軍国商売

中七七三

文字の大きさ
15 / 16

15.軍閥と交渉

しおりを挟む
 一九三九年、上海の朝霧が、まるで戦火の残滓のように街を包む。
 昭和通商のトラックが、埃を巻き上げながら華中へと疾走する。
 荷台には、三八式歩兵銃の木箱が、まるで戦士の棺のように積まれていた。
 軍閥が「不良品」と喚く品であり、あながち間違いでもない。
 ただ昭和通商、いや片桐としてはそんなことは断固として認めないのであった。
 どんな手段を使ってでも。

 運転席の片桐は、ハンドルを握る姿が嵐の王のようだ。
 その横顔は、抜き身の刀よりも鋭く、戦場を切り裂く気迫に満ちる。
 タバコの煙が、彼の狂気を彩る。
 助手席の百瀬彩子は、モーゼルC九六を腰に携え、片桐を熱く見つめる。


「片桐様、貴方の運転は素晴らしい。私はいってしまいそうです!」

「いくなよ。なんなんですか。この女……」

「うるさい、山田!」

 モーゼルC九六を抜いて銃口を山田に向ける百瀬。

「止めてください。黙ります」

 書類の入ったアタッシュケースを抱え声をあげる山田。
 片桐も常人ではないが、百瀬も完全に常軌を逸していた。

「片桐様の成す事全て、私に向けて百発百中、撃ち抜かれてしまいます」

 その声は、春の鈴のように甘く、しかし狂った捕食獣の響きを持っていた。

「あのよ」

 片桐が、煙を吐き出し、氷の如く冷たく答える。

「銃だけ撃っとけ、百瀬」

「はい。片桐様」

 百瀬が、悪戯な笑みを浮かべる。

 後部座席の山田は、書類と汗にまみれ声を上げる。

「この道、揺れすぎですね。田舎のポンコツバスより酷い」

 トラックが石ころを跳ね、荷台が地響きを立てる。

        ◇◇◇◇◇◇

 夕暮れの華中、張一派の要塞が荒々しくそびえる。
 石垣は、戦火を耐え抜いた不屈の証だった。小さいながらも鉄の意志を宿すものだ。
 古いモーゼル小銃を構えた兵士が、門で睨みを利かせていた。

「古いモーゼルを持ち出して、三八式にクレームか……」

 片桐が何か含むものがあるかのように呟く。

 トラックが停まり、埃が舞い上がる。
 片桐が降り立った。
 スーツに全く汚れが無く完璧だった。その完璧さが、彼の狂気を際立たせる。

 百瀬が、颯爽と続いた。ふわりと地に降り立つ。
 腰につったモーゼルC九六が、夕陽に黒光りする。

 山田は、書類と木箱を抱え、よろめきながら降車した。

「うう、重い……僕、荷物運びの下僕ですか……」

 彼のメガネがずりおち、汗と脂で曇る。

 軍閥の首領である張将軍が現れた。雷鳴を擬人化したような雰囲気の人物だった。
 五〇代の髭面の大男だ。
 眼光は、猛虎が獲物を捉える如く、声もでかい。

「昭和通商か!」

「そうだ」

「不良品の銃で、我が軍を愚弄するか!」

 声は、びりびりと要塞の石壁を震わせる。
 兵士たちが、モーゼルを構え、威嚇する。
 片桐が、氷の刃のような視線で応じる。

「不良品かどうかは、試せば明らかだ」

「なんだと?」

「弊社の百瀬が、貴殿の銃を撃ち命中させる。百発百中だ」

 百瀬が一歩前にでてすっと頭を下げる。

 張が、嘲笑を炸裂させる。つられて部下たちも笑った。

「女だと? 笑止千万! 片腹痛い」

「では、その女が撃って当たったらどうだ?」

 片桐の言葉は乾いていた。

「銃は不良品だ。誰が撃とうと無駄だ! 当たりっこない!」

 張の髭が、怒りに震える。
 百瀬が、すっと視線を張に向け、微笑した。

(なんだ……この女……)

 張も百瀬が普通の女でない事を感じてはいた。
 美しい。確かに美しいが、底の知れない何かを感じさせる女だった。

「笑うのは早うございます、将軍閣下」

 凛とした百瀬の言葉に笑いが止まった。

「三八式を渡してください」

「分かった」

 張が、部下に命じた。
 三八式歩兵銃が、木箱から厳正に運ばれる。
 要塞の裏の試射場に、皆移動した。

「私の射撃が、貴方の疑念を撃ち抜きます」

 その声は、風の様に清らかで、鋼の様に強い。

「そこまで言ったら、引けんぞ」

「それは、そちらも同じです」

 三〇〇メートル先に、木製の的が立つ。
 赤い中心が、鮮血のように見える。


「女に撃てるかよ!」
「的を外して、笑いものだ!」
「酒の勺でもしてくれりゃ、色々考えてもいいぞ!」

 兵士たちが、野次を飛ばす。

 百瀬が、静かに銃を構える。
 微風を読み、姿勢を整える。
 三八式の槓桿を、シルクの如く滑らせる。金属音が荘厳に響く。
 照門と照星が、星を結ぶ。的の中心に、心を重ねる。

 パン!

 弾丸が三〇〇メートルを疾走する。

 的の中心を雷霆らいていの如く穿つ。
 木片が、夕陽に舞い散る。
 兵士たちが、息を呑む。

「何!?」
「女が…!」
「嘘だろ」

 百瀬が、射撃を繰り返した。姿勢は微動だにしない、ただ微風の中に髪だけが揺れていた。
 パン! パン! パン! パン!
 初弾を含め、五発全てが、的の心臓を射抜く。

 的の中心には大きな穴が空いていた。

 張が、目を瞠る。

「女が、まさか……」

 片桐が、冷ややかに笑う。

「見たか、張」

「ああ……」

「三八式は、ボルトアクションの極致だ。女でも当たる」

 片桐はタバコを加え、火をつけ、大きく吸い込んで吐き出した。

「どういうことだ? 片桐」

「簡単なことだ。貴殿の兵士の腕が、問題なのだ。女でも当たるものが当たらんのだ」

 張が、顔を真っ赤にする。

「ぐ…確かに…」

「まあ、銃の整備が悪いのも原因だ。どんな名銃でも手入れしなきゃポンコツになる」

 これは片桐の助け舟だった。女に面子を完全に潰されてるとなると、論理よりも感情で納得できなくなる。整備不良は落としどころだった。

「確かに、銃の整備が悪いに違いない!」

「そうだ、銃は不良品ではない。整備だけきちんとやってくれ」

「ああ、分かった」

「山田、契約書や関係書類のとりまとめは任せた」

「はい。片桐さん」

 山田が一歩前にでた瞬間だった。

 轟然とした音が大気を振るわせた。山田がこけた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

徳川慶勝、黒船を討つ

克全
歴史・時代
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 尾張徳川家(尾張藩)の第14代・第17代当主の徳川慶勝が、美濃高須藩主・松平義建の次男・秀之助ではなく、夭折した長男・源之助が継いでおり、彼が攘夷派の名君となっていた場合の仮想戦記を書いてみました。夭折した兄弟が活躍します。尾張徳川家15代藩主・徳川茂徳、会津藩主・松平容保、桑名藩主・松平定敬、特に会津藩主・松平容保と会津藩士にリベンジしてもらいます。 もしかしたら、消去するかもしれません。

処理中です...