王立魔法大学の禁呪学科 禁断の魔導書「カガク」はなぜか日本語だった

中七七三

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24話:ツユクサ先生が家に来たんだけど

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「なに言ってるの? 本気? ライ」

「本気ですよ。ひとりってのは本当にまずい気がするんです。先生」

 俺は「女子力の欠片も見えない」部屋を見渡す。
 いや、俺が幻想を持ちすぎているのかもしれないが。
 
 俺はそう言ったのは別に先生の女子力は関係ない。
 というか、年齢は分からないが「美少女」のような先生が、こういう部屋ってのはまあ、個人的には萌てしまうというか――
 いや違う。
 気になるんだ。
 病気にせよ、そうじゃないにせよ。
 俺の目の届かないところで、先生が――

「冗談で言っているんじゃないようね」

「もちろんですよ。自分はいつだって真面目です。超真面目です!」
 
 きっぱりと言った。そうだから。
 先生はブルーの瞳でジッと俺を見つめる。探るような視線か? よー分からんが。
 俺は、真面目にキリッとした。

「プッ――」

 先生が吹いた。腹を押さえて前かがみになった。

「なんか、もう…… 唐突に、ライの顔とかキリッとなるし、もう、なんか変」

「なんですかそれ?」

 俺の真面目な態度と言葉。そして顔。
 それが、ツユクサ先生の笑いのツボを直撃したのか?
 なんでだよ? 
 すげぇ、納得いかないんだけど。
 
 ピクピクと背中を丸め、痙攣する。
 亜麻色の髪まで震えている。

「ごめんなさい。いや、心配してくれてるのは、分かるけど、いきなり家に来てほしいは無いと思うわ」

「そうですか?」

「私だって女なんだから」
 
 確かに、女性の先生をいきなり、家に連れていくのもどうかという感じはなくはない。
 どうなんだ?
 前世でも、そんな経験なしで死んでしまったわけだ。よー分からん。

「うーん、そうですか……」

 しかしだよ。家族いる家だけど。独り暮らしの家でもないし「今日は両親もお兄ちゃんたちも帰ってこないんだ」って状況でもない。多分。
 急に、連れていっても事情を説明すればいい。両親も兄姉も分かってくれるだろう。
 みんないい人だし、基本的に末っ子の俺にはあまい。ああ、何か計算ずくだな俺――
 しかも、一番上の超絶剣豪のハルシャギク兄ちゃんは先生との面識もあるし。
 でも、無理強いはできないのか。うーん……
 
 悩む俺。困った。

 しかし、なんで俺はこんなに不安なんだ?
 なんで、こんなに先生が心配なんだ?

 本当に、いやな予感がするんだ。
 あの「音」だ。
 ふと思った。
 
 そうだよ。俺の心の中に刺さったとげというか、不安の種。
 それは、先生が倒れる直前に聞いた音だ。正体は分からない。でも――
 いや、だからこそ、不安なんだ。

「先生、誰か、いないんですか。大学の教官とかに友人とか――」

 しょうがないので、次善の策を提案する。
 誰かに来てもらう。ひとりきりはダメだ。

「いないわ」

 ピタッと笑うのを止めて、真顔で真正面から俺を見て言った。
 口元が少しひきつっている。

「全然? まったく?」
「ゼロ。そんな人はいません」

 清々しいくらい孤立していた。ボッチだった。俺の担当教官の准教授様は。

 この先生、完全に魔法大学で孤立しているの?
 まあ、学長とは仲良いというか、そんなに悪い関係じゃないような気がしたけど。
 ああ、確かに教官は男が多いしなぁ。女の教官もいないわけじゃないけど。おっぱいの大きな教官とか。
 それに、飛び級で、成果上げていきなり准教授だもんなぁ。
 嫉妬もあるだろうなぁ。

 製紙工房の親方の娘のスズラン。
 お兄ちゃんの弟子の女剣士のヒナゲシ。
 
 共通の交友関係で女の人ってこれしかいないな。
 今日の今日では、頼めない。困った。
 しかしだ――
 こうなったら、仕方ない。もう言うぞ。俺は――

「先生! たぶんヤバいです。お願いです。俺、本当に嫌な予感するんですよ。先生が倒れる直前、なんか変な音を聞いたんです。だから―― 俺のいないとこで、いや、俺じゃなくてもいいんです。人のいないところで、なんかあったらと思うと…… だから、お願いですから――」

「音?」

 ツユクサ先生が訊いてきた。
 願いの長いセリフを中断させる俺。この後、土下座の予定だったんだが――

「音です。なんか、ポンと叩くような音」
 
 俺は片手で拳を作って、掌をたたく。頭をひねる。ちょっと違う。
 ポン、ポン、ポン――
 何回か叩くが、違うな。
 でも、こう、人間が人間を叩く音のような感じがしたんだけど。

「そんな、感じの音?」

 俺のやっていることを見て、ツユクサ先生が言った。
 
「まあ、大体こんな感じの音だったかと……」

「そうなの…… でも、そんな音は聞こえなかったわ」

「そりゃ先生は、すぐに意識を失ったから」

「うーん……」

 先生は手のひらを口に当てて上を見た。
 考えている。何かを考えているんだろう。何考えているかしらないけど。 

「そうね」

 ツユクサ先生はそう言うと、スタスタと奥の方に消えた。
 ガサガサとなんか、音が聞こえてくる。
 
「先生、なにやってんですか?」

 返事が無い。ガサガサやっている音の合間に「これ洗濯してなきゃ」とか「汚れが目立つわね」とかそんな声が聞こえる。
 ちょっと待った。何してるの先生?

 俺がボーーと佇んでいると、先生が来た。

「ごめんなさい。できたわ。準備」

 なんか、でかいカバンもっている。 
 前の世界にもあった旅行用のカバンに似ている。
 車輪のついてるキャリーバックだ。
 先生はそれをガラガラ引きずってきた。
 かなり大きい。

「準備? なんですそれ」

「だから、行くわ。アナタの家に。決めた。その準備」

 ガラガラと音をたてキャリーバックのような物を引きずってきた先生が言った。
 ニッコリ笑う。マジで可愛いのだ。いや、俺の先生なのだけど。

 ということで、先生は俺の家にくることになった。
 階段では車輪は意味をなさないことを、俺は知った。
 いや、前から知っていたけど。身をもって知った。
 手と腰が痛くなった。なにが入っているんだ…… いったい。

        ◇◇◇◇◇◇

「特に異常はありません―― 健康ですわ」

 先生を家に連れていった。
 両親はいなかったが、姉ちゃんがいた。
 ホウセンカ姉さん。
 治癒魔法の使い手。これまたチートだ。
 
「そうですか――」

 先生はそういって、視線をホウセンカ姉ちゃんの胸にフォーカスした。
 気になるのか。やはり女性でも気になるのか。いや、自分と比べちゃうのか。

 巨乳なのである。うちの姉ちゃん。超巨乳。ビビるくらいの大きさ。

 しかも美人。超のつくレベルの。

「純金で出来ているんですか?」と聞きたくなるくらいの輝く長いブロンドヘア。
 深い色を湛えるブルーの瞳。すっと通った鼻筋にシャープな輪郭。
 この世界の美の基準を満たし過ぎておつりがきそうなレベルで美しい姉上。
 でも、血がつながっているせいなのか、あまりに現実味のない美貌のせいか、女性として意識したことはない。

 先生はこんどは自分の胸を見ていた。かわいい。
 俺は「先生の胸の方がボクは良いです。好みです」と言いたかったが、言わない。秘めた思いだ。
 というか、健康には問題ないってことか…… やっぱり。

 姉ちゃんは見ただけで、その人間の健康状態が分かる。
 姉ちゃん以上の精度で、人の健康を担保できる存在はこの世界にいないと思う。

「ただ、ちょっとぶつけた後がありますわ。背中と頭ですわね――」

「確かに、コブが出来てます」

 ツユクサ先生は後頭部をさすった。
 頭は怖い。いきなり後ろにひっくり返ったのだ。
 ただ、コブを作っただけで済んだようだ。その点はホッとした。

「でも、弟のライの言う通りですわ。丸一日は一人にならない方がいいですわ」

 姉の言葉に俺はうなづく。ウンウンと。やはり正解だった。俺は思った。

        ◇◇◇◇◇◇

「驚いたな。そのようなことが……」

 ハルシャギク兄ちゃんが言った。ギシッと椅子が軋み音を上げた。

「まあ、大事にいたらなくてなによりだ。先生は、この国に必須の人材だ」
 
 ハルシャギク兄ちゃんのツユクサ先生への評価は高い。
 弟子のヒナゲシさんのアルバイトも口も紹介したというのもあるけど、実際に会って、先生を知ったからじゃないかと思う。
 伊達にチートの剣士ではなく人間を見る目もあるはずだと思う。多分。

「光栄なお話です。ドレットノート家の長兄・ハルシャギク様に過分な評価をいただくとは」
 
 仮面をかぶった先生が出現してる。まあ、いいけど。
 貴族の家にいるということで、完ぺきに礼儀正しい口調になっている。
  
 すっと、隙のない。それでいて優雅な所作で食後の紅茶カップを口にもっていく。
 先生すごいな…… 俺は思ったよ。

「紙の大量生産技術は、この国の根幹を変えるかもしれません」

 次兄のリンドウ兄ちゃんが言った。
 初見では、女にまちがえるのも無理はないだろという美形だ。
 ツユクサ先生も俺に「お姉さんだっけ?」と小声で確認したくらいだ。
 この国の最強魔法使いのひとり。魔人・リンドウだ。

「国の事務仕事、物流の流れ。その効率が格段によくなっておるからな」

 父親が言った。王国の物流の要所で、その流れを管理することをしている。
 たぶん、この中では一番、紙のイノベーションの効果を体感しているんじゃないかと思う。

「恐れ入ります。ドレットノート様」

 この国の礼儀に合った対応だ。
 俺は、貴族の礼儀を身につけるのに精いっぱいで、転生したのにチートもなにもなく、幼少期になにもできなかったのに…‥
 出来る人はなんでもできるのだろうな。と、そんなことを思いながら、頭の隅では、別のことを考えていた。

        ◇◇◇◇◇◇

「ハルシャギク兄ちゃん、リンドウ兄ちゃん。いいかな」

 ホウセンカ姉ちゃんとツユクサ先生はお風呂に入っている。
 一緒に。
 最初、先生は「家にお風呂があるなんてさすがよね」と言っていた。
 先生の家は1階に共同の浴場があるらしい。
 まあ、この国では家に風呂があるなんて上流階級だ。
 で、先生のように、集合住宅でも、建物の中に浴場がある物件はある程度の収入がないと住めない。
 王立魔法大学の准教授なのだ。先生も十分に社会的地位は高い。収入だって上位だろうし。

 で、最初はニコニコしていた先生。
 ホウセンカ姉ちゃんが「ごいっしょしましょう」と言って、まあ―― 同意したんだけどね。
 なんか、どんよりした顔になった。
 美人過ぎる俺の姉に気後れしているのか、胸か? 風呂に入って現実をつきつけられるのがいやなのか。
 本当に俺は「先生の胸の方が最高だ」と声に出して言いたい。秘めたる思いだけど。

 まあいい。
 とにかく、先生はいまいない。で、兄ちゃんたちに話した。

「一瞬で、心臓麻痺とかおこさせる魔法ってあるのかな?」
 
 リンドウ兄ちゃんに訊いた。

「どうでしょうか…‥ 私も全ての魔法を知っているわけではありませんが、そのような魔法の構築は可能だと思います」

「魔力容量は大きくなりそうかな」

「構築は専門ではないですが、距離、威力を限定すれば、小さくできるかもしれません」

「そうか…… 可能性はあるのか……」

 俺は疑っている。まず、怪しいのは大学の中かもしれない。
 そう考えると、大学の人間に先生の家にきてもらうというのは悪手だった。
 うかつすぎる。俺は。

「体術でも可能かもしれんが。誰か接近してきた者はいるのか? 接触するほどの距離に」

 ハルシャギク兄ちゃんが訊いてきた。
 俺は記憶を掘り起こす。揚げパンの屋台。市場の雑踏。いたか? 後に?
 いなかったと思う。少なくとも触れるほど接近すれば気付く。
 
「いないと思う。遠くから、そう言ったことが出来る術ってあるのかな。魔法以外に」

「魔法以外でそんなことが出来たら、人ではあるまい。剣も拳でも直接当てねば威力発揮できない。間合いの外からでは攻撃はできぬな」

 この世界の中で人外に近い一人が断言する。
 そんなことが出来る人間はいないということだ。
 気を当てるとか、そういった遠距離攻撃の術は剣や拳には存在しない。

「やっぱり魔法か――」

「魔法攻撃であれば、対魔法障壁を展開しておけばいいのですよ」

「先生は、全く魔力容量ないんで、それ難しいと思うよ。リンドウ兄ちゃん」

「ほう…… そのようには見えませんでした」

 リンドウ兄ちゃんは両手を顔の前で合わせた。思料している。

「なかなか、難しい問題ですね――」

 ふっと息を吐いて、リンドウ兄ちゃんが言った。

「無詠唱であっても、魔法発動の気配を感じ、一気に間合いを詰める。そして斬る――」

「そんなことできるの、誰が?」

 内心、お兄ちゃんだけだよ。そんなのと思っているけど。

「いや、ヒナゲシはできるぞ」

「え? あの女剣士さん。そんなことできるの?」

「出来る。魔導も剣もつきつめれば、人の心の動き。その動きを読むことは技術にすぎない」

 こともなげに言った。とんでもないことを。

「まったく…… そのような剣士を育てまくられては、私は失業してしまいますね」

 いや、それはない。俺は思った。
 ハルシャギク兄ちゃんも手を振って「ナイナイ」と言った。

        ◇◇◇◇◇◇

 先生が中々帰ってこない。
 ホウセンカ姉ちゃんは先に出て、部屋に戻った。
 先生はまだいるらしい。長風呂だ。
 たぶん、落ちついて広い風呂を堪能(たんのう)しているのだろう。

 俺は部屋に戻ると告げて、食堂を出た。
 途中だ。なんかいた。
 タオルを巻いているなんかがいるんだけど。

「え? ツユクサ先生――」

「きゃぁぁああああああああああああああああああ!!」

 悲鳴だった。
 その次の瞬間、ハルシャギク兄ちゃんがすっ飛んできた。
 そして、リンドウ人ちゃんも。

「どうした―― って…… 先生…… いったい……」

「服がぁ、広すぎて、服がどこにあるかわらなくてぇぇ~ 無いかもぉぉ~」

 しゃがみこんで半べそ状態。まあ、タオルで隠しているし裸というわけじゃないけど。
 生脚は肌色九十パーセントくらいは見た。
 ラッキースケベかどうかは、微妙なところだ。どうなんだろう。

 使用人がやってきた。頭を下げた。
 服は用意されていたのだが、先生の背丈では見つかりにくい場所にあったのだ。
 単純に長身のホウセンカ姉ちゃんと並べたからだ。

「ご、ごめんなさい。お騒がせしました」

 先生は頭を下げる。俺に対してだったやらないだろうなぁと思った。多分、なじられて終わりだ。
 脱衣所にもどるときも頭を下げた、濡れた亜麻色の髪。
 そしてその拍子に――

「あっ!」

 先生が声をあげズレたタオルを押さえた。
 しかし、一瞬遅かった。真っ白な背中が見えた。腰のあたりまで。

 先生の白い肌の上、妙に目立つ赤い痣があった。
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