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その140:急転!ラバウル迎撃戦 南海の死闘・蒼空の熾戦 その16
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「障害物の撤去は終了しましたが、飛行甲板がめくれ上がっている部分はどうにもできません」
応急運用部門の責任者である、内務科長からの報告を空母「翔鶴」の有馬艦長は受けた。
その言葉通りの現実は、彼の視界にも映っていた。
右舷にある小ぶりな艦橋から、前部飛行甲板の様子は見えている。
内務科の作業員や、手すきの他の部門の者により残骸が撤去されているのは確認できた。
アメリカ海軍の1000ポンド(約450キログラム)の高性能GP爆弾が飛行甲板前部で炸裂。
構造材を破壊し、飛行甲板をめくれ上げていた。
残骸の撤去は可能であったが、構造材の破壊による、飛行甲板の変形はいかんともしがたいものがあった。
「長官―― やはり戦闘行動の続行は無理ではないでしょうか」
大日本帝国海軍にとって、宝石よりも貴重な大型正規空母だ。
消耗品のように扱える艦ではない。
山口多聞は、黙ってその言葉を聞いていた。
次代の海軍を背負う逸材にして、勇猛な提督。
いや勇猛を通り越し、獰猛な戦争中毒者ではないかという噂まである。
人殺し多聞丸の異名は伊達ではない。
彼は艦橋から、翔鶴の前部飛行甲板を見つめる。
前部の予備艦橋のあたりに直撃弾を喰らい、穴が空き、その周囲がめくれ上がり、構造材も破壊され、ボコボコになっている。
(簡単な話ではないか――)
一見、布袋さんを思わせる柔和な印象のある風貌。
しかし、その分厚いまぶたの奥の双眸だけは真正面から視線を受けるのが困難なほどに、兇悪で鋭いものだった。
「爆破すれば、いいだろ」
「はい?」
有馬艦長はこの提督が何を言っているのか、一瞬分からなかった。
ただ、彼も優秀な男である。山口多聞の考えている結論に到達する。
「あの……爆破ですか? 飛行甲板の……」
「邪魔なものは完全に壊してしまえばいい。いっそ無い方がすっきりするだろ」
山口多聞は平然と言った。
予備艦橋から前、前部飛行甲板を完全に爆破し邪魔になるものはなくせばいい。
「内務科長に伝えろ! 爆破だ。はぁ? 困難? 知るか! やるんだ。捲れあがった部分を爆破しろ。陸軍の工兵がやってるようなことのようなもんだ。陸軍に出来て海軍に出来ないことがあるか!!」
伝声口に怒鳴りながらも、有馬艦長は「何だ、この命令は?」と自分で思っていた。
背中に日本刀の切っ先を突きつけられるかのような視線を感じる。視線の主は分かっている。
ただ、この措置は成功すれば、確かに効果はあるかもしれない。
「翔鶴」の飛行甲板長は242.2メートル。
一回り小型の正規空母「飛龍」は216.9メートルだ。
先っちょが20メートル吹っ飛んでも、飛龍より長い。
(こうなると、改造された山城のような飛行甲板が有利か――)
山口多聞少将は自分の出した無茶な命令が実施されようとしている中、そのような事を思う。
斜めに飛行甲板を突きだしておけば、前部に被害を受けてもドタバタせずに、戦闘行動が継続できるじゃないかということだ。
彼が思うほどに、問題が簡単であるかどうかは、別問題であったが。
とにかく、軍における命令は絶対である。そして大日本帝国海軍は生粋の軍なのだ。
内務科や、その他の人員が投入される。
(30キロか60キロの陸用爆弾あたりでなんとかなるんじゃないか?)
山口多聞は、前部飛行甲板を見つめ思う。
爆弾のストックだけは豊富にあるのだ。
そして、日本海軍前代未聞の、自空母の飛行甲板爆破作業が始まるのだった。
◇◇◇◇◇◇
「電探欺瞞紙が間に合わなかったのは痛いが――」
美濃部正少佐の彗星は暗い操縦席の中で呟いた。
彼の操る彗星は、低空を這いつくばるかのような飛行を続けていた。
アメリカ海軍のレーダー探知を避けるためだった。
彼も今までは水上機部隊の指揮官であった。
水上機でガダルカナルに爆撃を実施するなど、手練れの指揮官のひとりとして知られていた男だ。
空母による夜襲が計画され、水上機搭乗員の多くが転科された。
彼も、その内の一人だった。ただ、水上機部門からは彼を転科させることに大きな反対もあった。
それだけ、優秀な人材であったのだ。
夜間戦闘では、レーダーの監視がより重要となる。
悔しい話ではあるが、その技術においてはアメリカの方が格段に進んでいることは確かだった。
美濃部少佐は冷静に敵の能力を把握していた。
敵の電波波長の長さに切断した銀紙を捲くことで、電波の反射を欺瞞することは可能だ。
逆に言えば、電波波長と異なる長さの銀紙など撒いても無駄なのだ。
月と星の作りだす夜光が海面を黒く浮き上がらせている。
水上機出身の美濃部少佐にとっては、夜間低空飛行は、当たり前の技術ではあった。
ただ、全ての搭乗員がそれを実現できているわけではない。
「敵は待ってはくれないということだ――」
本来であれば、第一、第二航空艦隊によるガダルカナル攻撃。
敵空母を誘引して、主導権を握っての海戦を実施するはずだった。
十分な夜間攻撃訓練を行った上でだ――
「よく見張れ―― そろそろ来るぞ」
「はい」
そう命じながらも彼も夜天を注意深く見張っていく。
「三式空六号無線電信機」という、日本海軍が初めて実用化した電探機搭載機である天山が先導してはいる。
しかし、その電探は主に対艦用のモノであり、対空見張りにはほぼ役に立たないと聞いていた。
敵戦闘機の発見で頼りになるのは、今のところ顔に有る二つの目玉だけだ。
「敵! 電探機より入電! 敵艦隊発見!」
偵察員の声が伝声管を通し響く。
(敵戦闘機の警戒をくぐり抜けたのか?)
美濃部少佐は思う。
しかし、その思いはまだ早すぎた。
◇◇◇◇◇◇
天山の電探が敵艦隊を捉えたということは、敵もこちらを捉えたということだった。
電探の性能の格差が、お互いの目標の大きさで相殺された。
更に、低空を飛行していたことも、アメリカ海軍が日本側の攻撃機を探知するのが遅れた理由でもあった。
しかし――
そこからのアメリカ海軍の対応は早かった。
CAP(上空警戒の戦闘機群)が、レーダーに誘導され日本海軍機を捕捉する。
美濃部少佐ほど、夜間飛行に熟練していない搭乗員の操る機体がまず狙われた。
「なんだ? ジャップの機体はカラスか?」
F4Fを操り、降下を続ける米パイロットはバカにしたような口ぶりで言った。
夜戦のため漆黒に塗られた機体であったが、それも完全に闇の中に溶け込むことは無い。
アクリルガラスのコクピットが夜光を反射していた。それが、闇の中で浮き上がっている。
「編隊を細かく組んで攻撃する気かよ」
F4Fのパイロットの視界には、二機の日本機があった。
周囲を見やる。
他にも辛うじてそれらしき敵影が見えるが、距離が離れていた。
密集による後部機銃の火力集中などは考えていない編隊構成だった。
「構わん、順番に地獄に叩き落としてやる。ジャァァァプ!!」
アメリカ海軍も引き続く航空隊の消耗と、戦力の拡充により、練度の低下を引き起こしていた。
それでも、夜間戦闘可能な搭乗員を絞りだし、迎撃に向かわせていた。
機上射撃レーダーはまだ、運用試験中であり、実戦に投入されるのは、もう少し時間がかかるだろう。
F4Fパイロットは、六時の方向を見やる。チェックシックス。
敵を攻撃する前に絶対に必要な後方確認行動だ。彼は数少ない熟練者の生き残りだった。
「戦闘機の護衛無しか―― まあ、夜間だしな」
彼の後ろには背後を守る僚機しか存在しなかった。
それは納得できる事実だ。アメリカ海軍も夜間敵空母の攻撃に十分な掩護戦闘機を出せる状況ではない。
ジャップも同じようなものだろう。
(ノーガードの殴り合いかい? 上等じゃないか――)
彼は機銃発射ボタンに指をかけ、舌なめずりをした。
今このジャップに12.7ミリをぶち込むのは簡単なように思えた。
「コイツらも下手くそになっているのか――」
こちらに気づいてないのか?
それとも、機位を失いかねない機動を嫌っているのか?
退避するような機動をとってこない。
「どこを狙ってやがる?」
上空から突っ込んできたF4Fに対し、後部機銃が火を噴いた。
真っ赤な火箭が見当違いなところにばら撒かれる。
「あれ? なんだ? ヴァル? ケイトでもない――」
F4Fのパイロットは、違和感を抱く。
ヴァル。九九式艦上艦爆機ではない。
ケイト。九七式艦上攻撃機ではない。
彼は識別帳に載っていた日本機のシルエットを脳内で掘り起こす――
しかし、彼が事前に教育を受けた日本機の中にそのような機体はなかった。
(メッサーか? メッサーシュミット?)
闇の中、微かに浮き上がる、その尖った機首から、彼はドイツの戦闘機を思い出す。
その思いが操縦桿を握る手に、一気に汗をかかせた。
(いや、複座だ。それはない――)
しかし、そうではない。複座の爆撃機だ。
彼は、ドイツの戦闘機と錯覚し、それと同時に沸いた恐怖感に唾を吐きたくなった。
欧州戦線の奴らの中にはいまだに「ジャップの戦闘機なんぞ、時代遅れだろ? なに苦戦してんだ」という声があることを知っていた。
そんなときは、いつも憎んでいる零戦(ジーク)に奴らを叩き落して欲しいと思うこともある。
「奴らは操縦桿を握った悪魔だ―― なにがメッサーだ」
彼は呻くように言った。そして、心を落ちつける。
今の敵はジークではない。そして、メッサーでもない。
(新型機か? ジャップの奴ら――)
後部機銃の射界に入るのは危険だった。F4Fのパイロットは、降下速度を利用し高度を下げる。敵機より下へ――
後部機銃の死角から接近しようと試みる。
「おいおい、なんでそんなに速いんだ? なんだオマエは? クソ!!」
複座の爆撃機であることは確かだ。今も盛んに後部機銃を撃ち上げている。
『おい、コイツ速いぞ。なんだいったい?』
僚機からの声が無線から聞こえてくる。
彼は、その声を聞いて、速度計を見やった。
「270マイル(約時速500キロメートル)―― この高度で…… ウソだろ」
高度から突っ込むことで、性能以上の速度を得ていたF4Fが、じりじりと引き離されていった。
下に回り込むどころの話ではなかった。
その先の尖った流麗な機体は、恐るべき速度で低空を突き進んでいた。
◇◇◇◇◇◇
日本海軍の122機――
その全ての攻撃機が幸運に見舞われたわけではなかった。
アメリカ海軍のCAPに捕捉され、12.7ミリ機銃の洗礼を浴びた機体も少なくは無かった。
防御を強化され、内袋式燃料タンクや、自動消火装置を備える機体であっても、可燃物であるガソリンを搭載していることには変わりはない。
そして、防弾板や、防弾ガラスがあるといっても、航空機は戦車ではない。
アメリカ海軍の戦闘機により14機の機体が撃墜されていた。
更に、その倍以上の機体が、戦闘行動により、機位を失い闇の空を彷徨う結果となっていた。
結局彼らは、アメリカ空母部隊を捕捉することはできなかった。
それでも60機以上の機体が、アメリカ機動部隊を捕捉。
輪形陣に突入――
強烈無比な対空砲火の洗礼を受けていた。
「夜間なのに、この正確さは――」
ビリビリと震える機体の中で美濃部少佐は、歯を食いしばり機体を操る。
低空では危険な、横滑りまで行い、照準をずらそうと試みる。
ただ、空間を弾丸で埋め尽くすような射撃の中では、あまり意味のあることではなかったかもしれない。
それでも、彼の機体と僚機は、爆撃進路に入っていく。
大気ごと破壊するような衝撃波から、真っ赤で太い火箭が無数に伸びる空間に切り替わった。
日本海軍が持っていない40ミリの大型対空機関砲の攻撃レンジだった。
傑作と名高いボフォース40ミリ60口径機関砲が、炎の壁を作りだしていた。
「ヌぅ!!」
視界の隅で夜天を焦がすような炎の塊――
それが揺れながら、落下していくのが見えた。
味方の機体が喰われたのだ。
美濃部少佐の彗星は炎の壁に突っ込み、それを突き破った。
機体が震え、風の中の枯れ葉のように、機体が弄ばされそうになる。
「高度800――」
(大物だ―― これは…… エセックスか?)
日本海軍の最新鋭空母、翔鶴よりも明らかに飛行甲板が大きい。
72機(4個飛行隊)を同時発艦させるだけの飛行甲板なのだ。
ただ美濃部少佐にとっては、爆弾を叩きこむには都合がいいと思うだけだ。
500キロの徹甲爆弾を抱えた彗星が牙をむいた。
偵察員の高度を読み上げる声だけが響くような感じだった。
「テッ――!!」
爆弾装が開き。
500キロの質量をもった、牙がアメリカの最新鋭空母に突きたてられた。
二式50番通常爆弾――
炸薬搭載量を絞り、弾体強度を上げ、貫通力を上げた爆弾だ。
瞬発信管と大量の炸薬で空母の飛行甲板を徹底的に破壊するアメリカのGP爆弾とは全く異なる設計思想による爆弾だった。
エセックス級には、開放式格納庫の底面に63ミリの装甲が張られている。
従来の25番(250キロ爆弾)では貫通不能な装甲だった。
しかし――
500キロ爆弾は、それを突き破る。
更にその下部にある13ミリと6ミリの構造材の一部ともなっている装甲を紙のように貫いた。
合計82ミリの装甲をぶち抜き、下甲板の38ミリ装甲に食い込んだ。
そして、そこで遅動信管が作動、爆発と同時に、その装甲を破壊。
エセックス級の33ノットの高速を支える機関部の一部を炎に包み込んだ。
爆発の火炎が飛行甲板から立ち上がり、もうもうたる煙が、夜光によって浮き上がっていた。
「エセックス級に、50番命中!」
美濃部少佐の声は、偵察員によって電波に変換され空中に放たれる。
「隊長――! また、命中弾です!」
彼が爆弾を叩きこんだ空母のかなり後方だ。
白く高い水柱が上がっていた。
(天山の魚雷か――)
彼の視点からは攻撃は成功しているように見えた。
夜間攻撃で、敵空母に痛撃を与えた。それは事実だ。
彼の彗星は退避行動に入っていた。
後を見やる――
いつの間にか、後方の僚機がいなくなっていた。
気が付くと、美濃部少佐はただ一機で夜の空を飛んでいた。
親切安心明朗会計神雷工房越谷総本部様より
https://twitter.com/3646ma2
彗星です。
航空戦艦の伊勢?らしきものがありますが、このアングルが好きでお借りしました。
応急運用部門の責任者である、内務科長からの報告を空母「翔鶴」の有馬艦長は受けた。
その言葉通りの現実は、彼の視界にも映っていた。
右舷にある小ぶりな艦橋から、前部飛行甲板の様子は見えている。
内務科の作業員や、手すきの他の部門の者により残骸が撤去されているのは確認できた。
アメリカ海軍の1000ポンド(約450キログラム)の高性能GP爆弾が飛行甲板前部で炸裂。
構造材を破壊し、飛行甲板をめくれ上げていた。
残骸の撤去は可能であったが、構造材の破壊による、飛行甲板の変形はいかんともしがたいものがあった。
「長官―― やはり戦闘行動の続行は無理ではないでしょうか」
大日本帝国海軍にとって、宝石よりも貴重な大型正規空母だ。
消耗品のように扱える艦ではない。
山口多聞は、黙ってその言葉を聞いていた。
次代の海軍を背負う逸材にして、勇猛な提督。
いや勇猛を通り越し、獰猛な戦争中毒者ではないかという噂まである。
人殺し多聞丸の異名は伊達ではない。
彼は艦橋から、翔鶴の前部飛行甲板を見つめる。
前部の予備艦橋のあたりに直撃弾を喰らい、穴が空き、その周囲がめくれ上がり、構造材も破壊され、ボコボコになっている。
(簡単な話ではないか――)
一見、布袋さんを思わせる柔和な印象のある風貌。
しかし、その分厚いまぶたの奥の双眸だけは真正面から視線を受けるのが困難なほどに、兇悪で鋭いものだった。
「爆破すれば、いいだろ」
「はい?」
有馬艦長はこの提督が何を言っているのか、一瞬分からなかった。
ただ、彼も優秀な男である。山口多聞の考えている結論に到達する。
「あの……爆破ですか? 飛行甲板の……」
「邪魔なものは完全に壊してしまえばいい。いっそ無い方がすっきりするだろ」
山口多聞は平然と言った。
予備艦橋から前、前部飛行甲板を完全に爆破し邪魔になるものはなくせばいい。
「内務科長に伝えろ! 爆破だ。はぁ? 困難? 知るか! やるんだ。捲れあがった部分を爆破しろ。陸軍の工兵がやってるようなことのようなもんだ。陸軍に出来て海軍に出来ないことがあるか!!」
伝声口に怒鳴りながらも、有馬艦長は「何だ、この命令は?」と自分で思っていた。
背中に日本刀の切っ先を突きつけられるかのような視線を感じる。視線の主は分かっている。
ただ、この措置は成功すれば、確かに効果はあるかもしれない。
「翔鶴」の飛行甲板長は242.2メートル。
一回り小型の正規空母「飛龍」は216.9メートルだ。
先っちょが20メートル吹っ飛んでも、飛龍より長い。
(こうなると、改造された山城のような飛行甲板が有利か――)
山口多聞少将は自分の出した無茶な命令が実施されようとしている中、そのような事を思う。
斜めに飛行甲板を突きだしておけば、前部に被害を受けてもドタバタせずに、戦闘行動が継続できるじゃないかということだ。
彼が思うほどに、問題が簡単であるかどうかは、別問題であったが。
とにかく、軍における命令は絶対である。そして大日本帝国海軍は生粋の軍なのだ。
内務科や、その他の人員が投入される。
(30キロか60キロの陸用爆弾あたりでなんとかなるんじゃないか?)
山口多聞は、前部飛行甲板を見つめ思う。
爆弾のストックだけは豊富にあるのだ。
そして、日本海軍前代未聞の、自空母の飛行甲板爆破作業が始まるのだった。
◇◇◇◇◇◇
「電探欺瞞紙が間に合わなかったのは痛いが――」
美濃部正少佐の彗星は暗い操縦席の中で呟いた。
彼の操る彗星は、低空を這いつくばるかのような飛行を続けていた。
アメリカ海軍のレーダー探知を避けるためだった。
彼も今までは水上機部隊の指揮官であった。
水上機でガダルカナルに爆撃を実施するなど、手練れの指揮官のひとりとして知られていた男だ。
空母による夜襲が計画され、水上機搭乗員の多くが転科された。
彼も、その内の一人だった。ただ、水上機部門からは彼を転科させることに大きな反対もあった。
それだけ、優秀な人材であったのだ。
夜間戦闘では、レーダーの監視がより重要となる。
悔しい話ではあるが、その技術においてはアメリカの方が格段に進んでいることは確かだった。
美濃部少佐は冷静に敵の能力を把握していた。
敵の電波波長の長さに切断した銀紙を捲くことで、電波の反射を欺瞞することは可能だ。
逆に言えば、電波波長と異なる長さの銀紙など撒いても無駄なのだ。
月と星の作りだす夜光が海面を黒く浮き上がらせている。
水上機出身の美濃部少佐にとっては、夜間低空飛行は、当たり前の技術ではあった。
ただ、全ての搭乗員がそれを実現できているわけではない。
「敵は待ってはくれないということだ――」
本来であれば、第一、第二航空艦隊によるガダルカナル攻撃。
敵空母を誘引して、主導権を握っての海戦を実施するはずだった。
十分な夜間攻撃訓練を行った上でだ――
「よく見張れ―― そろそろ来るぞ」
「はい」
そう命じながらも彼も夜天を注意深く見張っていく。
「三式空六号無線電信機」という、日本海軍が初めて実用化した電探機搭載機である天山が先導してはいる。
しかし、その電探は主に対艦用のモノであり、対空見張りにはほぼ役に立たないと聞いていた。
敵戦闘機の発見で頼りになるのは、今のところ顔に有る二つの目玉だけだ。
「敵! 電探機より入電! 敵艦隊発見!」
偵察員の声が伝声管を通し響く。
(敵戦闘機の警戒をくぐり抜けたのか?)
美濃部少佐は思う。
しかし、その思いはまだ早すぎた。
◇◇◇◇◇◇
天山の電探が敵艦隊を捉えたということは、敵もこちらを捉えたということだった。
電探の性能の格差が、お互いの目標の大きさで相殺された。
更に、低空を飛行していたことも、アメリカ海軍が日本側の攻撃機を探知するのが遅れた理由でもあった。
しかし――
そこからのアメリカ海軍の対応は早かった。
CAP(上空警戒の戦闘機群)が、レーダーに誘導され日本海軍機を捕捉する。
美濃部少佐ほど、夜間飛行に熟練していない搭乗員の操る機体がまず狙われた。
「なんだ? ジャップの機体はカラスか?」
F4Fを操り、降下を続ける米パイロットはバカにしたような口ぶりで言った。
夜戦のため漆黒に塗られた機体であったが、それも完全に闇の中に溶け込むことは無い。
アクリルガラスのコクピットが夜光を反射していた。それが、闇の中で浮き上がっている。
「編隊を細かく組んで攻撃する気かよ」
F4Fのパイロットの視界には、二機の日本機があった。
周囲を見やる。
他にも辛うじてそれらしき敵影が見えるが、距離が離れていた。
密集による後部機銃の火力集中などは考えていない編隊構成だった。
「構わん、順番に地獄に叩き落としてやる。ジャァァァプ!!」
アメリカ海軍も引き続く航空隊の消耗と、戦力の拡充により、練度の低下を引き起こしていた。
それでも、夜間戦闘可能な搭乗員を絞りだし、迎撃に向かわせていた。
機上射撃レーダーはまだ、運用試験中であり、実戦に投入されるのは、もう少し時間がかかるだろう。
F4Fパイロットは、六時の方向を見やる。チェックシックス。
敵を攻撃する前に絶対に必要な後方確認行動だ。彼は数少ない熟練者の生き残りだった。
「戦闘機の護衛無しか―― まあ、夜間だしな」
彼の後ろには背後を守る僚機しか存在しなかった。
それは納得できる事実だ。アメリカ海軍も夜間敵空母の攻撃に十分な掩護戦闘機を出せる状況ではない。
ジャップも同じようなものだろう。
(ノーガードの殴り合いかい? 上等じゃないか――)
彼は機銃発射ボタンに指をかけ、舌なめずりをした。
今このジャップに12.7ミリをぶち込むのは簡単なように思えた。
「コイツらも下手くそになっているのか――」
こちらに気づいてないのか?
それとも、機位を失いかねない機動を嫌っているのか?
退避するような機動をとってこない。
「どこを狙ってやがる?」
上空から突っ込んできたF4Fに対し、後部機銃が火を噴いた。
真っ赤な火箭が見当違いなところにばら撒かれる。
「あれ? なんだ? ヴァル? ケイトでもない――」
F4Fのパイロットは、違和感を抱く。
ヴァル。九九式艦上艦爆機ではない。
ケイト。九七式艦上攻撃機ではない。
彼は識別帳に載っていた日本機のシルエットを脳内で掘り起こす――
しかし、彼が事前に教育を受けた日本機の中にそのような機体はなかった。
(メッサーか? メッサーシュミット?)
闇の中、微かに浮き上がる、その尖った機首から、彼はドイツの戦闘機を思い出す。
その思いが操縦桿を握る手に、一気に汗をかかせた。
(いや、複座だ。それはない――)
しかし、そうではない。複座の爆撃機だ。
彼は、ドイツの戦闘機と錯覚し、それと同時に沸いた恐怖感に唾を吐きたくなった。
欧州戦線の奴らの中にはいまだに「ジャップの戦闘機なんぞ、時代遅れだろ? なに苦戦してんだ」という声があることを知っていた。
そんなときは、いつも憎んでいる零戦(ジーク)に奴らを叩き落して欲しいと思うこともある。
「奴らは操縦桿を握った悪魔だ―― なにがメッサーだ」
彼は呻くように言った。そして、心を落ちつける。
今の敵はジークではない。そして、メッサーでもない。
(新型機か? ジャップの奴ら――)
後部機銃の射界に入るのは危険だった。F4Fのパイロットは、降下速度を利用し高度を下げる。敵機より下へ――
後部機銃の死角から接近しようと試みる。
「おいおい、なんでそんなに速いんだ? なんだオマエは? クソ!!」
複座の爆撃機であることは確かだ。今も盛んに後部機銃を撃ち上げている。
『おい、コイツ速いぞ。なんだいったい?』
僚機からの声が無線から聞こえてくる。
彼は、その声を聞いて、速度計を見やった。
「270マイル(約時速500キロメートル)―― この高度で…… ウソだろ」
高度から突っ込むことで、性能以上の速度を得ていたF4Fが、じりじりと引き離されていった。
下に回り込むどころの話ではなかった。
その先の尖った流麗な機体は、恐るべき速度で低空を突き進んでいた。
◇◇◇◇◇◇
日本海軍の122機――
その全ての攻撃機が幸運に見舞われたわけではなかった。
アメリカ海軍のCAPに捕捉され、12.7ミリ機銃の洗礼を浴びた機体も少なくは無かった。
防御を強化され、内袋式燃料タンクや、自動消火装置を備える機体であっても、可燃物であるガソリンを搭載していることには変わりはない。
そして、防弾板や、防弾ガラスがあるといっても、航空機は戦車ではない。
アメリカ海軍の戦闘機により14機の機体が撃墜されていた。
更に、その倍以上の機体が、戦闘行動により、機位を失い闇の空を彷徨う結果となっていた。
結局彼らは、アメリカ空母部隊を捕捉することはできなかった。
それでも60機以上の機体が、アメリカ機動部隊を捕捉。
輪形陣に突入――
強烈無比な対空砲火の洗礼を受けていた。
「夜間なのに、この正確さは――」
ビリビリと震える機体の中で美濃部少佐は、歯を食いしばり機体を操る。
低空では危険な、横滑りまで行い、照準をずらそうと試みる。
ただ、空間を弾丸で埋め尽くすような射撃の中では、あまり意味のあることではなかったかもしれない。
それでも、彼の機体と僚機は、爆撃進路に入っていく。
大気ごと破壊するような衝撃波から、真っ赤で太い火箭が無数に伸びる空間に切り替わった。
日本海軍が持っていない40ミリの大型対空機関砲の攻撃レンジだった。
傑作と名高いボフォース40ミリ60口径機関砲が、炎の壁を作りだしていた。
「ヌぅ!!」
視界の隅で夜天を焦がすような炎の塊――
それが揺れながら、落下していくのが見えた。
味方の機体が喰われたのだ。
美濃部少佐の彗星は炎の壁に突っ込み、それを突き破った。
機体が震え、風の中の枯れ葉のように、機体が弄ばされそうになる。
「高度800――」
(大物だ―― これは…… エセックスか?)
日本海軍の最新鋭空母、翔鶴よりも明らかに飛行甲板が大きい。
72機(4個飛行隊)を同時発艦させるだけの飛行甲板なのだ。
ただ美濃部少佐にとっては、爆弾を叩きこむには都合がいいと思うだけだ。
500キロの徹甲爆弾を抱えた彗星が牙をむいた。
偵察員の高度を読み上げる声だけが響くような感じだった。
「テッ――!!」
爆弾装が開き。
500キロの質量をもった、牙がアメリカの最新鋭空母に突きたてられた。
二式50番通常爆弾――
炸薬搭載量を絞り、弾体強度を上げ、貫通力を上げた爆弾だ。
瞬発信管と大量の炸薬で空母の飛行甲板を徹底的に破壊するアメリカのGP爆弾とは全く異なる設計思想による爆弾だった。
エセックス級には、開放式格納庫の底面に63ミリの装甲が張られている。
従来の25番(250キロ爆弾)では貫通不能な装甲だった。
しかし――
500キロ爆弾は、それを突き破る。
更にその下部にある13ミリと6ミリの構造材の一部ともなっている装甲を紙のように貫いた。
合計82ミリの装甲をぶち抜き、下甲板の38ミリ装甲に食い込んだ。
そして、そこで遅動信管が作動、爆発と同時に、その装甲を破壊。
エセックス級の33ノットの高速を支える機関部の一部を炎に包み込んだ。
爆発の火炎が飛行甲板から立ち上がり、もうもうたる煙が、夜光によって浮き上がっていた。
「エセックス級に、50番命中!」
美濃部少佐の声は、偵察員によって電波に変換され空中に放たれる。
「隊長――! また、命中弾です!」
彼が爆弾を叩きこんだ空母のかなり後方だ。
白く高い水柱が上がっていた。
(天山の魚雷か――)
彼の視点からは攻撃は成功しているように見えた。
夜間攻撃で、敵空母に痛撃を与えた。それは事実だ。
彼の彗星は退避行動に入っていた。
後を見やる――
いつの間にか、後方の僚機がいなくなっていた。
気が付くと、美濃部少佐はただ一機で夜の空を飛んでいた。
親切安心明朗会計神雷工房越谷総本部様より
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彗星です。
航空戦艦の伊勢?らしきものがありますが、このアングルが好きでお借りしました。
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