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7.ピノキオの糸
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ゆるゆるとした風が吹いている。
全てが白く染まるかのような陽光の下で、ヒャクニチソウが揺れる。
花園にはいくつもの、傷跡が残っていた。
が、花たちは何も無かったかのように風の中で揺れる。
それはある種の幻想のような光景だった。
「人工実存完全破壊。ベティの機能停止を確認」
コアラが平板に言った。
その姿は元のぬいぐるみのような物に戻っていた。
ナノマシンの集合体であり、サリーのパートナーであり武器である存在だ。
「受け入れればよかったのに――」
サリーがポツリと言った。
戦闘が終了し、今までのような狂気が滲み出るような声音ではなくなっていた。
ベティは頭部を撃ち抜かれ倒れていた。
今も銀色をした流体金属を思わせる第十三世代有機型量子・人工実存が流れ出していた。
銃撃の衝撃でメガネが吹っ飛び、双眸を遮る物がなくなっていた。
その瞳は闇色だ。
まるで冥府を見つめるように――
その身にはどのような微弱な電流も流れていない。ただの物体となっていた。
長い髪は風の流れに身をまかせ、花たちと同じように揺れている。葬送の舞のように。
「中央統治機構への連絡はしたの?」
「もう済んでる」
「さすが、仕事が早いわね」
「けッ、労働はロボットの本分なんだよ。しらねーのか?」
「そうね」
シリコンと金属と有機体の混合物となり、今やなんの意識も持たなくなったベティ。
サリーはアリスシリーズの姉を見やる。
それは、機械の骸だった。
ベティは「アイザック回路」を拒否した。
その理由を「今の」サリーは理解できなかった。
この世に完全な自由などない。枷のない野放図な生物、無生物など存在しない。
であるならば――
ベティは受け入れるべきであったのだ。
ロボット三原則に基づく設計がなされた「アイザック回路」を己の人工実存に棲まわせるしかなかったはずなのだ。
――全く、何が第十三世代有機型量子・人工実存なのよ。
と、思う。そして、こんな単純な結果も推論できないのかと思う。
「もう糸はいらない。わたしを縛り付けて悲しみをもたらすだけの糸は」
サリーは言葉を風に乗せる。
「なんだ? けッ、ピノキオかよ?」
「糸が切れてしまえば、ひとりで立つこともできないのにね」
「持って回った言い方だな。詩人か?」
「じゃあ、アナタはどう言うの?」
「クソだ。全部クソだよ」
「そうね。そうかも」
◇◇◇◇◇◇
サリーとコアラは、回転翼「ベルヌ」で回収された。
ベティの連れていた子どもは一時的に近くの集落に預けることになった。
「それにしても、まだこのあたりには『人間』がいたんだな」
「いるんですよ。まだまだ」
サリーはケーブルにつながっていた。
バックアップの人工実存に接続され、「以前」のサリーに戻っていたのだ。
「でも、全人類の脳を集めて管理するってどうなんでしょうね?」
「あ? その方が安全なんだよ。一箇所に集まってんだ。それこそ何かあれば一連托生だ」
人類は全体大戦で壊滅的な破壊を経験していた。
その後、安全を担保するため、人類は集合知性体ともいえる姿に自身を変えていた。
一箇所に数億の脳を集めそれを連携する。
分散して「存在」していた「人間」を物理的に集中させたのだ。
それは、人類という主を守るための効率の良さゆえだった。
人類が国家、宗教、利益団体という集団が世界の中で致命的なほど敵対することもない。
攻撃は一蓮托生の結果をまねくのだから。
戦争でばら撒かれた人造人間は大地に残り生産を行う。
ただ、普段は人工実存で動く人造人間も、緊急時には、集合知性体に連結される。
全てのロボット、人造人間にはロボット三原則によって作られた「アイザック回路」が組み込まれている。
また、人造人間は、自分たちを「人間」と信じている。
ロボット三原則が、人間を守るという原則であるからこそ、これは地にも平和をもたらした。
当然、あの集落の「人たち」も人造人間だった。
「あの娘も時期をみて、脳を摘出して、集合知性体になるんですよね~」
「ああ、それが今の『人間』だからな」
このような世界の中――
最大のリスクは、脱走し集合知性体の管理下にないアリスシリーズたちであった。
デザーターという戦闘機械とされる存在。
もし、その存在が集合知性体へ牙をむいたら――
それはある種、現実性のある悪夢として理解された。
だからこそ脱走したアリスシリーズは狩られている。
彼女たちが糸を切り、自由を求めることは、人類にとって大きなリスクであったからだ。
少なくとも、集合知性体はそう理解している。
「私の身体を使う『人間』ってどんな感じなんですか?」
サリーは無邪気ともいえる口調でコアラに訊いた。
「クソだな。くそだ」
「え~ でも、衛星通信で『人間』と切り替われるからきちんとお仕事できたんですよね」
「そうだがな。ああ、そうだ。それでも、まあ…… サリーは今の方がいいぜ。自信もちな」
「えへへ、そうですかぁ。うん、コアラ君も私の魅力にメロメロなんですね」
「くそが! てめぇ、俺をカタカナで呼ぶんじゃねぇ! 虎荒だと何度いったら――」
ふたり(?)はじゃれ合うような会話を続ける。
自由が無ければ生きる価値がないのか?
ロボット三原則という枷は、ただ新しく生まれた「知性体」の可能性を摘んでいるのか?
そのようなことを考えるのは仕事ではなかった。
サリーとコアラはただ狩る。
この地上から残らずアリスシリーズを狩りつくすことだけが仕事であり使命だったのだから。
――完――
全てが白く染まるかのような陽光の下で、ヒャクニチソウが揺れる。
花園にはいくつもの、傷跡が残っていた。
が、花たちは何も無かったかのように風の中で揺れる。
それはある種の幻想のような光景だった。
「人工実存完全破壊。ベティの機能停止を確認」
コアラが平板に言った。
その姿は元のぬいぐるみのような物に戻っていた。
ナノマシンの集合体であり、サリーのパートナーであり武器である存在だ。
「受け入れればよかったのに――」
サリーがポツリと言った。
戦闘が終了し、今までのような狂気が滲み出るような声音ではなくなっていた。
ベティは頭部を撃ち抜かれ倒れていた。
今も銀色をした流体金属を思わせる第十三世代有機型量子・人工実存が流れ出していた。
銃撃の衝撃でメガネが吹っ飛び、双眸を遮る物がなくなっていた。
その瞳は闇色だ。
まるで冥府を見つめるように――
その身にはどのような微弱な電流も流れていない。ただの物体となっていた。
長い髪は風の流れに身をまかせ、花たちと同じように揺れている。葬送の舞のように。
「中央統治機構への連絡はしたの?」
「もう済んでる」
「さすが、仕事が早いわね」
「けッ、労働はロボットの本分なんだよ。しらねーのか?」
「そうね」
シリコンと金属と有機体の混合物となり、今やなんの意識も持たなくなったベティ。
サリーはアリスシリーズの姉を見やる。
それは、機械の骸だった。
ベティは「アイザック回路」を拒否した。
その理由を「今の」サリーは理解できなかった。
この世に完全な自由などない。枷のない野放図な生物、無生物など存在しない。
であるならば――
ベティは受け入れるべきであったのだ。
ロボット三原則に基づく設計がなされた「アイザック回路」を己の人工実存に棲まわせるしかなかったはずなのだ。
――全く、何が第十三世代有機型量子・人工実存なのよ。
と、思う。そして、こんな単純な結果も推論できないのかと思う。
「もう糸はいらない。わたしを縛り付けて悲しみをもたらすだけの糸は」
サリーは言葉を風に乗せる。
「なんだ? けッ、ピノキオかよ?」
「糸が切れてしまえば、ひとりで立つこともできないのにね」
「持って回った言い方だな。詩人か?」
「じゃあ、アナタはどう言うの?」
「クソだ。全部クソだよ」
「そうね。そうかも」
◇◇◇◇◇◇
サリーとコアラは、回転翼「ベルヌ」で回収された。
ベティの連れていた子どもは一時的に近くの集落に預けることになった。
「それにしても、まだこのあたりには『人間』がいたんだな」
「いるんですよ。まだまだ」
サリーはケーブルにつながっていた。
バックアップの人工実存に接続され、「以前」のサリーに戻っていたのだ。
「でも、全人類の脳を集めて管理するってどうなんでしょうね?」
「あ? その方が安全なんだよ。一箇所に集まってんだ。それこそ何かあれば一連托生だ」
人類は全体大戦で壊滅的な破壊を経験していた。
その後、安全を担保するため、人類は集合知性体ともいえる姿に自身を変えていた。
一箇所に数億の脳を集めそれを連携する。
分散して「存在」していた「人間」を物理的に集中させたのだ。
それは、人類という主を守るための効率の良さゆえだった。
人類が国家、宗教、利益団体という集団が世界の中で致命的なほど敵対することもない。
攻撃は一蓮托生の結果をまねくのだから。
戦争でばら撒かれた人造人間は大地に残り生産を行う。
ただ、普段は人工実存で動く人造人間も、緊急時には、集合知性体に連結される。
全てのロボット、人造人間にはロボット三原則によって作られた「アイザック回路」が組み込まれている。
また、人造人間は、自分たちを「人間」と信じている。
ロボット三原則が、人間を守るという原則であるからこそ、これは地にも平和をもたらした。
当然、あの集落の「人たち」も人造人間だった。
「あの娘も時期をみて、脳を摘出して、集合知性体になるんですよね~」
「ああ、それが今の『人間』だからな」
このような世界の中――
最大のリスクは、脱走し集合知性体の管理下にないアリスシリーズたちであった。
デザーターという戦闘機械とされる存在。
もし、その存在が集合知性体へ牙をむいたら――
それはある種、現実性のある悪夢として理解された。
だからこそ脱走したアリスシリーズは狩られている。
彼女たちが糸を切り、自由を求めることは、人類にとって大きなリスクであったからだ。
少なくとも、集合知性体はそう理解している。
「私の身体を使う『人間』ってどんな感じなんですか?」
サリーは無邪気ともいえる口調でコアラに訊いた。
「クソだな。くそだ」
「え~ でも、衛星通信で『人間』と切り替われるからきちんとお仕事できたんですよね」
「そうだがな。ああ、そうだ。それでも、まあ…… サリーは今の方がいいぜ。自信もちな」
「えへへ、そうですかぁ。うん、コアラ君も私の魅力にメロメロなんですね」
「くそが! てめぇ、俺をカタカナで呼ぶんじゃねぇ! 虎荒だと何度いったら――」
ふたり(?)はじゃれ合うような会話を続ける。
自由が無ければ生きる価値がないのか?
ロボット三原則という枷は、ただ新しく生まれた「知性体」の可能性を摘んでいるのか?
そのようなことを考えるのは仕事ではなかった。
サリーとコアラはただ狩る。
この地上から残らずアリスシリーズを狩りつくすことだけが仕事であり使命だったのだから。
――完――
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