王立魔法大学の禁呪学科 禁断の魔導書「カガク」はなぜか日本語だった

中七七三

文字の大きさ
25 / 29

25話:禁書の理由

しおりを挟む
 眠れない。
 今日は色んなことがあった。
 体も頭も疲れているのに、なぜか眠くならない。
 
 ベッドに横になり考えた。
 ツユクサ先生の背中。白い背中――
 いや違う。そこにあった痣だ。赤い痣。
 
 俺はあのときのことを思い返す。

 最初に口を開いたのはハルシャギク兄ちゃんだった。

「先生、立ち入ったことかもしれぬが、背中の痣は生まれつきの物かな?」
 
 アタフタと背中を隠しながら先生は「え?」という怪訝な顔をした。
 そして「痣って…… ぶつけたのかしら」と答えた。
 それが回答になった。おそらく、生まれつきの痣ではない。

 この世界は、元の日本とは違う。
『自分の身体を隅々まで知っているか?』という点で疑問が残らないではない。
 しかし、その痣はそういった見逃しじゃない。
 今回の件に関係している。そう言った痣だ。確信した。
 
 俺だけじゃない。兄たちも同じだったようだ。

「ちょうど、心の臓の位置ですね」
「確かにな。ふむ」

 リンドウ兄ちゃんの言葉をハルシャギク兄ちゃんが首肯した。
 ツユクサ先生は、ブツブツと何か言いながら着替えに向かった。
 小柄な体が更に小さく見えた。

「ライ」
「ん? ハルシャギク兄ちゃん――」
「先生は狙われているな」

 荒削りで太く、精悍な顔を引き締め兄が言った。断定だ。

「なるほど…… 魔法と打撃ですか」

 リンドウ兄ちゃんが言葉を続ける。
 兄ちゃんはこの時点で、自分の回答に到達していた。
 チートの魔法の天才だし、頭の回転も早い。
 
「ああ、おそらくは打撃―― 素手か…… 気配を断ち、認識されず接近する。可能か?」

「聞いたことはありませんが、そのような魔法も構築は可能だと思います」

 この大陸最強と歌われる剣豪。 
 魔人と呼ばれるチート魔法使い。
 そのふたりの兄が俺の方を見た。

「つまり、魔法で存在感を消して、打撃で攻撃してきた? そんな奴に先生は狙われているってこと?」

「そうですね。現時点ではそれが最も真実に近いと思いますよ」
「そうであろうな」

 兄たちが言った言葉をベッドの中で思い返す。

 いったいどこの誰が?
 そんな相手にどんな対抗策が?

 俺は寝返りをうった。さっきから何度も同じことを考えている。
 ハルシャギク兄ちゃんは護衛する者を考えると言っていた。
 リンドウ兄ちゃんは、そういった魔法の存在を調べてみることを言った。

 で、俺に「このことは、まだ大学には言わない方がいいでしょう」とも言ったんだ。

 誰にも知られていない魔法。
 人の認識を回避する魔法。

 もし、そのような魔法があるとすれば、魔法大学は真っ先に怪しいということになる。
 なんといっても、魔法構築、原理の研究の最高峰。その牙城といっていい。
 
 大学の中に先生を襲撃した首謀者がいる――
 その可能性はあるとは思う。
 先生は妬まれている。異例の出世をしたからだ。
 潰れるはずだった禁呪学科の存続は、ほぼ決まった。

 活版印刷機のことで、内部がゴタゴタしている。
 今まで魔法大学を支えていた「魔導書」による収益構造を変えかねない。
 誰かが、先生に対し敵意を感じる。そして抹殺まで考える可能性だって無くない。

 でも――
 なにか違うような気もしている。
 なぜか分からないが、決定的ななにかを自分は忘れているような気がしていた。
 まるで、頭の中に触れることに出来ない部分があるような、そんな気分だ。

 何周目だ?
 ベッドの中で思考のループを繰り返す。
 眠れなかった。

        ◇◇◇◇◇◇

 結局、ほとんど寝ることができず、俺は朝を迎えた。
 ベッドに横になっていただけだ。
 変な疲労感というか、だるさが体にまとわりついている。

 家族と一緒に朝食を済ました。先生も一緒だ。
 父と兄姉は先に家を出た。
 母は自分の部屋に戻り、食堂に残っているのは、俺とツユクサ先生だけになった。

「ライ」
 
 ツユクサ先生は、紅茶を飲み終えると話しかけてきた。
 真剣な顔で俺を見つめてだ。
 
「はい。なんですか?」
「昨日のことは忘れなさい」
「昨日のこと?」
「わ…‥ 私の肌を見たことです」

 真剣な顔。ただ、白い肌の色がピンクぽくなってきている。

「なんのことですか? 知りません。俺はなにも知りませんよ」
「そう。いつも、これだけ分かりが早いと助かるわ」

 まるで、普段の俺がアホウであるかのような言い分であるが、まあ、強く否定はできない。
 とにかく、先生は元気を取り戻したようだった。
 
 時刻を告げる鐘の音が聞こえてきた。
 教会の鐘の音。 

「そろそろ出ないと」

「先生、今日は休んだ方がいいんじゃ――」

「ダメよ。やらなきゃならないことが山積みなのよ」

「それは知ってますけど……」

「大丈夫。しばらく泊めてもらう。ひとりにはならないわ。心配しないで」

 ツユクサ先生は、諭すように俺に言った。
 俺はうなづくしかなかった。
 
「先生――、先生はどうしたいんですか?」

 不意にその言葉が俺の口から出ていた。
 禁呪と呼ばれる「カガク」。日本語で書かれた科学技術の書物の数々。
 それを読めるのは俺だけだ。

 でも、そこに書かれた物を実現できるのは、先生がいるからだ。
 この世界に無い物を作り上げるための、マネージメント能力。スキームの構築。
 おそらく俺と大して歳の違わない先生。

 その先生がいなければ、多分なにも動かない。
「カガク」の文字が読めるというだけの俺では、この異世界になにも生みだせなかっただろう。
 先生は俺の顔をジッと見つめてている。
 碧い瞳。整った顔だけど、柔らかさを感じさせる。この世界の一般的な美女とは少し趣が違う感じの顔。
 
「アナタは何をしたいの?」

「質問を質問で返すんですか」

「じゃあ、私がやりたいこと…… ん~ まずは飛ぶことかな」

 先生は言った。最初に飛行機に興味をもってから変わってないのか?
 なんで、そんなに飛びたがるんだ?
 新たな「なんで」がでてくる。

「ライは、なにをしたい?」
 
 すっと浸み込むような声で先生が訊いてきた。
 俺はなにがしたいのか?

 日本からこの世界に生まれ変わって、なにをしたかったのか?
 ずっと思っていた。俺になにが出来るかって。
 いろんなことができるんじゃないかと思っていた。

 しかし違った。現実があまくなかったのは、この世界も同じだった。
 でも、ただ前世の記憶を持っているっていうだけで何かができるわけがない。
 どんな世界に生まれようが、周囲がどう変わろうが、自分が根本的なとこで変化しないならば――
 新しい何かが起きるわけがないんだ。

 俺はそのことをよく知っていた。

「俺は、自分がこの世界でなにができるのか…… それを試したいです」

 捩じりあい、混ざり合い、グチャグチャとなっている思い。思考。
 それが、言葉を作り、口から出ていた。自然に。
 自分でも悪くない言葉のような気がした。

        ◇◇◇◇◇◇

 少女と言っていい容姿。
 王立魔法大学、学長の私室だ。窓を背に向けた椅子に座っている。

 ただ座っているというだけだ。しかしその身にまとった落ちつきや雰囲気。
 それが、彼女を見た目のままの存在でないことを十分に説明していた。
 人としての温度を全く感じさせない黒い瞳。
 同じような色をした漆黒の長い髪。
 
 眼差しが目の前に立つ人物に向けられている。

「アナタの考えは分かりますが、承諾できる物ではないでしょう」

 妖艶な色をもった唇が仄かにひらき、その言葉を発していた。
 スイレン・ハーミズ。王立魔法大学の学長。
 漆黒の魔女の異名を持つ年齢不詳の存在。

「大学…… いえ、アナタとは対立したくはないのですが……」

 言葉は丁寧であったが、どこか慇懃な響きを感じさせる声音。
 黒づくめの男。
 教会に所属する男。
 ガランサス・カゲロウだった。

「禁書の封印―― 研究の停止。アナタはなぜそれを望むのですか?」

 ハーミズ学長が問うた。真っ直ぐにただ自然に疑問を言葉にしていた。

「禁書とはなんでしょうか? 人の目に触れさせてはいけないもの―― 危険な物」

「誰にとっての危険ですか? 教会にとって?」

「いいえ、人です」

「人?」

「この世界全ての人にとって危険なのです――」

「面白いことを言います」

 ハーミズ学長はすっと口元に笑みを浮かべていた。
 少女の姿をしているにもかかわらず、その笑みは底知れない妖しさを持っていた。
 異形だ。
 
 しかし――
 この学長と1対1で対峙し、平然と言葉を交わすガランサスもまた普通の人間ではなかった。

「紙の大量生産―― 教会の中にも、それは、許容する空気があります。しかしダメなのですよ」

「ダメ?」

「『カガク』から生み出されたものは、この世界で実現してはいけないのです」

「それは、教会の教義ですか? 戒律ですか?」

「いいえ。残念ながら違います」

 ガランサスは芝居がかった動作で首を振った。

「教義、戒律―― それは言葉です。言葉でそれを排除できません。言葉は論理です。論理で「カガク」を否定することはできないのです。それ自体は悪でもなんでもないのですから――」

「だから、封じますか?」

「そうです。禁呪とされる物。それには、禁呪となった訳があるのです。ただ――」

「その訳を言葉にはできないということですか?」

「そうです。封じるかないものは、封じるしかないのですよ」

「循環論法ですね」

「そうかもしれません」

 そう言ってガランサスはスッと息を吸いこんだ。

「神は世界の安寧を願っているのです。この世界の人の幸福。この人の暮らす宝石のような世界。その世界を守るために、神が贄を捧げよというならば、私はそれをためらわないでしょう」

 なんの気負いも虚勢もない。自然な口調でガランサスはそう言った。

「私のところから、贄を出す気はありませんよ」

 声音が変わった。少女の色を残していた声音がその本来の色をむき出しにしていた。
 ドロリとした言葉だった。聞く者に根源的な畏怖を引き起こすかのような声。

「私も、それが最善だと思ういます。ですから――」

 ガランサスの表情も声音も変えなかった。

「アナタの意見はいいでしょう。では、正式に教会から申し出を出しなさい。これは、このような場で口にすべきことはないのです。アナタが何者であってもです」

「そうですね。確かにそうかもしれませんが―― 教会も一枚岩ではないのです」

 それは、今回の動きは自分の独断専行でやっていると告白するのと同じようなことだった。

「出直してきなさい」

 ハーミズ学長は言った。

「そうですね―― では」

 そう言って、ガランサスは部屋を出た。
 
 部屋にはハーミズ学長が残される。
 彼女は、少女の身体を大きな椅子に沈めていた。

 沈黙だけがこの部屋を支配していた。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

八百万の神から祝福をもらいました!この力で異世界を生きていきます!

トリガー
ファンタジー
神様のミスで死んでしまったリオ。 女神から代償に八百万の神の祝福をもらった。 転生した異世界で無双する。

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

処理中です...