無職ニートの俺は気が付くと聯合艦隊司令長官になっていた

中七七三

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その95:雷鳴よソロモンの空に響け その2

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「アメリカ空母は本当にハワイ近海にいるのか……」

『いくのだ! 決戦なのだ。無敵機動部隊で一網打尽なのだ!』
『こりゃ、布哇を攻めるしかないんじゃねぇのか?』
『お願い、黙ってて。女神様。五十六大将閣下……』

 今は俺の脳内にいる2人(1人と1柱か?)の人格の声が響く。
 いい加減にしてほしい。特に女神様。
 今、会議中なんだからさ。
 地上に移った聯合艦隊司令部。その作戦会議室だ。

 広げられた地図。
 1942年も終わろうとしている。
 日米がぶつかり合っているのはニューギニア、ソロモン方面だ。

「通信解析班からは偽装の可能性を指摘する声もありますが。確証までは至っていません」

 三和参謀がいま分かる事実をそのまま口にした。
 その通りだよ。
 よーするに、妙にハワイ近海の通信が胡散くさいというのは分かる。
 米海軍は、性能十分とはいえない護衛空母まで繰り出してソロモンの戦線を支えている。
 いや――
 侮れないんだ。この護衛空母。カタパルト装備しているので、緊急発進ができる。
 速度は遅いが、自軍の制空権内ギリギリで活動されると、こっちとしてもうかつに手が出せない。

 こっちは常に4隻以上の正規空母を張り付けている。
 高価で量産できないこちらの空母を危険にさらして、護衛空母を仕留めにいくというのはコストパフォーマンスが悪すぎる。
 一応、ガダルカナルの補給線をかなり厳しくさせているのは、日本の空母戦力によるところが大きい。

「護衛空母は最低でも3隻、ここに正規空母3隻が加わると、かなり厄介だよなぁ……」

 すでに大西洋からレンジャーが太平洋艦隊に配置替えになったことは掴んでいた。
 性能的には今一の実験艦的要素をもった空母だが、70機前後の運用ができるのは侮れない。
 それに、一線級空母のサラトガにヨークタウンだ。それぞれ90機の運用は可能だ。

「急所をついてきますかな……」

 黒島先任参謀が地図を見つめてつぶやくように言った。

「また本土攻撃か? まさか、そこまでの冒険は」

 手帳を開いたまま、宇垣参謀長が反論。
 確かに常識で考えれば、あり得ない。今、ガダルカナルの補給が困難となり、下手すれば第一海兵師団が壊滅するかもしれないんだ。
 そんなときに、こっちの本土に空母をよこすようなトンマな真似はしないだろう。
 哨戒網は以前より密度を上げている。

「ここにきて政治的な成果を狙う意味はないと思うが」
 
 俺も宇垣参謀長に同感だった。
 なんか、俺が同感したんで、嬉しそうにこっちを見る黄金仮面。
 で、黒島先任参謀は黙って反論の言葉を聞いていた。

 そして、見ている人間を不安にさせる笑みを浮かべる。
 この人頭脳は一級品だが、他に色々問題がありすぎる。

「急所といったのであって、本土とはいっていません――」

「ん? じゃあどこを?」

 宇垣参謀長が手帳とペンを握って訊いた。
 ここまで言って分からないのか? このアホウは? って感じの顔で見つめる黒島先任参謀。
 なんか、また空気がよどんできたんだけど……

「先任参謀、意見があれば言ってくれ」

「はい。私が思うにですね。一番危険なのはここでしょう」

 そう言うと彼はトラック諸島を指示した。

「さらに、次に危険なのは、ここ――」

 それは日本海軍の最前線基地ともいえるブイン基地だった。

「ポートモレスビーは?」

 渡辺参謀が質問する。

「今のところ、アメリカにとって最優先すべきは、ガダルカナルへの補給問題の解決でしょう。ポートモレスビーはまだ問題にすべきではありませんな」

 自分の分かっていることは他人も分かって当然という口ぶりで説明する。いるよ。こういうタイプの人。70年以上たってもいますねぇ。
 でも、言っていることは理路整然としている。人格はともかく、頭脳明晰なことは確かだった。

「トラックへの攻撃が成功すれば、この方面の戦力を一時整理して建て直す必要がでるかもしれませんな。この戦線に物資を供給している基地なのですから」

「それはそうだな」

「しかも、ソロモン海、珊瑚海のように濃密で複層する戦力はないわけです。航空哨戒にも限界があります。攻撃はしやすく、逃げるのもたやすい」

 黒島先任参謀は当然の公理を語るかのよう説明を続けた。

「ブインの場合、敵航空機の航続距離ですな…… それを考えれば、ギリギリ、自軍の制空権内に逃げ込む攻撃ができます」

「一撃離脱か」

「そうですね。300機の航空攻撃の一撃ですがね」

 変人参謀はそう言った。
 それがいったいどのような影響を与えるか、分かっているだろうという顔をしていた。

        ◇◇◇◇◇◇

 ブイン基地は拡張が進み。2本の滑走路が使用できる状態となっている。
 稼動機の主力は零戦53型が42機。かなりの戦力だった。
 与えられた任務は、哨戒、敵機要撃、ガダルカナル基地攻撃、周辺海域の艦艇攻撃。
 飛行機というのはただ飛ばすだけでも消耗する機械だった。
 最前線での過大な任務は、トラック―ラバウルの補給ラインで何とか維持している状況だ。

 そしてその他に、この最前線の基地に12機の新鋭戦闘機が加わった。

「宴会場かよ。この操縦席。ガバガバだな」

 まるで、70年後も語られるようなお決まりのセリフを鷲宮二飛曹は言った。

「なあ、これ下ろすわけにはいかんのか?」

 鷹羽二飛曹が操縦席から立ち上がって、手に取った物を掲げた。
 着水したときに展開する救命筏(きゅうめいいかだ)だった。
 
「ダメです。飛行長命令で絶対にダメです」

「なんだか、ゴテゴテしてるんだよなぁ」

 整備員の返答に顔をしかめる鷹羽二飛曹。
 とにかくだ――

 1800馬力は良い。
 新式20ミリ機銃も心強い。翼から伸びる太い銃身は敵を叩き潰す鉄槌だ。
 流線型の砲弾のような引き締まったデザイン。
 力強さと、スピードを感じさせる。

 悪くないんだ。悪くないのだ。
 鷹羽二飛曹は、基本的にこの新鋭機「雷電」を気に入っていた。

 上昇力と速度を重視し、少ない射撃機会に大量の鋼を叩きこむ火力。
 最高325ノット(620キロ)以上を叩き出し、6000メートルを5分30秒で駆け上がる。
 カタログ通りとすれば、化け物と言っていい戦闘機だ。

「しかし、このガラスは邪魔くさいな…… 視界が悪いわけじゃないが」

 50ミリの厚さの防弾ガラスが操縦席内の前方に取り付けられている。
 簡単な工作で外せそうなので、整備員に聞いたが、外すのは厳禁だった。
 しかも、後部も1センチはあるんじゃないかという防御板が張られている。
 なんか、あれだ…… 
 鷹羽二飛曹は、この装備が無駄な気もしたのだった。
 全部外して軽量化すれば、雷電はもっとすごい性能を出すんじゃないかと思った。

 鷹羽二飛曹はフットバーに足を置き動かす。
 操縦桿を握る。計器の配置を見る。
 なんかしっくりきた。

「まあ、とりあえず飛ばしてからか……」
 
 ウキウキする気持ちを抑えながら彼はつぶやくように言った。

        ◇◇◇◇◇◇

「なんで! 雷電が来たのに一号零戦なんだよッ!」

 操縦席の中で悪態をつく鷹羽二飛曹。
 端的に言って、クソのような気分だった。
 
 模擬空戦。
 雷電と零戦の模擬空戦が実施されることになった。
 すでに、隊員のほとんどが雷電に乗り慣熟飛行を済ませている。
 鷹羽二飛曹もそうだ。

 それがここにきて、また一号零戦に逆戻りとは思わなかった。

「いや、零戦が悪い戦闘機じゃないのは分かっているが」

 彼らの飛行隊の整備部隊も到着し、古い零戦も整備された。
 悩みのタネだった振動も解決し、見違えるような飛行も可能になっていた。
 ただ鷹羽二飛曹の「これじゃない感」は尋常なものではなかった。

「ぶつくさ言っても始まらんか……」

 相手はジャクだった。未熟練者だ。なにか小福田隊長に耳打ちされていたが関係ない。
 雷電の性能がいかにすごくても、それは乗り手次第ということを見せてやろうか?
 怒りの方向が次第に「模擬空戦で目に物みせてやる」に変わってくる。

 整備員のOKの合図。ペラが回転を上げていく。手信号を送る。
 滑走路を零戦が進んでいく。最近は滑走路に金網のような物を敷き詰めている。
 なにか尻に微妙な痺れを感じる。

 痺れが消える。
 ふわりと零式艦上戦闘機21型が離陸した。
 風をつかみ、飛翔するという言葉がぴったりくる美しい飛行だ。
 零戦の初期上昇力は悪くない。すでに主力から去りつつある21型でも一線級といっていい性能をもっている。

 蒼空を舞うように駆け上がる日の丸の翼。
 日本人の頭脳が生み出した、世界最高の艦上戦闘機が飛ぶ。

「まだまだ、やれるか」

 負ける気はない。鷹羽二飛曹は操縦桿を握る指に力を込めた。

        ◇◇◇◇◇◇

「うそだろ……」

 勝負にならなかった。
 相手は実戦経験のほとんどないジャクだ。
 それに翻弄されていた。

 縦の機動。雷電の降下と上昇の動きに零戦は全く追従することができなかった。
 ときどき、アレヤコレヤの手管を使って、横の機動にもっていったときは、零戦が優位な位置をしめることができた。
 しかし、それも相手は失敗しなければ、こっちは空しく横にクルクル回るだけだ。

「実戦だったら――」

 その思いが、鷹羽二飛曹の胸の内に生じた。
 外から雷電をみたとき、これはもうヤバいくらいの高性能機なことが分かる。
 左右の横転の切り返しも早い。つまりあの太い胴体で、ある局面では零戦より俊敏に動けることを意味していた。
 零戦特有の運動性を生かし、軸線を外すことはできる。
 だから、これが実戦だったら、自分が落とされることはないと確信していた。

 しかしだ――

「落とされなくても、落とせない――」

 いい位置を占めたと思っても一瞬の加速で、引き離す。
 ペラの可変ピッチの切り替え速度や角度も変わったんじゃないかと思った。
 1800馬力を100%発揮している気がした。

 フットバーを蹴飛ばす、空が回転する。
 横の機動――
 乗ってこない。
 さっきからこの調子だ。
 そして、高度を稼がれ、上空から突っ込んできやがる。

「ぶち殺してやろうか。この野郎ぉぉ」

 次第に頭に血がのぼる。
 ヘッドオンをかまして、脅かしてやるか?
 そんな彼の様子を見ていたかのようなタイミングで声が響く。
 無線電話だった。

「終了だ。カッカするな」

 小福田大尉の声だ。

 鷹羽二飛曹は「ふぅぅ」と息を吐いた。
 急に全身の力が抜けた気がした。
 
 スッと頭が冷静に切り替わる。
 いつまでも怒りで周囲が見えないような人間は、戦場では生き残れない。
 彼はそれを知っていた。

 雷電は強い。
 自分の操縦する零戦をジャクの操縦する雷電が翻弄した。
 落とされることはないかもしれないが、判定では雷電の勝ちだろう。

 ということはだ――

「俺が乗ったら、負けない。負けるはずない」

 獰猛な笑みを浮かべ、彼は一人そう言ったのだった。
 雷電を外から見たこと。
 それは、彼にとって、得難い経験となった。
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