王立魔法大学の禁呪学科 禁断の魔導書「カガク」はなぜか日本語だった

中七七三

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17話:カガクとチートの剣で紙の大量生産

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「ソレガシを『女の子』と申したか?」

 女の子。それも完全なアニメ声の女の子以外に聞こえない声。
 その声の主がツユクサ先生の方を見た。

 ヒナゲシ・ザイドリッツ。
 俺の兄の弟子。つまり剣士だ。それも相当なレベルのだ。

 剣の切っ先のような鋭い視線だった。
 その全身から獰猛な獣のような気がゆるゆると立ち上がっていく。
 女の子の形をした猛獣のようなオーラを身にまとっている。
 空気が音を立てて、硬質化して行きそうだった。

「だって、女の子でしょ?」

 ツユクサ先生は、さらっと言った。この空気の中で追撃の発言。
 しかも、不思議そうな顔で「えー? なんで、女の子だよね?」って同意を求める視線を俺に送る。
 確かにそうだけどぉぉ。
 反応というか、空気を察して欲しい。
  
 どーみてもこのタイプの女の子にとって「女扱い」は地雷なんだろう。
 無敵、無双と言われる俺の兄のハルシャギクの弟子だよ。 
 でもって、でっかい剣を背中に背負っているんだよ。
 その辺りは察して欲しいんだけど。

「貴殿も同意か? ソレガシを『女の子』と見るか?」
 
 俺は何も言ってないのに!
 なんで、視線がこっち向けて固めるの?
 凄まじい視線。
 視線で殺意を感じたの初めてだ。
 まるで、全身がベタ塗りで、目だけが浮き上がってくるような感じだ。

「無礼だぞ、ヒナゲシ――」

「師匠?」
 
「フッ、先生はキサマの未熟さを見抜いたようであるな」

 ハルシャギク兄ちゃんが口を開いた。

「それは…… ハルシャギク師匠――」

「女であることを舐められまいとし、必要以上に殺気を漏らす。それは剣士としての高みを目指すのに必要なことか?」

「師匠……」

「無駄な殺意を漏らす…… キサマの欠点だ」

「それは――」

 キュッと形のいい唇をかみしめ、ヒナゲシさんは言った。
 殺気は消えていたけど、剣呑な雰囲気はそのままだ。

「キサマは剣が好きなのであろう?」

「好きでござります」

「であれば、男も女も関係ない。女と言われ、気を乱す。それは、己が未熟さ以外なにものでもないだろう」

 ハッとした顔。
 人生における重大な秘密を告白されたかのような表情。
 そして、そのまま崩れ落ち、膝をついた。ガックリと。

「師匠の言う通りでござります…… ソレガシが未熟……」

「剣の道は長い。その頂は果てしなく高いのだ。精進せよ」

 ハルシャギク兄ちゃんが、遠くを見つめるような目でそう言った。
 それを、尊敬を通り越し、崇拝の目で見上げる弟子だった。

 なんかスゲー面倒くさそうな人なんだけど。
 いいのか?
 こんな人が工房に来て?
 
 チラリとツユクサ先生を見ると、平然としていた。
 メンタルが強い。さすがだ。

「でだ、ツユクサ先生」

「はい、お兄さん」
 
「あちらにある丸太を細かくすればいいのかな?」

「はいそうです」

 先生が返事をすると、ハルシャギク兄さんは視線を工房の隅に向けた。
 でかい丸太が何本も転がっている。
 皮が剥がされた丸太だ。

 今まではそいつを、奴隷たちが斧や鉈で叩いて大雑把に切断する。
 でもって、その切断された木片を集めて、更に細かく砕いていくという作業をしていた。
 これが、今のところ一番時間と手間のかかる仕事になっている。

 今も工房ではそれをやっている真っ最中だ。
 
 赤いバンダナが大柄な奴隷たちの間をチョロチョロしている。
 この工房の監督を任せているスズランだった。
 今も奴隷の仕事を見張っているのだろう。 

 禁呪「カガク」にあった紙の製造を再現しようとして、一番のネックになっている部分がこれだ。
 丸太の粉砕が大変なのだ。
 大きなジューサーのような粉砕する機械があればいいが、この世界にはそのようなものはない。

「これ、1本を粉砕すれば2000カパルか……」

 ハルシャギク兄さんが、ポロリとその言葉をこぼす。

「2000カパル! ソレガシが、1本切り刻むだけで、そんなに!!」

 ヒナゲシが凄まじいリアクションをする。
 大きな目を更に見開いて驚愕といっていい表情のまま固まる。

「あれ、言ってなかったか?」

「耳にしてござりませぬ。仕事を兼ねた修行であるとは聞いておりましたが、金額までは――」

「そうか…… 言い忘れたか」

 太い指でポリポリと頭をかく、ハルシャギク兄ちゃん。
 それは、結構肝心なことだと思うけど。

「左様にござります。2000カパル…… 大金にござります」

「仕事と修業とは言うが、これは我が弟と、その先生の魔法研究の手助けでもあるのだ。しっかり頼む」

「師匠の弟君とその先生?」

「キサマがさっき睨みつけただろうよ」

 ハッとした顔でヒナゲシは、俺と先生を交互に見つめる。

「誠に無礼な振る舞い。師匠の弟君、そして、その先生とはつゆ知らず。お許し願いたい」

 頭を下げるヒナゲシ。体前屈の測定しているくらいの角度。
 サイドで纏めている髪が完全に地面に着いてしまっている。

「そういえば、自己紹介してなかったわね」

 思いだしたようにツユクサ先生が言った。
 いきなり猛獣のような殺気と刃のような視線を放つもんだから、自己紹介の機会がなかったのだ。

「私は、ツユクサ・アカツキです。王立魔法大学の講師です」

「王立魔法大学の学生で、ハルシャギクの弟、ドレットノート家の3男。ライラック・ドレットノートです」

 俺も先生も二つ折りになった体の背中に向かって自己紹介した。

「ヒナゲシ・ザイドリッツと申す。こたびの無礼、平にお許しを――」

 膝に額をくっつけながら、ヒナゲシが2回目の自己紹介をした。

「いや、もう頭は下げなくていいですから」

「そうか」
 
 先生の言葉で、ヒナゲシはバネ仕掛けのように一瞬で頭を上げた。
 長い髪がバサりと揺れる。

「しかし、本当に2000カパルでござりまするか……」

「はい。そうですけど」

 ツユクサ先生が答える。
 しかし、この値段を決めたのは、隣の工房のカタクリ親方の娘、スズランだ。
 彼女が製造原価計算をして、それで決定した給金。

「かなりの高給にござりまするな……」

 今度はさぐるような視線で、工房の中をみやった。
 上手い話しにはなにかあると、探るような視線だ。

「一応、大学の実証実験ですので、ここでのことは他言できません。そのことを含んでの給金とお考えください」

「魔法大学の実験にござりまするか……」

 納得したように、ヒナゲシは頷いた。
 まあ、それにしても2000カパルは結構高いのだけど。

 王国の通貨体系は単純だ。
 1グオルドが40シルバル。
 1シルバルが4000カパルになる。
 
 グオルドが金貨で滅多に流通しない。
 普通の生活では、銀貨のシルバルが上限だ。
 日常生活の買い物なら銅貨のカパルで十分というのが、この世界だ。

 2グオルドで、4人の家族が1年間普通に暮らせる。
 カパルでいえば、32万カパルだ。
 標準的な奴隷もだいたいこの値段になる。

 で、2000カパルという給金だが。
 日当2000カパルで考えれば結構高く見える。
 この場合、200日働けば、標準的な市民の年収を超えてしまうのだから。

 市場の屋台で好き勝手買い食いして結構腹いっぱいになるまで食ったとする。
 2000カパルあれば、相当なおつりがくる。
 フードファイターでも連れ来ない限り、使いきれない。

 それくらいの破格の待遇なのだ。
 ただ、それは丸太を1日で1本粉砕できればの話だ。
 そんなに簡単なものじゃない。

 今いる奴隷は10人。 
 他の工程もあるので、全員をつぎ込めない。
 大体5~6人が交代で丸太の粉砕を行っている。
 それでも、1本の丸太をアルカリ溶液に漬けるまで粉砕するのに、3~4日かかる。
 今は砕けた木片からどんどん、アルカリ溶液の詰まった壺にいれて、工程を動かしている。
 この効率の悪さが全体の生産量を低く抑え込んでいた。
 粉砕工程に奴隷の労働力が取られてしまうのも痛い。

 スズランは「1人が2日で1本も処理できれば、生産力10倍は可能です……」と言っていた。
 彼女の計算能力の高さからいって、多分そうだろう。
 ツユクサ先生が宣言した生産力10倍は、この丸太粉砕の工程をいかに圧縮するかにかかっている。

 生産力が10倍になれば、出荷出来る紙の単価は圧倒的な競争力を持つことになる。
 現在の紙の十分の一の価格で出荷しても、利益は今までと変わらないんだ。

 ただ、それも彼女一人でどこまで出来るかって話になる。
 まあ、兄の弟子だし、相当な使い手であることは想像できるが……

「まあ、試に俺が最初にやってみるか」

 ハルシャギク兄さんが声が俺の思考を中断させた。
 気軽に近所に出かけようかという感じの声だ。

 そして、丸太が積んである場所に歩を進める。 
 ひょいと一本を掴みだし小脇にかかえた。
 電信柱より太い丸太なのに。小枝のように扱う。
 まるで、重力が存在しないような錯覚に陥る。

「ほう、意外に軽いな。紙を作る丸太だからか」

 その理屈はおかしい。
  
「兄ちゃん、それ、普段奴隷が5人がかりで運んでるんだけど」

「ほう、そうか」

 丸太が軽いんじゃなくて、自分の力が人外なだけということに気付いているのだろうか? 

「このあたりでよいかな」

 ハルシャギク兄ちゃんは、工房の広く開いている場所に、トンと丸太を立てた。
 高さは彼の背より高い。3メートルはあるか。

「細かく粉砕すればいいのだな。ツユクサ先生」

「はい。まあこれくらいの大きさで」

 ツユクサ先生は指でサイズを示す。だいたい3センチくらいの大きさ。
 
「うむ、あまり粉々にし過ぎてもよくないのだな」

「そうですね」

 確かにハルシャギク兄ちゃんが全力を出したら、丸太が粉末になりかねない。
 それでは、紙を構成する大事なセルロールまで壊れてしまう。

 ハルシャギク兄ちゃんがスッと腰を沈めた。
 すぅぅっと呼気を吐く。
 
「カッ!」 

 鋭い声を上げた。俺にはそれだけに見えた。
 なにも起きていない。
 ただ、丸太はそこにポツンと立っている。

「ま、このようなものか……」

 ハルシャギク兄さんは、そう言うと、トンとつま先で地を軽くたたいた。
 
「ええええ!!!!」

 丸太が崩れ落ちた。まるで積木が崩れる様に丸太だった物が木片になっていく。
 昔ネットで見たビルの爆破動画みたいなの。あれを丸太で再現した感じだ。

 細かな粉末が巻き上がる。その空間を黄色く染め上げていく。
 徐々にその黄色い粉塵が晴れてくる。
 木片の山だ。
 その中に大量の木片の山ができていた。

「すごいわ! 一瞬で」

「ハルシャギク師匠の『無刀の剣』―― まさに、剣を極めし者の技にござります」

 ツユクサ先生とヒナゲシの称賛の声。
 俺は、驚きの声しか上がらんかったよ。
 自分の兄の凄まじいチートぶりにあらためて、驚くしかなかった。

 ツユクサ先生が、斬られた木片を手に取った。
 俺もそれを見る。すげぇよ。ほとんど同じ大きさの直方体だよ。
 パワーだけじゃない。精密さもチートだ。

 先生が、俺に近づいてきた。耳元に口を近づける。
 
「ねえ、お兄さんにも働いてもらえるようにお願いできないかしら?」

 耳元でささやくツユクサ先生。

「いや、それは…… さすがに…… 兄は道場経営もあるし、兄を2000カパルで使うというのは……」

「確かにそうね…… ドレットノート家の長兄ですものね……」

「一応、俺もその家の人間なんですけどね……」

「そ、そういえば、そうだったわね」

 完ぺきに忘れてましたという感じで先生は言った。
 まあ、先生に俺が「貴族」だってことを意識されるような付き合い方はされたくは無かったけど。

 俺は、チラリとヒナゲシさんを見た。
 幸い、俺たちの言葉は聞こえてないようだった。
 彼女も木片を手に取って、必死の形相であらゆる角度から観察していた。

「凄まじい切り口にござります」
 
「やってみるか? ヒナゲシ」

 師匠の言葉で、彼女の身にまとった空気が変わった。
 最初にあった獣臭のこもった獰猛な気ではない。
 まるで、鋭利な刃物が放つような気を身にまとっていた。

「御意――」

 彼女は短く言うと、丸太の方に進んでいく。
 そして、自分の師匠と同じように、軽々と1本の丸太を持って歩いてきた。

 女性としては、長身。しかし、細身の体だ。
 それが、軽々と奴隷が5人で運ぶ丸太を持っていた。
 そして、丸太を立てた。

「無剣の境地には立っておらぬゆえ、無粋ながら、剣を使用させていただく」

 彼女はそう言うと、背中の剣を抜いた。
 鏡面のような刀身が、彼女の相貌を映しだしていた。
 肉厚で凄まじく長い剣だった。
 
「こおぉぉぉぉぉ!!」

 空気をビリビリと震わせる叫び。そして鉄塊のような白刃が唸りを上げた。
 剣風が竜巻のように、空間をかき乱す。

 ツユクサ先生の亜麻色の髪の毛が風で乱れた。それを手で抑える。
 
「おらぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 絶叫とともに、剣を振り回していく。
 丸太は閉じ込められた空間の中で踊るように爆ぜている。
 地面まで削岩機を当てたように振動していた。

 トン――ッと彼女が、剣を地に立てた。
 同時に丸太が粉々となって、崩れ落ちる。

「ほう―― かなりやるようになったではないか」

 ハルシャギク兄ちゃんが感心した声を上げた。

「まだまだ、未熟にござります」

 確かに、ハルシャギク兄ちゃんのように、ほとんど同じ大きさの木片に斬り刻んだということではない。
 斬っている場面も見えた。まるで鋼の竜巻のようだったけど。
 粉砕マシーンというなら、彼女の方がそのイメージに近い。
 とにかく、兄ほどではないが十分人外の技だ。

 ツユクサ先生が、細切れにされた木片を手に取った。
 大きさや形はバラバラだ。でも、それで十分だった。
 三角だろうが、四角だろうが、ここまで粉砕できれば十分だ。

「彼女一人で、十分ね……」

 ツユクサ先生は手に持った木片を見つめて、小さくつぶやいていた。
 俺もそれには同感だった。

        ◇◇◇◇◇◇

「すげぇことになったもんだ」

 ひげ面で凶悪な顔が恵比須顔(えびすがお)になると、どうなるか?
 今、目の前のカタクリ親方の顔がそれだ。
 ただ、兇悪なのは顔だけで、中身は人のいいおっさんであり、腕のいい職人であることは分かっている。

 馬車に積まれ、出荷されていった大量の紙を見つめての言葉だった。
 4頭立ての荷馬車にパンパンの紙が搭載されていたのだ。

 しかし、それを不機嫌そうな顔で見ている存在もいた。
 真っ赤なバンダナをした、一見少年のように見える少女だ。
 親方の娘のスズランだった。

「問屋からの注文を断ってます。利益確保の機会を喪失してます」

「そ、そうなのか?」

「日に日に問屋からの発注量が増えてます。親方。どうしますか?」

 工房では、自分の父親でも「親方」と呼ぶ。
 職人の世界ではよくあることなのだろう。

 カタクリ親方はこの工房の隣で、以前から紙の製作を行っている。
 今回の禁呪「カガク」による紙の製造の第一協力者といっていい。
 そして、娘のスズランは、工程管理から、仕入、受注、出荷と、工房のあらゆる部分の監督をしている。
 どうみても12~13歳にしか見えない外見からは、想像つかない能力だ。
 貢献度でいえば、一番だ。
  
「どうしますかって…… おめぇよ……」

 その顔は「どうすればいいの? 教えて」と言っていた。
 
 いまや、この工房はかつての10倍以上の生産力で紙を造りだしていた。
 おかげで、単価は滅茶苦茶下がっている。
 しかも、製品の質は比べものにならない。
 今までの紙が質の悪い新聞紙とすれば、この工房の紙は、上質紙に近いレベルにあった。

 その生産を達成したのは、兄のハルシャギクが紹介してきた一人のアルバイトのおかげだった。

「ソレガシの斬る丸太がもうないのだが?」

 後ろからの声に、カタクリとスズランの親子が振り返った。
 その、生産力の根幹となっている少女の声だった。

 長い黒髪を揺らし、片手に物騒な大剣をもって、親子に近づいてくる少女。
 褐色の肌には、結構な汗が流れている。木片や粉が顔とか髪に汗でくっついている。
 しかし、それを気にする風でもない。

 磨き上げた剣技で丸太粉砕のアルバイトしているヒナゲシだ。
 朝早くに、兄の道場に通い、午後からこの工房に来ている。

「うーん、今日の分はもうないです。明日にならないと丸太は入荷しないです」

「そうか…… では、もう今日は上がりであるか?」

「すいません。そうしてください。今日は…… 20本ですね」

「そうだな」

 20本の丸太を粉砕して、1本2000カパル。
 4万カパル。つまり、4シルバルだ。
 
 スズランは4枚の大きな銀貨を取り出し、袋にいれる。 
 そして、ヒナゲシに渡した。

「助かる」

 ヒナゲシは頭を下げ、それを受け取った。
 
「では、修行の身ゆえ、今日は失礼させていだく」

 工房の丸太粉砕機が、修行のため出て行った。
 兄の道場に戻るのか。しかし、あの道を走っていくのか……

「なあ、スズラン」

「なんですか? ライ学士様」

 彼女は俺のことを学士様と呼ぶ。なにか照れくさい。

「丸太の仕入れの数を増やす方がよくないか?」

「それもありますが……」

「確かに、あのねーちゃんの、剣の腕はすげぇもんだ。おかげで紙がバンバンできる」

「でも、発注はもっと増えてます。このままだと問屋からの苦情(クレーム)になりかねません」

 小さい声だが、きっぱりと言い放つスズラン。
 そして、彼女は言葉を続けた。
  
「元の工房の製造方法を変更すれば、利益率が3倍の製品を今の3倍以上製造できます。本格的にやれば、5倍はいけるかもしれません」

 元の工房とは、親方が今も従来の方法で奴隷を投入して、紙を造っている工房だ。
 生産ラインの変更はやっていない。

「おい! 本当か? ちょっと待て……」

 カタクリ親方は指を折って計算を始めた。
 バンダナ姿の兇悪な顔で指折り計算しているのを見ると、今日のブチ殺す人間の数を勘定しているようにしか見えない。

「3倍の利益率で生産量3倍以上になれば、今の10倍儲かるかもです」

「今の10倍だとぉぉ!! 今ですら、とんでもねぇのに!」

 指折り数えていた手が止まって絶叫。

「計算上です」

「そうか…… オマエは本当に頭がいい。さすが、俺の血をひくだけのことはある」

 前半には完全同意だ。後半部分には同意しかねるけど。

 父親に真顔で褒められ少し顔を赤らめるスズラン。
 赤いバンダナを少し下ろして顔を隠そうとする。

「生産量が増えれば、更に儲かると思います。工程の無駄削ったり、アルカリ溶液も改良できるかもです。そうすれば……」

 小さな声でつぶやいた。
 スズランは特に数字に関しては、人間離れした能力を持っている。天才といってもいいかもいしれない。
 親方は足し算すら怪しいが、この世界ではまあ珍しくは無い。

 とにかく、アルバイト要員、ヒナゲシの加入で、生産体制は一気に変わった。

「すゲェ話だぜ。どうなんだい、先生」

 二人のやりとりを黙って聞いていたツユクサ先生。
 髭の兇悪な男が、その先生に問いかけた。

 先生がすっと息を吸い込むのが見えた。
 細く、華奢な亜麻色の髪をした少女。
 しかし、彼女は王立魔法大学の講師で、俺の担当教官だ。

「工房の拡張は必要でしょう」
 
「そうだよな、先生」

「しかし、簡単にはいきません」

「ん、なんでだい?」

 兇悪な顔で凄んでいるように見える。
 本人にそんな気がないのはもう十分分かっているのだが、やはり怖い物は怖い。

「これは、魔法大学の研究の実証実験という位置づけのものです。つまり、大学側に生産拡張の了承を得る必要があります。独断での生産拡張は、待ってほしいのです」

「まあ、そうか…… そうだよな…… 大学の研究ってやつだもんなぁ」

 分かっているのか分かっていないのかよく分からん感じでカタクリ親方が言った。

「近々には拡張できると思います。ただ、今しばらくは待って下さい」

 禁呪「カガク」の情報を使った製紙のイノベーション。
 ただ、それを単純に広げていけばいいという程、先生や俺の周辺環境は簡単じゃなかった。
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