王立魔法大学の禁呪学科 禁断の魔導書「カガク」はなぜか日本語だった

中七七三

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26話:俺はこの世界でなにができるのか?

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 燭台の薄明かりがゆらゆらと揺れる。
 王立魔法大学の地下にある第二書庫。

 禁忌といわれる書物がここにはある。
 総称して「カガク」と呼ばれる魔導書の数々。
 この世界では読める人間のいない言語で書かれた魔導書だ。
 
 今とことそれが読めるのはふたりしかいない。
 まず俺。
 なぜ読めるか。
 それが「日本語」で書かれているからだ。少なくとも現代語だ。
 俺が前世で日本人の浪人生だったから。だから、俺はそれが読める。

 そして、もうひとり。
 王立魔法大学の禁呪学科の準教授。俺の担当教官であるツユクサ先生。
 彼女もひらがな、カタカナなど一部の文字が読める。
 俺と一緒に、禁呪魔導書「カガク」を紐解くことで、最近は読める文字も少しづつ増えている。

「印刷機はどうなるんですかね……」
 
 俺は活字を目でおいかけながら言った。

「しばらくは、本格的には動けないわ」

 ほとほと呆れたような声でツユクサ先生は言った。

「大学側が許可しませんか」

「そうよ! 本当に! 魔法物理学部とか魔法工学部とか…… 自分たちの利権のことばかり考えて!」

 プンスカと怒り出すツユクサ先生。
 こんなところは少し子どもっぽい感じがする。
 小柄で亜麻色の髪をした大きな瞳の先生。年齢がよく分からん。
 
 時々顔を出すこんな態度からは、俺より歳下なのかって思うこともある。
 しかし、一方では堂々と本当に魔法大学の准教授という立場に相応しい振る舞いもする。
 はっきりいって、よー分からんのである。

「しばらくはお蔵入りなんですか……」

「そうね、魔導書の複製禁止の方法が確立できるまでは、厳しいわ」

 先生と俺が「カガク」を読み解いて、なんとか作り上げた活版印刷機。
 それはかなり原始的なものだ。
 でも、それですらこの世界では大きなインパクトを与える。

 写本や版木による印刷とは比較にならない速度で印刷物を作り上げる。
 元の世界でもルネサンスの三大発明といわれる「火薬」「羅針盤」「活版印刷」。
 その内のひとつをこの世界に生み出そうとしている。
 
 その影響力は知識の伝播力。世代を超えた情報の保存の根源的なパワーアップにある。
 
 でもって、この世界で問題なのは「知識の伝播」の部分。

 魔法だ――

 魔法は魔導書を読むことによって、魔術師の中にある魔力容量に「魔法実行体」が生じる。
 これを常駐させることで、いつでも魔導書に書かれた魔法を起動させ、使うことができるようになる。
 前世のソフトウェアとコンピュータの関係に似ている。

 でもって、魔力容量が大きければ大きいほど威力の大きな魔法をダウンロードできて、強力な魔法を使えるというわけだ。
 ただ、本人の属性に一致していない魔法は使えない。行ってみれば「使用環境」みたいなものだ。

 魔法大学では、魔法構造言語により、魔法を構築。
 それを魔導書にして売る。
 そういったビジネスが出来あがっているのである。

 そこに、簡単に本を作ることができる印刷機の登場。
 一見すると「魔導書がたくさん刷れて、大儲けできる。魔法物理学部も、魔法工学部も喜ぶよね?」って思ってた。
 でも、違った。
 
 この印刷機が大量にできると、写本や版木を使った製本をブロックする魔法を回避してしまうのだ。
 つまり、活字を組み合わせてできる本は複製し放題になるとのこと。
 なんで、そうなるのか、詳しい理屈までは分からん。

 バラバラの活字を組む行為にブロックをかける技術は、今までのものとは違うらしいのだ。

 よって彼らは――
 こう言うわけだ「こんなもん出来たら、魔導書が複製されまくって、俺らの学部が潰れるだろ!」っという感じだ。
 ツユクサ先生の説明を俺流に理解するとこんか感じになる。

 俺はそう思いながらも、今読んでいる本も「活字」かなと思ったりする。
 多分そうだろう。

「とにかく、印刷機の件は大学に一任ね。今回は学長も慎重にすべきだって話だし……」

「そうですか」

 俺は活字を目で追いながら返事をする。
 あの「ロリババァ」というか、生きたロリ人形みたいな学長の顔を思い出す。
 
 整ったキレイな顔をした幼女のような学長。
 不気味の谷を越えながらも、得体のしれない物を感じさせる人だった。
 まあ、それほど会ったことがあるわけじゃないが。

「で、それはどうなの?」

 ツユクサ先生が訊いてきた。

「うーん、まず鉄で部品が作れなきゃ、どうにもなりませんよ」

「鍛冶屋ね…… つてはあるはずだわ」

 俺が今読んでいるのは「蒸気機関」について書かれた「カガク」の本だった。
 その原理や、構造、歴史、製造法についてまで、書かれている本があった。

「でも、こんな部品を鍛冶屋が作れるんですか?」
 
 俺がそう言うと、ツユクサ先生は開かれている禁呪の魔導書を覗きこむ。

「これは大きわね。それに加工も細かいし――」

 ジッと碧い眼で本を見つめている。
 ゆれる燭台の明かりが、彼女の横顔を赤く染めていた。

「大量の鉄が必要―― そして、それを加工する技術――」

 先生は、本から目を離すと「うーん」と考え込んだ。

「水を沸騰させて、その蒸気使って上下運動を生み出すわけよね。そしてそれを回転運動に変える……」

 ツユクサ先生は、構造について大まかには理解していた。
 でも、それをどうやって実現するのか、それが分からない。
 
 この世界の技術水準で作れるのか?
 文系大学を希望していた浪人生の前世を持つ俺にもよく分からない。

 しかし、人力に頼らず、大きなパワーで仕事をしてくれる機械。

 製紙――
 印刷機――
 ときて、いきなり「蒸気機関」だ。
 なんで? 俺もなんで思った。
 しかし、仕方ないのだ。 
 そういった物が必要になっているのだから。

 その理由――
 それは、先生の命が狙われているかもしれないからだった。

        ◇◇◇◇◇◇

「不審な気配はない――」

 張りつめたピアノ線を弾いたような声。
 ヒナゲシさんだった。
 俺の兄である超絶チート剣士・ハルシャギクの弟子だ。
  
 魔法大学は結構自由で、色々な格好している者がいる。
 それでも、背中に大剣を背負った黒髪の美女は目立つ。
 というか、浮いている。

 褐色の肌は、この国では珍しい。
 別に肌の色でどうこうという差別はないが、人目を引くのは間違いない。
 手足は長く、女性にしては長身。

「そうですか…… すいません。本当に。待たせてしまって」
 
 俺たちは、地下の書庫から出た。
 で、その近くで立っていたのが、このヒナゲシさんなのである。
 製紙工場で、木材切断のアルバイト要員として兄ちゃんから紹介さたのが出会い。
 
 外見は褐色肌のクールな美女だが、恐ろしいほどの使い手だ。
 この大陸で一番と呼ばれる剣士であるハルシャギク兄ちゃんの高弟になる。
 でも、金が無い。貧乏なのだ。理由はよく知らないが。

 今でも来ている物は稽古着のような粗末なものだった。
 まあ、それでも、その身体から発するオーラのようなもので、彼女は堂々として見える。

「動かぬ物を斬る―― それよりも、いつどこからくるか分からぬ敵に備え、気を練る―― まさに、実戦の修行。ソレガシこそ感謝したい」

 不敵な刃のような笑みを浮かべるヒナゲシさん。
 彼女は護衛なのだ。
 今、彼女は先生の護衛をしているのだ。
 完全なガードだ。
 大学内でも、第二書庫に入るとき以外は、べったり状態。
 
 兄たち以外で、この世では最も頼りになる護衛だろう。
 そして。ツユクサ先生は自宅ではなく、まだ俺の家から大学に通っている。
 その間は、ヒナゲシさんも、護衛から解放される。

 まあ、チート3兄姉がいる、我が家に襲撃をかけるアホウはいないと思う。
 
 人間兵器のような剣士であるハルシャギク兄ちゃん。
 魔神と呼ばれる魔法使いのリンドウ兄ちゃん。
 治癒魔法の天才にして、素手でクマをなぐり殺すホウセンカ姉ちゃん。
 
 で、俺もいるし。手から電気出せるし……
 先生を電気ショックで助けてから、心なしか、出力がアップして長時間放電できるような感じになっている。
 まあ、兄姉に比べれば、どうにもならん感じだけど……
 
 以前は全然やらなかった放電能力の練習。
 俺はそんなことも始めていた。
 少しでも、役にたてるかもしれないからだ。

「でも、製紙工場の方もなんとかしないと……」

 ツユクサ先生は思案気に言った。
 
「ソレガシの穴は奴隷で埋めていると聞いたが?」

「確かに量はね…… でも、奴隷は意外に高くつくらしいのよね」

「まあ、それは仕方ないことだ」

 ヒナゲシさんは剣士であり、剣の求道者。貧乏だけど。
 だから、工場の経営云々というのは、あまり興味が無い。
 彼女にとって、紙の原料となる、丸太を粉砕するバイトは、修行をしながらお金をもらえる行為以上のものではないのだ。

「スズランちゃんは、『困ったです』を連発してたわね」

「すまぬとは、思うが、先生の命には代えられぬ」

 スズランちゃんは、製紙工房の親方の娘。
 その頭脳は、人間計算機だ。
 工場の経営とか、諸々のことは、父親で親方のカタクリ以上に分かっている。

「アナタのように丸太を粉々にできる人なんて、ライのお兄様くらいでしょうし」
「ソレガシなど、師匠の足もとにも及びませぬ」
 
 それは、謙遜ではなくマジで言っている言葉だ。
 確かに鉄塊のような剣を振り回し、丸太を粉砕する彼女は異常。普通にチート。
 しかし、俺の兄ちゃんは素手で、それ以上の速さ、正確さでそれをやってしまう。
 この大陸唯一の「素手の剣士」。つーか剣士といっていいのか? もう、存在が理解の範疇を越えている。

 でもって、それを奴隷で肩代わりして、やらせているのが現状。
 工房は、かなりの利益を上げ、余裕があるとはいえ、今は競争になっている。
 奴隷の大量投入での木材粉砕は原価を引き上げるのだ。
 それで、計算と利益にうるさい、工房の娘、スズランが嘆いているということだ。

「私たちで、なんとかすることを考えているわ」

「さすが、魔法大学の教授様―― ソレガシには思いもつかぬこと」

 正確には教授ではなく、准教授であるが、まあ面倒なので訂正はしない。

「でも、大変ですよ。今までとは全然違うし。先生を狙っている奴を片付ける方が先になるんじゃ……」
 
 半分願望だ。先生が命を狙われているという状況。
 早いとこ、これをなんとかしたいという気持ち。俺の中では、それが一番強い。

「そうね。それが一番。でも――」

「でも?」

「いつまでも、彼女を製紙工房に行かせるわけにはいかないし、親方の工房だって、他の工房との競争があるわ」

「そうですね。確かに」

「奴隷ではなく、機械を導入して、それで作業ができれば、一番なのよ。私はそう思う」

 ツユクサ先生はなんの迷いもなくそう言い切った。

 先生は先を見ていた。

 俺はいったい何を見ているんだ?
 なにが出来る?

『この世界でなにができるのか?』

 この世界に転生して最初に思って、そして日常に馴れ、いつの間にか消えて言ったこの思い。
 その思いを俺は胸の内で噛みしめていた。
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