神嫁、はじめました。

若松だんご

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6.恩は婀娜で返せばいい?

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 「だーかーらぁー、ひいじいちゃんたちは知ってたの? この企み、全部」

 ――知ってたの……ってなあ。お前が帰ってくることを町の人たちに教えたのは儂じゃからのう。

 「なっ……」

 スマホ越し、のんびりした曽祖父の返答に言葉を失う。
 町ぐるみの公文書偽造。結婚工作。
 勝手に自称神様の男と入籍させ、事情を確かめに来た私を、エイサカホイサと男の待つ宮へと連れ去った。
 どうしてそんなことをっ!?
 自分の曾孫を何だと思ってるのよ!!

 ――日菜子が「ここへ帰ってくる」というのは、「那岐さまの妻になりに来た」ということだろうって、思ったんだよお。

 「――――は?」

 どうしてそうなる?

 ――だってなあ。お前、那岐さまと約束したんじゃろ? 将来、大人になったら妻になるって。

 「いつしたのよ、そんな約束!!」

 記憶にない!! どれだけ頭んなか引っ掻き回して捜しても、そんな約束、記憶にない!! カケラもない!!

 ――でもなあ。那岐さまがそうおっしゃったんだよ。お前を助けてくださった時に、そういう約束を交わしたと。あの時は幼すぎて無理だったが、時が来たら妻にしてくださるとってなあ。

 「そんな約束したことないわよ!! 捏造よ!! 私はただ戸籍がおかしくなってたから調べに来ただけ!! ここに来ること話した時に、そう伝えたよね!?」

 なんか戸籍がおかしなことになってるみたいだから、一度調べにそちらに立ち寄る。調べている間、そちらに居候させてほしい。
 そう伝えて、ここに来たっていうのに。
 いつの間にやら、ワッショイされて宮に放り込まれて、(自称)神様と結婚!! だもん。
 そもそも戸籍がおかしなことになってなかったら、こんな町に来ることもなかった。今頃は初のカレシと南の島でキャッキャウフフだったはず。

 ――それなあ。 

 訴えるように、声が大きくなる私に対して、ひいじいちゃんはどこかノンビリしている。

 ――那岐さまがおっしゃったんだよ。日菜子に良からぬ邪気が近づいておるってな。

 「は? 邪気?」

 ――日菜子が穢れる前に手を打っておきたい。妹背だ夫婦だと言っても、人の世に合わせ、公的に印しを残さねば守ることができぬとな。それで、婚姻届を出しておいた。

 (「出しておいた」、じゃないいいいっ!!)

 耳に当ててたスマホを、ひいおじいちゃんの代わりに力いっぱい握りしめる。

 ――日菜子だってもう二十四。もういい加減に身を固めた方がいい年頃だしなあ。悪い話じゃないと思うがのう。

 「悪いわよ!! 悪い、悪い、クッソ最悪、最低っ!! 私はねえっ!! まだ自由に独身を謳歌していたいの!! 結婚なんてまだまだまだずっと先!!」

 そりゃあ恋人は欲しかったし? バージンはサッサと失くしたかったし、エッチなことも経験したかったけど? でもだからって結婚はまだ考えたことがない。
 二十四で身を固めるって、いつの時代の結婚観よ。大学卒業、就職して二年。まだまだ働いて自分のスキルアップに努めたいのよ。
 今、もしカレシとそういう関係になったとしても、あと二、三年は恋人としてつき合って、人生を共にするに相応しい相手がどうか見極めたかったの。仕事も恋も謳歌して、充実した時間を過ごしたかったの。間違っても、こんなふうに、騙されて嫁がされたかったわけじゃない!! 

 ――那岐さまなら、悪い条件じゃないと思うがのう。

 「は? どこがよ。ひいおじいちゃんたちを騙して、私を罠にはめて結婚を強いるような相手のどこがいい条件なのよ」

 ――じゃが、神様だぞ?

 神様なら、社長とか、どっかの金持ち御曹司よりも格上? 特上のスパダリ? これを逃すは人生最大の大損? ――んなわけあるかっ!!
 
 「私はねえっ、もっと地に足のついた、普通の恋愛がしたいの!!」

 あの男が百歩譲って……、ううん。千歩、一万歩ぐらい譲って、本当に神様だったとしても、結婚なんてしたくない。
 高収入、高学歴、高身長、ハイスペックなカレシが欲しかったんじゃない。普通に、私を大切に思ってくれる、平凡でもいいから私のことを愛してくれる相手が欲しかったの。最初はぎこちなく苗字で呼び合って。そこから少しづつ近づいて、手を繋いでデートしたりして。各駅停車の電車みたいなノロノロ恋愛でもいい。確実に愛を育んでいけたらよかったの。あの女は俺の嫁だから、他の男に盗られないようにツバつけとこ理論で、ひいおじいちゃんたちまで騙して、勝手に婚姻届を出すような男はお断りなの!! そんなテレポーテーション、一足飛びな恋愛はしたくないの!!

 「――もう、それぐらいでいいか、吾妹よ」

 電話に夢中になる私の背後から、音もなく近づいてきた男。

 「真実を確かめたいと申すから許したが、いましの声はうるさすぎる」

 グイッと取り上げられた、私のスマホ。

 「いや、ちょっと返してよ!!」

 「……翁よ。そちの裔娘はが大切に扱うがゆえ、案じることはない。媼とともに心安く暮らせ」

 なに勝手なことを!! それも人のスマホで伝えてるのよ!!

 取り返したかったのに、目の前でピッと通話を切った男。コイツ、服装は古めかしい埴輪かって格好なのに、メッチャ卒なくスマホを扱う。

 「返してよ!! って、ちょっと!!」

 男の手のひらの上、シュンッと消えた私のスマホ。

 「返さぬ。あれは便利な道具ではあるが、少々うるさい。いましの妻として落ち着いたら返してやろう」

 なにそれ。脅し? スマホは人質?

 「そんなことしたって、別にいつでもここから出ていけるんだからねっ!!」

 別にスマホぐらい、新しく契約し直せばいいだけだし。私の結婚を諸手を挙げて喜んでるひいおじいちゃんたちも、いざとなったら放って東京に帰ってもいいんだからねっ!?
 勝手に出した婚姻届だって、出るとこに出て、ちゃんと無効を勝ち取ることだってできるんだからねっ!? そうなったら公文書偽造の罪に問われるのは、この町の人たちとアンタなんだからねっ!?

 「ふむ。それは少々厄介だな」

 男が顎に手を当て思案する。けど。

 「ならば、いましがここを出られぬようにするしかないな」

 即答。全然悩んでない。

 「出られぬようにって、な、何するつもりなのよ!!」

 私を見る目。ふざけてる度0%でかなり怖い。
 まさか、私をこのまま縛り付けたり、監禁したり――とか?

 「はそのように野蛮なことはしない。そうだな。せいぜい汽車や車が走れぬように山を崩すぐらいだな」

 それって土砂崩れ? 線路とか道路を埋めて、物理的に帰れなくするってわけ?

 「田んぼの水を干上がらせることもできるぞ? 大地を震わし、海を波立たせてもいい」

 「やらんでいい!! やるな!! 監禁するより野蛮じゃない!!」

 町を、ひいおじいちゃんたちの暮らしを脅しに使うの?

 「いましが大人しくいもになれば、何もせぬ。町を寿ぎ、豊かになるように加護を与えよう」

 「サイッテー」

 それじゃあ、嫁っていうより、町を守るための生贄じゃない。

 「生贄ではない。いましが望むような愛を与えよう。最初は、名を呼び合う……であったか」

 え? う? ねえ、もしかして、さっきの電話の時、人の思考を読んでたわけ?

 「うむ。吾妹わぎもが何を望み、何を求めているのか知ることは、として必要なことだからな」

 だから聴かせてもらった。男が得意げに胸を反らす。

 「名を呼び、手を繋ぎ、どこかへ詣でる――か。それのどこが楽しいのかよくわからないが、まあいい。いましの喜ぶことをするとしよう」

 え、いや、ちょっと……。
 男がさらに私の心を読むように、ジッと目を覗き込んでくる。

 「その先は口づけ、そしていつかは和合、まぐわい、やがては夫婦となる、か。なんだ、いましと同じことを望んでおったのか」

 「望んでない!! 間違ってもアンタとは、そういうことを望んでないっ!!」

 そういうことに(多少の)興味はあったけど、アンタとおんなじ扱いはされたくないっ!!
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