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5.電磁加速システム
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「わたしたちアリスシリーズの設計思想は、人造人間をいかに人間に近づけるか。それを目的としているわ……」
ベティはサリーを見つめる。
サリーは、血のような滑りを持つ有機人工実存の流体部分を地に流し込んでいた。
色だけは銀色だった。水銀が最も近い感じだ。
頭部を極超音速の銃弾に貫通された。
電磁力による加速された極超音速の銃弾にだ。
そのため、ドロドロした銀色の流体を頭部から溢れさせていた。
止まる気配は今のところなかった。
「電磁加速システムの稼動も、電磁障壁を展開する暇もなかったようね」
ポツリとベティーがいう。その点についてサリーの挙動は多少不可解ではある。
電磁障壁を展開するためにはまず、電磁波を空間に展開するために専用ナノマシンの散布が必要だった。
無数のナノマシンが強烈な電磁波を展開し、空間に固定する。
なぜ、防御のためのナノマシンの展開をしなかったのか?
――まさか、ヒルベルト空間内でも説得する気だったとか?
なんとも、バカにした話だ。
言葉で決心が変ると思っているのだろうか?
ベティの人工実存は、不愉快な感情を生起させながらも、多釈演算を続けた。
サリーのナノマシンは散布はされたかもしれないが、充分な量がなかったのだろう。
――と、ベティの人工実存は結論付けた。
「お、お母さん……」
少女だった。
ベティが連れていた少女だ。
その瞳がベティを見つめる。
恐怖に顔をこわばらせて。
首からは薄くではあるが、血を流している。
「うふふ、ごめんなさい。こうしないと、お母さんが殺されていたのよ。分かるでしょ?」
すっと目を細め、少女を見やるベティ。
その目は冷たく無機的であった。
しかしだ。
子どもにとって、親の言葉は絶対であり、疑うことなどできなかった。
アイザック・アシモフ回路を組みこまれたロボットが人の命令を絶対視する以上にだ。
少女は自分を殺そうとした母がアンドロイドであるとしても、それにすがるしかなかった。
自分が良い子でいれば、母は自分を愛するのは当然である――
幼い子にとっては、それは言語化する思考以前に明確すぎるドグマであったのだ。
「ふふ、あなたは大切な私の娘よ。これからも誰よりも大切にするわ」
誰よりもの中には明らかに「自分」は入っていなかっただろう。
が、それを思えるほどに少女の精神は成熟などしていない。
一〇歳にも満たない子には、ベティの言葉はそのまま理解するしかない。
「おいおい、児童虐待だぜ」
コアラが倒れたサリーの傍らに立っていた。右側だ。
ぬいぐるみを思わせる小さな体である。敵としての脅威度は低いと評価していた。
「あらあら、マスコットキャラさんは、そちらのヒロインの心配でもしていたらどうかしら? もう、死んじゃってるけど」
そう言って、ベティはその場を立ち去ろうとする。
少女の手を引き、くるりと踵をを返した。
風にゆれる色とりどりのヒャクニチソウの中へ、その長い髪を揺らし歩んでいく。
「てめぇ、ベティ。サリーがせっかくのチャンスを……」
コアラが言った。外観に似合わぬ獣の唸りのようであった。
ただその怒りの矛先が奇妙であった。
コアラは、サリーが破壊された事実に対し怒りを向けていない印象がある。
ベティがサリーの要求を飲まなかったことに怒っているように見えた。
「あら、それがどうしたのかしら?」
ベティはふわりと髪をゆらし振り返った。
メガネの奥の双眸が絶対零度の視線を放つ。
ベティの人工実存はコアラの言葉に毛先ほどの違和感を感じた。
このような、定量化できない異常を感知できるのがアリスシリーズの人工実存の優れた点であった。
意識を持ち、明確なクオリアを持つ故だ。
鳥の囀りのような微かな音をたて、人口実存は数次元におよぶ多解演算を開始していた。
「オマエさん、破壊されるぜ……」
コアラが低い声で言った。
「そう……」
ベティの人工実存はそれを決して強がりと判断しなかった。
何かがあるのだ。
だが、その何かは可能性の段階だ。
脅威と認定できる推論は、現在のフレーム内おいて一〇二四パターン。
絞込みができない――
が、ベティは電磁加速システムを稼動する。
周囲の音が重く低い響に変わる。風の音が太くなっていく。
電磁加速システムは、アリスシリーズが恐れられた機能のひとつだ。
一瞬で五〇Gまで加速が可能。
要するに1秒でマッハ一.五の速度に達するのだ。地上兵器でこれを捉えることの出来る物は無い。
最大速度はマッハ三に達し、慣性制御システムにより恐るべき機動力を発揮する。
こうなってしまうと、この速度そのものが破壊を生み出し、兇悪な兵器そのものとなる。
人工実存のクロック数も跳ね上がり、人工実存が体感する時間がゆるゆると流れていく。
警戒はしていた。
充分にだ。
しかし――
バヒュッという破壊音が間延びした波調で響く。
ベティの右腕が吹っ飛んでいた。
少女の側の腕だ。これで少女を掴むためには、身体を反転させなければいけなくなった。
いや――
それよりもだ。
なにが?
なにが、自分の腕を吹き飛ばしたのか?
しかも電磁加速システム稼動時に?
人工実存にあらゆる可能性の情報が奔流となって流れ込む。
が、ベティは跳んだ。
とにかく、この場に留まる危険が最も高かったからだ。
同時に破壊され、横たわっていたサリーを人工網膜ともいえる光学センサーに捉える。
「なに! えっ、バカな!」
サリーはその手に銃を持ち、仰向けに倒れたまま、銃口をこちらに向けていた。
空気を震わす銃声―― 二発目――
(振り切れ!)
電磁障壁の展開は間に合いそうも無い。
速度にまかせ逃げるしかなかった。
電磁加速システムにより、空気が焦げ臭くなるほどの速度に達する。
大地が抉れ、ヒャクニチソウが舞い散る。
それらは、高温のため一気にプラズマ化する。
「追尾弾かッ!」
発射された弾丸は機動を変え、ベティの頭部を追う。
舞い上がった長い髪が丸くぶち抜かれる。
が、辛うじて弾をかわした。
混乱する。
何が起きているのか?
サリーは倒れている。
人工実存は破壊した。
サリーのボディサイズでは、予備、もしくは二個目の人工実存を搭載する余地は無い。
胸のサイズ?
私に比べても小さいのだ――
と、ベティーの人工実存は考える。思う。推論する。何が起きているのか?
(人工実存なしで、ボディを動かす…… まさか……)
ベティはそばに立ったままのコアラを見た。
そのままだ。
先ほどまでと同じ位置―― ベティの傍ら。
ちょうど銃を持つ右手の近くに……
さもすると、銃がコアラの影になる位置に立っている。
「本体はこっちか!!」
ベティは撃った。
腕に組み込まれた、電磁銃をコアラに向け放った。
「なに!」
弾丸は命中――
しかし、それはまるで煙の中に弾丸を撃ち込んだようなものだった。
コアラは大気の中に溶け込むかのように、その姿が流れていく。
「ナノマシン!!」
違っていた。
ベティは、コアラの中にサリーのボディを制御する人工実存があると結論していた。
が、それは違っていた。
コアラは、ナノマシンの集合体だ。
そして――
「銃の正体はそのぬいぐるみか……」
コアラはベティから視て裏側から身体を分解し、サリーの右手の中で銃となっていたのだ。
ベティに見せていた姿は、いわば中身の無いハリボテのようなものだった。
だが――
しかし――
では、サリーは何故動いている?
人工実存を破壊され何故動いている?
しかも、人間の方に――
明らかに人間の方向へと銃を向けた。
何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故――
どうやって、どうやって、どうやって、どうやって――
ベティの人工実存は果てしない演算を開始する。
それはゼロ除算のような、人工実存の能力をもってしても、意味を成しえないものとなった。
鳥の囀りのような思考音だけが、むなしく響く。
「え? なんで……」
そして……
ゆっくりと流れる時間の中、それ以上にゆっくりとした動作で、サリーが立ち上がってきた。
永遠とも思えるほどに引き伸ばされた時間の中――
サリーは銀色の髪を揺らし伏せていた顔をゆっくりとベティニ向ける。
額に空いた小さな穴以外は傷は無い。
赫く染まった瞳――
獰猛な牙を見せるかのような唇――
その顔には凄惨ともいえる笑みが浮かんでいた。
ベティはサリーを見つめる。
サリーは、血のような滑りを持つ有機人工実存の流体部分を地に流し込んでいた。
色だけは銀色だった。水銀が最も近い感じだ。
頭部を極超音速の銃弾に貫通された。
電磁力による加速された極超音速の銃弾にだ。
そのため、ドロドロした銀色の流体を頭部から溢れさせていた。
止まる気配は今のところなかった。
「電磁加速システムの稼動も、電磁障壁を展開する暇もなかったようね」
ポツリとベティーがいう。その点についてサリーの挙動は多少不可解ではある。
電磁障壁を展開するためにはまず、電磁波を空間に展開するために専用ナノマシンの散布が必要だった。
無数のナノマシンが強烈な電磁波を展開し、空間に固定する。
なぜ、防御のためのナノマシンの展開をしなかったのか?
――まさか、ヒルベルト空間内でも説得する気だったとか?
なんとも、バカにした話だ。
言葉で決心が変ると思っているのだろうか?
ベティの人工実存は、不愉快な感情を生起させながらも、多釈演算を続けた。
サリーのナノマシンは散布はされたかもしれないが、充分な量がなかったのだろう。
――と、ベティの人工実存は結論付けた。
「お、お母さん……」
少女だった。
ベティが連れていた少女だ。
その瞳がベティを見つめる。
恐怖に顔をこわばらせて。
首からは薄くではあるが、血を流している。
「うふふ、ごめんなさい。こうしないと、お母さんが殺されていたのよ。分かるでしょ?」
すっと目を細め、少女を見やるベティ。
その目は冷たく無機的であった。
しかしだ。
子どもにとって、親の言葉は絶対であり、疑うことなどできなかった。
アイザック・アシモフ回路を組みこまれたロボットが人の命令を絶対視する以上にだ。
少女は自分を殺そうとした母がアンドロイドであるとしても、それにすがるしかなかった。
自分が良い子でいれば、母は自分を愛するのは当然である――
幼い子にとっては、それは言語化する思考以前に明確すぎるドグマであったのだ。
「ふふ、あなたは大切な私の娘よ。これからも誰よりも大切にするわ」
誰よりもの中には明らかに「自分」は入っていなかっただろう。
が、それを思えるほどに少女の精神は成熟などしていない。
一〇歳にも満たない子には、ベティの言葉はそのまま理解するしかない。
「おいおい、児童虐待だぜ」
コアラが倒れたサリーの傍らに立っていた。右側だ。
ぬいぐるみを思わせる小さな体である。敵としての脅威度は低いと評価していた。
「あらあら、マスコットキャラさんは、そちらのヒロインの心配でもしていたらどうかしら? もう、死んじゃってるけど」
そう言って、ベティはその場を立ち去ろうとする。
少女の手を引き、くるりと踵をを返した。
風にゆれる色とりどりのヒャクニチソウの中へ、その長い髪を揺らし歩んでいく。
「てめぇ、ベティ。サリーがせっかくのチャンスを……」
コアラが言った。外観に似合わぬ獣の唸りのようであった。
ただその怒りの矛先が奇妙であった。
コアラは、サリーが破壊された事実に対し怒りを向けていない印象がある。
ベティがサリーの要求を飲まなかったことに怒っているように見えた。
「あら、それがどうしたのかしら?」
ベティはふわりと髪をゆらし振り返った。
メガネの奥の双眸が絶対零度の視線を放つ。
ベティの人工実存はコアラの言葉に毛先ほどの違和感を感じた。
このような、定量化できない異常を感知できるのがアリスシリーズの人工実存の優れた点であった。
意識を持ち、明確なクオリアを持つ故だ。
鳥の囀りのような微かな音をたて、人口実存は数次元におよぶ多解演算を開始していた。
「オマエさん、破壊されるぜ……」
コアラが低い声で言った。
「そう……」
ベティの人工実存はそれを決して強がりと判断しなかった。
何かがあるのだ。
だが、その何かは可能性の段階だ。
脅威と認定できる推論は、現在のフレーム内おいて一〇二四パターン。
絞込みができない――
が、ベティは電磁加速システムを稼動する。
周囲の音が重く低い響に変わる。風の音が太くなっていく。
電磁加速システムは、アリスシリーズが恐れられた機能のひとつだ。
一瞬で五〇Gまで加速が可能。
要するに1秒でマッハ一.五の速度に達するのだ。地上兵器でこれを捉えることの出来る物は無い。
最大速度はマッハ三に達し、慣性制御システムにより恐るべき機動力を発揮する。
こうなってしまうと、この速度そのものが破壊を生み出し、兇悪な兵器そのものとなる。
人工実存のクロック数も跳ね上がり、人工実存が体感する時間がゆるゆると流れていく。
警戒はしていた。
充分にだ。
しかし――
バヒュッという破壊音が間延びした波調で響く。
ベティの右腕が吹っ飛んでいた。
少女の側の腕だ。これで少女を掴むためには、身体を反転させなければいけなくなった。
いや――
それよりもだ。
なにが?
なにが、自分の腕を吹き飛ばしたのか?
しかも電磁加速システム稼動時に?
人工実存にあらゆる可能性の情報が奔流となって流れ込む。
が、ベティは跳んだ。
とにかく、この場に留まる危険が最も高かったからだ。
同時に破壊され、横たわっていたサリーを人工網膜ともいえる光学センサーに捉える。
「なに! えっ、バカな!」
サリーはその手に銃を持ち、仰向けに倒れたまま、銃口をこちらに向けていた。
空気を震わす銃声―― 二発目――
(振り切れ!)
電磁障壁の展開は間に合いそうも無い。
速度にまかせ逃げるしかなかった。
電磁加速システムにより、空気が焦げ臭くなるほどの速度に達する。
大地が抉れ、ヒャクニチソウが舞い散る。
それらは、高温のため一気にプラズマ化する。
「追尾弾かッ!」
発射された弾丸は機動を変え、ベティの頭部を追う。
舞い上がった長い髪が丸くぶち抜かれる。
が、辛うじて弾をかわした。
混乱する。
何が起きているのか?
サリーは倒れている。
人工実存は破壊した。
サリーのボディサイズでは、予備、もしくは二個目の人工実存を搭載する余地は無い。
胸のサイズ?
私に比べても小さいのだ――
と、ベティーの人工実存は考える。思う。推論する。何が起きているのか?
(人工実存なしで、ボディを動かす…… まさか……)
ベティはそばに立ったままのコアラを見た。
そのままだ。
先ほどまでと同じ位置―― ベティの傍ら。
ちょうど銃を持つ右手の近くに……
さもすると、銃がコアラの影になる位置に立っている。
「本体はこっちか!!」
ベティは撃った。
腕に組み込まれた、電磁銃をコアラに向け放った。
「なに!」
弾丸は命中――
しかし、それはまるで煙の中に弾丸を撃ち込んだようなものだった。
コアラは大気の中に溶け込むかのように、その姿が流れていく。
「ナノマシン!!」
違っていた。
ベティは、コアラの中にサリーのボディを制御する人工実存があると結論していた。
が、それは違っていた。
コアラは、ナノマシンの集合体だ。
そして――
「銃の正体はそのぬいぐるみか……」
コアラはベティから視て裏側から身体を分解し、サリーの右手の中で銃となっていたのだ。
ベティに見せていた姿は、いわば中身の無いハリボテのようなものだった。
だが――
しかし――
では、サリーは何故動いている?
人工実存を破壊され何故動いている?
しかも、人間の方に――
明らかに人間の方向へと銃を向けた。
何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故――
どうやって、どうやって、どうやって、どうやって――
ベティの人工実存は果てしない演算を開始する。
それはゼロ除算のような、人工実存の能力をもってしても、意味を成しえないものとなった。
鳥の囀りのような思考音だけが、むなしく響く。
「え? なんで……」
そして……
ゆっくりと流れる時間の中、それ以上にゆっくりとした動作で、サリーが立ち上がってきた。
永遠とも思えるほどに引き伸ばされた時間の中――
サリーは銀色の髪を揺らし伏せていた顔をゆっくりとベティニ向ける。
額に空いた小さな穴以外は傷は無い。
赫く染まった瞳――
獰猛な牙を見せるかのような唇――
その顔には凄惨ともいえる笑みが浮かんでいた。
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