軍国商売

中七七三

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9.取引終了

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 李正林が山田に命じる。

「よし、山田! お前、広東語ペラペラだろ? 俺の部下に、広東風の漫才やってみせろ。相方は……そうだな、あのデカい奴でいいかよ」

 匪賊の中で一番巨漢の男が、ニヤニヤしながら前に出る。身長一九〇センチ以上はあろうかという大男でひげ面。
 モーゼル小銃を肩に担ぐ姿はまるで山賊そのものだった。

 山田は顔を真っ青にし、片桐に助けを求める目を向けるが、片桐は腕を組んで冷たく言う。

「ほら、山田。さっさとやれ。俺は待つの嫌いだ」

山田は震えながら巨漢の匪賊と向き合う。匪賊たちが円陣を組み、野次を飛ばす中、山田は必死に

 広東語で話し始める。

「えっと……あの、みなさん、こんにちは! 僕、山田! このデカい人は……えっと、名前は?」

 巨漢がドスの効いた声で答える。

「オレは大牛だ! さっさと笑わせろ、小僧!」

「ひっ! はい、じゃあ…大牛さん、なんでそんなデカいんですか?」

「ハ! 毎日、米を三升食うからだ!」

 匪賊たちが爆笑。山田は調子に乗って続ける。

「三升!?  じゃ、じゃあ、大牛さんが寝るとき、布団は何枚ですか?」

「布団? そんな軟弱なもん使わねえ! 地面がオレのベッドだ!」

 さらに大爆笑。山田のぎこちないツッコミと、大牛の豪快なボケが、意外にも息ピッタリ。匪賊たちは腹を抱えて笑い、李正林もニヤニヤしながら拍手する。

片桐は呆れた顔で呟く。

「……こいつ、こんな才能あったのか。ったく、使えねえ奴だと思ってたのに」

 漫才が終わると、李正林が手を挙げて宣言する。

「よし、山田、合格だ! いやあ、久々に腹から笑ったぜ! 約束通り、タングステンは渡す。山田も返す。片桐、いい部下持ってるな!」

 山田は涙目で片桐に駆け寄り、抱きつきそうになるが、片桐に軽く突き飛ばされる。

「お、お前、くっつくな! 汗臭えぞ!」

「片桐さああん! 生きててよかったです!」

 匪賊たちの笑い声が村に響き、緊張感は一気に和やかな空気に変わる。

        ◇◇◇◇◇◇

 李正林は手下に命じ、阿片の品質を検査させる。木箱を開けると、精製された高純度の阿片二ト ンがぎっしり。首領の目が光る。

「こりゃ上物だ。上海の市場なら一両八〇元は下らん。片桐、さすがだな」

 片桐は冷たく笑う。

「当たり前だ。タングステンはどこだ。さっさと案内しろ」

 李正林は片桐と山田を鉱山の奥へ案内する。そこには、タングステン鉱石が山のように積まれている。
 片桐は鉱石を手に取り、含有率を確かめる。六五パーセントを超える高品質な灰重石だ。

 「よし、取引成立だ。鉱石は一部持って帰るが。明日にでも、調和通商が手配した輸送部門が引き取る。それまで守っとけよ」

 李正林はニヤリと笑い、片桐に手を差し出す。

「また取引しようじゃないか、片桐。次はもっと面白い余興を用意するからな!」

「気が向いたらな。……李、お前もなかなか狂ってるぜ」

 二人の握手は、
 まるで悪党同士の奇妙な友情のよう。山田は呆然と見つめ、呟く。

「この人たち、頭おかしい…」

        ◇◇◇◇◇◇

 高速艇で上海に戻った片桐は、陸軍にタングステン確保を報告。特務機関の中佐・山本は渋々ながら功績を認めざるを得ない。
 昭和通商の名は、中国戦線での資源確保の要として、さらに存在感を増す。

 片桐は事務所の窓辺でタバコを吸い、戦火の空を見上げる。山田が隣でメガネを拭きながら言う。

「片桐さん…僕、漫才の才能あると思います?」

「ハッ、寝言は寝て言え」

 山田は苦笑し、しかしどこか片桐の胆力を尊敬する目を向ける。

「次は……ちょっとだけ、片桐さんみたいになれるかな……」

 戦火の中国大陸で、片桐の次の取引が始まろうとしていた。
 火炎と火薬の匂いのする狂気の修羅場は既に過去の記憶となっていた。
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