灰色猫にはご用心。~ご主人さまは猫ですか?~

若松だんご

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第8話 再会。

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 「はあ~」

 ため息とともに、全身から力が抜ける。
 閉めた扉に、背を預ける。そうしないと、安心感からズルズルと座り込んでしまいそうだ。

 「さて……」

 腕のなかに抱きしめていたエプロンを緩める。
 それにあわせて、中からゴソゴソとネコが顔を出した。少し息苦しかったのだろう。鳴き声こそ上げなかったが、のぞかせた顔をプルプルと左右に振った。

 「ゴメンね。苦しかったよね」

 エプロンのなかから、床へと離してあげる。
 ここは、自分の部屋。
 鳴き声さえ上げられなければ、見つかることもない。
 音もなく床に降りた猫が、こちらをふり返る。

 「さあ、一緒に食べようか」

 ベッドに腰かけ、猫を呼ぶ。手のなかのスコーンを割ると、ピョンっと猫がベッドの上にあがってきた。

 「ほら、今日は半分コだよ」

 二つに分けた大きいほうを猫に差し出す。この猫が手のひらからしか食べないのは知っている。猫に片手を差し出したまま、残ったほうを頬張った。
 ジャムもハチミツもない。シンプルなスコーンの味が広がる。
 リーナが食べ始めると、猫もスコーンを口にした。手のひらに伝わる振動が、少しこそばゆい。

 「おいしい?」

 猫は夢中で食べてる。

 「おいしいよね、ハンスさんのスコーン」

 返事はなくても、言葉を続ける。

 「だけどさ、クラウドさまは、あまりお好きじゃないみたいなのよね。いつも残されてばかりで」

 お好きじゃないから? 小食だから?

 いつも食べ残されて返ってくる食事に、少し寂しく思う。
 全部食べないのが貴族なのだろうか。孤児院で育ったリーナには、お腹いっぱい食べて、その上残すというのは、想像も出来ない。

 「もったいないよね。こういうの」

 猫が、ピクリと動きを止めた。

 「あ、でも、こうして残してくださったから、お前も私も食べられたんだけどね」

 そう考えると、残されるのも悪いことではないのかもしれない。
 自分の分を食べ終えると、動かなくなった猫の背中を撫でてやる。手のなかのスコーンは、すべて猫が平らげてしまっていた。

 「ふふっ……。満足した?」

 何度も撫でてやると、今度は猫のほうから、身体を手にこすりつけてきた。もっと撫でてほしい。そう思っているかのような仕草だった。それに応じて喉を撫でてやると、猫がうれしそうに目を細めた。

 「今日はここで泊まっていきなさい。明日、逃がしてあげるから」

 言いながら、猫を抱き上げる。春とはいえ、夜はまだ冷える。こうして抱いて眠れば、幾分温かいだろう。
 それに、昼間のドキドキがまだ身体に残っている。猫でも抱いて寝れば、気がまぎれるかもしれない。

 「じゃあ、ちょっとだけ、後ろ向いててくれるかな?」

 ベッドに猫だけ残して立ち上がる。黒のドレスを脱ぎ、コルセットを外す。キャップも外して、髪を自由にする。
 ナイトドレスに着替え、髪を軽くブラッシングする。
 リーナがベッドに戻るまでの間、猫は動くことなく、そっぽをむいて寝転んでいた。
 まるで、言葉がわかるかのように、ずっと視線をこちらにあわさずに待っていた。

 「やっぱりアナタは不思議な猫ね」

 ベッドにもぐり込むと、猫をギュッと抱きしめる。
 やはり、猫を抱いて寝たほうが、いつもよりずっと温かい。

 「おやすみ、猫ちゃん」

 言いながら、ベッド脇のランプを消す。
 ぬくもりが、心地よい眠りをさそう。
 これなら、昼間のことを思い出さずに、グッスリ眠れそうだ。

 (猫に、名前つけてあげなきゃ……)

 いつまでも、〈お前〉〈猫〉ではかわいそうだ。
 リーナの腕のなか、最初、少し暴れていた猫だったが、次第に落ち着き、リーナの胸にに顔をすり寄せるようにして眠っていった。
 互いのぬくもりを感じて。
 それは、とても心地の良い眠りの時間だった。

 (あ、れ……?)

 次の日の早朝。
 目を覚ましたリーナの腕のなかに猫はいなかった。

 (どこ……?)

 あわてて探すものの、部屋のどこにも隠れていない。

 (出て行ったの?)

 もし誰かに見つかったら。焦りで心がいっぱいになる。

 (でも、どこから出て行ったの?)

 窓も開いてない。ドアだって閉まってる。
 猫がそれらを開閉できるとは思えない。

 (……夢でも見たのかしら)

 猫に再会する夢。
 しかし、ベッドの上に残された灰色の毛が、猫が幻でないと告げていた。
 仕事を始めてからも、猫のことが気になる。
 部屋から出て行ったとして、無事に、誰にも見つからなければいいのだけれど。
 掃除の合間に、それとなく探してみたが、やはり、どこにも猫の姿は見当たらなかった。

 (不思議な猫……)

 銀色に近い灰色の毛並み。楕円形のやや吊り上がったブルーの瞳。
 一度見たら忘れられない、印象的な猫だった。

 (また、会えないかしら)

 猫が大好き、というわけではないけれど。なぜか、あの猫には何度だって会いたいと思えた。
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