灰色猫にはご用心。~ご主人さまは猫ですか?~

若松だんご

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第23話 真実。

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 「ああ、リーナ。若様をお見かけしていないか?」

 階下での夕食をすませ、自分の部屋に戻ろうとしたとき、執事バトラーのアルフォードから声をかけられた。

 「少し散歩したいとおっしゃられて出かけられたきり、お戻りになってないのだよ」

 「えっ……⁉」

 クラウドさまが戻ってない?

 「夕餉までにお帰りになるだろうと思っていたのだが……」

 心配そうに窓の外を見るアルフォード。つられるようにリーナも窓に視線を移す。 
 いつもの夕餉の時間は過ぎている。窓の外は暗く、日差しの名残すらない。あの時、森の方に歩いて行ったのを見かけたが、それ以来帰ってきていないらしい。

 (まさか……‼)

 日没をむかえたということは……。今のクラウドさまは……。

 「アルフォードさんっ!! 私、お探ししてきますっ!!」

 階下に戻ると、急いで外套を身に着けカンテラを手にする。驚くジョージたちにふりむきもせず、森へと飛び出していく。説明するのももどかしい。

 (クラウドさまっ……‼)

 日が落ちてから、かなりの時間が経つ。
 彼にかかっている猫の呪いは、日没とともに現れると聞いている。
 それが確かなら、今の彼は猫になっているはず。
 この暗い森のなかで、猫の姿で迷っているのだろうか。それとも、猫となった身では屋敷に戻れずに困っているのだろうか。
 いずれにせよ、クラウドの事情を知っているのは自分だけ。自分が、なんとしても捜し出して差し上げねば。
 その一心で、リーナは迷うことなく森のなかへと踏み込んでいった。

 *     *     *     *

 「なあ、アルフォードさん」

 血相を変え、走り去るリーナの後ろ姿を見ながらジョージが声をかけた。同じく心配顔のハンスもいる。

 「オレたちも探すの手伝おうか?」

 いくらなんでも、リーナ一人でクラウドを探し当てるのは難しいだろう。それでなくても、夜の森は暗く危険だ。

 「大丈夫ですよ。アナタたちは気にせずに休んでください」

 ジョージたちの申し出を、アルフォードはやさしく断った。リーナがクラウドを見つけて帰ってくる。そんな確信が、この老執事のなかにあるのだろうか。

 「それよりも。この先何が起きても驚かないでいてくれると助かります」

 まるで未来がそこに見えているかのような眼差し。
 その言葉の意味が呑み込めないジョージと父親のハンスは、互いの顔を見合い、首をかしげるしかなかった。

 *     *     *     *

 (あっ……‼)

 濡れた落ち葉で、足を滑らせる。よろけた体を近くの木にすがって立て直す。

 (クラウドさま、どこ……?)

 手にしたカンテラで辺りを照らす。
 目印になるようなものは何もない。ただすべてを飲み込んでしまいそうな闇だけ。うっそうと木が生い茂り、湿った地面が辺りに広がる。
 普段のリーナなら、決して近づかないであろう場所。

 ガサガサッ……‼

 頭の上でした音に、ビクリと身体を震わせる。
 本当なら逃げ出したいほど怖い。屋敷の灯りを目指して走り出したい。
 けれど今、それは出来ない。
 クラウドを見つけるまでは。こんな暗い森のなかで夜をむかえ、猫になってしまった彼を捜し出すまでは。
 恐怖をグッとこらえ、下唇を噛む。
 猫になってしまった彼は、もっと恐ろしい目に遭っているかもしれない。
 人と違って、猫はこの森のなかでは最も弱い立場になってしまう。
 獣に襲われていないか。ケガをしていないか。
 帰れなくて困ってないか。
 ジリジリと心だけが焦る。
 時折、梢のむこうからホーホーとフクロウの鳴き声が聞こえる。自分が踏みしめた小枝のパキッと乾いた音がやけに響く。

 (クラウドさま……)

 どこをどう行けばクラウドに会えるのかはわからない。やみくもに歩いているだけなのかもしれない。
 それでも前へ進むのを止めない。

 (きゃあああっ……!!)

 木の根に足元をすくわれ、リーナはなだらかな斜面を滑り落ちる。
 落ちた高さはさほどでもない。すぐに体勢を立て直し、手ばなしかけたカンテラを握り直す。少し足首が痛んだが、今はそんなことを言っている場合ではない。

 「クラウドさまっ……」

 悲鳴を上げなかった唇から、彼の名前が溢れる。グッと涙をこらえ前を向く。
 痛いなんて言ってられない。今、もしかしたら彼はもっとつらい目に遭ってるかもしれないのだから。

 ガサッ、ガサガサッ……。

 不意に近くの茂みが不自然に動いた。

 (獣……?)

 逃げなくては、と思うのだが体は動かない。

 (食べられて……、死ぬのかしら、私……)

 それも運命なのだと思えば仕方ない。ただ。

 (せめてクラウドさまを、見つけて差し上げたかった)

 この森で迷ったままの彼を、無事に安全なところへ連れて行ってあげたかった。恐怖より先に、未練が心を占める。探して、見つけて、それから――。

 パキッ……。

 落ちた枝葉を踏む音が聞こえる。
 訪れるであろう獣を確かめようと、カンテラを掲げる。

 「クラウ……ド、さま……?」

 灰色の毛並み。深く青い瞳。しなやかな体つき。
 茂みから現れた姿に、リーナは息を飲んだ。
 それは、かつてリーナの大切な友人だった猫。リーナが探し求めていた人の化身。
 クラウドのほうも、リーナの姿に驚いたような顔をしていた。リーナの数歩先、茂みから出てきた体勢のまま、その動きを止めた。
 どれだけ見つめ合っていたのだろう。
 クラウドが、その身を茂みにむけてひるがえした。

 「まっ、待ってっ……‼ あっ……!!」

 よろけた体が、再び地面に倒れる。
 悔しい。見つけたのに、また逃げられてしまう。ずっと探していたのに。やっと見つけたのに。

 「フッ……、クッ……」

 我慢していたはずの涙がこぼれ落ちる。伸ばした手をギュッと握りしめる。
 手の届かない、遠い世界の人。

 (なのに、私は……)

 ペロッ……。

 頬を温かい何かが舐めた。
 涙をすべて拭き取ろうと、何度も舐められる。

 「クラウドさま……」

 目に涙をいっぱい溜めたまま、その戻ってきたしなやかな肢体を抱きしめる。
 戻ってきてくれた。そばにきてくれた。
 それだけで、幸せな感情が身体中に満ちてくる。

 「もう、……どこへも行かないでください」

 再び涙がこぼれるが、この涙は悲しみがもたらすものじゃない。
 灰色の毛並みに頬をよせ、そのぬくもりを味わう。
 猫の身体から立ち上る、高貴な香り。
 それはクラウドの香りであり、リーナのよく知るアッシュの香り。

 「クラウドさま……」

 腕のなかで、嫌がらずに抱きしめられている猫にそっと口づける。
 以前、アッシュにしていたように、額に頬に。
 そして。

 ――唇に。

 自分のなかにある思いをすべてのせて、その唇に触れる。
 クラウドを探して森のなかをさまよったおかげで見つけた、自分の気持ち。
 それを迷わず、クラウドに捧げる。
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