼の人脈以外にいそうにないのだ。
そうなれば、これは海外、つまりドイツからの情報。
もしくは、英米から機密情報を盗んだのか?
「まあ、そんなところだ。方法としては間違っていないそうだ――」
大西少将は、言葉を濁した。
そして、身を乗り出して、彼は逆に質問してきた。
「中佐は、これを見てどう思うね?」
不意の質問に言葉がでなかった。
ただ、デタラメとしても、最先端科学の結晶ともいえる「噴流式エンジン」の仕組みが分かっていなければ、書けない代物だ。
そして、出自がどこだか、分からないがそれを海軍少将が自分に渡した。
それだけで、この情報をデタラメと切って捨てることはできなかった。
「部内で検討しますが、最終的には実験で確かめるしかないですね」
種子島中佐はそう言った。技術者とすれば、至極真っ当な話ではある。
「とにかくだ。人員、資材の確保はやる。そして、その技術情報の検証も合わせて行えばいい」
「話は分かります」
種子島中佐はこの状況の劇的な変化に戸惑いを感じていた。
そして、目の前の少将を見つめた。
すっと、彼が息を吸い込んだのが分かった。
「我々に時間はない。悠長なことはできない。昭和20年―― アメリカは噴流式エンジン機を配備する」
彼は神の言葉を伝える預言者のように言ったのであった。
◇◇◇◇◇◇
「吸入部分の温度上昇が予想以上です。空気の圧縮が相当な熱を生みだしてます」
千葉技術大尉が言った。
「そうか、なんでも予想通りとはいくまい」
種子島中佐は時計を確認した。
実験を開始して3分が経過していた。
噴流式エンジンの試作1号機は快調に起動していた。
起動モーターにより、タービンを始動させ、空気を吸入。
燃料注入と燃焼。そして、6段式のタービンが甲高い金属音を奏でながら高速回転を続けていた。
高温圧縮されたガスが後方から噴出されている。
「ベアリングは悪くないようだな」
「その部分の過熱は、予想範囲内ですね」
種子島中佐の部下たちは、各種データを取得していく。
現在、快調に回っている試作一号機。
実験の予定推力は300キログラムだった。
レシプロ式エンジンと異なり、「噴流式エンジン」では出力を推力キログラムで表現する。
これは、馬力という「仕事率」ではなく直接的な「力」を叩きだす、まさにパワーユニットであることを意味していた。
「推力、280Kg、290…… 295、300です」
実験室に「おおッ」という声とならない歓声のようなものが起きた。
実験の目標値を簡単にクリアしたのだ。
これで、実験は終了するはずであった。
しかしだ――
「推力を上げろ」
種子島中佐は部下にそう告げた。
「はい! 推力あげます」
分厚いコンクリートで隔てられていても、「噴流式エンジン」試作一号機からは甲高い金属音と、高温のガスが噴き出す轟音がビリビリと響いてきている。
「400、いや500までいくぞ」
「中佐! 危険です」
千葉技術大尉が、顔色を変えた。
「危険と判断したら、推力を落とす。出来るところまでやろう」
「そんな…… 貴重な試作機がバラバラに――」
メガネの奥にある千葉技術大尉の細い目が丸くなった。
「そうなれば、そうなったときのデータが貴重なものとなる。壊れるなら、地上試験で壊れる方がいいだろう」
「分かりました」
更に甲高い唸り声を上げる試作一号機。
「推力350、400、410――」
「タービン、ベアリングの温度が上昇。予想値を超えます」
種子島中佐は細い覗き窓から、試作一号機を見つめていた。
それは、親が立ち上がろうとする我が子を見つめるような視線だった。
「中佐! 停止を! 早く停止を!」
「時間が無い! 我々には時間が無いんだ。こうしている間にも、英米では先に噴流式エンジンを造り上げているかもしれないのだ! 時間が無い!」
「壊れたら元も子もないです!」
千葉技術大尉は優秀な男であった。
あの時提示された、アイデアを即時に理解し、彼はタービンブレードの設計を行った。
今、この実験で、その基本的なアイデアと彼の設計の正しさは証明されようとしていた。
「計画値は? この試作発動機の理論上の推力は600キログラムだ」
「理論値は理論値ですよ!」
それは、すべてが理想的な状態での性能であることは、種子島中佐も理解している。
彼は、日本における「噴流式エンジン」の第一人者なのだ。
「振動、許容値を超えます!」
部員の声があがる。
「まだだ! まだいける。推力は?」
「485、490――」
プラットフォームに固定されている試作一号機が、目に見える振動を発している。
「500!!」
推力計測を行っている部員の声が響くと同時だった。
試作一号機が火を噴いた。
「停止だ! エンジン停止! 消火だ!! 早く」
種子島中佐は叫んだ。
エンジン緊急停止のボタンが押された。
燃料供給が止まり、エンジンが強制停止される。
鋼の扉が開放され、消火剤が散布された。
ブスブスした鋼が焼け焦げた匂いが鼻腔に流れ込んでくるのを種子島中佐は感じた。
「発火したが、タービンは吹き飛ばされなかったようだな」
おそらくは燃料噴出部分と温度上昇に伴う何らかの問題であろう。
ただ、この実験で、最後までタービンが破損し、吹き飛ぶことがなかったのが確認できた。
「無茶ですよ…… これは無茶です」
千葉技術大尉がつぶやくようにいった。
それは、種子島中佐にしても分かっていることだ。
それを言ってしまえば、英米に先んじて、国産の噴流式エンジンを完成させることが無茶なことなのだ。
そして、この戦争自体が――
「部員は、各種データを早急にまとめること。本日20:00までにだ。実験報告会議は予定通り実施する」
彼は今、浮かんでいた思考を打ち切り、目の前の事実だけに集中する。
黒こげになった「噴流式エンジン」を見つめながら――
そこは、海軍の航空技術研究のメッカである。
1942年。
季節は、秋から冬に向かいつつあった。
海軍航空技術廠、発動機部、研究二科。
まだ、設置されて日の浅い部署である。
そこで、今日は極秘の実験が開始されようとしていた。
噴流式エンジン。
タービンを回し、空気を吸入圧縮。その空気に燃料を噴射し燃焼させる。
燃焼により生じた高温高圧力のガスを後方に噴出。そのパワーで推進力を得るというエンジンだ。
後に「ジェットエンジン」と一般に呼ばれることになるパワーユニットである。
「予算と、物資分配の優先がなければ、この時期にここまではできなかったでしょうな」
千葉技術大尉は、上司である種子島時休中佐に言った。
「そうだな。計測機器の調整は大丈夫か。固定状態も再確認しておけ」
「問題はありません」
種子島中佐は心配そうな目で、細い覗き窓からそれを見つめる。
周囲を分厚い鉄筋コンクリートで固められた部屋。
そこに、丸みを帯びた円筒形の物体が固定されている。
素人であれば、それを見て、それが何であるか分からないような存在だ。
それこそが、種子島中佐が中心となったプロジェクトが戦前から研究を進めていた「噴流式エンジン」の試作1号機であった。
細々と続けられていた彼の研究は、開戦と共にいきなり予算、人員の拡大が実施された。
そして、最も頭を悩まさなければいけない、物資分配の問題が解消された。
この「噴流式エンジン」は高温高圧のガスをタービンで圧縮する。
そのタービンにはタングステン、モリブデン、ニッケルなどの耐熱素材が必須である。
ただ、この材料は、現在の発動機や、砲弾、装甲板などありとあらゆるところで、必要とされている。
戦線の拡大以前から、供給量は需要を満たすことができないでいた。
それゆえ、日本の技術開発、特に冶金部門では「代用資材」をいかに活用するかが至上命令となっていた。
高性能を期待され、ドイツからライセンスを購入して生産に入っている液冷エンジンですら、日本ではモリブデン無しで造られているらしい。
戦前から種子島中佐は、欧米からの技術情報を分析。
この「噴流式エンジン」の開発により、今までのレシプロエンジン搭載機(いわゆるプロペラ機)は陳腐化すると主張していた。
日本も後れをとるわけにはいかないというのが、彼の戦前からの一貫した主張だった。
その意味では、試作1号機の実験が現時点で実施されるのは、予想以上の進展だった。
ただ、彼はこの動きに、なにか得体の知れない存在があるのではないかと考えていた。
それは、航空本部の総務部長となった大西滝治郎少将と会った日から感じている事でもあった。
種子島中佐は、覗き穴のような細い窓から、我が子のような試作一号機を見つめる。
一瞬、そのエンジンが、蜃気楼のような、まるで本来はそこに無いもののように感じられた。
そして、彼はその日のことを思い返していた。
◇◇◇◇◇◇
「予算、資材、そして人員の拡大ですか……」
海軍航空本部で大西滝治郎少将と面会した彼は、そのようにつぶやいた。
海軍航空派の中心人物。その意志の強そうな視線がこちらを射抜くようだった。
唐突な話であった。
今まで彼が再三主張していたことが、認められたのだ。
それも、彼が予想していた以上の規模でだ。
「まあ、そういうことだ。耐熱素材の必要量は絶対に確保するように動いている。問題は無い」
大西少将は真っ直ぐに種子島中佐を見つめた。
「量産に入った場合、ですね――」
「それも、問題は無いだろう」
大西少将は、量産時でも耐熱資材を確保することを確約した。
ただ、それでも実際に量産に入れば、「代用資材」を用いねばならぬケースもあるかもしれない。
戦争がはじまり、日本の支配地域は急速に拡大した。
しかし、希少金属ともいえるタングステン、モリブデンなどの供給量が急速に増加したという話は聞いていない。
そもそも、すでに日本軍の支配地域だった大陸方面はタングステンの大産地だ。
大陸での事変の前半で、中国がドイツから武器を買いつけていたが、その取引の材料となったのがタングステンだ。
その産出地域の多くは、現在では日本(陸軍)の支配下にはいっている。
それでも、タングステンの供給量は需要に追い付いていないのだ。
また、需要と供給の問題だけはなく、組織間の分配の問題も存在している。
種子島中佐は、大西少将の言葉を簡単には信じられなかった。
その感情が顔に出たのだろうか。
大西少将はその顔に苦笑をうかべた。
「陸軍との話もついている。大量の鉄材を海軍から融通することになったからな」
「鉄材?」
「6万トンほどな」
「はぁ…… 豪気な話ですな」
「突貫工事で造っても、ドックが埋まるし、完成しても使いどころが…… 陸軍にくれてやって取引材料に使う方が有意義だ」
「なんですか? その話」
「横須賀で建造中の110号艦だよ。解体して資材とすることが決定している」
種子島中佐も横須賀で巨大な戦艦を造っているという噂は知っていた。
よく大砲屋(戦艦至上主義者)が納得したものだと思った。
「海軍内でも、根回しは終わっている。量産時に代用資材を強要することはないはずだ」
「そう言っていただけるなら」
非常に喜ばしい話だ。
ただ、種子島中佐の胸の内に歓喜と呼べる感情があったのは事実だ。
しかし、それ以上に「困惑」とも表現すべき感情もそこには存在していた。
彼の研究は、陽の当たらない場所で細々とやってきたものだ。
「噴流式エンジン」などという訳の分からん研究よりも、既存のエンジンの強化にこそ予算をつぎ込むべきという声もある。
また、その研究に理解を示す者でも、戦争中の優先順位として、日本には他にもっとやらねばならないことが多くあるという意見もあった。
それぞれが、一定の理由のある反論だった。それゆえ、彼は困難の中にあったのだ。
「でだ――」
大西少将はそう言うと、書類を取り出した。
「なんでしょうか? それは」
大西少将は、種子島中佐の質問に答えず、ただ書類を渡した。
種子島中佐は、そこに書かれていることにざっと目を通す。
「タービンを、はめ込み式で取り付ける?」
「そうらしいな」
「タービン段数をむやみに増やしても、高圧力を封じ込めることができない? 6段が至当である?」
「まあ、そうらしいな」
そこには、その優位点についても書かれていた。
「タービンブレードは、はめ込み式にして、遠心力で固定し、熱を逃がし、振動を軽減させる……」
彼は、その方式の可能性について考えた。
種子島中佐はそこに書かれていることに対し、首肯もできなかったが、反論もできなかった。
ただ、可能性として、それはあるという直観を感じた。
「これは、どこからの情報なんですか? ドイツですか?」
そこには、はめ込み式にしたタービンの概略図が描かれていたが、どうみても素人が描いたとしか思えない代物だった。
ただ、高温に晒されるタービンブレードの製造は、「噴流式エンジン」の技術的ボトルネックでもある。
そのことを知っている日本人など、彼の人脈以外にいそうにないのだ。
そうなれば、これは海外、つまりドイツからの情報。
もしくは、英米から機密情報を盗んだのか?
「まあ、そんなところだ。方法としては間違っていないそうだ――」
大西少将は、言葉を濁した。
そして、身を乗り出して、彼は逆に質問してきた。
「中佐は、これを見てどう思うね?」
不意の質問に言葉がでなかった。
ただ、デタラメとしても、最先端科学の結晶ともいえる「噴流式エンジン」の仕組みが分かっていなければ、書けない代物だ。
そして、出自がどこだか、分からないがそれを海軍少将が自分に渡した。
それだけで、この情報をデタラメと切って捨てることはできなかった。
「部内で検討しますが、最終的には実験で確かめるしかないですね」
種子島中佐はそう言った。技術者とすれば、至極真っ当な話ではある。
「とにかくだ。人員、資材の確保はやる。そして、その技術情報の検証も合わせて行えばいい」
「話は分かります」
種子島中佐はこの状況の劇的な変化に戸惑いを感じていた。
そして、目の前の少将を見つめた。
すっと、彼が息を吸い込んだのが分かった。
「我々に時間はない。悠長なことはできない。昭和20年―― アメリカは噴流式エンジン機を配備する」
彼は神の言葉を伝える預言者のように言ったのであった。
◇◇◇◇◇◇
「吸入部分の温度上昇が予想以上です。空気の圧縮が相当な熱を生みだしてます」
千葉技術大尉が言った。
「そうか、なんでも予想通りとはいくまい」
種子島中佐は時計を確認した。
実験を開始して3分が経過していた。
噴流式エンジンの試作1号機は快調に起動していた。
起動モーターにより、タービンを始動させ、空気を吸入。
燃料注入と燃焼。そして、6段式のタービンが甲高い金属音を奏でながら高速回転を続けていた。
高温圧縮されたガスが後方から噴出されている。
「ベアリングは悪くないようだな」
「その部分の過熱は、予想範囲内ですね」
種子島中佐の部下たちは、各種データを取得していく。
現在、快調に回っている試作一号機。
実験の予定推力は300キログラムだった。
レシプロ式エンジンと異なり、「噴流式エンジン」では出力を推力キログラムで表現する。
これは、馬力という「仕事率」ではなく直接的な「力」を叩きだす、まさにパワーユニットであることを意味していた。
「推力、280Kg、290…… 295、300です」
実験室に「おおッ」という声とならない歓声のようなものが起きた。
実験の目標値を簡単にクリアしたのだ。
これで、実験は終了するはずであった。
しかしだ――
「推力を上げろ」
種子島中佐は部下にそう告げた。
「はい! 推力あげます」
分厚いコンクリートで隔てられていても、「噴流式エンジン」試作一号機からは甲高い金属音と、高温のガスが噴き出す轟音がビリビリと響いてきている。
「400、いや500までいくぞ」
「中佐! 危険です」
千葉技術大尉が、顔色を変えた。
「危険と判断したら、推力を落とす。出来るところまでやろう」
「そんな…… 貴重な試作機がバラバラに――」
メガネの奥にある千葉技術大尉の細い目が丸くなった。
「そうなれば、そうなったときのデータが貴重なものとなる。壊れるなら、地上試験で壊れる方がいいだろう」
「分かりました」
更に甲高い唸り声を上げる試作一号機。
「推力350、400、410――」
「タービン、ベアリングの温度が上昇。予想値を超えます」
種子島中佐は細い覗き窓から、試作一号機を見つめていた。
それは、親が立ち上がろうとする我が子を見つめるような視線だった。
「中佐! 停止を! 早く停止を!」
「時間が無い! 我々には時間が無いんだ。こうしている間にも、英米では先に噴流式エンジンを造り上げているかもしれないのだ! 時間が無い!」
「壊れたら元も子もないです!」
千葉技術大尉は優秀な男であった。
あの時提示された、アイデアを即時に理解し、彼はタービンブレードの設計を行った。
今、この実験で、その基本的なアイデアと彼の設計の正しさは証明されようとしていた。
「計画値は? この試作発動機の理論上の推力は600キログラムだ」
「理論値は理論値ですよ!」
それは、すべてが理想的な状態での性能であることは、種子島中佐も理解している。
彼は、日本における「噴流式エンジン」の第一人者なのだ。
「振動、許容値を超えます!」
部員の声があがる。
「まだだ! まだいける。推力は?」
「485、490――」
プラットフォームに固定されている試作一号機が、目に見える振動を発している。
「500!!」
推力計測を行っている部員の声が響くと同時だった。
試作一号機が火を噴いた。
「停止だ! エンジン停止! 消火だ!! 早く」
種子島中佐は叫んだ。
エンジン緊急停止のボタンが押された。
燃料供給が止まり、エンジンが強制停止される。
鋼の扉が開放され、消火剤が散布された。
ブスブスした鋼が焼け焦げた匂いが鼻腔に流れ込んでくるのを種子島中佐は感じた。
「発火したが、タービンは吹き飛ばされなかったようだな」
おそらくは燃料噴出部分と温度上昇に伴う何らかの問題であろう。
ただ、この実験で、最後までタービンが破損し、吹き飛ぶことがなかったのが確認できた。
「無茶ですよ…… これは無茶です」
千葉技術大尉がつぶやくようにいった。
それは、種子島中佐にしても分かっていることだ。
それを言ってしまえば、英米に先んじて、国産の噴流式エンジンを完成させることが無茶なことなのだ。
そして、この戦争自体が――
「部員は、各種データを早急にまとめること。本日20:00までにだ。実験報告会議は予定通り実施する」
彼は今、浮かんでいた思考を打ち切り、目の前の事実だけに集中する。
黒こげになった「噴流式エンジン」を見つめながら――
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