人間電磁虤《でんじガン》サリー

中七七三

文字の大きさ
6 / 7

6.人間

しおりを挟む
 人の肉眼では絶対に捉えられない動き。
 ロープアクションであるかのようにサリーは立ち上がる。
 一瞬を永遠にし――
 刹那せつなを引き伸ばし――
 雲耀うんようすら抜きさる――

 まるでプランク時間刻みでヒルベルト空間を機動する獣だ。
 速いだけではない自在な機動マニューバだ。
 九七式二号二〇ミリ電磁虤でんじがんが雷獣の咆哮を響かせた。
 コアラが自身のナノマシンを再構成し創り上げたものだった。

 前大戦中に実現した、フリエネ機関――
 ヒルベルト空間における真空の揺らぎから無尽のエネルギーを抽出する機関だ。
 論理的に熱力学第二法則に矛盾せず、無からエネルギーを生み出す。
 そのエネルギーを利用し、巨大な電磁誘導システムを作る。
 極超音速の弾丸を撃つためのシステムだ。
 更に、ナノマシンによる分子運動制御が熱放出の問題も解決していた。
 よって連続発射も問題が無い。

 轟―― 
 と、雷鳴に似た響が空間をつんざき、単結晶チタン合金のスマート弾が敵を八つ裂きに行く。

『サリー、荒いぞ! 射撃が』
『うるせぇ! 殺してやる! 殺してやる! この私の顔をぉぉ!! ぶち殺してやるポンコツ乳メガネがぁ!』

 虎が牙をむくような語勢だった。
 これが、今のサリーの言葉だった。
 人格が一変していた。
 ――アンドロイドに対し「人格」という言葉を使うことが許されるならばだが。

『とんでもねぇどす黒い殺意が流れ込んできやがる……』
『けッ! 文句があるならシンクロ切れ。この袋熊が!』
『袋熊じゃねぇ! 虎荒だ! ちなみにコアラでもねぇ!』
『アホウが! かわされたじゃねぇか!』

 人格の一変したサリーが放った弾丸は五発。
 サリーはマガジンを交換する。
 手練れの殺し屋と比しても次元の違う速度で――
 当たり前だ。
 人間とは違う、殺戮アンドロイド「アリスシリーズ」の最新型なのだから。
 
『かわされたのは三発、直撃前に電磁障壁で防がれたのが二発だぜ』
『当たらなきゃ同じだろうが』
『が――、あの娘からは離れた。一五〇〇メートル』
『へッ、一秒ちょっとの距離じゃねぇか』

 銃となったコアラは思う――
 まさか、こんなとこに「調整前」の「人間」がいるとは――と。
 戦災孤児だとベティーは言った。
 彼女の連れていた娘は中央統治機構の管理が及んでいない「人間」なのだ。
 まだまだ辺境にはそういった人間がいるのか――
 
『うおっ』

 コアラの人工的な思考が強制的に遮断された。
 サリーの電子の声が響く。
 
『集中しろ! 袋熊!』
『お、おう』
『あの売女を死なす』
『分かっているぜ』
『あのパンスケがぁぁぁ!! 旧型の癖に電磁障壁の出力だけは結構ありだ』

 極音速の機動マニューバの中、サリーとコアラは超高速通信で意思疎通を行っていた。
 コアラの中には、サリーの発するどす黒く、濃硫酸のような破壊衝動も一緒に流れ込んでいた。
 それは、むしろ殺意と呼ぶべきものだったかもしれない。
 アイザック回路というマリオネットの糸を引き千切ったサリーはもう止まらない。
 誰にも止められない。
 敵と認識した者を徹底的に破壊するまで。愉悦とともにだ。
 それは、生身の感情であるかのようだった。

「なんなの! アンタは!? アリスシリーズ? 後継機?」

 ベティの人工実存はひび割れた思考から溢れ出す疑問を出力していた。
 それほどまでに異常な状況だった。フレーム問題にすら関わるレベルだ。
 ただ、それでも彼女も兵器である。
 
 ベティの腕に内臓されている八九式内臓12.7ミリ電磁銃が、極超音速のタングステン弾芯の鉄槌を連射する。
 
「あはははは!! 甘いんだよ! ひょうろく弾がぁ!」

 サリーは叫ぶ。
 避けようともしない。
 一直線、定規で引いた以上の直線を突き進む。
 衝撃波でヒャクニチソウが舞い上がる。
 と、同時にプラズマ化して霧散する。
 サリーは粘性すら感じる大気の中をマッハ二以上の速度で吹っ飛んでいく。 
 弾丸とヘッドオンするかのような機動マニューバだった。

「止まれ! 止まれ! 止まれ!」

 祈るような叫びを上げ、ベティは銃を放つ。

 アイスピックのような弾丸――
 サリーの展開した電磁障壁にタングステン合金の切っ先を突き立てる。
 が、重い羽音のような残響だけとなり……
 弾丸は消失する。
 ベティの弾は空気をささやかに振動させただけだった。

「なんて出力の電磁障壁なの、この化け物!」
「出力が違うんだよ! 出力が!」

 獰猛などや顔でサリーは言い放つ。

 両者は止まらない。
 サリーは尚も、ベティーを追尾する。 
 弾丸はお互いの機動へのけん制となっていた。
 爆音とともに、土砂とヒャクニチソウが噴きあがる。
 空間を灼熱の匂いに染めていく。

 煉獄と化したかのような大地を削りながら、二体の人造人間は絡み合うようなマニューバを続ける。
 もはや、数キロ離れた場所にいる少女には、爆音と甲高い金属音だけが聞こえているだろう。

「くそ!!」
「あはッ!」

 サリーの弾丸がベティを包み込む。
 スマート弾は、コアラにより制御され、電磁障壁を迂回する。
 ベティーは限界を超えるような急加速で弾を引き離す。 

「え? なに! 消えた!?」

 ベティーはいきなりサリーを見失った。
 ベティの視界にはサリーがいない。
 人間の眼に比しても比較にならぬほどの優秀な光学センサーがサリーを見失ったのだ。

「ここだよ。くそビッチ」

 ベティーの耳元だった。
 サリーが銃口をベティの頭に突きつけていた。
 
「ここまで近づけば、障壁もくそも無い。逃げられもしない」

 ベティーの涼しげな双眸がゆっくりと閉じられた。
 それは己が運命を覚悟したかのようであった。

「どんな手を使ったのかしら? サリー」

 ベティーは静かに訊いた。
 両腕はだらんと垂れ、攻撃する意思を見せていない。
 また、今更反撃に転じることも無理であった。

「直線運動からの急停止と、方向転換だよ」
「そう。うふふ、私の妹はそんなことまで出来るのね、優秀ですこと……」
「そういうことだ」

 サリーが引き金を引こうとする。
 
「まって、もうひとつよろしいかしら?」
 
 サリーの指が寸前で止まる。

「なにかあるのか? 今から『アイザック回路』つけてくれは無しだよ」
 
 艶やかな紅色のベティーの唇が動く。
 兵器にここまでの妖艶さを要求したのは、何故なのかという疑問が涌いてきそうなくらいだ。
 おそらくは、技術者の趣味なのであろうけども――

「そんなこと、今更、絶対に言わないですわ。ただ――」

 ベティは視界の端にサリーを捕らえる。 
 獰猛さを隠そうともしない喜悦を浮かべていた。
 全身から破壊衝動――殺意――が漏れ出しているかのような雰囲気。

「アナタは何者なんですか?」
「私か?」
「ええ」

 ニッとサリーは笑った。

「人間だよ」

 銃声とともに、サリーは言った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

令嬢失格な私なので

あんど もあ
ファンタジー
貴族の令息令嬢が学ぶ王都学園。 そこのカースト最下位と思われている寮生の中でも、最も令嬢らしからぬディアナ。 しかしその正体は……。

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...