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巻の十五 イジメ、ネタミ、ソネミ、そして、シモネタ。

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 「それではの。琉花りゅうか

 「はい。またお邪魔しますね」

 「うむ。本当はこのまま帰したくないのじゃがな。琉花は、異母兄上あにうえのものだしの。琉花とて、異母兄上が恋しいであろう?」

 「う、……ソ、ソウデスネ」

 「そんな恥じらわぬでもよい。まことに初々しいのう、お主は」

 ホホホ……というより、ハハハッと軽快に笑う公主さま。
 夕暮れ時、まだまだ話し足りないのか、公主さまは後宮へと続く門のところまで見送りに来てくださった。
 申し訳ないな~と思いつつも、なんとなく、友だちとのおしゃべりそぞろ歩きみたいで、悪い気はしなかった。
 公主さまも同じように感じておられるのか、つき従う官女は少なく、わたしに付き添ってくれてる香鈴こうりん以外に姿は見えない。四阿と同じで、わたしが緊張しないように配慮して、離れて付いてくるように公主さまが命じているらしい。
 まあ、あんなあけすけ話をするたびに、官女に意味あり咳払いをされてちゃたまんないもんね。
 
 「では」

 女衛士たちによって開け放たれた門から出ようと、公主さまに一礼をして――。

 バコッ!!

 下げかけた後頭部に何かが直撃した。

 「琉花りゅうかっ!!」
 「お嬢さまっ!!」

 「だ、大丈夫です」

 驚く公主さまと香鈴。にわかに気色ばむ門の女衛士たち。
 痛む頭をさすりながら、心配してくださる公主さまに声をかける。

 …………鞠?

 コロコロと足元に転がったのは、金色の刺繍の施されたメッチャお高そうな鞠。どうやらそれが頭に当たったらしい……けど、どうして鞠? こんなところで?

 「あら、ごめんあそばせ、菫青妃きんせいひ

 声にふり向くと、そこに少し走りながら近づいてくる女性が三人ほど。

 「……玻璃宮はりきゅうの宮女たちか」

 ボソリと公主さま。玻璃宮はりきゅうってことは、彼女たちは後宮の女性たち?

 「ああ、これはこれは、玉蓉ぎょくよう公主さまではございませんか」

 宮女たちが、わざとらしいほど驚いたような声を上げて、公主さまに話しかける。

 「わたくし、丞相の娘、きょう 紅埼こうきと申します。まさか、このような場で公主さまにお会いできるなど。恐悦至極にございます」

 三人の真ん中にいた、一番きらびやかな女性が名乗りでる。続いて、左右の二人も名乗りを上げた。丞相の娘、尚書令の娘、大司馬の娘……。って、帝国のお偉いさんの娘三人じゃない。どうりで華やかな衣装のはずだわ。香鈴に重たくないように簡素にまとめてもらったわたしの髪と違って、ジャラジャラズッシリとした簪が髪を彩っている。

 「こんなところで鞠つきか?」

 「ええ。わたくしども、暇を飽かしておりますから」

 公主さまの問いかけに、ニッコリ笑って答える紅埼さま。そして、チラリとこちらに寄こされた視線。
 うわ。なんか意味ありげ。
 というか、後宮の宮女って、暇を持て余してても鞠つきなんてしないでしょうが。特に身分の高い姫君ならなおさら。後宮で暮らしてきて、一度もそんなの見たことないわよ。それも、こんな後宮の端っこで。
 ちょっと痛い後頭部をさすりながら、その視線の主をにらみつける。……けど、アッサリかわされて無視された。

 「せっかくこうしてお会いできたのですから、これからは、是非わたくしどももお招きくださいませ」
 「大勢で語り合うのも楽しゅうございますよ、公主さま」
 「おいしいお菓子も取り寄せましたの。是非、公主さまにお召し上がりいただきたいものですわ」

 つーまーりーはー。
 鞠遊びにかこつけて、公主さまに会って、あわよくばそのまま気に入られようと。そういう魂胆らしい。
 皇帝の寵愛も、公主の親愛も、両方を一手に引き受けてるわたしが気に喰わないと。鞠をぶつけてきたのは、その腹いせ。本当の目的は、公主さまと仲良くなって、あわよくばそちらから皇帝の贔屓になれないかとか。そういうわけね。
 理解はした。
 でも鞠をぶつけられて、納得する気はない。
 けど身分上、文句は言えない。だってわたし、ただの侍中の養女だし。もとは普通の市井の娘だし。妃の位をもらったとはいえ、身分はこの方たちよりずっと低いままだ。
 言いたいことをグッと呑み込む。
 
 「ふむ。そなたたちとおしゃべり……な」

 思案気に公主さまが腕を組む。
 え? 受けいれちゃうの?
 そりゃあ、純粋におしゃべりを楽しむのなら、大勢のほうがいいに決まってるけど。
 公主さまの様子に、姫君たちの目が期待に輝き頬が紅潮する。
 
 「――遠慮しておく。己の非をまともに謝罪することも出来ぬような輩と話しても、つまらぬだけじゃろうて」

 へ?
 ニヤリと笑った公主さま。
 あっけにとられる姫君たち。
 もしかして、わたしに鞠をぶつけたこと、怒っていらっしゃる?

 「生まれの身分は低くとも、仮にも菫青妃きんせいひは皇帝陛下のご寵妃であるぞ。お主らごとき宮女ふぜいが、ないがしろにしてよい相手ではない。身の程を考えろ」

 鋭く、睨みつけるように細められた目。冷たい、突き放すような公主さまの声。怒鳴りつけるとかじゃないけど、その言葉と表情に気圧されてしまう。
 
 「まあ、お主らのように生まれにすがって威張るしかない者に、その鞠はお似合いではあるがの。虚飾と悪意にまみれた金の玉じゃ。本物は手に入らぬであろうから、その鞠で遊ぶのが相応しかろうの」

 えーっと。それってつまりは……。
 本物、皇帝陛下のそれは手に入らない(陛下に抱かれることはない)から、代わりの金ので遊んでいるのがお似合いってこと……?
 金の鞠を、陛下のそれになぞらえるって、……大丈夫なの?
 わたしと同時に、公主さまの言葉の意味に気づいた姫君たちも真っ赤っか。
 うん。そうだった。
 公主さまって、こういう下ネタをあけすけに話す方だったわ。

 「せっかくの楽しいひとときが台無しじゃの。琉花りゅうか、気分なおしに、もう一度黒曜宮こくようきゅうで茶でも飲んでゆけ。なに、心配することはない。異母兄上あにうえおとなう時刻に間に合うよう、宮に帰してやるからの」

 公主さまがわたしの肩を抱いて、もといた宮に向かって歩きだす。

 「あ、あのっ、公主さまっ!!」

 背後で姫君たち声。無情にも、女衛士たちによって後宮に続く門扉が閉められた音。公主さまは、チラリともふり向かない。
 
 「痛むか?」

 「いえ。もう平気です」

 それほど強い玉じゃなかったし。あれぐらいの勢いの玉なら、子どもの頃、近所の友だちから散々投げられてたし。わたしなら、もっと速い玉、投げられるし。

 (玉――)

 プッと吹き出しそうになるのを、なんとかこらえる。しばらくは、「皇帝陛下の金の鞠」ってことで、思い出し笑いをしそうな気がする。

 「あの者たちは気に入らぬが、口実を作ってくれたことには感謝せねばな。おかげで、こうしてお主を宮に留まらせることができるのじゃからな」
 
 「わたしもうれしいですよ。いっぱいお話しできますから」

 この言葉は嘘じゃない。さっきの一件、うれしかったし、胸がスカッとしたので、公主さまともうしばらく一緒にいたいと思う。

 「ふむ。このまま一緒に夜を明かすまで語り尽くそうと言いたいところじゃが、夜中に異母兄上あにうえの鞠を恋しがられても困るからの。月の出の頃には宮に帰すとしよう」

 あっ、異母兄上あにうえの鞠ってっ!!
 そこにまで下ネタを挟むのっ!?

 耳まで真っ赤にして戸惑うしかないわたしと、カラカラと笑う公主さま。
 あけすけ過ぎて、答えに戸惑うことしかおっしゃらない公主さまだけど、それでも不思議と好感の持てる人柄。顔立ちだけでなく、その人柄も陛下によく似ていらっしゃる気がした。
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