王立魔法大学の禁呪学科 禁断の魔導書「カガク」はなぜか日本語だった

中七七三

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27話:蒸気機関と刺客

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 ツユクサ先生と俺は、製紙工房に顔を出していた。
 当然、護衛のヒナゲシさんも一緒だ。

 カタクリ、スズランの父娘がやっている製紙工房だ。
 先生と俺が最新の製紙工程を実現させた工房。
 そのおかげで、今ではこの工房は大繁盛している。
 技術は広く公開されているが、先行している分だけ、生産効率もいい。

 今では、空いていた敷地をつかって増築し、大規模な製紙工房になっている。
 もはや工房というより、工場というべきかもしれない。

 そして、今俺たちがいる休憩所も以前より広くキレイになっていた。

「この弁で蒸気を逃がしたり、入れたりして、ピストンを動かすわけですよね」

 俺が書いた蒸気機関の図面を見て、スズランが言った。

「そうね」

 ツユクサ先生は、飲んでいた紅茶のカップを置くと、首肯するように言った。
 簡単に「そうね」と言っているが、実はツユクサ先生ですら理解するのに結構時間がかかったのだ。
 俺にしてもそうだ。蒸気機関の存在は知っていても仕組みは知らなかった。
 その図面は書き写したり、「カガク」の書を読んで仕組みを理解するまでにはそれなりに時間がかかったのだ。

 スズランは、出された紅茶には口もつけず、説明を聞いている間もジッと図面を見ていた。



 スズランは俺の書いた簡易図面と説明で一発で「蒸気機関」の仕組みを理解した。
 この製紙工場の実質的責任者。
 俺の知っている人の中では、数学的、エンジニア的センスでは最高だと思える存在だ。
 一見、美少年のように見える少女。年齢は元の世界であれば小学生くらいかもしれない。
 異世界の天才少女だ。

「これを造るのはすごく大変だと思います」
 
 スズランはきっぱりと言った。

「そうなの?」

 なんで大変なのか分からないという顔でツユクサ先生が訊く。
 先生は、いつでもポジティブである。
 自分の命が狙われていることもあまり気にした様子を見せない。
 まあ、ヒナゲシさんが護衛につき、俺の家に寝泊まりしているということで安心しているのかもしれないが。

「ここで高圧の蒸気を封じ込める方法が分かりません」

「鉄の大きな容器をつくればいいと思うわ」

 自信たっぷりに先生は言った。
 碧い瞳が真正面から、スズランを見つめる。スズランは困ったような笑みを浮かべた。

「ここ、パイプをつなげますよね。つなぎ目をどう作るんですか?」

 キュンとツユクサ先生が首を回し、顔をこっちに向けた。俺の方に。
 俺に説明しろと、その碧い瞳が訴えかけている。

「ネジか…… 焼ハメか…… でもって、外から補強するとか。鍛接もできるんじゃないかな」
 
 俺は考えられる方法を並べてみた。

 ネジはすでにこの世界に存在している。
 ワインを造る道具で、実を押しつぶすプレス機がある。
 それには、木ネジが使用されている。
 ネジ自体の工作は、簡単ではないが、基礎的なノウハウがこの世界にはある。
 そもそも、現在、大学側の事情で運用実験が止まっている「印刷機」だってネジを使っている。

 焼ハメは、金属の熱膨張を利用したものだ。
 熱い温度で金属を膨張させて、はめ込む。そして冷却してギュッと締めるのだ。
 蒸気温より熱い温度でやればパイプとボイラーを接合出来るんじゃないかと思う。

 鍛接は金属を熱して接合する方法だ。
 鍛冶職人なら出来る技術だと思う。ただ、中が空洞のパイプだとどうなのだろうか?

「そうとう手間がかかりますね」

 スズランが「う~ん」と考え込むようにして言った。
 彼女の「手間」というのは「制作費」のことだろう。

「これは、魔法大学の実証研究なので、費用のことは今は考えなくていいわ」

 ツユクサ先生がスズランの指摘を察して言った。

「単純に技術的なことだけでいいんですか?」

「そうね。今は、技術的な可能、不可能の検証について意見が欲しいわ」

 スズランは、数学の天才で、製紙に関する製造にも詳しい。
 元の世界でいえば、フィールドエンジニア(現場技術者)みたいな存在だ。
 彼女の意見を聞いて損はないだろう。

「高圧の蒸気を閉じ込める大きな器――。鍋釜をつくる方法で一枚板を鍛造(たんぞう)すれば、可能かもしれません」

 分厚い鉄板をハンマーでガンガン叩いて、円形のボイラーを造る。
 確かに鉄と人手があれば、なんとか出来そうな気がしないでもない。

「多分、この図面と同じ形の物は作れるかもです」
「作れそうなの?」

 パッとツユクサ先生の顔が明るくなる。

「でもですね――」
「でも?」
「高温高圧の蒸気の圧力の計算が必要です。強度に耐えるのに十分な構造にしなければならないと思います。そして、無駄に頑丈だとお金がかかります。製作に時間もかかります。効率が悪いです。重すぎると移動も設置場所も限定されます」

 いかにも実践の中で鍛えられたエンジニアの意見だった。

「強度計算ね。うーん、それは大丈夫よね。ライ」

 俺に確認する先生。

「ええ、それは問題無いと思います」

 答える俺。だって書いてあるから。俺の書いた簡易図面には書いてないけど、必要な強度については禁呪書「カガク」に書いてある。
 それは分かっているのだ。
 
 スズランは納得したようにうなづくと、再び俺の書いた簡易図面に目を落す。

「あと、これを造るなら、鍛冶屋だけでは無理だと思います」

「鍛冶屋だけじゃ無理?」

「水車か風車製造の職人の意見を聞いた方がいいと思います」

 そうか。
 確かにそうだ。
 こう言った技術の基礎になる部分蓄積しているのは、水車や風車の製造に携わる職人だ。
 水や風から動力を得るか、蒸気から得るか、言ってみればその違いだけだ。
 運動ベクトルを変換するための技術ノウハウも持っているのは、確かに彼らだ。

「水車、風車職人か…… 大学に伝手はあると思うけど」

 思案気にツユクサ先生はつぶやいた。
 
 少しずつかもしれないが、この世界に、蒸気機関――
 つまり、動力機関を造り上げるプロジェクトは進み始めていた。

        ◇◇◇◇◇◇

 製紙工房から市街に戻る途中だった。

「今日は3度目か…‥」

 ヒナゲシさんが小さくつぶやいた。
 そして立ち止まった。

 艶のある黒髪をサイドで留めた髪の毛。いわゆるサイドテイルがふわりと揺れる。
 彼女は周囲を確認した。
 疎林と何もない空間。ただ、石造りの道が続いている。

 キレイであるが、やや釣り目気味のキツイ目が更に鋭くなる。
 彼女を中心に、見えない糸で蜘蛛が巣を作る様な感じがする。
 兄の高弟であり、剣の達人だけができるような気配の探り方なのかもしれない。

「消えたか……」

 ふっとため息をつくように、彼女はそう言った。

「なにかいたんですか?」

 俺は訊いた。本当は「なにか」じゃない。先生を狙っている刺客だ。
 ただ、ストレートにそれを口にできなかった。

「いたな。おそらく今もおる―― ソレガシの間合いをはかっているのかもしれぬ」

 褐色の肌をした。女剣士。ヒナゲシ・ザイドリッツ。
 背中には自分の身長といい勝負の大剣を背負っている。
 彼女はその剣を棒切れのように軽々と振りまわす。
 伊達に、大陸最強と言われたハルシャギク兄ちゃんの弟子ではない。

「ヒナゲシさんの力を恐れているのかしら?」

「分かりませぬが…… 尋常な相手ではありませぬ」

 今日になっていきなりだった。
 工房に向かって行くときに2回。そして今の1回だ。
 彼女が「何か」気配を感じたのは。

 市街と工房をつなぐ道は、それほど人気があるというわけではない。
 時々、資材や製品を運ぶ荷馬車が通るくらいだ。

「人気のないとこなので、狙っているのかな……」

 俺は自分で口に出し言葉で、自分が緊張してしまった。
 周囲を見渡した。しかし、俺にはヒナゲシさんのような力はない。
 だから、さっぱり分からない。

「ソレガシの力量を計っているのか…… それとも、他の手段を考えているのか――」

「他の手段?」

「刺客は一人とは限らぬゆえ。囮を使い、ソレガシを誘因することも可能性としてはあるかもしれぬ」

 確かにそうだった。
 先生の命を狙っている刺客が単独行動をしているという保証はどこにもない。
 複数の人間が動いていることは十分に考えられることだった。

 立ち止まっていたヒナゲシさんが歩きだした。
 ツユクサ先生も俺も続いて歩く。
 今のところ、なにかの危険がすぐにやってくるということは無いようだった。

「向こうが動き出したなら、こっちからも仕掛けたらどうかしら?」

 ツユクサ先生が軽い口調でそう言った。
 自分が狙われていることなど意に介さないような、そんな声音だった。
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