王立魔法大学の禁呪学科 禁断の魔導書「カガク」はなぜか日本語だった

中七七三

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15話:製紙工程のボトルネックと意外な来訪者

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 その日は、久しぶりに一家が揃って夕食をとったのだ。
 この国の料理は主食が、薄焼きの小麦のパン。
 それに、色々な者を挟み込んで食べるというのが一般的だ。
 
「父上、貿易の動きはどうですか?」

 長兄のハルシャギクだった。
 重く低い武骨な声。しかし、父に対し十分な敬意のこもった声音だ。
 無敵、無双の名を欲しいままにする兄も父を尊敬していた。
 
「まあ、変わらずだな」

 ドレットノート家は代々、この王国有数の商業都市で統治官の役職を担っている。
 通行関税の徴収や管理も業務の内だ。
 だから、ハルシャギク兄さんは「貿易」という話をしたわけだ。
 その商業都市は、国内だけではなく他国との貿易流通の窓口にもなっている。

 俺のこの世界の父親は貴族だ。かなり有力な方だ。
 能力も優秀なんだと思う。
 柔らか味のある温厚そうな顔をしている。
 実際家族にはその外見の通り優しい。俺には甘すぎるのではないかというくらいだ。
 まあ、母親が「アナタは、ライラックに甘すぎます」と言われているくらい。
 俺も父は尊敬しているし、好きなのだ。

 暇があれば、電気ビリビリでまた肩を揉んであげたい。
 母親はあまり良い顔をしないのだが。貴族の行動らしくないということで。

「ほう、北領で小麦の出来が良くないとのうわさを聞きましたが」

 父の表情が一瞬変わる。
 子煩悩なだけじゃない王国の有能な貴族であり官吏の一人の表情を見せた。
 家の中では滅多に見せない顔だ。

「耳が早いなぁ。ハルシャギクは」

 そう言って、再び、温厚な笑みに戻り、ブドウ酒を口に運ぶ。

「門弟には色々な者がおりますゆえ」

「色々と物が動くのはこれからだろうがな。まあ、国内の物資流通が盛んとなるのは、いい事なのだがな…… ドレットノート家にとっては」

「そうでありましょう」

 ハルシャギク兄さんが太い顎を引いて首肯する。
 超絶的というか、大陸無双の最強剣士であるハルシャギク・ドレットノート。
 俺の兄なわけであるが、ただの筋肉バカじゃない。
 今は、自分の流派を開き、道場生に剣を教えているが、いずれ父の後を継ぐことになるのだ。
 ドレットノート家の家業に関することは、叩きこまれている。
 その頭脳も明晰だ。

「そういえば、ライ」

「なんでしょうか? ホウセンカお姉様」

 突然、姉から声をかけられ、燻製肉を丸めた薄焼きパンを持つ手が止まった。
 
「学校の様子はどうですか?」

「学校ですか?」

「そうです。王立魔法大学…… え~、なんでしたか禁呪ですか? そう、禁呪の研究です」

「えーとですね……」

 何から話すべきか考える。禁呪が日本語で、俺はそれをスラスラ読めること。
 その内容が前世の「科学文明」の生み出した様々な道具や機械であること。
 そんなことは、いくらなんでも話せない。

「禁呪の文書に記された「紙」の製造実験を行っています」

「魔法の紙? すごいわ。どんな紙かしら?」

 ニッコリとほほ笑む。大陸最強の治癒魔法の使い手。
 長い金髪に雪のような白い肌に碧い瞳。
 上流貴族の娘という想像をそのまま具現化したような容姿。
 おまけに、ふたつの胸のふくらみがテーブルの上の乗っかってプルプルしている。
 ツユクサ先生には絶対にできないことだった。
 
「いえ、紙自体は普通といいますか。まあ質は上がりますが…… ただの紙です」

「あれ? ではなにが禁呪なのかしら?」

「紙というより、そのう…… 作る方法です。今のような紙より良い紙が、安く大量に作るという」

「ほう……」

 俺の言葉に反応したのは、次兄のリンドウだった。
 その流麗な眉がピクリと動いた。

「リンドウ兄様、どうかなさいまして?」

「もし、ライの言うことが本当であれば、それは凄いことかもしれません――」

 そう言うと、ブドウ酒をすっと口元にもってくる。
 ひとつひとつの動作が、男のくせに妖艶だ。なんだろうな…… この兄ちゃんは。
 下手な美人が吹っ飛ぶレベルで、女と見間違えそうな美貌の兄だ。
 魔人・リンドウの二つ名を持つ最強の魔法使いであるが。

「リンドウの言う通りだな。かなりすごいことかもしれんな」

 父親が静かに口を開いた。

「う~ん…… 確かに、安い紙が大量に出来れば…… ああ、私の仕事も変わるかもしれませんわね」
 
 兄と父の言葉で思案気にしていた、ホウセンカ姉さんもその影響の大きさをすぐに理解した。
 王国の直属の治癒魔法使いだ。書類仕事もあるんだろう。

「魔導書、政務、軍事、商業、教育―― ああ、教会にも影響を与えますね」

 リンドウ兄ちゃんが言った。
「教会」と言ったこととで、口の端をクッと上げた。少し揶揄の色のある笑み。

「その紙の研究はどこまでいっているのですか?」
 
 ここまで黙って聞いていた母が訊いてきた。
 基本優しい人間なのだが、貴族として相応しくない行動を取った場合は鬼となる。
 逆に、貴族として立派な行いをすることが大好きだ。
 当然に、子ども時代から俺もそうしつけられた。成功しているのかどうかは微妙なのだが。

「実験ではそこそこですかね。試作品は、そこそこ良質かと思います」

「その紙はありますか? ライ」

「ほう…… みて見たいな。私に見せてくれないか?」

 母と父の言葉に、俺は頷いた。一応、部屋には試作品の紙を持っている。
 実は、家族に見せて意見を聞こうと思っていたのだ。
 渡りに船だった。

 俺はそれを取ってきて、家族に見せた。

        ◇◇◇◇◇◇

「へえ、貴族様の目から見ても品質は悪くなかったってことね」

「貴族様とかやめてくれませんか……」

「いいじゃない。貴族なんだし」

「まあ、そうですけど」

「で、他になにか言っていたかしら?」

 対面する机に座っているツユクサ先生が身を乗り出して俺に訊く。
 そういうことをしても、胸が全く障害にならないのは、俺の姉と大違いだ。

「まあ、そうですね。書き心地まで試しましたが、父は相当に期待してました」

「お父様が?」

「交易都市の関税権をもってるんですよ。紙がふんだんに使えるなら、仕事が変わると言ってました」

「まあ、そうよね。貴族の多くはそう言った仕事を持っているわけだし」

「商業、工業、教育、政治―― それから教会も。あらゆる分野に影響が出る可能性があると言ってましたね」

「さすが、伊達に貴族じゃないわね。アナタの家族は」

 俺もその一員なんですけどねと思ったけど。

「あと、魔導書の値段も少しは下がるんじゃないかって」

「まあ、魔導書は紙よりも、中に書かれた呪文構文が価値があるわけだし、下がると言っても、どうかしらね?」

 魔導書は今は手書きが主流だ。特に高級な魔法はほぼ手書き。
 部数は非常に限られる。だから、写本を試みる人間もでてくる。
 魔導書には、写本しても機能しないような魔法構造文が組み込まれていたりする。
 しかも、そんな魔導書は持っているだけで重罪になる。
 それでも、その価格が高いせいか、魔法構文の解析をして、コピーした写本が出るのを完全に防げてない。

 リンドウ兄ちゃんは「写本を作る手間とリスクを考えるとバカバカしいくらいの値段になればいいのですが」と言っていた。
 紙の量産だけで、そこまで行くかどうかは分からない。
 ふと、印刷ということも思いついたが、まだひとつ目の課題ができていないのに、次のことを進めることは出来ない。
 
 なんせ、禁呪学科には俺と先生の2人しかいないのだ。

「兄もその点は、将来に期待という感じでした」

「魔法開発屋にとっても、10万グオルドの本10冊より、1000グオルド1万冊の方が利益は大きいはずだし」

「1万冊も売れますか?」

 ツユクサ先生は軽く言ったが、どうなんだろう。
 使い手を選ぶような本が1万冊も売れるのか?
 魔法使いの人数はそれほど多くない。

「さあ、この王国だけじゃなく、大陸全体なら可能性はあるんじゃないかしら?」

「ああ、そうですね」

 魔法の中には軍事利用するような危険な魔法がいくらでもある。 
 それが、拡散するのはどうかと思うが、人命を助ける治癒魔法なんかは、数が多ければそれはいいことだと思う。
 まあ、クリアしなければいけない問題は多分色々でてくるだろうけど。

「そういえば、先生」

「なに?」

「今の工程の問題は、やっぱり木の裁断と苛性アルカリ溶液だと思うんですよ」

 すでに、新たな工房は動きだしていた。
 生産も開始している。
 ただ、先生が言っていた「10倍」という生産量は達成していない。
 せいぜい、2倍か3倍という感じだ。
 それでも、大したものではあるのだが。

 紙の元となるドロドロのスープを作るまでの時間がなかなか圧縮できないのだ。
 木を細かく砕き、苛性アルカリ溶液でドロドロにするというところが、工程圧縮のボトルネックだった。
 煮込む時間が長いのだ。1日では中々ドロドロのスープができない。
 3日は煮込む必要があった。 

「木を更に細かく切るか、苛性アルカリ溶液を改良するかってことね」

「そうですね――」

 俺と先生は頭を突き合わせて「うーん」と考える。これまでも何度も話し合ったことだ。
 木を細かく切れるなら、今の苛性アルカリ溶液でも、ドロドロのスープを作るのはもっと早くなる。
 水車の利用も考えたが、この王国には河川が少なく、あのエリアには適当な水車を作るような適当な川は無い。
 風車もあるといえばあるが、それほど強い風が常時吹く場所でもない。

 一気に、禁呪の「カガク」を使って「蒸気機関」や「木炭ガスエンジン」というわけにもいかないだろう。
 今の問題より、もっと困難な問題に直面することは確実だ。

 木を細かく切るということに関して、問題を解決するだけなら簡単だ。
 投入する奴隷の数を増やせばいい。

 しかしだ――

「奴隷の数を増やすというのも無理があるし」

 ツユクサ先生が机に肘をついてぼやくように言った。
 だいたい「10人で出来る」と言ったのは先生なのだけど。

 とにかく、奴隷は高いし、扱いが大変なのだ。
 熟練した監督者がいないと、効率のいい労働ができない。

 奴隷を上手く使うということは、ひとつの技能だ。
 労働の喜びもなければ、達成感もない。
 ただ、ひたすら最低限で生きていくというだけの日々。

 辛うじて、奴隷から解放されるという夢はあるにはある。
 これは「飴」の部分で、死ぬまで自分が「奴隷」だと思っている者を必死に働かせるのは難しい。
 しかも、無理をさせれば、病気やけがをする。
 それは、使う方にとっても大きな損失だ。

 工房における奴隷とは「燃料」であり「工作機械」である。
 本当に重要なパーツなんだ。

 カタクリ親方の娘のスズランが奴隷の扱いにも熟練していたのは本当に助かっている。

「苛性アルカリ溶液を色々試してみますか」

「そうね……」

 そのときノックの音が聞こえた。
 この禁呪学科に誰かが来るのは珍しい。
 誰だいったい?

 俺は席から立ち、ドアを開ける。
 まず、事務員がいた。そして後に、でかくてごつい男が立っていた。

「ほう…… ここが、オマエの学問の場か」

「ハルシャギク兄ちゃん…… なんで?」

 思いもかけない。人物の来訪。
 人類最強の剣士。というか、剣すら持ってない素手の剣士。
 無敵、無双の存在がそこに立っていた。
 俺の兄だった。
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