ただひたすらゾンビを殺す終わり無き日常

中七七三

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1.ゾンビを狙撃する日々

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 ゾンビを三体ほどぶち殺した。
 銃弾を一〇発以上使った。使いすぎか?
 確かに、浪費は控えたいが仕方ないだろうと己に言い聞かせる。

 素人だから。多分――。

 小林有紀は自らのことをそう推定する。
 すっと息を吸った。早春の風に巻き込まれ、火薬の匂いが鼻腔に流れ込む。
 
 ――闇夜に霜の降るごとく。

 射撃の極意をこう言ったのは近代日本の銃器開発の嚆矢こうしである村田経芳だったと思う。
 何故だか、そんな言葉が脳裏に浮かぶ。闇夜でもなんでもなく、昼の日中だというのに。
 地震前の記憶があやふやなのに、こんな余計なことは覚えている。
 ただ、知っているからと言って出来るかというと、別の話になる。
 この言葉は「筋肉」や「心」で引き金を引くな、という無理な極意を表現したものなのだけど、有紀に出来るはずがなかった。

「AK-47」は狙撃には向かない。威力は強いが反動も大きい。
 そもそもアサルトライフルという種類の銃が狙撃を目的に開発されたものではないからだ。
 有紀は距離五〇メートルで狙撃した。
 
 ウロウロとホームセンターに近づいてくるゾンビを狙ってだった。

 命中率約三割は、素人としては上々なのかもしれないし、ダメなのかもしれないし、その基準も良く分らない。
 一〇〇メートル地点の目標でおおよそ半径10センチの的に集束するというスペックが頭に浮かぶ。
 謎で、無駄な知識だ。

 大体が「AK-47」を「AK-47」と認識できる記憶と、操作できる記憶があるのが謎だった。
 操作に関しては「手続き記憶」なのだろうけど。

(何者だ、わたしは?)

 目覚めてからずっとこびり付いている疑問を意識する。
 だが、直ぐにそんな思考は頭の隅に追いやられた。
 考えても思い出せないし、今は邪魔な思考だ。

 有紀はリアサイトにゾンビの頭部をあわせる。
 この距離なら見越し射撃はいらない。撃ち下ろしになるし、ダイレクトショットが可能だった。
(それでも命中率三割であるのだけれども)

 晴天。ようやく弱々しさを脱しつつある陽光。
 徐々に温かくなっていることから「今は春だ」ということが辛うじて分る。
 風はまだ冷たい。ただ、この距離で影響がでるほどの強さではなかった。

 なるべく、無心で引き金トリガーという装置を指で可動させる。
 射撃モードは単発セミオート
 引き金が動き、薬莢内の火薬パウダーを爆発させるメカニズムが一瞬で動作する。
 火薬の爆轟という化学変化が、銃弾に音速を超える速度を与えた。

 パンっと乾いた音が耳朶を叩き、視線の先でゾンビの頭部が吹っ飛ぶ。
 スイカ割のようだ。

「あはははは」

 思わず笑ってしまった。
 ゾンビは、同族が撃たれたにも関わらず、全くの無関心。
 既に死者であるゾンビは他者に興味を持たないのか。
「生」が他者との関係によって成立し、「死」は他者との関係が断絶した物と考えれば、当然の帰結なのかもしれない。
 ゾンビにとっては「同族」とか「明確な他者」を分別する知能がないのだろう。

 ホームセンター屋上から、有紀は狙撃していた。
 ゾンビを狙ってだった。
 毎日毎日ゾンビを狙撃する。安全な屋上から。
 こんな日常が二ヶ月ほど続いている。

 世界にはゾンビが溢れ、今のところ、有紀以外の人間には出会っていない。
 どうして世界がこんなになったのか? 
 謎だ。謎だらけ。

 冷静になってみると笑ってしまう、異様で奇妙で滑稽な状況かもしれない。

 しかし――
 どうして?
 人類は滅んだのか? 

 自分を除いて。と、有紀はこの世界の不可思議な部分について思う。

 ――とにかく分らない。

 ただ、大きな地震があったことは覚えている。有紀は、ホームセンターの中で地震に巻き込まれ失神。
 で、目を覚ましたらゾンビが溢れかえった理不尽な世界にいた。
 記憶を辿るとそれが一番古い記憶になる。ひと月ほど前だ。
 それ以前の記憶がない。
 おそらく地震のときに頭でも打ったのか?
 一次的な記憶喪失なのか。

 それにしても、記憶を無くしたことに対する不安は皆無だった。
 現状があまりに馬鹿馬鹿しすぎるからかもしれない。

 ゾンビどもは眼下をうろうろと徘徊している。
 奴らは、上方を見る習性がないようだった。だから、高所から射撃は効果的だった。
 
 どうにも、意識を取り戻し世界にゾンビが溢れた世界に放り込まれてから、認識の精細度が上がった気がする。
「生きてる」という実感がある。ありすぎるほどある。記憶はないのだけど。

 過去の記憶――
 詳細に分類するならば、有紀には過去の体験の「エピソード記憶」が無い。
 どこで何をしていたのか、一切覚えていない。

 言葉の意味、常識などの学習で覚えていく「意味記憶」は残っている。
 自分に関する情報は名前しか覚えていないが、余計な知識や記憶は、なぜか浮かんでくる。

「AK-47」も有紀が目を覚ましたときに、傍らにあったものだ。
 なんで、そんなものが有るのかもよく分からない。
 しかし「AK-47」を「AK-47」と分かる記憶が脳内にあった。

 よく分からないことだらけだ。

 それでも、この意味不明で理不尽で地獄のような世界で充実した日常を生きている。
 有紀は安っぽくて小さな鏡を取り出す。掌に収まるサイズ。
 見つめた。有紀の顔が鏡面に映っていた。
 銀髪。やや釣り上がった意思の強そうな双眸。
 極限のサバイバルの中で汚れはしている。が、刃のような美貌をもった存在だった。

「わたしは、小林有紀こばやし ゆうき
 
 有紀は、自分の名を、口の中で転がしてみる。
 他者がいない世界で自分をしっかりと意識しようと思っているからだ。
 人間は「自分が何者か分らなくなる」と簡単に自我が崩壊する。
 
 ナチスがユダヤ人に対し心理実験を行っている。
 鏡に向かって「お前は何者だ?」と疑問を発し続けると、自我が崩壊する。気が狂う。
 およそ三ヶ月ほどで廃人になるのだ。

 有紀は日常のルーチンでその逆をやっている。
 この異様な世界に、自分を定着させるために。正気を保つために。

 脇に置いてあったリュックから缶詰を取り出す。サバの水煮。
 後、水の入った水筒。それに、保温シートにつつんだタッパーの白米。
 のりの佃煮をびっちりと敷き詰め、梅干を添えてある。

 ゾンビが溢れかえり、ひとがいなくなった。
 普通に考えれば、インフラもダメになりそうだった。
 なぜか電気も水道も生きている。ガスは知らない。
 だから、電子レンジで温めたレトルトの白米を食べることができた。

 今のところ、食料は危機的とは言えないかもしれない。ホームセンターだけでも相当の保存食があった。
 当然、荒らされていて万全の品ぞろえとは言えないが、女ひとりが食っていくなら当分は大丈夫だ。
 問題は量よりも「保存期限」かもしれないが。

 というわけで、有紀はありがたく昼食をいただくことにする。
 タッパーを空けると、白米とのりの佃煮の匂いが混ざり合い、鼻腔を刺激する。
 たまらず、割り箸で一気にかき込む。口の中に。
 缶詰を空け、サバの水煮も口の中に放り込む。美味しい。

 ゾンビを射殺した後のご飯は格別だった。
 今の有紀に許される唯一の娯楽は、ゾンビを撃ち殺すことだけだ。

 食後はしっかりと歯を磨くことにしている。
 水筒の水でうがいをして、歯をキレイに保つ。 
 こんな世界で虫歯になったら、それこそ地獄だ。
 近所に薬局があって、痛み止めの「ロキソニン」をガメてきている。
 虫歯に対しては気休めのようなものだけども、月に一回はこの薬が必要になる。
 女のサバイバルは色々面倒くさい。

 歯磨きが終わると、念のためキシリトールガムを噛む。
 風船を作ろうとするが、キシリトールガムでは風船は出来ないので諦めた。

 有紀はまだ味の残っているに向け吐き捨てた。

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